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2012年4月

シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その18(武威と銀川の間)

武威を出て銀川へ。
14:22、蘭州への高速道路(312号線)に乗る。
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14:53、高速道路を降りて、省道(308号線)に入る。
騰格里(テンゲル。トンゴリとも言う)砂漠が近い。
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いつの間にか一時間以上も寝てしまった。
16:33、銀川まで321キロ。
16:35、休憩。あたりは一面の荒地。
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省道(201号線)に入る。

16:55、甘粛省を出て寧夏回族自治区に入る。
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高速道路を降りてからここまでの道から見える風景は、荒地(砂漠)がほとんどで、時々廃屋、30軒ほどの集落、電波塔、ガソリンスタンド、削掘場が見えた。
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17:10、甘糖通過。
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道を通る車は圧倒的に大型トラックが多い。
運転手のDさんはトラックを追い越しまくって進んでいく。
17:19、銀川への途中にある中衛まで60キロ。
17:21、蘭州と銀川を結ぶ鉄道線路と並行して走る。
世界初の砂漠の鉄道、包蘭鉄道だろうか?
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17:38、中衛まで34キロ。遠くに騰格里砂漠が見える。
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17:47、高速道路(定武高速)に乗る。中衛まで24キロ。
17:50、黄河を渡る。
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飛行機から見たのを除けば、初めて肉眼で黄河を見た。

18:02、中衛着。
中衛は銀川の南西190キロにあり、昔は黄河九渡と呼ばれる渡船場があった。
今は「寧夏の穀倉」と呼ばれる。
観光地として、仏教・儒教・道教が合祀された高廟、黄河遊覧の場所、沙坡頭がある。
市街地は見えなかったが、ここから畑が多くなる。
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18:24、中寧通過。緑が多い。
18:37、鳴沙通過。
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18:54、銀川まで87キロ。
19:00、關烏湖(关乌湖)通過。
19:09、呉忠通過。久しぶりに高層ビルや団地を見る。再び黄河を渡る。
19:25、永寧通過。

19:46、銀川着。
高速道路を降りる。賀蘭山路に入る。
19:55、車を止めて銀川の現地ガイドを待つ。
今日の道のりは800キロ近いとか。運転手のDさんに感謝。
19:57、銀川ガイドのEさんに会う。

20:10、銀川のレストランにて夕食。
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料理が出てきた。
これは手抓羊肉とニラ入シュウマイ。
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手抓羊肉は羊のぶつ切り煮で、肉が柔らかくてとてもうまい。今まで食べた羊肉料理で一番美味かった。
かつて寧夏の羊料理は、中国の周恩来首相に「寧夏の羊は天下一」と言わしめた。

清炖土鸡と、トマトと卵の炒め物。
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清炖土鸡はスープが味わい深くて美味しい。

21:10、ホテル凱達大酒店着。
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明日の朝食は2階レストランにて6:30~9:00、出発は8:30。
観光は明日が最後なので寂しさを覚える。

客室。
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洗面所と風呂。
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夜の銀川市内。
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いつも通り洗濯をして寝た。

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JUNE AUGUST’44(DDH/国際通信社)ソロプレイ記録~その2

DDH/国際通信社出版のゲーム、JUNE AUGUST’44のソロプレイ記録です。

【キャンペーン・プレイ2回目(2012.4.25)】

目標:今回は連合軍の勝利を目指す。そのため前回達成できなかった下記を行う。
・カーン南市街へクス占領にて勝利得点1を獲得。
・ヴァローニュ占領にて勝利得点1を獲得、あるいはカルトレ早期占領にて勝利得点2を獲得。
・シェルブール西ヘクス占領にて勝利得点1を獲得。

※以下の選択ルールを採用
16.1,16.5,27.2,27.3

~6月~
1ターン目(6/6):
天気晴。
連合軍。ゴールド海岸の英師団がステップロスした以外は損害なく上陸できた。独709,243師団をヴァローニュに向かわせないよう米82,101空挺師団の各連隊が道路沿いに散開する。英6空挺師団はカーン運河の東で全滅覚悟で独軍をひきつけさせるか、運河の西に渡って上陸部隊と連携させるか迷ったが、前者にした。
独軍。21装甲師団と711戦闘団は英6空挺を包囲。716師団はバイユーへ。243師団はカルトレ防衛の為動けず。709師団はヴァローニュに近付く。
2ターン目(6/7,8):
天気曇。「東部戦線の危機」。
英軍。バイユーを攻撃、独師団1ステップロス。
米軍。サン・メール・エグリーズの独709守備隊を攻撃するが双方損害なし。ゴールド~オマハは海岸から2ヘクス内陸に進出。
独軍。南から進入した77師団、装甲教導師団、高射砲群はヤーボの交通妨害に遭い移動停止。21装甲師団Suelles河畔で戦線の穴を埋める。12SS装甲師団、英6空挺師団を攻撃、反撃を受け1ステップロス。
3ターン目(6/9,10):
天気曇。「ヘッジロー・カッター」。
英軍。独716守備隊を攻撃、除去。バイユーを攻撃、双方1ステップロス、独716師団除去、バイユー占領(史実では6/8占領)。
米軍。独352師団を攻撃、1ステップロスさせる。サン・メール・エグリーズの独709守備隊を攻撃、除去。米空挺連隊、ヴァローニュ占領(史実では6/19頃占領)。
独軍。南から進入した増援ユニットはヤーボの交通妨害に遭い移動停止。21装甲師団カーンに後退。12SS装甲師団等、英6空挺師団を攻撃、反撃を受け1ステップロス。709師団ヴァローニュを攻撃、709師団1ステップロス。
連合軍、ヴァローニュ、バイユー占領で勝利得点2。

