077上都遺跡周辺(内蒙古自治区)

内モンゴル上都遺跡旅行(正藍旗を出発)

4日目

6:20起床。気温は0度。昨日よりも暖かかった。

洗濯物は申し分なく乾いていた。

今日は北京に戻り、盧溝橋を観光する。

110404a 7:30出発。画像はホテルから見た広場。朝食は昨夜のレストランで摂ることにした。

110407a 町を出ると延々と草原が続く。

110408a 今日は往路と違うルートで北京に戻るとの事。正藍旗→沽源→赤城→北京

そのほうがこちらとしてもありがたい。

110409a 放牧の牛が道路を横断していた。

110411a こちらは羊の群れ。

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内モンゴル上都遺跡旅行(三日目夕食、正藍旗の広場夜景)

正藍旗に戻った。18時すぎ、夕食は昨日と同じレストランで摂った。Bさんは昨日よりも酒が入って上機嫌のようだった。私も目的を達成できて、大いに満足していた。Bさんが今日撮影した画像を見せてくれた。すばらしいできばえだった。城河の水面に青空を映しこんで青く見せるなど、そのテクニックは参考になった。話が弾んだ。

今日の肉料理はもっと柔らかいものにしてもらった。

帰りは町の広場の夜景を撮るため、一人でホテルに帰った。

Dscn5078a 画像は食事したレストランが立ち並ぶ通り 42°14'28.75"N115°59'31.38"E。

Dscn5080a 広場の夜景。遠くにフビライ・ハーンの騎馬像が建っている。周囲は照明やネオンが華やかだったが、ほとんど人がいないので寒々しい風景だった。(実際かなり寒いのだが)


Dscn5084a フビライ・ハーンの巨大な騎馬像 42°14'17.62"N115°59'13.53"E。

Dscn5086a 広場の床のタイルに周囲の店のネオンが照らされて、実にきれいだった。

Dscn5094a 色が変わっていく円柱が立っている。


Dscn5095a ホテルの外観 42°14'9.46"N115°59'2.15"E。




Dscn5097a ホテルから見た広場の夜景。

洗濯したあと、テレビを見ながら23時前に寝た。

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内モンゴル上都遺跡旅行(皇城西北角、乾元寺、西华门)

皇城の西北角から見た外城の北側部分。
P400a
残念ながら残り時間が少ないので、ここで帰路につくことにした。
城壁から降りて皇城の西側部分を歩いて南に向かう。
乾元寺の跡地を発見 42°21'37.93"N116°10'42.47"E。
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さらに南に歩くと、宮城の西にある西华门跡地を発見 42°21'27.84"N116°10'54.67"E。
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模型で見る乾元寺と西华门周辺。
Dscn5067a_2
かたわらを小動物が駆け抜けていった。
フビライ・ハーンが狩りを楽しんだというこの場所には、いまだにさまざまな動物が生息しているようだ。
ふと見ると太陽が今にも沈もうとしていた。
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しばらく歩いて、集合時間まで残り少ないというのにまた現在位置がわからなくなってしまった。
車道が通っているので、どちらかの方向に歩けば集合場所のチケット売り場にたどり着ける。
問題はどちらに行くかだ。
そのとき、一台の車が通り抜けていった。
その車は車道の先で左折して見えなくなった。
私はその車道が東西を横断しているものと思い込んでいたので、車が行った先は北側だろうと決め付けた。
チケット売り場は南側なので、車道を車が行った先とは逆方向に歩いていった。
しばらく歩いて、確か太陽が沈んだ方向は自分が進んでいる方向の左側だったことに気がついた。
自分は北に向かって歩いているのではないか・・・。
あたりは薄暗くなりはじめていたので、半ばイチかバチかでもと来た方向に引き返した。
そして車が走っていった方向に早足で歩き始めた。
しばらく歩いて、見慣れた明徳門の遺構が見え始めたときはホッとした。
チケット売り場に向かう途中で、心配したAさんの車がこちらにやってくるのが見えた。

