079北京2007以降

銀川~フフホト~チャガンノール遺跡旅行~その20(北京・元大都城垣公園~成田)

河北省張家口市沽源県のチャガンノール遺跡 から北京に向かう途中Dsc01055a北京の元大都城垣公園に着いた。もう薄暗くなりかけていたが何とか撮影できた。画像は元朝の硬貨の彫刻。多くの店が街の壁に沿って位置していて、経済が繁栄していたと説明にあるDsc01056aモンゴル帝国の象徴である馬。馬上から世界を支配したのだDsc01058a大都と上都、元朝の2つの都の巡幸図。Dsc01059aDsc01060a北京市民の憩いの場でもあるDsc01063a夜も良い雰囲気。
私が下調べしなかったのが悪いのだが、元大都城垣公園の全長は9キロメートル、北京市内最大の帯状に伸びた公園だと知った。とても回り切れない。馬甸付近に残る土城壁くらい見たかったが次回に譲ることにした。Dsc01064a18:10、夕食は公園内のレストランで摂った外国人の集団がいた。Dsc01070a味は日本で食べる中華料理と同じ感じ。薄味でおいしかった。私にはこれ位のあっさり味がちょうどいい。
ガイドのDさんからもっと食べないのかと言われたが、腹八分目にしておいた。
19:07発。Dsc01069a19:15、ホテル
天壇飯店モーニングコールは5:00にしてもらい6:15集合。Dsc01073aDsc01074aDさんと別れ、部屋に入ったが、カードキーを入れても電気が点かない。
受付に言うと、カードを渡され英語でべらべらしゃべり始めたが何を言っているのかわからない。ようやくこのカードで試してくれと言われたのだとわかった。
ところが試してみたもののやっぱり電気が点かない。受付に行ったらボーイに促されて別の部屋に移った。
ようやく電気が点いたが、ボーイが突っ立っているのでチップを渡して帰ってもらった。ようやく落ち着いた。Dsc01071aDsc01072aCCTVの日本特集を見ながら明日の準備をした。22時半頃寝た

翌朝、6:00、Dさんとロビーで会う。
6:05、ホテルを出た。空港までの車内でサンドウィッチと卵を食べる。
6:45、空港着。Dさんは気の利いた人で座席を窓側にしてくれた。Dさんと別れ、空港内を歩いていると、少しずつ記憶が蘇ってきた。本屋で中国の道路地図を探す。携行版しかなかったが買う。30元。土産に建築模型を探したがなく、若干そそられたのは始皇帝の銅馬車模型と上海市の3Dパズルのみ。Dsc01075a8:07、搭乗口着。
8:35、搭乗。Dsc01077a9:15、離陸
10:30、機内食Dsc01078aDsc01079a13:12、成田着相変わらず機外に出るまでが長い。Dsc01080a_2今回も無事旅行を完遂する事ができました。現地ガイドや運転手の方々、旅行会社の方々に深く感謝いたします

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内モンゴル上都遺跡旅行(北京→成田)

Dscn5133a 13:30、北京新首都国際空港に向かう。画像はチベット仏教寺院だったかな?

観光が終わって残念な気持ちだ。

Dscn5135a 北京新首都国際空港にてAさんと別れ、空港の出発ロビーへ。

Dscn5136a ロビーにはこのような中国式の建物や


Dscn5138a このような庭園があった。


Dscn5141a 17:15、離陸。機内での夕食。


Dscn5140a 今回は念願の上都遺跡をじっくりと見ることができて、大満足の旅行でした。

現地ガイドのAさんとBさん、手配して下さった旅行会社の担当者さん、みなさん本当にありがとうございました。

この旅行日記を見て下さった方にも感謝します。

【引用・参考文献】

書名   :完訳東方見聞録 1 

シリーズ :平凡社ライブラリー 326 

著者名  :マルコ・ポーロ/著 , 愛宕松男/訳注 

出版者  :平凡社

書名   :マルコ・ポーロクエスト

書名  :フビライの古都へ

シリーズ :世界紀行冒険選書 20

著者名  :ウィリアム・ダーリンプル/著 , 大出健/訳

版者  :心交社

書名   :モンゴル帝国と大元ウルス

シリーズ :東洋史研究叢刊 65

著者名  :杉山正明/著 ,  

出版者  :京都大学学術出版会

書名   :元の大都

副書名  :マルコ・ポーロ時代の北京

シリーズ :中公新書

著者名  :陳高華/著 , 佐竹靖彦/訳

出版者  :中央公論社

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内モンゴル上都遺跡旅行(北京・鼓楼、5日目昼食)