4ターン目(6/11,12):
天気曇。「88ミリ砲の待ち伏せ」。
英軍。ヘルマン要塞を攻撃、除去、スウォード海岸から前進。
米軍。独352師団を攻撃、双方損害なし。独352守備隊を攻撃、米師団1ステップロス。独709師団を攻撃、除去。
独軍。南から進入した1.5個師団はヤーボの交通妨害に遭い移動停止。装甲教導師団カーンに入る。12SS装甲師団等、英6空挺師団を攻撃、双方損害なし。英6空挺師団の奮戦で独2.5個師団釘付け。
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5ターン目(6/13,14):
天気雨。「連合軍の兵員不足」。
英軍。112高地を攻撃、要塞を除去。
米軍、シェルブール外郭要塞に接敵。攻撃目標は沢山あるのだが戦闘補給がなく攻撃できない。112高地のみ攻撃した。
独軍。南から進入した2個師団はヤーボの交通妨害に遭い移動停止。112高地が占領されたため、装甲教導師団がカーン南オルヌ河に移動。12SS装甲師団等、英6空挺師団を攻撃、除去成功の大戦果。
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6ターン目(6/15,16):
イベントカード「大嵐」により天気嵐。
英軍。カーン北市街を包囲して攻撃、独21装甲師団除去の大戦果で占領(史実では7/9占領)。
米軍。トレヴィエール南を攻撃、独師団1ステップロス。PtduHoc南を攻撃、独352守備隊除去。シェルブール外郭要塞を攻撃、1個除去。
独軍。悪天候を利用して戦線の整理に努める。カーン南市街には装甲教導、12SS装甲師団、カーン南オルヌ河には2装甲師団、カーン~ヴィール街道上のヴィレル・ボカージュ北東に1個師団、バイユー~サン・ロー街道上のベルロアに1.5個師団、カランタン~サン・ロー街道上に1個師団、レセに1.5個師団。装甲教導、12SS装甲師団が西を攻撃、英49師団除去の大戦果だが自らも1ステップロス、攻撃しないほうが良かったかも。
連合軍、カーン北市街早期占領で勝利得点2。結局独軍は上陸橋頭堡に反撃を加える事無く、カーン市街戦に突入した。ヤーボの交通妨害で増援の到着が遅れたのが大きい。悪天が続いていたら違う結果になっていたかもしれない。
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7ターン目(6/17,18):
イベントカード「天候悪化」により天気嵐。
連合軍、戦闘補給1しか得られず戦線整理に努める。米軍シェルブール東市街を攻撃、独シェルブール守備隊を除去、占領(史実では6/26)、米師団1ステップロス。
独軍。攻撃できる余裕なく戦線の微調整のみ。
連合軍、シェルブール東市街早期占領で勝利得点2。
8ターン目(6/19,20):
天気曇。「東部戦線の安定化」。
連合軍、またも戦闘補給1しか得られず戦線は停滞。
英軍。カーン南オルヌ河の独2装甲師団を攻撃するが、英師団1ステップロスに終わる。
米軍。カルトレに1個師団を向かわせる。
独軍。急遽カルトレに1個師団を向かわせた。
9ターン目(6/21,22):
天気曇。「88ミリ砲の待ち伏せ」。
英軍。カーン南オルヌ河の独2装甲師団を攻撃、双方1ステップロス。
米軍。ベルロアの独1.5個師団を攻撃、米師団1ステップロス。シェルブール外郭要塞2個を攻撃、1個のみ除去、米軍に損害なし。米軍高戦力差なのに戦果上がらず。
独軍。2SS装甲師団が2装甲師団の救援に向かうがヤーボの交通妨害で達せず。
10ターン目(6/23,24):
天気曇。「ドイツ軍の兵員不足」。
英軍。カーン南オルヌ河の独2装甲師団を攻撃、双方1ステップロス、独2装甲師団除去で念願のオルヌ河渡河。
米軍。ベルロアの独1.5個師団を攻撃、独旅団1ステップロス。その東の独0・5個師団を攻撃、米師団1ステップロス。シェルブール外郭要塞1個を攻撃、双方損害なし。米軍高戦力差なのにまたも落せず。
独軍。オルヌ河を渡河された事でカーンの状況は急激に悪化したが増援もなく反撃するだけの戦力がない。ベルロアの独軍は連合軍艦砲射撃の射程外に逃れて1ヘクス後退。
11ターン目(6/25,26):
天気晴。「橋梁破壊」。
英軍。カーン南市街の装甲教導、12SS装甲師団の周囲4ヘクスを包囲して攻撃、独師団1ステップロス。
米軍。ベルロア南の独軍を攻撃、独30騎兵旅団除去。シェルブール外郭要塞1個を攻撃、やっと除去。
独軍。カーンを救援したいが部隊がない。このままカーンが落ちると戦線が破綻する。イベントカード「橋梁破壊」やヤーボにより細かい所で1.5個師団が移動停止にさせられた。
12ターン目(6/27,28):
天気雨。「橋梁破壊」。
英軍。カーン南市街の損耗した装甲教導、12SS装甲師団の周囲4ヘクスを包囲して攻撃、双方損害なし。カーン~ヴィール街道上のヴィレル・ボカージュ北東の独高射砲群に攻撃、英1個師団1ステップロス。
米軍。バイユー~サン・ロー街道上のベルロア南西を攻撃、双方損害なし。シェルブール西市街に入って(占領、史実では6/28)外郭要塞2個を攻撃、要塞を除去、米1個師団1ステップロス。
独軍。増援の2SS装甲師団を戦略移動にてカーン方面へ急派。
連合軍、シェルブール西市街占領で勝利得点1。
13ターン目(6/29,30):
天気晴。「マルベリー完成」、ゴールド海岸に置く。
英軍。カーン南市街を攻撃、双方損害なし。
米軍。バイユー~サン・ロー街道上のベルロア南西を攻撃、独3降下猟兵師団除去の大戦果、サン・ローへの大穴が開いた。シェルブール最後の外郭要塞を攻撃、除去(史実では6/28)。
独軍。バイユー~サン・ロー街道上に0.5個師団を配備。周辺の師団も後退。ヴィレル・ボカージュ~サン・ロー間には大穴が開いた。カーン方面の救援に向かった2SS装甲師団はヤーボにつかまって動けない。絶望的な状況。

~7月~
14ターン目(7/1,2):
天気晴。「イタリア戦線の危機」。
英軍。カーン南市街を攻撃、英師団1ステップロス。112高地の南を攻撃、英師団1ステップロス。
米軍。サン・ロー東を攻撃、独266戦闘団を除去。カルトレを攻撃、独師団1ステップロス。
独軍。カーン方面の救援に向かった2SS装甲師団はまたもヤーボにつかまって動けない。サン・ローにはぎりぎり独91師団が入って米軍の無血占領は免れた。しかしヴィレル・ボカージュ~サン・ロー間は無防備で、米機甲師団がその気になれば南部都市への大突破が可能な状態。仕方なくヴィレル・ボカージュから17SS装甲擲弾兵師団を抜いてサン・ロー~ヴィール街道上に向かわせた。レセの1.5個師団も退路を絶たれる前に撤退開始。
15ターン目(7/3,4):
天気晴。「対空砲火!」。
英軍。カーン南市街を攻撃、英師団1ステップロス。112高地の南を攻撃、双方損害なし。
米軍。サン・ローを攻撃、米師団1ステップロス。サン・ロー北を攻撃、独352師団除去。カルトレを攻撃、独243師団除去、占領(史実では7/2頃)。
独軍。ヤーボによる移動阻害、交通妨害により各部隊の再配置が遅々として進まない。サン・ロー~ヴィール街道はがら空きの状態。連合軍カルトレ占領で勝利得点1獲得。
16ターン目(7/5,6):
天気嵐。「連合軍船舶の転用」だが増援がないので意味なし。
英軍。カーン南市街を攻撃、独装甲教導師団1ステップロス。112高地の南を攻撃、英師団1ステップロス。
米軍。空挺連隊がレセ占領(史実では7/26頃)。数個師団がサン・ロー~ヴィール街道に進出。サン・ローを攻撃、独師団1ステップロス。
独軍。カーンから装甲教導師団を引き上げて16空軍野戦師団を入れた。カーン南オルヌ河には1SS装甲師団を入れた。カーン運河からヴィレル・ボカージュまでは戦線ができている。西のクータンスからサン・ロー~ヴィール街道とヴィレル・ボカージュ~アヴランシュ街道の交差点までは戦線ができた。しかしこの交差点からヴィレル・ボカージュまではガラ空きになっている。
連合軍レセ占領で勝利得点1獲得。

16ターン目終了時の盤面。
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現在連合軍の勝利得点8、JUNE ’44では連合軍の勝利になる。