車に乗りながら、これで酷寒の中で野宿せずにすんだことを感謝した。
そして、外城の城壁の大部分を歩けなかったものの、念願の上都遺跡を思う存分歩けたことに十分満足感と達成感を感じました。
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内モンゴル上都遺跡旅行(八思巴帝師寺、小西門、回回寺、回回司天台、西門、皇城西北角)

城壁の上を北に歩く。
皇城内に八思巴帝師寺の跡地石碑を発見 42°21'8.31"N116°10'43.55"E。
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八思巴(パスパ)はフビライ・ハーンから招聘されたチベット仏教の座主で、文化・宗教政策に関する帝国の顧問だった。
帝師の尊称を与えられた。

「バクシ(ラマ僧)はまた多数の寺院・僧院を有しており、その中には教派を同じくする二千人以上の僧侶をも収容し、その規模はさながら小都会のごとき広大なものもある。
これらの僧侶は庶民に比べるとずっとこざっぱりした服装をしており、頭髪と髭を全部そり落としている。
彼らは灯明を煌々と点じ梵歌を声高々と誦して、その奉ずるもろもろの偶像のために以上のような勤行儀式を執行する。
これらバクシたちの中には、教義上その妻帯が認められている者があって、彼らだけは現にそのとおり妻を娶り多数の子供を持っている。」(東方見聞録)

さらに城壁の上を北に歩く。
小西門に着いた。
他の門と同様、二重構造になっている 42°21'11.70"N116°10'34.87"E。
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尚、小西門の近くの皇城内には、回回寺 42°21'14.25"N116°10'43.96"E、回回司天台 42°21'18.00"N116°10'38.33"Eがあった。
たぶん回は回教(イスラム教)を意味するのだろう。
そうであれば回回寺はイスラムのモスク、回回司天台はイスラム学者が運営する天文台だと思われる。
このように、城内にはさまざまな宗教の寺院があったと思われる。

外城西側の風景。
夕日を浴びて草原が輝きだし、黄金色に変わっていった。
まさに桃源郷(ザナドゥ)にいる思いだった。
あまりに心地よい眺めだったので、「すばらしい!」と大声で叫んでしまった。
1103b3a
そもそも上都の名を不滅のものにしたザナドゥという名前は、19世紀のイギリスの詩人、コールリッジが「フビライ・ハーン」という詩の中で使ったものだ。
コールリッジが東方見聞録の上都の話を読んだあと、うたた寝した夢の中で現れた上都のすばらしい光景の印象を詩に書きとめたものだ。

上都に壮麗なる高楼を建設すべくフビライ・ハンは命を下す。
聖なる川アルフは洞穴をくぐり、人には測ること能わぬ地底(ちぞこ)の
陽の光届かぬ海に注ぎ入るなり。
かくて十マイルの肥沃の土地は城壁と見張の塔にて囲まれ
曲折する数々の細流に輝く庭に香り高き木々の花開く
ここにまた山岳とともに生まれたる太古の森の茂みの下
木もれ陽の点々と地にたわむれてあり

模型での外城西側。
Dscn5066a
城壁の上を北に歩く。
西門に着いた 42°21'30.94"N116°10'34.62"E。
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さらに城壁の上を北に歩く。
ようやく皇城の西北角に着いた 42°21'43.67"N116°10'35.98"E。
画像は東に伸びる皇城の北辺の城壁。
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模型での八思巴帝師寺、小西門、回回寺、回回司天台、西門、皇城北辺の城壁(画像左側)。
Dscn5067a
※引用・参考文献は旅行日記の最後に記述します。

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内モンゴル上都遺跡旅行(皇城東南角~明徳門~皇城西南角)

