026サヴェ往復(イラン・コム州)

イラン旅行・サヴェからテヘランへ

テヘランへの帰路。
Fi2602260_1e ボーッと景色を眺める。





Fi2602260_2e 東方見聞録に記述されたカラ・アタペリスタン(拝火教徒の町)はこの平原のどこかにあったのだろう。





Fi2602260_3e ポーロ一行は、この丘が連なる景色の中を、ホルムズに向けて辿っていったのだろうか。





Fi2602260_4e ただただ平原が広がるばかり。





Fi2602260_5e 車は高速に乗った。
料金所のかたわらには物売りがいる。

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イラン旅行・サヴェ~その8(マスジェデ・ジャーメ~ドームと墓)

サヴェのマスジェデ・ジャーメ。

モスクの管理人が、手振りでモスクの裏手に回ってみろ、と言っていた。
観光時間の終わりが迫っているが、行ってみることにした。
Fi2602259_1e
半砂漠の荒地の中に、色鮮やかなドームがあった。
思わず声をあげた。

まさにマスジェデ・ジャーメの名にふさわしいドームだ。
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古代の建築のような黄土色の建造物と金色のドーム。
重厚感と風格がある。

すぐそばにはイスラム式の墓らしきものがあった。
Fi2602259_3e

東方見聞録の中にあった三人の王様の墳墓「円屋根を頂く方形の建物」と似ている。
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ポーロ一行が見たのはイスラム教徒の墓だったのか。
(ゾロアスター教徒は鳥葬されるので墓はないはず)

Bさんが呼びにきた。
もうここを立ち去らねばならない。

前述のダーリンプルによると、13世紀のサヴェにあって現存している建物はマスジェデ・ジャーメの他、2つあったそうである。

1つはイマームザダ・サイード・イシャーク Imamzadeh Sayyid Ishaq という墓で、回廊式の中庭に三段レンガの埋葬塔が立っているらしい。
建立は1277-78年なのでポーロ一行が最初に訪れた1272年には間に合わないが、中国からの帰途に見た可能性はある。

もう1つはマスジェデ・マイダン Maydan Mosque (Masjid-e-Maidan) のミナレットで、
セルジューク朝期の1061年に建てられた焼きレンガでできた円形の搭。

私は、これらを探すのは困難ではないかと勝手に考え訪問地に入れなかったが、今思えば入れておくべきだったと思う(たぶん探すのは困難ではない)。
これらは、写真入りのホームページが存在するので、現地に行かなくても見ることは可能である。

参考・引用文献:

書名 :マルコ・ポーロクエスト
副書名 :フビライの古都へ
シリーズ :世界紀行冒険選書 20
著者名 :ウィリアム・ダーリンプル/著 , 大出健/訳
出版者 :心交社

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イラン旅行・サヴェ~その7(マスジェデ・ジャーメ~ドームの下~ミフラーブ)

サヴェのマスジェデ・ジャーメ。

ドームのある側のエイヴァーンの中に入った。
ほとんどは地肌がむき出しの壁面だが、わずかにきれいな文様が残っていた。
Fi2602258_1e

この部分だけ赤く塗られている。
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この小部屋もわりときれいに残っている。
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これはミフラーブ。
修復されたのかかなり綺麗な状態である。
Fi2602258_4e
ミフラーブとはキブラ(メッカの方角)にある窪みで、礼拝する方角をイスラム教徒に示すためのもの。
モスクになくてはならないものだ。

その天井には、ドームの裏側の複雑な幾何学模様が見えた。
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ドームは八角形の台座に乗っかっているようだ。

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イラン旅行・サヴェ~その6(マスジェデ・ジャーメ~ミナレットとドーム側のエイヴァーン)

サヴェのマスジェデ・ジャーメ。

土台の遺構の向こう側には、マスジェデ・ジャーメで最も古い建造物と思われるミナレット(アザーンと呼ばれる礼拝の呼びかけを行う塔)がある。
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セルジューク朝期の1110年に建てられたもので、焼きレンガで覆われている。
この塔は、間違いなくポーロ一行が訪れた1272年には存在していたものだ。

Fi2602257_2e サハン(中庭)からモスクのドームを眺める。
サハンの中央にはザクロらしき木があるが、ダーリンプルは著作の中で、この木陰で三人の王様の墳墓を見つけるのをあきらめた、と語っている。


Fi2602257_3e サハンの中央からドーム方向を正面から見る。
イラン人の見学者が10名ほどいた。
女性が多かった。



Fi2602257_4e ドームのある側のエイヴァーンの天井部分。
さまざまな図形が組み合わさって複雑な造形になっている。
幾何学的な美しさがイスラム建築の魅力。



Fi2602257_5e その下の入り口部分。
青いタイルで装飾されているのは、Bさんによるとティムール朝時代のものらしい。



参考・引用文献:

書名 :マルコ・ポーロクエスト
副書名 :フビライの古都へ
シリーズ :世界紀行冒険選書 20
著者名 :ウィリアム・ダーリンプル/著 , 大出健/訳
出版者 :心交社

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イラン旅行・サヴェ~その5(マスジェデ・ジャーメ~左側の遺構)

サヴェのマスジェデ・ジャーメ。

今度は入り口から入って左側の遺構に入った。
こちらは建物の土台しか残っていないようだ。
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ここで、東方見聞録のサヴェに関する記述を書き出してみます。

「ペルシアにサヴァ(サヴェ)という都市がある。
イエス・キリストの降誕に際して、これを賛嘆するためにやってきた東方の三聖人はこの町から来たのである。

城内に大きく立派な墳墓が三つあり、ここに三聖人が葬られている。
この墳墓の上には、それぞれ円屋根を頂く方形の建物がみごとな造りで建てられている。

三聖人はおのおのこの中に並んで葬られているのだが、彼らの遺体は今でも崩れず、髪も髭もそのまま完全な形を留めている。
この三聖人とはバルタザール、ガスパール、メルキオールと言った。

マルコ・ポーロ氏はこの町の大勢の人々に三聖人について問い合わせたが、だれ一人としてそれについて語ってくれる者はいなかった。
彼らの答えはいずれも一様に、ここに葬られているのは三人の王様で、しかもずっと大昔のことに属するという事だけだったが、それでもどうにか次の事柄を聞き出すことができた。」

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この後語られるのは、キリスト教とゾロアスター教(拝火教)が混然一体とした不思議な物語だ。

サヴァ、アヴァ、カシャーンの三人の王様は、誕生した預言者のもとに赴いて礼拝しようと考え、黄金・乳香・没薬の三種の供物を持参することにした。

パレスチナの町ベツレヘムに到着した彼らは、まず個別に預言者キリストに謁見した。
驚いたことに、まだ嬰児であるはずのキリストは、自分の姿に生き写しだったという。

最後に三人同時に謁見したところ、生後わずか13日の赤ん坊の姿でしかなかった。
三人はここで持参した三種の供物をささげたところ、キリストはこれらを受け取り、代わりに蓋付きの小箱を授けた。

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三人はペルシャへの帰途、授かった小箱が何なのか見極めようとし、蓋を開けてみた。
ところが中には小さな石が一個しか入っていなかった。
三人はさっぱり訳がわからずに、小石をかたわらの井戸に投げ捨ててしまった。

すると、とたんに天から井戸に向かって一条の火焔が降ってきて燃え上がった。
この時三人は、信仰を固く堅持せよという小石の意味を悟り、燃え上がる火を自国に持ち帰って神殿に安置したという。

これ以後この火を神として祀り、万が一火が絶えるようなことがあれば、遠路をいとわず他の拝火神殿から火種をもらい受けて再燃させた。

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この地の住民がゾロアスター教(拝火教)を信仰するようになった経緯が、このように語られている。

実際は、ゾロアスター教の開祖であるザラスシュトラ(ツァラトゥストラ)は紀元前13世紀~紀元前7世紀の人物なので、キリスト教の起源よりもはるかに古い。
逆にキリスト教の起源の一部はゾロアスター教だというのが正解だろう。

ゾロアスター教とキリスト教の関連はともかくとして、この地の三人の王様がキリストのもとを訪れたという説は少しは信憑性があるようだ。

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今から20年ほど前に、マルコ・ポーロの足跡をたどってエルサレムからいわゆるザナドゥ(上都、内モンゴルのドロン・ノール)まで旅したケンブリッジ大生のウィリアム・ダーリンプルは、以下の通り述べている。

①東洋学者H・ユールによると、マタイの福音書ではこの3人の王様を「マギ」と称しているが、これは「古代ゾロアスター教の司祭」という意味である。
また、「マギ」はペルシャ語である(英語のマジックの語源になっている)。

②7世紀、パレスチナに侵攻したサーサーン朝ペルシャ軍は、ベツレヘムの生誕教会の壁面に描かれた三聖人の姿を見て、教会を破壊しなかった。
なぜなら、三聖人はペルシャ人の服装をしていたからである。

③チンギス・ハンに破壊されるまで、サヴェには重要な天体観測所があったという。
三聖人が星に導かれてキリストのもとに辿り着いたという新約聖書の記述を彷彿とさせる。

④黄金・乳香・没薬の三種の供物は、ペルシャでの一般的な捧げ物であった。

東方見聞録に書かれたサヴェのマギについては、ウィリアム・ロバーツという作家も著作で述べているようだが、本を読んでいないので詳細はわからない。


参考・引用文献:

書名 :完訳東方見聞録 1
シリーズ :平凡社ライブラリー 326
著者名 :マルコ・ポーロ/著 , 愛宕松男/訳注
出版者 :平凡社

書名 :マルコ・ポーロクエスト
副書名 :フビライの古都へ
シリーズ :世界紀行冒険選書 20
著者名 :ウィリアム・ダーリンプル/著 , 大出健/訳
出版者 :心交社