17ターン目(7/7,8):
天気曇。イベントカード「英軍の兵員不足」により英53師団除去。
英軍。カーン南市街を攻撃、独師団1ステップロス。
米軍。サン・ロー占領(史実では7/19頃占領)。サン・ロー南東を攻撃、独276師団除去の大戦果。サン・ロー南西を攻撃、双方損害なし。
独軍。カーンの16空軍野戦師団を9SS装甲師団と入れ替え。アヴランシュを防衛する為、クータンスを捨てて南下。ヴィレル・ボカージュ~クータンスの戦線は崩壊している。
連合軍サン・ロー占領で勝利得点1。
18ターン目(7/9,10):
天気曇。独軍「司令官退場」。
英軍。カーン南市街を攻撃、英旅団1ステップロス。
米軍。サン・ロー南を攻撃、独91師団除去。ユタ海岸とカルトレの中間地点LaFiere橋近くの独91守備隊を攻撃、双方損害なし。
独軍。102+503重戦車大隊がカーンに入る。17SS装甲擲弾兵師団がヴィールに後退。
19ターン目(7/11,12):
イベントカード「天候回復」により天気晴。
英軍。カーン南市街を攻撃、独軍2ステップロス、英師団1ステップロス、独102+503重戦車大隊除去。
米軍。クータンス占領(史実では7/28頃)。2個機甲師団がアヴランシュまで3ヘクスに迫った。クータンス南を攻撃、双方損害なし。LaFiere橋近くの独91守備隊を攻撃、双方損害なし。
独軍。カーンの12SS装甲師団を16空軍野戦師団と交替。265戦闘団がアヴランシュ北市街に入った。3個師団がアヴランシュに向かっているがヤーボによる移動阻害によりほとんど進めない。
連合軍クータンス占領で勝利得点1。
20ターン目(7/13,14):
天気嵐。イベントカード「天候悪化」。
英軍。カーン南市街を攻撃、双方損害なし。
米軍。アヴランシュ北市街を攻撃、独265戦闘団除去、占領。LaFiere橋近くの独91守備隊を攻撃、除去した。
独軍。272師団がアヴランシュ南市街に入った。増援3個師団がヴィールやモルタンに向かっているがまだ遠い。
連合軍アヴランシュ北市街早期占領で勝利得点2。残念ながら今回もカーン南市街を20ターンまでに占領できなかった。
21ターン目(7/15,16):
天気雨。連合軍「過度な警戒」。
英軍。カーン南市街を攻撃、双方損害なし。
米軍。アヴランシュ南市街を攻撃、双方損害なし。
独軍。クータンスからアヴランシュに向かう2個師団、米軍に包囲される。275師団がモルタンに入った。
22ターン目(7/17,18):
天気曇。「ヘッジロー・カッター」。
英軍。カーン南市街を攻撃、独師団1ステップロス。
米軍。アヴランシュ南市街を攻撃、独師団1ステップロス。アヴランシュ北街道上の独2個師団を包囲攻撃、米師団1ステップロス。
独軍。フレールに英軍接近の可能性が出た為、カーン南の2SS装甲師団をフレールに向かわせなければならなくなった。カーンから南の全戦線をオルヌ河の東岸に後退させた。アヴランシュ南市街を獲られてしまうとその後ヴィール、モルタン、フレール、ファレーズのいずれか1都市を奪われただけで連合軍の勝利が確定してしまう。何とか救いたいが今のカーン周辺の戦線を下げた所で戦線縮小にならず、逆に戦線の綻びに付け入る隙を与えかねない。どうしたものか。
23ターン目(7/19,20):
天気曇。独軍「指揮の混乱」。
英軍。チュリ-・アルクール北の装甲教導師団を攻撃、双方損害なし。
米軍。アヴランシュ南市街を攻撃、独272師団を除去、占領(史実では7/31頃占領)。アヴランシュ北街道上の独2個師団を包囲攻撃、独師団1ステップロス。
独軍。フレールに向かう2SS装甲師団ヤーボの交通妨害で動けず。
連合軍アヴランシュ南市街早期占領で勝利得点2。合計15得点になった。
24ターン目(7/21,22):
天気晴。
英軍。イベントカード「絨毯爆撃」によりチュリ-・アルクールの高射砲群、353師団、装甲教導師団を攻撃、高射砲群1ステップロスに終わる。装甲教導師団を攻撃、1ステップロスさせる。フレールに向かう2SS装甲師団を攻撃、双方1ステップロス。
米軍。2,3機甲師団はアヴランシュ南西の突破路防衛。アヴランシュ北街道上の独2個師団を包囲攻撃、独77師団除去、独5降下猟兵師団1ステップロスの大戦果。独軍最悪のターン。
独軍。装甲教導師団と1SS装甲師団が交替。カーン~チュリ-・アルクールの戦線崩壊の危機で2SS,9SS,12SS装甲師団はファレーズへ。
25ターン目(7/23,24):
天気曇。イベントカード「絨毯爆撃」によりモルタンの275師団を攻撃、1ステップロスに終わる。
英軍。カーン南市街を攻撃、独16空軍野戦師団除去の大戦果、カーン南市街占領(史実では7/18頃占領)。チュリ-・アルクール北の1SS装甲師団を攻撃、双方損害なし。チュリ-・アルクールの1.5個師団を攻撃、独高射砲群除去。
米軍。アヴランシュ南西の突破路防衛強化。アヴランシュ北街道上の独0.5個師団を包囲攻撃、独5降下猟兵師団除去。
独軍。カーン~チュリ-・アルクールの戦線崩壊、ファレーズに向けて後退開始。
26ターン目(7/25,26):
天気嵐。「連合軍の補給逼迫」。
英軍。カーン運河からチュリ-・アルクールまで、後退した独軍を追って行く。しかし戦闘補給が足りない為一箇所しか攻撃できなかった。チュリ-・アルクール東の1SS装甲師団と353師団を攻撃、353師団1ステップロス。
米軍。アヴランシュ南西の突破路防衛強化。
独軍。カーン方面の独軍、東側のディーヴ河に後退。ファレーズを守る薄い戦線を作った。フレールに116装甲師団とⅡSS軍団砲兵が到着、363師団と12SS装甲師団も向かっている。モルタンには326師団が到着した。
27ターン目(7/27,28):
天気嵐。イベントカード「大嵐」により「V1によるロンドン攻撃」発生。
英軍。後退中の独軍に対して四箇所で攻撃、独軍は346師団、711、275戦闘団、2SS装甲師団を失った。壊滅状態。
米軍。アヴランシュから完全戦力の3個師団+2個軍団砲兵が南西に突破した(史実では8月初旬?)。
独軍。カーン南の戦線は消失した。ファレーズに1SS、9SS装甲師団を篭らせる。モルタンには116装甲師団が到着。その他ヴィールに2個師団、フレールに2.5個師団+軍団砲兵。
連合軍、勝利条件を全て満たし勝利確定。
※実は私の勘違いで、プレイ中はこの時点で勝利得点14獲得だと思っていた(実際は15得点獲得済)。その後地図南端から登場する独116装甲、275、326師団をモルタン等に向わせていたが、アヴランシュ南市街~南西突破口に向かわせれば、連合軍の勝利達成はやや遅れた可能性がある。しかしアヴランシュ周辺には米師団12個+軍団砲兵4個がいた事、独軍増援の来る21ターン目以降の天候が割りと良くヤーボの交通妨害が期待できた事を顧みて、ほとんど独軍攻撃の影響はなかったであろうと判断して、27ターン目での勝利とした。
以上の理由により、27ターン目以降もしばらくゲームを継続した為下の画像は32ターン終了時(盤面南東部分)。
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感想:

目標の連合軍の勝利は達成した。
・カーン南市街へクス占領にて勝利得点1を獲得→達成出来なかった。不運だっただけで十分達成可能だと思う。まずはオルヌ河を渡河し、カーンを南から河越えなしで攻撃できるようにする事が必要だと思う。
・ヴァローニュ占領にて勝利得点1を獲得、あるいはカルトレ早期占領にて勝利得点2を獲得→達成。ヴァローニュを占領した。米82、101空挺師団の各連隊を使って独243、709師団の動きを封じればヴァローニュ、シェルブールの早期占領の可能性が高まると感じた。
・シェルブール西ヘクス占領にて勝利得点1を獲得。→達成。上記の通り。

