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2010年7月

北京旅行2002・金殿餐庁

居庸関をそそくさと出発すると料金所を出て金殿餐庁というところで昼食になった。ここも場所はさっぱりわからないが帰宅後HPで見たところ他のツアー旅行者も立ち寄っているのでお決まりの場所なのだろう。ここでは広東飲茶を食べることになっている。
建物に入ると工芸職人が壷を作っていた。なんと言う壷か忘れたが細かい金属片を一個一個壷に貼り付けて行き彩色するという手間のかかる作業であった。先に進むと例によって広いみやげ物屋になっていて先ほどの壷のもっと大きなものが売られていた。なるほど美しい出来栄えだ。
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二階に上がるとレストランで人がこれまた大勢いてどのテーブルも埋まっている。我々は全て予約なので場所待ちの必要もない。テーブルに着くと皿が運ばれてくる。飲み物はお茶と老酒の小ビンが料金内。私は昨日と同様青島ビールを頼む。メニューには蒸したものが比較的多く蒸し餃子がおいしかった。老酒は少量で酔いが回った。
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お腹が一杯になったので食事を終えて外に出た。周りは塀で囲まれていて何も見えない。門には守衛がいた。収容所にいるような感じだ。
人気がない裏側に行くと遠くで従業員かなにかがゴミを燃やしているのが見えた。地面は黄土色で乾燥している感じ。バスケットボールのコートがある。中国でも人気スポーツなのだろうか。レストランの建物の裏には従業員のものかどうかわからない寮みたいなものが見えた。
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再び出発。皆疲れて寝入っているようであった。私は疲れながらも一人車窓の景色に目を凝らしていた。時々中国式の屋敷があった。遊園地や大きな像もあった。だんだんマンションが見えてきて市内に近づいたとわかる。料金所を通過して環状道路へ。ナンバープレートなしの車がいた。中国ではナンバープレートの色が青だと普通の車、黄色が作業用の車、黒は外交官、白は軍用だと説明があった。黒は結構多い。白は時々いた。ここで初めて中国の列車が走っているのを見た。
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北京旅行2002・居庸関

居庸関でバスを降りる。そういえば居庸関も予定地に入っていたのだった。ここにも長城はあるが全く人気がない。最近復元したばかりなので誰も興味を示さず人気がないのだという。
今回は入場せず駐車場から眺めるだけ。昔の町並みを再現した場所らしきものがある。まわりの尾根を長城が取り囲んでいる。天下第一雄関と書かれたりっぱな城楼がある。
駐車場の側の石造りのアーチの中にはかなり古そうな仏像の彫り物があった。この石造りのアーチは過街塔と呼ばれ1345年に元朝が建てたものだ。かつては塔の上に仏殿があり、仏像3体が安置されていたが、戦いにより壊されてしまった。アーチの中では、往来する旅人が安全祈願をしたのだという。またアーチの中は経文や塔の由来を書いた6種類の文字(漢字、西夏文字、ウイグル文字、パスパ文字、チベット文字、ランツァ文字)で覆われている。
居庸関長城が八達嶺長城と違うのは湖にまで長城が伸びていることだった。湖の上の長城は個性的で美しく雄大な長めだった。湖面ではアヒル?が泳いでいた。
みやげ物屋の出店が一列にずっと並んでいて近づくと声をかけられるので買うつもりのない私はちょっと離れて見ていた。売っているのはどこも似たり寄ったりで、人形、置物、傘、服、スカーフであった。ここには市内とは違ってシルクロードの雰囲気がある。売っている人の服装や顔立ちとか乾燥した空気のせいだろうか。
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北京旅行2002・八達嶺長城その3

