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銀川~フフホト~チャガンノール遺跡旅行~その7(パオトウ・チベット寺院・美岱召

12:33、パオトウ街着。
12:43、昼食北京料理店にて。
 

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13:19発、フフホトに向かう。途中、美岱召に立ち寄る
市街地を抜けるとしばらく農家、畑が続く
Dsc00690a_2Dsc00691a14:20、美岱召(マイダリ・ジョー)着。パオトウの東70キロにあるチベット仏教寺院。
マイダリとはマイトレーヤ(弥勒)がモンゴル語に転化したもの。「霊覚寺」「寿霊寺」とも呼ばれる。
チンギス・ハーンの末裔でモンゴル高原を再統一した
アルタン・ハーンが、その全盛期(1565年)に建てた離宮(明朝は福化城と命名)が基になっている。信心深く、チベット仏教に帰依していた。
一時期、明の首都北京にまで迫ったアルタン・ハーンだが、1571年に和平条約締結後、明から順義王に封じられた。
アルタン・ハーンは1582年に死去したが、その後1606年にチベットから
化身ラマ(活仏)であるマイダリ・ホトクトを呼び、本格的なチベット仏教寺院になった。順義王一族の居館と寺院が併存するつくりになっている。そのためアルタン・ハーン一族の菩提寺的な寺であり、五当召のような学問寺ではない。
また、建築様式はチベット様式の
五当召 と異なり、チベット様式と中国様式の折衷である。全体は城壁に囲まれた城であり、寺院としては大変珍しい。建物の配置は、一部は中国式の左右対称であるが、他はチベット寺院のようにバラバラである。
早速入口へ向かう。
Dsc00716a立派な牌坊がある。後方に見える山は大青山(東部陰山山脈)。Dsc00715a中に入ると、広大な駐車場と広場。Dsc00714a美岱召を囲む城壁。周囲680mの長さ。高さは4m。城壁の形はややいびつな正四角形である。Dsc00692a本当の入り口である泰和門。扁額には1606年に建てられたとある。Dsc00693a裏側から見た所。城壁に上がれる。Dsc00713a泰和門を入った一番目の建物は天王殿であるが、現存していない。実際は大雄宝殿になる。
大雄宝殿(ツォクチェン・ドゴン)。弥勒仏を祀っている。
前殿である大経堂と後殿である大雄宝殿で構成されている。外見は中央が流れ屋根の中国様式、両側が白壁のチベット様式なのが面白い。

大経堂には十八羅漢の壁画がある。
大雄宝殿の奥には釈迦仏と二大弟子(アーナンダ、マハーカーシュヤパ)が描かれている。
その他、仏伝故事、四天王、ゲルク派の開祖
ツォンカパにまつわる絵、大黒天、怪奇な姿の護法神(ドクシト)、礼拝する明代、清代のモンゴル貴族たち、アルタン・ハーンの妻である三娘子と想像される絵、マイダリ・ホトクトと思われる絵が描かれている。Dsc00694aDsc00695aDsc00696aDsc00697a大雄宝殿の西側を北に向って歩く。
乃琼殿(ネーチュンギーン・ソム)。マイダリ・ホトクトの住居。
マイダリ・ホトクトは、ダライ・ラマ四世(ユンテン・ギャムツォ。アルタン・ハーンの甥、または孫または甥の子供との説あり)がチベットのデプン寺に入った時、代わりに内モンゴルに派遣されたと言われる。
彼はこの寺で、弥勒仏の像を造り、開眼供養を行った。この寺がマイダリ・ジョウと呼ばれる由縁である。
清朝以来、guadierの神殿に改築されていたが、元々祀られていたnal qiongの神像はまだここに立っていなかった。
Dsc00698a内部。形相から見て、悪魔から仏法を守る護法神(ドクシト)の諸神と思われる。
悪魔に恐怖心を抱かせるため、憤怒の表情、怒りに逆立つ髪、人間の生首を身に付けている。また目は三眼であり、顔は三面四面が多い。
修行者が恐怖心に耐える事は、密教の特色で、密教の秘密仏である。
中央は牛面である事から、ドクシトの中心尊であるヤマンタカだと思われる。チベット仏教正統派であるゲルク派の開祖ツォンカパの守護神である。
左端は乗馬している点から見て、ハモと思われる。形相から想像できないが女神であり、弟の生皮を鞍として乗馬し、二人の童子を従え海を渡っていく。
右端はよくわからないが、法王かもしれない。いわゆる閻魔であり、インドのYamaである。地獄の王である。
Dsc00700a佛爷府(ゲゲーン・ホトクティーン・オルド)。清朝時代の化身ラマの仏殿。ゲゲーンやホトクトは最上級の化身ラマの呼称である。
寺院に居住している化身ラマはなかった。唯一の化身ラマが来て、ここに一時的に滞在した。
Dsc00702a西万佛殿(バローン・トゥメン・ボルハネー・ドゴン)。マイダリ・ホトクトの宣教の場所。
清朝では、仏堂に変わった。
Dsc00703a今では、洞窟(後方の岩?)の風景スポットになっている。Dsc00712a八角庙(ナイマン・オンチョグト・ソム)。大威徳金剛尊神(ヤマンタカ?)を供え奉る神殿Dsc00705a琉璃殿(シルワールト・ドゴン)。1566年に建てられたにアルタン・ハーンのための礼拝堂。
屋根が緑色の瑠璃瓦で葺かれている事からこの名がある。
Dsc00711a美岱召で最も精緻かつ典型的な明代建築。Dsc00709aすぐそばに小さな白塔がある。Dsc00710a内部。過去仏である燃灯仏、現在仏である釈迦牟尼仏、未来仏である弥勒仏の三仏が祀られている。
ニンマ派の開祖パドマサンバヴァ、ツォンカパ、ダライ・ラマ、緑ターラー等の女性菩薩が描かれている。
Dsc00708a14:45発。フフホトへ向かう。

引用・参考文献

ウィキペディア

書名   : モンゴル仏教紀行                                                   
著者名  :菅沼晃 著                                  
出版者  :春秋社 

書名   :蒙古学問寺                                                    
著者名  :長尾雅人 著                                  
出版者  :中公文庫

書名   :地球の歩き方・中国 2013~2014年版
著者名  :地球の歩き方編集室 著                                  
出版者  :ダイヤモンド・ビッグ社

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