今回は27ターン目で連合軍の勝利になった。これは上記の通り①シェルブールの早期占領、ヴァローニュの占領による勝利得点合計4獲得、②カーン北市街の早期占領による勝利得点2獲得、③アブランシュの早期占領による勝利得点合計4獲得が寄与している。

①については米82、101空挺師団の各連隊の運用により可能性が高まった。
②については一回の攻撃により完全戦力の独21装甲師団を除去できた運の良さのせいもあるが、真の原因は連合軍空軍を全て交通妨害に使った事により独軍の増援が前線に中々到着しなかった事だと思う。天候が雨や嵐だったら結果は異なっていたかもしれない。ヤーボはこのゲームの陰の主役だった。
③はサン・ローからの米軍早期突破によるもの。12ターン目増援の独2SS装甲師団をサン・ローではなくカーンに回してしまった為、レセ~ベルロア間の戦線崩壊を早めた。2SS装甲師団をカーンに回したのは、カーン南方オルヌ河を英軍が渡河しておりカーン陥落の可能性が大きいと判断した為。オルヌ河を渡河されてしまったのはヤーボの活躍でカーンへの独軍増援到着が遅れた為、という事になる。
独軍としてはヤーボが現れない悪天候が続く事を祈るしかないのだろうか?

全体的に見て連合軍優勢のゲームだというのが今の認識。
歴史再現性が優れているかどうかはわからないが、もしゲームの成り行きで連合軍が盤面南部の都市(ヴィール、モルタン、フレール、ドンフロン、ファレーズ、アルジャンタン)を占領する必要が生じた場合、都市に立てこもる独軍スタックとそれを囲む連合軍、という光景が随所で見られる事になると思われる。これは史実ではないだろうと思った。また「絨毯爆撃」がなくともサン・ロー方面の独軍戦線が勝手に崩壊したのは笑えた。
色々問題はありそうなゲームだが、8月後半までのノルマンディー戦を気軽にプレイできるのは大きく評価している。

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シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その17(武威・雷台公園)

12:30、雷台公園を観光する。
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雷台公園は雷様を祀る道教の道観(寺院)、雷台観のある公園。
雷台観は高さ8.5メートルの土台の上にある。

しかし観光目的は雷台観にあるのではなく、その土台の下にある後漢の時代の墳墓だ。
1969年、ここからすぐれた造形の銅奔馬が発見された。

雷台観の入り口。
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Cさんによると、東晋時代(4世紀)に造られ明代に修復されたそうだが、他の資料では清の時代と書かれている。

雷台観の建物。
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雷様と思われる。
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墳墓は土台の横に入り口があり、レンガを積み上げて造った磚室墓といわれるもの。
後漢の張という名の将軍の墓だそうだ。
中ソ紛争という時代背景のもと、防空壕を掘り進んでいた農民が発見した。

入り口を入ると下り道になっており、前室、中室がある。
その先の后室に高さ34.5センチ、長さ45センチの銅奔馬(画像手前)の他、ミニチュアの軍団が置いてある。
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これらはもともと中室にあった。
この墓はすでに盗掘されていたが、銅奔馬とミニチュアの軍団は値打ちがなかったのか、残されていたという。
この銅奔馬は馬踏飛燕(飛ぶ燕を踏む天馬)と呼ばれ、その芸術性の高さが評価されている。
ちなみにここにある銅奔馬とミニチュアの軍団はレプリカで、本物は蘭州の甘粛省博物館にある。

中室の左右にある耳室。
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がらんどうである。

外に出た。
土台の前の広場には本物を6倍にしたレプリカが並べられている。
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リアルな造形は秦の兵馬俑を思い出させる。
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13:06、出発。

13:14、昼食をとる。
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麻婆豆腐など4品。
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14:05、出発。
名残惜しいがこれで武威ともお別れ。
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次の目的地、銀川に向かう。

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シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その16(武威・羅什寺塔)

次に羅什寺塔を観光する。
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4世紀の名僧、鳩摩羅什が経典を講じた場所に、その業績を称えて488年に創建され(創建は4世紀または唐の時代と書いているものあり)、1927年の地震で崩壊したものの1930年に再建された。
高さ32メートルの八角十二層の塔。

鳩摩羅什は西域の亀茲国(現在のクチャ)国王の甥で、出家して大乗仏教を極めた人。
その評判を聞いた前秦王は彼を捕えて知識を得る為、将軍呂光に命じて亀茲国に攻め入った。
呂光は鳩摩羅什を連行したが、前秦王が殺され国が滅んだことを知り、武威に後涼国を建てた。
そのため鳩摩羅什は囚われのまま武威で16年間を過ごすことになる。
しかし後涼は後秦に滅ぼされ、鳩摩羅什は後秦王に招かれ長安で経典の漢訳を続け、59歳でこの世を去った。
大量の経典の漢訳が彼の偉業といわれる。「極楽」という言葉を考案したのも彼だ。

塔の下には、鳩摩羅什の舌が納められているという。
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彼は死んでも舌だけは腐らずに残った。
もし経典の漢訳に間違いがあれば腐ると言われているが、腐らずに残っているという。

塔の近くでは大きな寺院が新築されていた。
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武威の街。
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JUNE AUGUST’44(DDH/国際通信社)ソロプレイ記録~その1