今度は女坂にチャレンジ。時間もあまり残っていないので最高地点にはいけないが行ける所まで行って見よう。
こちらは最初から人人人。列の隙間を見つけて登る。時々列の中から日本語が聞こえる。そういう時はちょっとホッとする。異国の地で人にもまれながらというのは結構不安だ。
やっと何個目の城楼、と数えながら進む。がんばったが最高地点の1個か2個手前の城楼で10時40分になり残念ながら戻ることにする。帰りはやや人が少なく時々早足で降りた。
ここで帰り道を誤ってしまった。途中長城から降りるわき道があって出口と書いてあるので降りても大丈夫だろうと降りたら出発地点とぜんぜん違うところに出てしまった。あわてて長城の下をくぐって出発地点近くまで行くとなんと長城の観光改札の外に出てしまっているではないか。ガイドから長城の外には出るなと言われていたのであせって元来た長城のわき道入り口に引き返すことにする。ただそこには迷彩服を着た人達が立ってチェックしているようなので無事長城に入れるか不安で仕方がなかった。とりあえず行ってみると迷彩服の人たちはいたが特に何も言われず入れたのでホッとした。
こうして無事に出発地点の広場に10分弱遅れくらいで戻れた。ほとんど集合していたが2人ばかりいないらしい。すぐに全員揃って帰途につく。他にも間違って外に出たおばさんがいて迷子と書いた紙を見せて出発地点に連れて行ってもらったそうだ。よくこの場所を説明できたな、と思った。
Aさんは記念バッジを買っていた。なぜかイノシシの図柄だった。長城では(混雑で)前に進むしかないという意味だろうと言ったのでなるほどと思った。
駐車場に戻ってバスに乗る。そういえばあらかじめガイドが北京付近の砂漠化防止の為ここで植樹すると言っていたのはどうなったのだろうか?長城からの雄大な景色を落ち着いて見たかったがとてもそんなことは無理で撮った写真はほとんど人しか写っていなかった。
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北京旅行2002・八達嶺長城その2

ちょっとした広場に出る。簡易トイレが並んでいる。また他にちゃんとしたトイレもあるようだ。ここからは長城がよく見える。かなり高い位置にあって相当登らねばならないようだ。トイレ休憩の為ずいぶん待ったが結構肌寒い。フリースを着てきたが風を通すので雨具でも持ってくればよかった。Aさんは寒さのあまりみやげ物屋で長城の絵入りトレーナーを買って着ていた。ちゃんと日本語で値段が書かれていた。他に傘も売っていた。
再集合すると記念撮影。アルバム入りの写真は故宮と同様100元だそうだ。
警備員の立つ狭い入り口から長城に向かう。石積みの壁が両側にあり長城の中に入ったような気分になり興奮する。
喫茶店らしい休憩所のある広場に出てガイドがここから左が人は若干少ないが傾斜の強い男坂、右が女坂だと説明した。ここでIさんが今9時半ですが10時半と11時のどちらを集合時間にしますか、と皆に質問した。私は男坂も女坂も両方行きたかったのでなるべく長く11時を希望したらその通りになった。
さて急いで長城に向かう。男坂は最初は傾斜もゆるやかで長城の置物や記念バッジなどを売っているみやげ物屋などを見て登った。途中から斜度が見る見る大きくなりついに階段になってしまった。振り向くとえらい高度感である。人も結構増えてきてここで突き飛ばされようものなら大変なことになる。
女坂の長城が尾根の上を蛇行しているのが良く見えた。緑色の制服を来た警察官らしき人達が結構いる。よく見るとツアー名のバッチをつけた日本人もそれなりにいるようだ。欧米人も多少いる。わからないのは迷彩服を着ている人で兵隊か?と思ったがそんなに強面には見えず交通整理などをしたりしていて観光地の係員かなんかだろうか?
時々時計などを見て歩調を速める。急勾配に息が切れた。予想外の人と長城の幅が狭いので渋滞して駆け足では進めない。ようやく最高地点の城楼近くまで来たが行き帰りの列をロープで分けているためますます通路が狭くなり思うように進めない。
薄暗い城楼の中はみやげ物売りが居た。前々から城楼の中はどうなっているのだろうかと思ってきたが中を見ることができた。暗くてよく見えなかったが窓のあたりは壁で仕切られていて小部屋になっている。こんな寒いところに昔の兵士は寝泊りできたのだろうか?
最高地点を過ぎた向こう側の長城はさすがに人が激減する。しかし女坂に行くためには戻らねばならずまた帰りの渋滞に加わる。帰りはもっと人が増えているようだった。先に進めず立ち止まることもあり中国式に強引に前に進む。急勾配をひやひやしながら降りていき出発地点に近づくと人もやや減ってきた。
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北京旅行2002・八達嶺長城その1