110533a 鼓楼の観光は当初の予定になかったが、元朝ゆかりの場所でもあり、急遽追加した。

もっとも前回の北京観光(2002年)のとき、鼓楼か鐘楼のどちらかには入った記憶があった。鐘楼 39°56'27.90"N116°23'22.22"Eの建物を見て、鼓楼にはまだ入っていないとわかった。

鼓楼に着いた 39°56'21.83"N116°23'22.33"E。かなり大きな建物である。入場料20元。

110532a 高さもかなりある。高さ31m。「宮殿以外には高層建築の見られない大都の街の中心部に向かい合って聳えたつ二つの高楼(鼓楼と鐘楼)は、元朝の大都管理の象徴でもあった・・・鐘の音を合図として夜間の通行を禁止した(夜8時~朝6時)。」この記述は東方見聞録にも記載されている。現在の鼓楼は明の時代に建てられたものだが、元代の鼓楼もほぼ同じ形状だそうである。

鼓楼の左側に上り口がある。急な階段を登っていく。
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Dscn5126a 上に着くと大きな太鼓がたくさん置いてある。



天井が高く、かなり広々とした印象だ。
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水時計も置いてあった。
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元の時代、水時計は壷漏と言われ、甕にためた水が細管を通って漏れる量を計って時を知る物だった。画像のものが壷漏かどうかはわからない。

鼓楼から市街を眺めた。
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鼓楼と鐘楼は、元の大都においてはじめて国都の中心部におかれた。当時、このあたりは商業・金融・情報の中心地だった。大都の皇城はここからかなり南にあり、皇城が国都の中心部の北寄りにある唐の長安や日本の平安京と異なっている。

帰りに鼓楼の土産物屋に立ち寄った。ここに私が欲しかったものがあった。中国の建築模型だ。ここには鼓楼、鐘楼、胡同(フートン)=中庭を囲んだ形の庶民の平屋住宅の模型があった。しかもプラスチック製で精巧な出来ばえ、塗装の感じも良い。中に電球が仕込んでありライトアップできる。2002年に訪れたときはこんな精巧な模型はなかった。ずいぶん変わったものである。

日本円での支払いはダメとの事だったので、Aさんから中国元を借りて鼓楼の模型を買った。何とか250元に負けてもらった。たぶん粘ればもっと負けてくれたかもしれない。

Dscn5132a 12:10で鼓楼の観光を終わらせ、近くのレストランで昼食を摂った。

シイタケの揚げ物、チャーハン、インゲン豆の炒め物など。どれもおいしかった。

中華料理は種類が実に豊富で、中国に来るたびに毎回違ったものを食べているといっても過言ではない。今回のシイタケの揚げ物も中々良い食感で、おいしかった。

ここでAさんから借りていた金を清算した。

※引用・参考文献は旅行日記の最後に記載します。

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内モンゴル上都遺跡旅行(北京・妙応寺(白塔寺)・三世仏殿、白塔)

七仏宝殿を過ぎ、更に奥に行くと小さな門がある。だんだん白塔に近づいていく。
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三世仏殿の入り口。中に仏様が見える 39°55'26.60"N116°21'25.00"E。
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内部左右に仏教画がある。
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これも同様。
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奥に行くと白塔にたどり着く 39°55'27.70"N116°21'25.08"E。
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中国で最大・最古のチベット式仏塔である。

白塔の周りを信者と思しき人がお経を唱えながら一周し、最後に一礼していた。

妙応寺の観光は10:50までに終わらせ、鼓楼に向かった。

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内モンゴル上都遺跡旅行(北京・妙応寺(白塔寺)・天王殿、意珠心鏡殿、七仏宝殿)

次の観光地、妙応寺(白塔寺)に着いた。

遼の時代に仏舎利塔が建てられたのが始まりで、1271年、元朝のフビライ・ハーンが仏舎利塔の跡地にチベット式仏塔の白塔を建てた。第一帝師であった八思巴(パスパ)の助言により、ネパールからアニグという職人を呼んで建てさせたという。フビライはこの寺を大聖寿万安寺と名づけ、八思巴の異母弟で第二帝師の怜真を住職とし、皇室のチベット仏教の活動の中心地とした。