DDH/国際通信社出版のゲーム、JUNE AUGUST’44のソロプレイ記録です。

【キャンペーン・プレイ1回目(2012.4.12)】

※以下の選択ルールを採用
16.1,16.5,19.5,27.3

~6月~
1ターン目(6/6):
画像は空挺降下後、上陸直前。
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戦闘力3の独海岸防御ユニットが全てオマハ海岸に配備されていて悪寒を感じる。英軍。ジュノー海岸でまさかの加歩兵師団ステップロス。続いてゴールド海岸でも歩兵師団ステップロス。米軍。オマハ海岸は1個歩兵師団がステップロス。以上は上陸成功したものの、ユタ海岸では海岸防御ユニットを除去したが米歩兵師団全滅して上陸失敗。独軍。21装甲師団らは英6空挺師団を包囲。
2ターン目(6/7,8):
天気雨。独軍めずらしく補充が出たが(5分の1の確率)使う箇所なく捨てる。連合軍は上陸地点を固めるので精一杯。独軍。まだ上陸地点を攻撃できる態勢にない。攻撃により英6空挺師団ステップロス。
3ターン目(6/9,10):
めずらしく天気晴(5分の1の確率)。各上陸地点はまだ不安定な状態。ありがたい事に引いたイベントカードは「独軍指揮の混乱」。米空挺師団、サンメールエグリーズ守備隊を攻撃するが双方損害なし。独軍は英6空挺師団を除去。
4ターン目(6/11,12):
またも晴天。独軍またも補充が出たが使う箇所なく捨てる。もったいない。「独軍戦闘機隊投入」。連合軍は全体的に3ヘクス内陸に進出。米軍。バイユーの独716師団を包囲してステップロスさせた。独軍。スウォード海岸の追い落としを図ったが航空阻止に遭い断念。防衛ラインを引くのに手一杯で攻撃なし。
5ターン目(6/13,14):
天気雨。「連合軍パイロットの損失増加」。連合軍は4ヘクス内陸に進出。英軍。ヒルマン要塞を除去。スウォード海岸からやっと前進できた。米軍。バイユーは落とせず。サンメールエグリーズへの攻撃続く。独軍。悪天候で敵空軍の移動阻害がないので、敵の進出に備えて戦線を整理するのみにとどまった。
6ターン目(6/15,16):
天気雨。独軍またも補充が出たが使う箇所なく捨てる。「マルベリー完成」。ゴールド海岸に置く。英軍。カーンに接敵。ヴィレル・ボカージュ方面を脅かす。米軍。バイユー陥落、1勝利得点。ヴァローニュ目指して攻撃中。独軍。ステップロスした高射砲兵群をヴィレル・ボカージュに下げた。ヴィレル・ボカージュから南に伸びる道路にはこれしか守りがない状態。ここを抜かれたらビールを占領されるが、ヴィレル・ボカージュ~カーン運河の戦力は余裕がなくユニットを引き抜けない。やむなくバイユー~サンローの街道上を守っていた17SS装甲擲弾兵師団を引き抜いた。カランタンからもサンローに向け後退。まだ米軍の脅威は薄いが、退路を絶たれるよりは早めに撤退させた。艦砲射撃の射程外にもなる。ヴァローニュは8ターンまでは持ちそうな気配。
7ターン目(6/17,18):
天気晴。また「マルベリー完成」。ユタ海岸に置く。英軍。カーンを攻撃。-3の不利な攻撃だが仕方なし。米軍。サンロー方面、ヴァローニュ方面で攻撃を行うが全て双方損害なし。独軍。サンローに向け一歩後退。補給切れにされるのと砲兵の射程内に入るのを避ける為。ヴァローニュは3ステップのスタックにしたので8ターンに占領される事はなくなった。
8ターン目(6/19,20):
また天気晴。独軍に待望の補充あり。高射砲兵群を完全戦力に。「連合軍船舶の転用」。英軍。カーン攻撃で独軍1ステップロス。ヴィレル・ボカージュは双方ステップロス。米軍。サンロー東面192高地双方損害なし。LaFiere橋では独軍守備隊除去。カルトレ、レセ方面への進出を伺う。ヴァローニュは米軍1ステップロス。独軍。ヴィレル・ボカージュ南方に迫る英軍に対応する為、仕方なく112高地より21装甲師団を南西に移動させた。カーン運河~ヴィレル・ボカージュの戦力不足は深刻。17SS装甲擲弾兵師団は連合軍空軍の交通妨害により中々到着しない。カーン北市街から南市街に撤退。ヴァローニュからシェルブールへ撤退。サンローに向け1ヘクス後退。
9ターン目(6/21,22):
天気曇。「イタリア戦線の危機」。英軍。カーン北市街を占領、1勝利得点。史実では北市街の占領は7/9なのでかなり早い。このゲームでは7/9までの独軍の北市街保持は難しいと思われる。カーン南市街攻撃双方損害なし。112高地攻撃で師団1ステップロス。ヴィレル・ボカージュ付近で高射砲兵群を攻撃、双方1ステップロス。米軍。サンロー東面192高地攻撃双方損害なし。ヴァローニュを占領したが勝利得点はなし。シェルブール付近の攻撃で双方1ステップロス。シェルブール攻略は3.5個師団+1個軍団砲兵で行う。独軍。サンロー~ヴィレル・ボカージュの間隙が問題になる。ここを抜けられると南方諸都市が脅威にさらされる。サンローから1個師団を抜いて間隙に向かわせる。レセに配備予定の1個師団をサンローに向かわせる。243,709師団はシェルブール市街に入った。
10ターン目(6/23,24):
天気雨。「対空砲火!」。英軍。カーン攻撃は加機甲旅団1ステップロスで終わった。112高地攻撃双方損害なし。米軍。サンロー東面192高地攻撃独軍1ステップロス。カルトレ攻撃双方損害なし。シェルブール外郭要塞1ケ除去。独軍。サンロー~ヴィレル・ボカージュの間隙に91師団配備。その他は目立つ動きなし。
11ターン目(6/25,26):
天気晴。「ドイツ軍の兵員不足」。英軍。カーン攻撃は機甲旅団1ステップロスで終わった。112高地攻撃英軍ステップロス。米軍。2機甲師団、サンロー~ヴィレル・ボカージュ間の道路に迫る。サンロー東面192高地攻撃双方1ステップロス。その北での攻撃双方損害なし。カルトレ攻撃独軍除去され占領、1勝利得点。シェルブール東側外郭要塞2ケ除去。90師団1ステップロス。独軍。112高地に入ろうとした9SS装甲師団、連合軍空軍交通妨害で動けず。91師団、米2機甲師団の行く手を阻む。サンロー~ヴィレル・ボカージュ間に展開しようとした353師団も交通妨害で動けず。
12ターン目(6/27,28):
天気嵐、結局これで連合軍海軍の砲撃支援は終了した。「東部戦線の安定化」。英軍。カーン攻撃は機甲旅団1ステップロスで終わった。112高地攻撃ようやく成功、独要塞除去。独要塞前ターンまで単独でよく持ちこたえた。前ターンに9SS装甲師団が入っていれば今回も持ちこたえただろう。米軍。サンロー東面192高地攻撃師団1ステップロス。その北での攻撃独師団1ステップロス。カランタンの師団サンローに迫る。カルトレの師団群レセに迫る。シェルブール東市街占領、ぎりぎりで1勝利得点。西市街攻撃双方損害なし。独軍。9SS装甲師団、カーン南方オルヌ河沿いに配備。2SS装甲師団、サンロー~ヴィレル・ボカージュ間の守備に就く。9SS装甲師団のいるヘクス2805~91師団のいるヘクス3115の戦線が薄く心配。
13ターン目(6/29,30):
イベントカード「天候悪化」により天気嵐。英軍。カーン攻撃双方損害なし。カーンの南攻撃双方損害なし。米軍。サンロー東面192高地攻撃双方1ステップロス、米1師団除去。シェルブール攻撃双方損害なし。独軍、目だった動きなし。