6:30頃起床。7:30集合だが朝食もそれほど時間がかからないことがわかっているのでゆっくり行くことにする。
まずテレビをつける。番組はいつも同じようなものをやっている。寝癖は昨日と同様ひどい。今日は枕銭を置くことにする。5元にした。
7:10頃部屋を出ると丁度Iさんも出るところだった。レストランでは昨日気づかなかったフルーツやジュース、パンを見つけた。Iさんと相席し食事中に聞いた話では、他のツアーが万里の長城でトラブルがあって昨日の夜ホテルに行って謝っていたらしい。添乗員もいろいろ大変なようだ。
8:00に集合して昨日と同様バスに乗る。今日は北京の郊外に行くので市内とは違ったものが見られるのではと期待する。いつものマンション群を左右に見ながら高速の料金所に入る。料金所で働いているのはほとんど女性だ。
高速を抜けると所々赤いレンガ造りの家が立ち並んでいるのが見えた。人気は何故か感じられない。取り壊しているところもあるようだ。マンションに引っ越す家なのだろうか。たまに商店街のようなにぎやかな通りが見える。ホテルの建物が何軒か建っていた。
道の上にワゴンが横転していたので驚いた。前のトラックの荷台から鶏肉の塊が落ちている。やがて前方に山並みが見え始めた。ガイドによるとあの更に先らしい。
山の脇をすりぬけて先の山肌を見ると尾根に城壁が続いているのが見えた。意外にも高速道路のすぐ近くにある。料金所を出てしばらく走ると大きな長城の看板が。しかしここは居庸関という別の場所だった。更に進むと途中には中国で最初に敷設されたという鉄道の線路が見えた。
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ようやく八達嶺長城の駐車場に着いた。天気は曇りである。バスから降りると目の前に観光用のラクダがいた。檻の外にいるラクダを見たのは初めてだった。
左右にみやげ物屋が建ち並ぶ狭いアーケードを登っていく。トレーナーが2枚で千円とか言っていたので日本人目当てなのだろう。みやげ物の他果物が結構売られていた。後から考えると長城見物は山登りのようなものなので果物や水は必須なのだ。
アーケードを出ると山の中の舗装道をちょっと歩く。観光客がとても多い。中には人力車で登る人もいた。
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北京旅行2002・北京芸術博物館、美々珍、桜子足部保健