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イラン旅行・サヴェ~その4(マスジェデ・ジャーメ~エイヴァーンの中)

サヴェのマスジェデ・ジャーメ。

入り口のトンネルを抜けてサハン(中庭)に出た。
画像は中庭の一角からトンネルの出口(左から2番目)とエイヴァーン(門)を見たもの。
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修復中なのか、エイヴァーンには鉄パイプの骨組みが組まれている。

エイヴァーンに入った。
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奥は行き止まりのようだ。
漆喰部分はサファヴィー朝時代のものらしい。

エイヴァーンの天井部分。
かなり高い。
Fi2602255_3e_2 

エイヴァーンの両側にも小さな出口がある。
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出口の向こうは入り口のトンネル。
その向こうに見えるのは管理人の部屋か。

反対側の出口。
Fi2602255_5e

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イラン旅行・サヴェ~その3(マスジェデ・ジャーメの入り口)

マスジェデ・ジャーメに着いた  35° 0'36.31"N 50°21'46.91"E。
いかにも古く、しかも思っていたより大きい。
実物を目の当たりにして感動した。

マスジェデ・ジャーメ(金曜のモスク)とは、町の中心に最初に建てられる大きなモスクの事である。
金曜日の集団礼拝が行われ、イマーム(イスラム教徒の指導者)がフトバ(説教)を唱える場である。
ワクフ(イスラム教徒の寄進)によって運営され、マドラサ(イスラム教の学校)、病院、救貧所を併設している所もある。

入り口は画像の通りとても小さかった。
Fi2602254_1e

入り口から中庭に向かうトンネル。
Fi2602254_2e
ガイドのBさんによれば、このマスジェデ・ジャーメはもともとゾロアスター教の神殿であったという。
また、別の資料ではキャラバンサライ(隊商宿)だったものを12世紀のセルジューク朝時代にモスクに改装したという。

その後、ティムール朝(600年前)、サファヴィー朝(400年前)に修復、改装が行われてきた。

現在の形ではなかったにせよ、ポーロ一行が訪れた1272年頃には存在していた物である。
少なくとも目にはしたであろう。

トンネルの脇にはいくつも小さな部屋が設けられている。
Fi2602254_3e
部屋の屋根には装飾が施された焼きレンガ(セルジューク朝時代)で覆われている。

焼きレンガ部分の拡大。
Fi2602254_4e
色々な文様がある。

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イラン旅行・サヴェ~その2(モスクと八百屋)

Fi2602253_1e れからサヴェ市内のマスジェデ・ジャーメ Ja’ame Mosque(金曜のモスク)に向かう。
広場の目の前の古そうな建物がそうらしいが・・・。



Fi2602253_2e エイヴァーン(門)の天井。
現地ガイドのBさんは中に入っていったが、すぐ戻ってきた。
こんなに新しいものが目的のマスジェデ・ジャーメとは思えない、と言っている。
どうも別の場所にあるようだ。


Fi2602253_3e 広場に戻ると運転手のEさんがどこかに行っていていなかった。

彼を待つ間、近くの八百屋を覗き見る。
野菜が山積みされていた。
見たこともないような野菜もあるが、面白いと思ったのは日本にある野菜でもイランのものは形状が違うことだ。
同じニンジンでもこちらのは細長い。
品種が違うのだろうか。


Fi2602253_4e 運転手が戻ってきた。
マスジェデ・ジャーメの場所もわかった。出発。

途中、町の中心だろうか、大きな広場があった。
また、氷を貯蔵する大きなヤフチャールの古い建物があった。

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イラン旅行・サヴェ~その1(ザクロのモニュメントと広場)

Fi2602252_1e メインストリートを少し走ると、籠に入ったザクロのモニュメントがある。
ザクロはサヴェの特産品。
ちなみにザクロという名前は、イランのザクロス地方が原産地であるため名づけられたとの事。


Fi2602252_2e 人と車が多い町の中心地らしき場所に出た。
今まで人影のない荒野ばかりを見てきたので、久しぶりに見る活気に胸が躍る。




Fi2602252_3e ところで今回サヴェを訪れた理由は、1272年頃にマルコ・ポーロ一行がここを訪れ、東方見聞録に書き残しているからです。
詳細は後ほど。

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イラン旅行・テヘランからサヴェへ~その7

テヘランからサヴェに向かう途中。

Fi2602251_1e 再び周囲に丘が増えてきた。





Fi2602251_2e
Fi2602251_3e 丘の上に何かモニュメントのようなものが立っている。




Fi2602251_4e 遠くに町並みが見えてきた。





高速を降りていよいよサヴェの町に入る。
Fi2602251_5e
周辺に団地や民家が立ち並んでいる。
人口14万。まったく普通の町だ。
35 01' 01.06"N 50 21' 02.01"E

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