~7月~
14ターン目(7/1,2):
イベントカード「天候悪化」により天気嵐。英軍。カーン攻撃は機甲旅団1ステップロスで終わった。カーンの南オルヌ河攻撃独9SSS装甲師団1ステップロス。米軍。サンロー東面192高地攻撃双方損害なし。サンロー北攻撃双方損害なし。レセ攻撃米師団1ステップロス。シェルブール攻撃独709師団除去。独軍。1SS装甲師団、ステップロスした9SS装甲師団にスタックして戦線補強。カーン運河の装甲教導師団、ヴィレル・ボカージュ~オルヌ河の薄い戦線を補強する為16空軍地上師団と交代して転出。5降下猟兵師団サンローに入る。シェルブールの243師団、カルトレを奪回すべく南下。
15ターン目(7/3,4):
天気晴。「東部戦線の危機」。英軍。カーン攻撃は双方損害なし。カーンの南オルヌ河攻撃双方損害なし。米軍。サンロー東面192高地攻撃独師団1ステップロス。サンロー北攻撃双方1ステップロス。他は戦闘補給なく攻撃できず。独軍。装甲教導師団ヴィレル・ボカージュ~オルヌ河間に配備。5降下猟兵師団サンロー北の強化。243師団南下中。
16ターン目(7/5,6):
天気雨。「連合軍の兵員不足」。英軍。カーン攻撃は独2装甲師団1ステップロス、加3師団の除去という大損害。カーンの南オルヌ河攻撃英師団1ステップロス。米軍。サンロー東面192高地攻撃独師団1ステップロス。他は戦闘補給なく攻撃できず。独軍。カーンの南オルヌ河で教導、1SS、9SS装甲師団で攻撃、英15師団除去の大戦果。276師団サンロー東面192高地を強化。243師団カルトレ奪回。
16ターン終了時点で、連合軍勝利得点わずか3。除去ボックス連合軍4個師団、独軍4.5個師団。
地図盤東側の状況。
Dscn7168a
地図盤西側の状況。
Dscn7169a
17ターン目(7/7,8):
イベントカード「天候回復」により天気晴。英軍。カーン攻撃は独1SS装甲師団1ステップロス。カーンの南オルヌ河攻撃英旅団1ステップロス。米軍。サンロー東面192高地攻撃独師団1ステップロス。サンロー北攻撃米師団1ステップロス。レセ攻撃米師団1ステップロス。カルトレ再占領の為シェルブールから2個師団抽出。独軍。弱体化したカーンに12SS装甲師団を入れる。2SS装甲師団サンロー東面192高地補強に向かう。
18ターン目(7/9,10):
天気雨。独軍に待望の補充、カーンの南オルヌ河の1SS装甲師団完全戦力へ。「88ミリ砲の待ち伏せ」。英軍。カーン攻撃は英師団1ステップロス。カーンの南オルヌ河攻撃英師団1ステップロス。米軍。サンロー東面192高地攻撃独師団1ステップロス。サンロー北攻撃独師団1ステップロス、米2師団除去。レセ攻撃独師団1ステップロス、米8師団除去。独軍。102+503重戦車大隊カーンに到着。2SS装甲師団サンロー東面192高地到着。1個師団レセに向かう。
19ターン目(7/11,12):
天気嵐。英軍。カーン攻撃は加2師団除去の大損害。カーンの南オルヌ河攻撃英34機甲旅団除去。米軍。サンロー東面192高地攻撃独276師団除去。レセ攻撃米師団1ステップロス。カルトレ攻撃独243師団除去、カルトレを再占領、勝利ポイントを取り戻す。独軍。カーンへの増援1個師団、イベントカード「橋梁破壊」により足止め。サンロー東面192高地を1個師団で強化。レセを1個師団で強化。
20ターン目(7/13,14):
天気晴。英軍。カーン攻撃は双方1ステップロス。カーンの南オルヌ河攻撃英1ステップロス、独9SS装甲師団除去。米軍。サンロー東面192高地攻撃独353師団除去。サンロー北攻撃独師団1ステップロス。レセ攻撃独266戦闘団除去。独軍。カーンへの増援1個師団、イベントカード「橋梁破壊」により足止め。サンロー東面192高地を1個師団で強化。
21ターン目(7/15,16):
天気曇。「ヘッジロー・カッター」。英軍。カーン攻撃は英53師団、独102+503重戦車大隊除去の大損害。カーンの南オルヌ河攻撃双方損害なし。米軍。サンロー東面192高地攻撃独師団1ステップロス。サンロー北攻撃独352師団除去。レセ攻撃双方損害なし。独軍。サンロー東と北から市街に撤退。サンロー周辺の防御は弱体化しており手遅れかも。これに合わせてレセからも撤退開始。
22ターン目(7/17,18):
天気曇。「連合軍パイロットの損失増加」。英軍。カーン攻撃は英3師団除去の大損害。カーンの南オルヌ河攻撃双方1ステップロス。米軍。サンロー北東攻撃米29師団除去。サンロー攻撃独3降下猟兵師団除去、米師団1ステップロス。レセ占領、勝利得点なし。レセ南方後退中の独軍を攻撃双方損害なし。独軍。カーンのステップロスした師団をカーンの南オルヌ河に移し、代わりに1個師団を入れる。サンロー~ヴィレル・ボカージュの戦線を下げる。連合軍砲兵の射程外にする為。サンロー放棄。2個師団レセからクータンスへ後退中。
23ターン目(7/19,20):
天気雨。独軍補充あり。連合軍「過度な警戒」。英軍損耗激しく攻撃できず。米軍。シェルブールの外郭要塞を攻撃、要塞除去米師団1ステップロス。独軍。クータンス~サンローの部隊は更に後退。クータンス放棄。カーン方面から2装甲師団を西側に向かわせる。
24ターン目(7/21,22):
天気嵐。独軍補充あり。「英軍の兵員不足」、英51師団が除去された。米軍。後退する独軍に接敵するものの、損耗が大きいのと砲兵が移動モードで砲撃できないのと空軍地上支援がないのとで攻撃せず。サンローとクータンスを占領、勝利得点2。独軍。西側の部隊、米砲兵の射程外に後退。2装甲師団ビールに配備。
25ターン目(7/23,24):
天気曇。イベントカード「絨毯爆撃」により、カーン周辺の独砲兵師団2個を除去。米軍。後退する独軍に接敵するものの攻撃せず。シェルブールの外郭要塞のみ攻撃、除去。独軍。西側の部隊、米砲兵の射程外に後退。
26ターン目(7/25,26):
天気晴。独軍補充あり。「連合軍の兵員不足」。米軍。後退する独軍に接敵。クータンスからアヴランシュの途上で攻撃、独77師団除去。シェルブールの外郭要塞を攻撃、双方損害なし。独軍。西側の部隊、米砲兵の射程外に後退。カーンからアヴランシュまで一直線の戦線になった。
27ターン目(7/27,28):
天気雨。独軍補充あり。「対空砲火!」。米軍。後退する独軍に接敵。クータンスからアヴランシュの途上で攻撃、独272師団除去の大戦果。シェルブールの外郭要塞を攻撃、米9師団返り討ちで除去される。独軍。西側の部隊、米砲兵の射程外に後退。アヴランシュ北市街放棄。アヴランシュに116装甲師団が入った。
28ターン目(7/29,30):
天気晴。「イタリア戦線の危機」。米軍。後退する独軍に接敵。アヴランシュ北東を攻撃、独師団1ステップロス。アヴランシュ北市街を占領、勝利得点1。独軍。西側の部隊、米砲兵の射程外に後退。