今度は運河の近くで止まった。この運河は西太后が故宮から頣和園に行くときに船で移動するのに使ったらしい。我々はこの近くの北京芸術博物館という所に連れて行かれた。予定外の場所である。なんでもきれいな着物などがあるらしい。
入っていくと男が出てきて日本語で器用に話し始めた。ここは北京市内の私立博物館だとの事で西太后の別荘?だったらしい。「私、きつそうに見えますが大変やさしいです」などと調子の良いことを言っている。説明している場所の両側にある木は触るとお金持ちになれる木らしい。
奥に進むと何かの遺構があった。小さな岩山があり男が言うにはこれは高級な硯を作るための石で売れば一財産になるという。回りにはきれいな中国風の建物があったが中に入れなかった。西太后が好みの男を入れたという建物らしい。彼らは全員殺されたそうだ。
ある建物に入った。撮影禁止だという。中には焼き物や彫り物が並べてあった。中々きれいだが、男は奥にある彫刻された石が9点ほど並べられた風格のある棚を送料込みで棚ごと100万で売るという。なんだまた商売かとうんざりした。外に出てしばらくぶらぶらした。帰宅後ガイドブックを見たらこの場所が載っていたのであながちインチキでもなさそうだが結局商売の話になるのは興ざめである。
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この後夕食の場所である美々珍に行く。場所はわからないが北京駅の比較的近くだ。美々珍が美味珍御膳華潤分店と同じ店なら建国門外大街である。
30階建てくらいの大きなビルの2階に上がった入り口では赤い衣装のクーニャンが立っていた。中々かわいい。赤い内装の部屋に入ると何故か舞台がありその前に円卓が並んでいた。
ビールが注がれた後料理の皿が運ばれてきた。料理自体は皿もきれいだし盛り付けも品があったがいささか味気なく、なにか軽食のような感じ。昔の皇帝や貴族はこんなものを食べていたのか。
踊りを見せるという。拍手で迎えられたのは4人のクーニャンと2人のウェイター。かなりゆったりとした踊りでそれほどうまいという訳ではなかった。提灯を持っているのが変な感じだ。だが酔いが回っているせいか皆拍手かっさいだった。とりあえずお腹が一杯になって店を出た。
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この後はバスの中で話があったIさんお勧めの足裏マッサージ店に行った。バスで移動したがどこに着いたのかさっぱりわからず。看板に確か「桜子足部保健」とあるピンクのネオンが輝くビルの2階へみなぞろぞろと上がっていく。
赤い衣装を来た店員たちがニイハオと言って出迎えた。ここで足裏のみ(¥3500)と全身(¥4000)に分かれて部屋に入る。まず各々ベッドを割り当てられる。若い従業員たち(何故か男性客には女性、女性客には男性だった)が付く。靴下を脱がしてベッドのそばに置いてある漢方薬?の湯が入った桶に足を入れさせられる。結構熱い。だがだんだん慣れてくる。
何事が起こるのかと好奇心一杯でしばし待つ。するとベッドに寝かさせられて足裏をもみ始めた。結構強い力だ。揉んだりさすったり押したりたたいたりとだんだん気持ちよくなってうとうとしてくる。従業員が日本語で「気持ちいい?」と聞いてくる。その後色々中国語を教えてもらった。
全身組が終わって部屋から出てきてもこちらはしばらくマッサージが続いた。これはお得だった、とほくそえむ。最後に「絹の靴下1000円」と店長?みたいな人が言うが誰も買わず。別の白い靴下を履かされて満足して店を出た。
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ホテルに戻った。今日万里の長城に行った別のツアーが事故にあって大変だったとIさんから聞かされる。そんな訳で明日は余裕を見て7:30集合となる。モーニングコールは6:30。
カウンターで旅行小切手5000円分を両替してもらう。現金もあったがせっかく持ってきたのだから使いたかったのだ。ホテルの従業員が旅行小切手を知らずあきらめかけた時フロントのチーフみたいな人が出てきて両替してもらえた。その時一緒にいた個人参加のおじいさん(Aさん)と昨日ガイドが紹介していた東安門夜市のそばのワンタン屋(昆鈍侯?)に行くことになった。
ホテルを出たが間違えて左にいってしまいさんざん東安門夜市を探す羽目になった。夜10時過ぎだが人は大勢いた。でかい十字路でうろうろしていると地味な格好の女性が中国語で話し掛けてくる。手振りで追い払う。ガイドブックなどで女性が悪徳カラオケバーなどに良く誘う、とあったからだ。それを人力車のおじさんが面白そうに見ている。
さすがに夜ともなると緊張する。周りは日本語の通じない人たちばかりなのだ。日本の観光地などをうろうろしている外国人の気持ちがわかる様な気がした。彼らも今の我々同様かなり不安なのだろう。
半ば思い切って逆方向に行くとようやく夜市が見つかった。しかしもう11時で夜市は店じまい。ワンタン屋は開いていたので入ってみる。しかしメニューがさっぱりわからない。値段もわからない。恐る恐る店員に後ろのテーブルで食べているのを指差して注文した。若い女性店員ははにかんだような変な表情で上目遣いにニカッと笑った。何ともかわいらしい。
周りを見るとテーブルの3分の2位は埋まっているだろうか。日本でいうと町の大衆食堂と言った感じか。まもなくワンタンが運ばれてきてほっとする。レンゲの他丁寧にも包装入りの割り箸まで付いていた。味は薄味でさっぱりしていて悪くない。ただ中国人が好む薬味が入っていてこれはどうしても好きになれなかった。中国のにおいというとこれを思い出してしまう。
ワンタンも食べたので帰ることにする。もう11時半近くだ。帰り道Aさんがまた道を間違えて危ういところだった。だがAさんは異国の夜道でもずいぶんと落ち着いていて感心した。
ホテルに着くともう12時近く。昨日と同様ウーロン茶の用意と洗濯と風呂に入った。テレビのスイッチの場所がようやくわかった。枕もとのパネルで全ての照明も消燈できることがわかった。テレビのドラマを何となく見て寝た。今日は本当に盛りだくさんの日で楽しかった。

