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イラン・ガズヴィーン~アラムート~タブリーズ旅行~その3(ガズヴィーン・テヘラーネ・ガディーム門とエマームザーディエ・ホセイン)

ガズヴィーンの宿泊先からテヘラーネ・ガディーム門へ。
14:39、
テヘラーネ・ガディーム門(テヘランの門)に着いた。ガズヴィーンの防衛のために造られたガージャール朝時代の門。かつてはここで徴税もしていた。高さ約10メートル。8本のミナレットが建ち、壁面は幾何学模様のタイルで飾られている。
今は城壁もなく、門だけポツンとしている。Dsc01197aDsc01198a14:46、
エマームザーディエ・ホセイン(ホセインの聖廟)に到着。
9世紀、アラブ=イスラム帝国のアッバース朝の後継カリフ(イスラム教の最高権力者)を誰にするかを巡って第6代カリフのアミーンと兄のマームーンの間で内戦となり、マームーンが勝利して第7代カリフになった。
マームーンはシーア派信徒の支持を得るため、シーア派十二エマーム派の第8代エマーム(シーア派最高指導者)であるレザーを自分の後継カリフにすることを宣言したが、アッバース朝はスンニ派であるためスンニ派信徒の離反を招いた。
しかしレザーはマームーンとともにホラーサーンに赴いたときに急死する。シーア派十二エマーム派ではレザーはマームーンに毒殺されたと見ており、彼は殉教者としてマシュハドに聖廟が建てられ、シーア派十二エマーム派最大の聖地になっている。エマームザーディエ・ホセインに祀られているホセインは、このレザーの息子であり、奇跡を起こした事で知られる。どんな奇跡だったのかは、確認しませんでした!聞けばよかった…。
ここは聖廟であってモスクではないが、奇跡にあやかろうというのであろうか、幸せを願う人々が集っている。
入口は6本の小さなミナレットを持つ、美しいタイル張りになっている。Dsc01209a特に美しい柱部分。ちょっと欠けているけれど。Dsc01206aいつも明るいドライバーのBさんと。この人は本当に明るい。Dsc01208aa中に入ると広場になっていて、小さなあずまやとプールがある。体を清める場所だ。特に足を洗う。洗うにも作法がある。Dsc01203aDsc01204a地面には、イラン・イラク戦争の戦没者だろうか、顔写真と名前が刻まれている。Dsc01202aこれが聖廟。冬の穏やかな日の光に照らされた幾何学模様が美しい。Dsc01199aDsc01201a今日も大勢の人たちが訪れている。信仰心が篤いというか、みんな幸せになりたいんだねー。世界中どこも一緒。Dsc01200a聖廟の男子トイレ。小便器はないのです。理由はとびはねが足を汚すため。足が汚れているのは不敬なのだと思います。Dsc01205a15:37、出発。
次は
マスジェデ・ジャーメ(グランド・モスク)へ。

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