~8月~
29ターン目(7/31,8/1):
天気曇。「V-1によるロンドン攻撃」。英軍久しぶりの攻撃。ヴィレル・ボカージュを攻撃、双方1ステップロス。米軍。後退する独軍を追う。アヴランシュ南市街を攻撃、双方損害なし。アヴランシュ東を攻撃、独275師団除去。独軍。勝利得点都市ビールやモルタンの間際まで後退して来た。これ以上は後退できないと判断。
30ターン目(8/2,8/3):
天気嵐。「88ミリ砲の待ち伏せ」。英軍。112高地南を攻撃、装甲教導師団1ステップロス。米軍。Coumont南を攻撃、双方1ステップロス。アヴランシュ南市街を攻撃、米師団1ステップロス。独軍。カーンから西側の部隊、アヴランシュを除き可能な範囲で米砲兵の射程外に後退。341+394突撃砲旅団モルタンに入る。
31ターン目(8/2,8/3):
天気晴。独軍補充あり。「連合軍の補給逼迫」。英軍。カーン南オルヌ河へ攻撃独師団1ステップロス。米軍。Coumont南を攻撃独師団1ステップロス。StSevere-Calvados南を攻撃独師団1ステップロス。アヴランシュ南市街を攻撃独師団1ステップロス。独軍。カーン南オルヌ河に1ステップの師団しかおらず連合軍に渡河される恐れが出た。唯一救援できるのはカーン市街の12SS装甲師団だけでやむを得ず移動させたが、カーン市街が歩兵1個師団のみになった。カーン運河や東方からの増援を向かわせた。アヴランシュ南市街の部隊は次ターンに包囲されてしまうので南に撤退。他は連合軍砲兵の射程外に後退。ステップロスした部隊を救援したいが連合軍空軍による移動阻害により不可能。
32ターン目(8/4,8/5):
天気晴。独軍「司令官退場」。英軍。カーン南市街攻撃独師団1ステップロス。米軍。Coumont南を攻撃双方損害なし。StSevere-Calvados南を攻撃独5降下猟兵師団除去。アヴランシュ南方攻撃独326師団除去。アヴランシュ南市街占領、勝利得点なし。独軍。連合軍砲兵の射程外に後退。カーン南市街に1個師団配備。装甲教導師団ら112高地東を攻撃英31機甲旅団除去。
33ターン目(8/6,8/7):
天気晴。「東部戦線の危機」。英軍。カーン南市街攻撃双方1ステップロス。米軍。ヴィレル・ボカージュ南で包囲攻撃双方1ステップロス。ビール南攻撃独旅団1ステップロス。独軍。一部部隊を除き移動せず。包囲された17SS装甲擲弾兵師団の救出はあきらめる。装甲教導師団ら112高地東を攻撃英33機甲旅団除去。
34ターン目(8/8,8/9):
天気曇。イベントカード「絨毯爆撃」によりカーン南の独277師団除去、独1個師団1ステップロス。英軍。カーン南市街攻撃双方1ステップロス、独346師団除去。米軍。3個師団+2個軍団砲兵がアヴランシュ南西の河を越え勝利条件のうち1つを達成。ヴィレル・ボカージュ南で包囲攻撃17SS装甲擲弾兵師団除去。ビール攻撃双方1ステップロス。独軍。連合軍砲兵の射程外に後退。包囲を避けてビール放棄。
35ターン目(8/10,8/11):
イベントカード「天候悪化」により天気嵐。独軍補充あり。英軍。カーン南西攻撃双方1ステップロス、独363師団除去。米軍。MontPincon西攻撃独師団1ステップロス。ビール攻撃2SS装甲師団除去、ビール占領勝利得点1。独軍。北側の部隊オルヌ河対岸に後退。南側の部隊は連合軍砲兵の射程外に後退。
36ターン目(8/12,8/13):
イベントカード「大嵐」により天気嵐、ゴールド海岸のマルベリー除去になった。英軍。カーン南オルヌ河攻撃独師団1ステップロス。米軍。MontPincon南西攻撃352師団除去、独師団1ステップロスの大戦果。ビール西街道攻撃独師団1ステップロス。独軍。南側の部隊は連合軍砲兵の射程外に後退。損害多いがなんとか戦線維持。
37ターン目(8/14,8/15):
天気晴。「天候回復」。英軍。カーン南オルヌ河攻撃独師団1ステップロス。米軍。MontPincon西攻撃双方1ステップロス。Tinchebray東攻撃独21装甲師団除去。独軍。カーン南オルヌ河1ステップの部隊しかいない。救援したいが連合軍空軍による移動阻害により不可能。南側の部隊は連合軍砲兵の射程外に後退。モルタン放棄。フレール~ドンフロンの戦線が破綻を来しつつある。
38ターン目(8/16,8/17):
天気晴。独軍「指揮の混乱」。英軍。カーン南オルヌ河攻撃、1SS装甲師団除去。英近衛、波1機甲師団、英27機甲旅団がオルヌ河渡河。米軍。仏2機甲師団モルテン占領、勝利得点1。Thury-Harcourt南で攻撃、独2装甲師団除去。フレール攻撃、独84師団除去。独軍。Thury-Harcourt南の米機甲師団群はファレーズとアルジャンタンを最終ターンまでにぎりぎりで占領できる位置にある。北部の独軍を包囲できる位置にもあり、カーン南でオルヌ河を渡った英機甲師団群もあいまってもはや連合軍に勝利得点を与えないカーンを守る意味なしと判断して撤退を開始した。Thury-Harcourt南の米機甲師団群を封じようとした12SS装甲師団は連合軍空軍の交通妨害で移動できなくなった。モルタン~フレールの独3個師団はイベントカード「指揮の混乱」で移動できず。全体的に独軍の戦線は崩壊している。
39ターン目(8/18,8/19):
天気曇。「ヘッジロー・カッター」。英軍。カーン南市街占領、勝利得点なし。カーンを最初に攻撃したのは7ターン目なので33ターン(66日)かかった事になる。感無量。Bourguebus Ridgeで攻撃、英4機甲旅団、独ⅡSS砲兵師団除去。その南で独装甲教導師団を攻撃、波1機甲師団1ステップロス。Thury-Harcourt東で攻撃、12SS装甲、91師団除去の大戦果。米軍。機甲師団群が南東に突破、アルジャンタンから4へクス、ファレーズから2ヘクスの位置へ。4機甲師団ドンフロン占領、勝利得点1。フレールを包囲攻撃、独85師団除去、フレール占領、勝利得点1。Barcnton北東を攻撃、双方損害なし。独軍。北部の独師団群南方へ、装甲教導師団ファレーズに2ヘクスの距離。9装甲師団ドンフロンへ向かう途中連合軍空軍の交通妨害で足止め。
40ターン目(8/20,8/21):
天気曇。「ドイツ軍の兵員不足」。英軍。カーン~ファレーズ間の街道上の独軍を攻撃、双方損害なし。米軍。機甲師団がアルジャンタンとファレーズ占領、勝利得点2。ドンフロン北西の独軍を攻撃、独341+394突撃砲旅団除去。独軍。連合軍砲兵の射程外に後退。

ゲーム終了、連合軍は14勝利得点しか得られず、勝利には1得点足りなかった。独軍の勝利。連合軍にとってはカーン攻略の失敗が悔やまれる。
ただ盤面に残る独軍は、装甲3個、歩兵5個、砲兵1個師団、シェルブール要塞1個しかいない。ほぼ壊滅状態。
画像は盤面東半分。
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コタンタン半島。
Dscn7177a
南西部分。
Dscn7178a

感想:
冬はバルジの戦いをプレイしたくなりますが、初夏が近づいて来るとノルマンディー戦がやりたくなります。

私は師団レベルのウォーゲームが好きなので、師団レベルかつプレイアブルかつヒストリカルな展開のノルマンディー戦ゲームをプレイしたいと思っていました。
しかし当然の事ながら連隊レベルはともかく師団レベルのゲームなど中々ないと思っていたのですが、日本版コマンドかゲームジャーナルの過去出版を探してみた所、日本版コマンドマガジン95号付録の当ゲームを見つけたわけです(翔企画のD-DAYも師団レベルかつプレイアブルですが、あまりに盤面上のヘクス数が少ないので引いた)。

購入後喜び勇んで早速お試しプレイを15ターン程行った所、日本版コマンド本誌やネット上で何人かの方が発言している通り、道路上でのぶつかりあいがほとんどで戦線がまともに構築されず、これが本当にノルマンディー戦なのか?とかなりの違和感を感じてしまいました。
何で戦線ができないのか、ボカージュの移動コストが大きい事もありますが、ゲームマップのスケールにも問題があるのかなと考えました。
アヴァロンヒルのモンスターゲーム、「ザ・ロンゲスト・デイ」は1ヘクス2キロ、1ユニットはZOCなしの大隊規模(デザイナーズノートによると大隊が守備する戦線は2キロとの事だった。確か・・)。
今作は1ヘクス4キロ、1ユニットはZOCありの師団規模だから、ZOCを合わせると12キロになる。
まあ特におかしくはないのかな?でも1ヘクス6キロにした上で、ボカージュの移動コストを1~2にするか道路(2級道路)を増やすと、連続した戦線ができそうな気がする。そのほうがよりノルマンディ戦の実態に近くなるのではないか?
実態と言っても「ザ・ロンゲスト・デイ」のシナリオカードの各師団初期配置を見ての話に過ぎませんが。