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北京旅行2002・頣和園

集合時間になりバスに乗って今日のもうひとつの目玉、頣和園に向かった。バスから降りると頣和園は目の前だ。雰囲気は昨日の天壇公園に似ている感じか。
東宮門から入った。あいかわらず人が多く、ガイドを見失うまいとする。東宮門から仁壽殿に向かう途中麒麟の像などがあり、なかでも大きな石が2本立っているがこれが孫悟空と猪八戒だという。どちらが猪八戒でしょうか?答えは太いほうです、との事。これが孫悟空と猪八戒に見えるまでにはかなりの修行が必要だろう。
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さて仁壽殿を過ぎると湖の見える所まで来る。ここでトイレ休憩となる。かなりの時間トイレに行った人を待ったが、その間そばにあるみやげ物の露店などを眺める。昼食時までよかった天気は曇り勝ちになり多少肌寒い。
再集合するとガイドが湖のほとりまで行く。さすがに広い!右手の山には中国風の塔や楼閣が聳え立ち、湖には無数の小船が浮かんでいる。これぞ中国という感じである。しかし湖の対岸はぼやけてよく見えない。こんなに広い湖が全て昔の庭園の一部とは、故宮に続いてカルチャーショックである。もちろん写真をとりまくる。
湖のふちに沿って石畳の小道を万寿山に向かって歩く。あいかわらず人が多い。かなたに大きな橋が見える。説明があったが忘れてしまった。しかし素晴らしい景色である。
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長廊
といわれる渡り廊下のある所に出た。長廊の中は人でごった返している。途中から長廊の中に入った。天井の仕切一つ一つには西遊記などの物語のひとコマひとコマが描かれている。解説によると8000枚との事。マルコ・ポーロが中国の事物を表現するのに「百万の~」という形容詞が欠かせなかった、というエピソードはウソではなかったのだ。大きさ、多さに関しては圧倒される事ばかりである。
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さてガイドによると残念ながらここで引き返すとの事。まだ頣和園の5%位しか見ていないが仕方がない。また北京に来たら全体を回ってみたいものだ。ただしここだけで間違いなく一日かかるだろう。
帰りは長廊の中を歩いて仁壽殿に戻った。途中絵の描かれた窓ガラス?をはめている個所が続いていてここでそれぞれの窓からの湖の眺めを楽しんだという。もとの場所に戻りバスに乗った。そして再びミステリーツアーが始まった。
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北京旅行2002・景山公園、春来茶芸館、宮廷御膳

神武門を出るともう目の前に緑に覆われた景山公園があった。このまま公園内に向かう。景山公園は山になっており早速山道を登ることになる。あらかじめ迷わないようにガイドにしっかり付いてくるよう言われた。時間が競っているのかガイドはどんどん上っていく。
一番上の東屋についた時、ここから見下ろす故宮の眺めに感嘆の声を上げずにいられなかった。宮殿の黄色い屋根が渋めの金色にも見えいくつも並んでいる。写真を撮ったのだが撮影に失敗していて残念。西側には北海公園が見えこれも絶景。ガイドの姿を見失ったがツアー客の姿はあったので近くにいるのだろう。一巡して東屋の中に入ると大きな仏様がいて女性が礼拝していた。日本と違い手を合わせるだけでなく床に手をついてお辞儀までしていた。
気が付くとツアー客が誰もいない。あわてて北側に駆け下りる。息を切らして下まで降り見回したが見当たらない。仕方なく山頂に戻る。相当なハードワークだ。山頂にもやはりいないので最初に登り始めた場所に行くことにする。途中ツアーの若者2人連れに会う。彼らもガイドを見失ったという。3人で最初の場所に向かう。先刻見かけたみやげ物を売っているクーニャンがいたので登り始めの場所であることを確信した。しばらく待つとガイドがやってきた。息を切らしていた。申し訳ないことをした。他にも何人か迷っていたらしい。集合するとバスに乗った。
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昼食のレストランに行くと思ったら、予定にない春来茶芸館という場所で下りた。帰宅後HPで確認したら他のツアーでも行く所らしく紹介されていた。場所は全国農業展覧館というかなり東側の場所の敷地内にあった。まさにミステリーツアーだ。
ここでは中国茶の作法の実演と茶器及び茶の販売を行っていた。ガイドはこういう所に観光客を連れて行って見返りをもらうのだろうか?予定外の場所につれられていったのはむっとしたが中国旅行の常識なのだろうか?
ここで飲んだ茶はなるほどおいしかった。ウーロン茶の新茶と花茶、1度目は苦く2度目はおいしく3度目は甘いというお茶(何の茶か忘れた)の実演を中国服を着た販売員がやるのだが話がうまく面白い。だが実演の後しつこく買えといわれるのはどうも。私は今日はみやげ物を買う気がなく金を持ち合わせていなかったのでウーロン茶の新茶(¥1500)のみ買った。個人参加のおじいさんはなんと2万円相当も買い込んでいた。
私は外に出て鳥かごのインコをみたり(前記のHPにもこのインコのことが載っていたので笑ってしまった)、何故か展示してあった航空機の近くまで行った。巨大な群像もあった。
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さて一通り買い物が終わるとようやくレストランに向かう。天安門広場近くでバスを降りた。なんだかよくわからない大きなビル(中国歴史博物館?)に入っていった。階段を上った正面に秦始皇帝陵の兵馬傭が数体置かれていた。近づくと全て値札が貼り付けてあった。
2階に上がるとそこは大きなみやげ物売り場になっていた。ここを通り抜けると宮廷御膳というレストランに着いた。入って円卓に着く。さっそく四川料理の大皿が運ばれてくる。これが中々おいしいのであった。ずっと歩いていてお腹がすいているせいもあるだろうが、昨日のシャブシャブ屋に比べてもこちらがぜんぜんおいしい。麻婆豆腐や辛いスープに入った水餃子などが出てきた。グラスビール一杯はついているが他の飲み物は別料金ということで何か頼もうとするが他の人は真昼間だというのにみんなビールを頼むではないか。私もつられて青島ビール(20元)中瓶一本を頼んでしまう。昼間からすっかり酔っ払ってしまった。これじゃ引ったくりにあってもおかしくないぞという心の声もどこかに行ってしまう。料理も腹一杯食べたので退席する。
集合時間までまだ時間があるのでみやげ物エリアを暇つぶしに歩き回る。大理石やらメノウやらの彫り物が多く、後は印鑑やら書道の道具やら壷やらシルク製品やらお茶にロイヤルゼリーと定番物は全て揃っていた。しかし私は全く興味がなかった。あまり面白くないので外の景色でも眺めようと建物から出た。駐車場のはずれにはバス停があり市内バスが数台止まっている。とにかく人が多い。ビールの酔いも手伝って昨日ほどのまわりに対する警戒心はない。帰宅後確かめたらここは天安門のバス停だった。
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北京旅行2002・故宮その2

