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銀川~フフホト~チャガンノール遺跡旅行~その18(チャガンノール遺跡(小宏城遺跡))

東方見聞録にこう書かれているbook
「(宣化から)三日間の行程を終わるとチャガンノール市に着く。
…ここにカーンの大宮殿がある。
カーンはこの地が特にお気に召し、好んでこの宮殿に住まわれる。
それというのもこの地には多数の河あり湖沼があってハクチョウが群遊し、みごとな平原にはツル、キジ、シャコそのほか各種の禽鳥が数多く棲息しているからである。
カーンはすばらしいタカ狩りができるものだから、この宮殿に滞在してこの楽しみに耽るのが常である。
すなわちタカやハヤブサを連れてタカ狩りに出かけ、どっさりと獲物を手に入れては満悦至極になるのである。
…この地には5種類のツルが棲息している。
…この城市の近郊に渓谷があるが、カーンはここに、…ウズラの大群を飼養している。
…いつでも欲しいだけのウズラが手に入るわけである。」

チャガンノールは、フビライ・ハーンの離宮がある場所で、元帝国の夏の都、上都(シャンドゥ)と冬の都、大都(ダイドゥ=カンバリーク=北京)の間にあって、この2つの都の間を移動する時には、必ず宿泊する場所である。
マルコ・ポーロは、ここから上都までは3日かかると書いている。
車ならばここから元上都遺跡まで大した距離ではない。
ガイドのBさんから
チャガンノール遺跡に着いたと言われたが、まだ半信半疑だ。
そこは長方形の普通の畑のように見えた。
周りには有刺鉄線が張り巡らされている。
城壁の基礎のような盛り土に囲まれており、その上に石碑が建っていた。
有刺鉄線を潜り抜け、石碑に何が書いてあるのか見に行った。
そこには、はっきりと察罕脳児(チャガンノール)の文字が簡体字で彫られていた。Dsc00981aついにチャガンノール行宮に着いた。
外は風も強く、かなり寒かったが、苦労した甲斐があったと大喜びだったhappy01
チャガンノール遺跡(小宏城遺跡)についてはこちらを参照。
遺跡の四隅には、遺跡の保護区域を示す石碑があったが、みな倒されていた。Dsc00994aDsc00986a長方形の遺跡の一辺では、有刺鉄線自体が完全に破られており、出入り自由になっていた。
遺跡を廻る城壁のような盛り土。Dsc00987a盛り土の途中には出入り口の様な切れ目がある。Dsc01021a長方形の角の部分。Dsc00985a城壁のような盛り土をめぐると、途中に四角い穴が数か所あった。Dsc01007aDsc01008aDsc01011aグーグルマップを見ると、過去には中央の高台を含め、より多くの場所に穴が開いている。
恐らく発掘の跡だろうか?
一旦発掘して、埋め戻したのだろう。
また、草が生えている所と全く生えていない所が明瞭に分かれており、長方形を形作っている。Dsc00989a映えていない場所は発掘した場所だろうか?
遺跡の中央に高台が見える。Dsc00998aDsc01002a上がってみる。Dsc01003a何かの破片が散らばっていた。Dsc01004a11:45、出発。
北京の元大都城垣公園に向かう。


引用・参考文献
書名   :完訳東方見聞録 1                                                    
シリーズ :平凡社ライブラリー 326                                             
著者名  :マルコ・ポーロ/著 , 愛宕松男/訳注                                  
出版者  :平凡社

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