あれこれ思い悩み今作はお蔵入り寸前にもなったのですが、他に師団レベルかつプレイアブルなゲームを知らず、聞いた話によるとボカージュでの戦いは主に道路を中心にした攻防であった事は事実のようなので、ここは百歩譲ってキャンペーンをやり通す事に決めたのです(道路のないボカージュ地帯には、目に見えないユニットがいるに違いない)。

実際最後までプレイした感想では、両軍とも一部を除き(一部というのはシェルブールのあるコタンタン半島などです)薄いながらも戦線はできていたのでお試しプレイで感じたほど違和感はありませんでした。独軍は側面から回りこまれて包囲されたり、連合軍の機甲師団(ボカージュでは2ヘクス進める)に突破されるのが怖くて戦線を作るのです。

プレイアブルかどうかですが、1ターン移動、戦闘しかないので確かにプレイしやすかったです。この点は大きく評価できます。でもさすがに40ターン続けるのは疲れました。これは前半戦で連合軍があまりに勝利得点を獲得できず、勝利は無理だと早々にわかってしまい私の士気が上がらなかったせいもあります。システム面では、連合軍空軍の優勢により独軍の移動力が天候次第で変動するルールがプレイアブルでよいと思います。勝利条件も単純明快でいいです。

ヒストリカルな展開かどうかですが、私はノルマンディー戦をよく知らないので正確な事はわかりません。ただシェルブール、サン・ロー、アヴランシュ、ファレーズなどの主要都市の陥落時期はほぼ史実と合っていました。これは各都市ごとに占領して勝利得点が得られるタイムリミットが決められているため、タイムリミットが近い都市から攻略していく事になるからです。このタイムリミットが当時の連合軍のスケジュールに基づいたものなのか、ゲームデザイナーによる陰謀ルールなのかによって、ヒストリカルかどうかの評価が決まりそうです。

さて、「主要都市の陥落時期はほぼ史実通り」と書きましたが、唯一の大きな例外がカーンで、北市街は6/22占領ですが史実では7/9、南市街は8/18占領ですが史実では7/18でした。これは私の攻略方法が悪かった為(ひたすらカーン市街への正面攻撃を繰り返して英軍を消耗させた)だと思います。

カーン攻略以外で悔やまれる点としては、独軍が終盤立て続けに勝利得点都市を奪われた事。独軍は天候が晴か曇の場合は移動力が減ってしまうので、連合軍に都市を奪われそうになるのに気付いた時には手遅れになる事が多い。連合軍が都市からXXヘクス以内に近付いたら独軍は早々に都市に篭るようにしたほうが良い。あるいはユニットを予備として道路上に置き、いざとなったら損害覚悟で戦略移動をするか。

今回のプレイで得た教訓に注意しつつ、第2回のキャンペーン・プレイに挑もうと思います。

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シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その15(武威・入れなかった西夏博物館)

西夏博物館(武威市博物館)に行こうとしたが、なんと修復中で休みだった。

ここには有名な西夏碑(重修護国寺感応塔)がある。
113dscn6929a
これは11~13世紀に河西回廊を支配した西夏王国で使用されていた西夏文字が書かれている、現存する最大の碑である。
西夏第四代皇帝の崇宗が1094年に建てた。

書かれている内容は、もともとこの地にあった護国寺(感應寺)が11世紀末の地震により倒れたためその修復を行った時の事情であるが、そこには西夏時代の社会制度、土地制度、階級関係、官吏の名称などをうかがい知ることができる。
高さ2.5メートル、幅0.9メートル、厚さ0.3メートルの碑の正面に1800字の西夏文字、裏面には同じ内容が漢字1800字で刻まれている。

西夏王国はチンギス・ハーンの遺言(後述)によりモンゴル軍に徹底的に破壊され、後世に残されたものが少ないために、西夏文字を含め謎が多かった。
この碑文は西夏文字と漢字を比較して読むことができるため西夏文字解読の手がかりになった。

この西夏碑が世に出たきっかけは、19世紀の中国人歴史学者が、大雲寺(現在その鐘楼のみ残っている)に包装して安置されていた西夏碑を、寺の僧侶が「開けると災いが起こる」というのを説き伏せて開けたのが始まり。
彼は碑文を西夏の文字だと認めた。
その後、フランス人学者、中国人学者、日本人学者らにより研究・解読が進められた。

売店では西夏碑の拓本が売られていた(3千元=4万5千円)。
武威の観光地のポストカードを買った。
やはりここにも塔の模型はなかった。
12:05出発。

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シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その14(武威・概要と文廟)

10:24、永昌県に入る。
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農業がさかんで小麦と飼料用のとうもろこしを産する。

11:03、高速道路を降りて武威の市街地に入る。行く手に復元された南門が見える。
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Cさんによると武威は人口80万、農業がさかんでぶどうも採れ莫高ワインが有名だという。

「武威」という地名は、前漢の将軍霍去病が匈奴を討伐し、この地に前漢の武帝の軍事力の威力が及んだ事から付けられた。
武帝が設置した河西回廊の四郡のうち、もっとも古い町である。
張掖と同様土地が肥沃なので「銀の武威」といわれる。
ここの歴史については酒泉と大差ないと思われるので、酒泉の記述を参照頂きたい。

東方見聞録には次のように書かれている。
「・・・(張掖から)東方に向かってのこの騎行五日の後、エルギヌール(涼州)という王国に達する。
この王国はカーンに隷属し、タングート大州に含まれている諸王国の一をなす。
住民はネストール派に属するトルコ人キリスト教徒と偶像教徒・イスラーム教徒よりなる。
多数の都市があるがエルギヌール市が首府となっている。
この町から東南行すればカタイ国の領域に到達することができる・・・。」
涼州とは唐の高祖(566年~635年)が武威を改名してつけた名である。

11:15、文廟に入る。
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文廟は甘粛省最大の孔子廟で、1439年(明の正統二年)に創建された。
2.5万平方メートルの敷地内は東から文昌宮のあるエリア、大成殿のあるエリア、儒学院のあるエリアの3つに分かれている。
1981年、重要文化財に指定された。

まず文昌宮に向かったが、途中には墓石があり略歴が延々とつづられている。画像の丸いくぐり門がいかにも中国らしい。
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文昌宮に入った。
文昌宮は文昌帝という科挙(役人への登用試験)制度に関する道教の神様を祀っている。
天井にはここで学んだ人々や著名な書道家が奉納した牌匾が多数掲げてあった。
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画像はその中のひとつで、「(武威は)夜を忘れて勉強する町」の意味だそうだ。

文昌帝像。
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西側のエリアに入った。
これは大成殿。孔子を祀っている。
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中にある孔子像。
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大成殿を出て南に移動すると、中庭に孔子像が建っている。
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孔子像からさらに南、檽星門をくぐると半月形の泮池に状元橋がかかっている。
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もしここで学んだ人で科挙で一番が出たら、行く手の壁に門を造り、馬に乗ってこの橋を渡ることになっていた。
しかし結局一番は出なかったので、門は造られていない。

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