「・・・(大都は)60の仏寺、30の道観を数える宗教都市でもあった。このほか、キリスト教の教会堂、ムスリムのモスクも営まれた。ことに、歴代皇帝ごとにその御容を納めるため建立された勅建の大仏教寺院は、大元ウルス王族の宗教となったティベット仏教様式の大建築であり、大都をティベット密教独特の雰囲気に包んだと想像される。北京に唯一存在し、いまも異様なかたちで人目を引く妙応寺の白塔のようなストゥーバが、往時は大都城内外に見られたはずである。モンゴルは、文化・宗教を支配の一手段と考える傾向が強い。文化モニュメントを数多く造営して文化センターとし、視覚面でも世界都市にふさわしく装飾したのである。」

フビライ・ハーンが亡くなった翌年の法会では、七万人の僧侶がここに参列したといわれる。大聖寿万安寺は明の時代に改修されたさい、妙応寺と改名された。

110527a 画像は天王殿 39°55'23.04"N116°21'25.24"Eで、広場の右手に鼓楼がある。

妙応寺では建物内部での撮影は禁止とのことだった。
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Dscn5111a 天王殿の中の布袋様。


Dscn5112a チケットを見せて中に入っていくと、意珠心鏡殿がある。画像の香炉の手前には鐘があり、1回1元で突くことができる。突けば突くほど御利益があるそうだ。

Dscn5113a 意珠心鏡殿の中の仏様 39°55'24.56"N116°21'25.12"E。

中の壁面にはびっしりと小さな仏様が並んでいる。

Dscn5114a 更に奥に行くと七仏宝殿がある 39°55'25.70"N116°21'25.09"E。

Dscn5115a 中の仏様。





これは確か七仏宝殿の内部左右に並んでいた像。
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これも同様。
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※引用・参考文献は旅行日記の最後に記載します。

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内モンゴル上都遺跡旅行(北京北海公園・白塔、天王殿、九龍壁)

瓊華島の中央に白塔山という山があり、その上に白塔というチベット式仏塔がある。高さ35.9m。登りの階段が急だ。
どこからともなくチベット仏教のお経が聞こえてきた。日本のお経と違いメロディがある。何とも言えない陶酔感を誘うようなメロディだ。
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白塔山の上に着いた。白塔 39°55'28.12"N116°22'58.23"Eの前に善因殿がある。壁に445体の菩薩像が並んでいる。
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「築山の頂上には、これまた緑一色のりっぱな宮殿がそびえている。築山も樹木も宮殿もすべてがすばらしく綺麗なものだから、これを眺める人々はだれでもこの光景に覚えず恍惚となる。それというのも、カーンはこの美しい風景を作り、飽かずこれを眺めてその目を楽しまそうという趣向だったわけである。」(東方見聞録)

「緑一色のりっぱな宮殿」は広寒宮といい、金の時代には皇帝の離宮だった。フビライはこれを改修し、大都建設までの間、酒宴を催したり接見・儀式の会場として使用していたと思われる。白塔や善因殿は広寒宮の跡地に建てられた。

頂上から北海の北側を望んだところ。北岸にさまざまな建築物が建っている。
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・・・(皇城の)両壁間の敷地で北西部に位して、布置の妙を得た深い一大人造湖がある(=北海)。上記の築山は、実はこの大池を掘って得られた土で盛り積みされたものである。この大池から一条の小川が流出し、これが放し飼いの獣たちの水飼い場をなしている。カーンはここに各種の魚を放流せしめている。人工池から流出する上記の小川は築山のかたわらを水道に由って流れ
・・・いまひとつの深い大池(=中海)に流れ込む
・・・この両池には多種多様な魚類がいて、カーンが欲しい時にはいつでも多量にそれを得ることができる。」(東方見聞録)

白塔山の北側は岩山になっていた。

110519a山橋 39°55'28.09"N116°23'3.28"Eを渡って瓊華島から北海の東岸に向かう。山橋から見ると水路一面に蓮が浮いている。夏場は蓮の葉が水面が見えないくらい水路を埋め尽くしているのだろう。

110520a 北海の東岸。地面に字を書き連ねている人がいた。達筆だ。

110521a ここでもリボンを使った踊りが行われていた。

110522a_3 北海の東北、先蚕壇の前でも踊り。至る所で踊っている 39°55'48.94"N116°23'7.56"E。

蚕壇は現在は高級官僚の子弟の幼稚園になっているそうである。

110526a 北岸を西に向かう。北海に浮かぶ瓊華島が神秘的な姿を見せていた。

110529a 天王殿だったかな?奥では展示が行われていたが、特に印象に残るものはなかった 39°55'51.18"N116°22'54.94"E。

110523a 九龍壁に着いた。瑠璃で作られた9匹の龍のレリーフがある。清の時代に作られ、長さ27m、高さ5m。裏側にも同じように龍のレリーフがある 39°55'49.70"N116°22'52.28"E。