皇城の東南角から、南辺の城壁を見る。
城壁の北側はうっすらと雪に覆われていた 42°20'58.93"N116°11'36.62"E。
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城壁の上を西に歩く。
外側には护城河が見えた。
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上都観光の出発点である明徳門を通過 42°20'57.85"N116°11'6.51"E。
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明徳門の西側は城壁が修復されている。
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夕日に輝く护城河。
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皇城の西南角に着いた 42°20'58.76"N116°10'35.82"E。
ここからまっすぐ外城の南辺の城壁が続いている(画像左端)。
一方、北側には皇城の西辺の城壁が伸びている(画像右端)。
その間には外城西側の広大な草原が広がっている。
P300a2
外城の城壁を歩きたかったが、残り時間も少なくなってきたので、皇城の西辺の城壁を歩くことにした。
模型での外城西側南端部(画像上半部)。
Dscn5065a

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内モンゴル上都遺跡旅行(池、小東門、宣圣庙、孔庙)

110394a さらに皇城の東辺の城壁の上を南に歩くと、皇城内に地面の色が変わっている箇所があった。城壁から降りて近づいてみる。

110395a 地面は外側は固く、中は柔らかくなっているようだ。よくわからないが沼地かもしれない。模型では、この辺に池があったようだ42°21'20.33"N116°11'31.10"E。

110397a さらに皇城の東辺の城壁の上を南に歩くと、また門の遺構に着いた。おそらく小東門だと思われる 42°21'12.16"N116°11'37.61"E。

110398a 城壁の上を南に歩く。模型によると、このあたりの皇城内には、孔 42°21'10.05"N116°11'23.38"Eがあったはずである。

Dscn5068a 模型での池、小東門、、孔庙(画像右下部分)

110399a 皇城の東辺の城壁の終点が近づいた。南辺の城壁が迫る。

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内モンゴル上都遺跡旅行(大龙光华严寺~東門)

さらに皇城の東辺の城壁の上を南に歩く。
一部城壁の石積みが復元されている箇所があった。
城壁の外側は傾斜が急で、内側は緩やかだ。
110386a

歩きながら皇城内を見下ろすと、植物が一直線に並んで生えているのが見えた。
遺構の跡にそって生えているのだろうか?
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大龙光华严寺の跡地を発見42°21'40.31"N116°11'29.71"E。
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このあたりの城壁は綺麗に修復されている。
110389a

東門に着いた。
倒れていた石碑には小東門と書かれているが、東門だと思う42°21'31.36"N116°11'37.77"E。
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明徳門と同じように、門は外門と内門の二重構造になっているようだ。
門の中に広場がある。
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南側から見たところ。
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模型での大龙光华严寺と東門(手前)。
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内モンゴル上都遺跡旅行(外城北東角~皇城北東角)

外城の城壁東北角に達した42°22'10.30"N116°11'35.63"E。
南側に続く城壁の上を歩いていくことにする。
110376a
外城東辺の城壁から東側を見る。
はるか彼方まで草原が続いている。
東側の城壁はとげのある植物が生い茂っており、文字通りいばらの道だった。
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城壁から外城内を見下ろすと、大きな岩があった。
何かと思い、近づいてみた。
建物の礎石なのか、単なる岩なのか?
110379a
外城を示す石碑を発見。
110380a
外城壁と皇城壁の東の接合点に達した42°21'44.06"N116°11'36.47"E。
ここから皇城を見下ろした。
皇城内は各所に土盛りが見られ、かつて建物が立ち並んでいたことがよくわかる。
ありし日の上都の様子を思い浮かべずにいられなかった。
画像左端は皇城の東辺の城壁、画像右端は皇城の北辺の城壁。
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模型での北東方向から見た上都。
左端は外城壁と皇城壁の東の接合点。
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内モンゴル上都遺跡旅行(外城北側~北端の城壁)

