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シルクロード西域南道旅行(チャルチャン・ザグンルク古墓群、ライリラク遺跡)

17:24、ザグンルク古墓群に到着。
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この辺は広大な砂原になっているが、その下に300年前の墓が165個埋まっている。
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公開されているのはこの24号墓だけで、中は撮影は禁止。
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中に入ると、大きな穴の中に14体のミイラが置いてある。
当時の習慣で足を右寄りにひざを立てて寝かせている。一般の家族だそうだ。
着ている衣服もよく残っておりとても生々しい。

17:40、近くのライリラク遺跡(且未故城)に向かう。
漢の時代頃の数キロ四方の広大な城である。
砂地が柔らかく、車では進めないので歩いて見に行く。
ところが残念ながら遺跡を荒らした者がいたらしく、見学禁止になっており中に入れなかった。
画像は遺跡を遠くから撮影したものである。
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ある本には、近くの砂丘群とのコントラストがよく画や写真になる風景、と書かれているだけに残念だった。上の画像とは別の場所かもしれない。

18:00、出発。

18:10、チャルチャンの博物館に戻って見学する。中は撮影禁止。
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展示物は豊富で時代ごとに展示室が分かれており、充実した内容だった。

私が持っているシャツと同じ、赤・オレンジの格子模様の毛布があった。毛布は色がきれいに残っており、織りも緻密なもの。レース織りの布やグレンチェック柄の布もある。
左半分が小豆色、右半分が黄土色という大胆なデザインのプルオーバースカートや、小豆・深緑・オレンジ・コバルトブルー・山吹色のストライプの毛布があった。昔もこんな色が出せたのかと感心した。

ミイラが着ている服も異なった織布がくっつけてある手の込んだもの。
写真ではあったがもっと生々しいミイラもあり、もとの顔、服装の再現が試みられていた。

博物館は外観もでかいが、中の展示も模型・人形・写真・音声を利用してわかりやすくなっている。マルコ・ポーロの等身大人形もあった。まるで修行僧のようだった。説明文や音声が中国語で私にはわからず残念であった。

開館は予約制になっているのか、私が来館した時に開館させていた。
何人かのウイグル族の大人や子供も入って見学していた。
18:57出発。

ホテルに戻ってから水をなめてみた。
ヤルカンドやケリヤと同様、少ししょっぱく、苦いといえなくもなかった。
東方見聞録に「水質はいったいに悪くて苦味を帯びる」と書かれている通りだった。

21:00、夕食に出かける。
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羊肉入りギョウザを食べる。おいしかった。
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21:52、店を出た。

ホテルに戻って洗濯したとき、水が黄土色をしているのに気づいた。
気になったがあまり考えないことにした。

23:10、就寝。

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