九龍壁は故宮にもあるが、北海のものが最も美しいといわれる。

天王殿に立ち寄っていたらもう待ち合わせ時間間近になってしまった。急いで北海の北側の后門に向かった 39°55'54.76"N116°23'7.62"E。

帰国後わかったことだが、北海公園には鉄影壁や山大玉海といった元朝ゆかりの場所があった。残念ながら今回は見ることができなかった。

※引用・参考文献は旅行日記の最後に記載します。

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内モンゴル上都遺跡旅行(北京の朝~北海公園・団城周辺、瓊華島、永安寺)

5日目

110501a 6:20起床。画像はホテルから見た北京の朝焼け。

朝食はホテルのバイキング。

今日は北京市内の北海公園、妙応寺(白塔寺)を観光する。両方とも元朝ゆかりの地だ。ということはマルコ・ポーロも立ち寄った可能性がある。

110504a 8:00に出発。北京のあわただしい朝。


8:50、北海公園の南側入り口に着いた 39°55'17.49"N116°22'59.79"E。ここで自由行動になった。Aさんと10:00に北海公園の北側の出入り口で待ち合わせることになった。
Aさんから見所として
瓊華島の白塔と北海北岸の九龍壁を紹介される。時間があまりないので急ぐことにした。入場料15元。

北海公園は故宮の西北にあり、広さ68ヘクタール。北海の湖畔、北海に浮かぶ瓊華島、北海の南の団城の3つの部分からなる。
唐の時代には庭園があったらしく、遼・金の時代には皇室の庭園となった。

元の時代、フビライ・ハーンは、北海と南の中海をあわせた太液池と、北の積水潭(現在の前海、後海、西海)を中心に大都(北京)の建設を行った。
都市用水や水運の問題解決のためといわれる。
あるいは、水辺のある草原のため遊牧民の冬季キャンプに最適であり、狩猟地でもあった
太液池周辺を皇城(皇帝の私的空間)とし、その周囲に都を築いたという説もある。
大都の皇城は、唐の長安の皇城や日本の平安京の内裏などのように建物が立ち並んだ空間ではなく、ほとんど立ち木、草地、湖だけが広がる空間だった。
「その城内が、おおむね空き地なのは当然のことであった。
厳冬期や集会・宴会などで入城したさい、各首長はそこに天幕をしつらえたのであろう。」

「各一辺の長さ1マイル、つまり周回4マイルの方形城壁がある(=皇城)
・・・この第1壁を入ると第2壁があるが、これは幅よりは奥行きの長い矩形である。第2壁に囲まれた境内中央にカーンの宮殿がそびえている
・・・とにかく他に比類のない壮大なものである
・・・(皇城内の)二壁の間にはみごとな立ち木のある草場が広がっていて、白い牡鹿、麝香鹿、白斑鹿、黄鹿、リスそのほかさまざまな美しい動物が群棲している。
この両壁間の広場では、人の往来する通路を除いて、こうした美しい動物が至る所に遊んでいるのである。
草場にはみごとな草が一面に茂っている。
それというのも、通路はすべて舗装され地面より2キュービットばかり隆起しているから、泥がその上に流れ込んだり雨水がたまったりするようなことはなく、ことごとく低い草場に流れ去って土質を肥やし草を繁茂せしめるからである。」(東方見聞録)

その後、明、清の時代にも整備・拡張が行われ、現在に至っている。

110505a 北海公園に入ると、市民がグループで踊っている姿に出くわした。

110506a 正面に瓊華島が見える場所に着いた。
瓊華島はもともと金の時代に北宋の首都開封の太湖石を運んで沈めて作ったという。周囲
880m、高さ45m。
「・・・(皇城の)二壁の間にあって宮殿から一射程の所に、カーンは高さ百ペース、周回1マイル以上の小丘ともいうべき築山を作らせ、年中いつも緑色を呈しているようにと常緑樹を一面に植え敷かせた。
そして某所にりっぱな樹木があると聞くと、いずくであれさっそくそれを取りにやらせ、根ぐるみ大量の土をつけたままゾウに運搬させてこの築山に将来せしまる。
どんな巨木であろうとも、カーンは必ずこうして運び至らしめるに相違ない。
こうしてこの築山には世界中で最もみごとな樹木が集められている。
更にカーンはこの築山に濃緑色をした瑠璃を敷き詰めさせたために、樹木はことごとく緑色、小山の地肌もすべて緑色、したがって眺める眼に映ずるところも緑一色ということになって、この築山を<緑の小山>と命名することになった。」(
東方見聞録)