复仁門付近の城壁から北側の外城を望む。
これまた草の大海原だった。
P100a

「この宮殿は城郭内(皇城)に建てられているが、その一辺は城壁に接しており、この面から外側に向かって延々十六マイルに近い別のしょう壁が延びだして広大な地域を囲い、内に多数の川や泉や牧場を収めている。
この苑は宮殿からでなければ入れない。
苑内には牡ジカ、黄ジカ、小ジカといった類の動物を放牧し、同じ苑内の鳥小屋に飼っているハヤブサ・タカの餌糧に供せしめている。
ハヤブサだけでもここには二百隻以上が飼育されているのである。
カーンは週に一度は親しく鳥小屋に赴いてこれを視る。
またカーンはヒョウを引きつれてその乗馬のあとに従わしめつつしょう壁をめぐらしたこの園ゆう内を満騎することもしばしばである。
興に乗じて彼はヒョウを放ち牡ジカ、黄ジカ、小ジカを狩り、これを鳥小屋のタカに与えるが、これがカーンの楽しみなのである。」(東方見聞録)

外城内に入って北側に向かって歩く。
模型によると、この辺に竹宮があったはずである42°22'2.20"N116°10'42.51"E。
110372a_2
「しょう壁に囲われた苑の中央部にみごとな森があって、ここにいっさいを竹材で仕上げた別の宮殿がある。
それは亭しゃの一種であるが、柱はすべて金箔と絵画をもって装飾され、柱頭に各各巨大な龍が彫られている。
この龍は龍身を柱に巻きつけ、左右に張った両肢と頭とで屋根を支えている。
殿内も一面に金箔を張り、すばらしいできばえの鳥獣細工を施している。
屋根も竹でできているが厚いウルシでしっかり塗り固めているので、どんな雨にあってもびくともしない。
・・・カーンは年間を通じ6・7・8月の三ヶ月をこの宮殿で暮らす。
それというのも、ここにいれば涼しくてとても楽しいからなのである。
この竹の宮殿はカーン滞在中の三ヶ月間は建てたなりにしておくが、不在中の九ヶ月間は解体される。
このような建て方がしてあるので、思いのままに組み立てることもできれば取りこぼつこともできるわけである。」(東方見聞録)
もしかしたら、ポーロ一行がハーンに謁見したのは、この竹宮だったかもしれない。
模型で見た竹宮(西側から見たところ)。
Dscn5073a

「今までに言い忘れていた一大奇事を紹介しよう。
ほかでもないそれは、カーンがこの竹の宮殿に滞在中、雨天・曇天そのほかの悪天候の日があると、カーンに仕える賢明な占星師・妖術師がその知力と呪法を尽くしてこれら一切の雲や悪天候を宮殿の上空から払いのける。
その結果、天気は宮殿の上空を限ってたちまちに好転し、悪天候はすっかりよそへ移ってしまうのである。」(東方見聞録)

外城の北端に達した。
城壁の上から北側を望むと小さな石柱があった。
どうやら史跡保護区かなにかの境界のようである。
110373a

城壁の西側。
外城の北側の城壁は門が2つあるが、そのうちの西側に立ち寄ってみた。
110374a

城壁の東側。
城壁は奥で右に折れ曲がり、南側に延びているのが見えた。
この城壁の上をなぞって進むことにした。
110375a

※引用・参考文献は旅行日記の最後に記述します。

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内モンゴル上都遺跡旅行(穆清阁・统天阁・香殿・复仁門)

110359a 恐らく穆清阁だと思われる 42°21'37.40"N116°11'6.30"E。上には宮殿の瓦礫を積み上げたと思われるケルン状のものがある。Bさんはこれに向かってお祈りをしていた。

110360a 穆清阁から来た方向(南側)を見たところ。手前の土盛りは统天阁42°21'34.28"N116°11'6.29"E香殿42°21'30.53"N116°11'6.21"Eだと思われる。

城、皇城の入り口は遥か遠い。

Dscn5075b 模型の、穆清阁统天阁香殿部分。

110361a 石碑が見えた。仁門と書かれている。

110363a仁門の遺構。仁門は皇城と北側の外城をつなぐ門だった42°21'44.97"N116°11'6.14"E。

Dscn5071a 模型の仁門部分(手前。北側から見た所)。

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