島の上に建っている白塔は清の時代に建てられたチベット式仏塔である。

110507a 団城周辺でも多くの市民が社交ダンスを踊っていた。まるでミュージカルの世界に迷い込んだようで・・・。

110508a 永安橋 39°55'20.69"N116°22'58.11"Eを渡って瓊華島へ。

110509a ここでも多くの市民が踊りやレクリエーションを行っている。

110511a 永安寺というチベット寺院に入った。画像は法輪殿。


普安殿の仏様。旅の無事を祈った 39°55'26.34"N116°22'58.25"E。
110512a

※引用・参考文献は旅行日記の最後に記載します。

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内モンゴル上都遺跡旅行(朝陽劇場で雑技見物~龍祥醤麺で夕食~成遠飯店)

北京朝陽劇場で雑技見物のつづき。
頭の上に載って皿回し。
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頭の上で逆立ちしながら皿回し。
1104a1a_2 
台の上に人が何段も載って皿回し。
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相当筋力が必要そうな技。
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自転車に次々乗って
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最後は孔雀のように。見事。
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最後は出演者全員が挨拶。拍手喝采でした。
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終わった後みやげものコーナーを見るがめぼしいものなし。

22:00、龍祥醤麺で食事。
最近ジャージャー麺が食べたかったので、Aさんに食べられる所を頼んだのだ。
ここのジャージャー麺は本当においしかった。北京観光される方にはお勧めの場所だ。寒天ときゅうりの和え物もよかった。相変わらずゆで落花生は病みつきになる。
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今日泊まるホテルは初日と同じ成遠飯店。ただし部屋は普通の部屋。
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バスタブなし、シャワーのみだった。0:40就寝。
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内モンゴル上都遺跡旅行(北京朝陽劇場で雑技見物)

Dscn5103a 北京の中心部に近づいた。Aさんから、京劇でよい演目があるのでどうかと誘われた。私は京劇に関心はなかったが、雑技には興味があった。横浜の野毛大道芸などで中国雑技を見てすっかり感服していたのだ。せっかくの中国最後の夜、本場の雑技を見に行くことにした。

北京朝陽劇場でやっている雑技世界という催し物だ。

ケットに書いてある番号の座席に行くと、なぜかそこはロシア人団体客に占領されていた。ここは私の席です、とチケットを見せたが、おばさんが訳のわからんことをわめいて空ける気配なし。仕方なく係員を連れてきたらちゃんと空いていた。よかった・・・。

9:10開演。

幕開けはレーザー光線とドライアイスの白煙を使って結構派手。

Dscn5106a 画像は最初の出し物。シーソーの片側に人が乗り、台の上にいる人が反対の側に勢いよく飛び乗ると、片側の人が思い切り飛び上がり、用意した棒の上の椅子に座って着地、という技。

Dscn5107a これは棒の上に着地。全くすごい・・・。


Dscn5109a これはグラスを両手両足、口にくわえた棒の上に載せる技。

Dscn5110a こちらは更に、グラスを載せた人を下の人がグラスを載せながら支えるというややこしい技。こんなにすごい事、よくできるなあ。

110491a これはシーソーの片側に載せた皿を頭の上に載せる技。

110493a こんなにたくさんの皿をいっぺんに。

110495a シーソーの上に3人、その上にシーソーがあってその上で皿を載せる・・・。


110498a 大きな輪の中や上に人がいて、風車の羽のようにぐるぐる回す技。バランスを失うと地上落下の危険な技。

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内モンゴル上都遺跡旅行(宛平城・順治門外の夜市~城内の建物)

宛平城・順治門外の夜市を散策。

110481a ビリヤードを楽しむ人たち。

110482a ここでも荷馬車が活躍していた。

110484a 集合時刻の18:00が近づいてきた。西の威平門に向かう。

これは城内の観光ポイントらしい。湘人館。

110485a 宛平芸術。

110486a 盧溝駅。宿屋だろうか。


通りから外れた路地裏にも色々ありそうだが、薄暗くて見るのはもう無理。
110487a

110488a 万家灯館。

110489a 現在は小学校になっている、光隆寺。

ここでAさんの車に拾ってもらい、北京市街へ。

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