この後は北に向かって中和殿保和殿と並んでいるが太和殿と比べると規模も小さくさほどのインパクトはない。これらの建物の用途についてはガイドから説明があったが忘れてしまった。
場所が広いだけに立ち止まって説明している時間よりも歩いている時間の方がずっと多い。立ち止まって写真を撮ろうものならガイドに置き去りにされてしまうのだった。なので旅行会社の旗を目指して駆けずり回ることになる。
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保和殿を通り過ぎた後は東に向かった。途中龍のレリーフのある壁がある。この龍の製作を皇帝に命じられた職人が瑠璃でできた龍の一部を壊してしまいこっそり木で作成したという。作った当時はバレなかったが今ではその部分だけ腐食して露見している、というエピソードがある。小さな門を出て土産物屋がある広場に出る。
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ここでスリッパを履く。これから珍宝殿というところに入るのだが土足ではダメらしい。
珍宝殿に入る前に門に入って白亜の橋のところに出る。ところで門を通過するとき敷居を踏んでいいのかどうかいつも迷ってしまう。ガイドは跨いでいたのでそれを真似ることにした。
珍宝殿に着いたところでフリー見学の時間になった。橋を渡り中に入ると文字通り宝物の数々があった。展示されているものは昨日の天壇の楽器と違い全て純金を始めとする貴重な素材で作られているらしかった。
中でも私の目を引いたのは昔の武具一式である。横山光輝の漫画では見ていたが本物を見るのは初めてで感慨深い。鎧は一種の鎖帷子であろうか?日本の武具とはかなり違う。それと象牙で編まれた敷物!象牙を特殊な薬液で柔らかくして編んだという。まさに珍品である。
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全てを足早に見終わってちょっと落ち着いたところで「マルコ・ポーロ」に出ていた石造りの白い柵を感慨深くなでまわした。このテレビ映画でこの故宮を見て心躍らせたものだがその実物が今目の前にあるのだ。触れてみて思ったのは結構安っぽいような気がしたことだ。昔の建造物は経年変化で古さや風格を感じさせるが、この柵(あるいは欄干)の石は妙に新しい気がする。何かコンクリートを触っているようだった。
この後は珍宝殿横の壁に挟まれた長い長い小道を北に向かって歩いた。ここは「ラストエンペラー」で溥儀が自転車で走っていた所だ。
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突き当たりに土産物屋が入っている長い建物がありここで休憩になった。めいめいトイレなどに行く。観光地のトイレはどこもきれいだ。中国人らしいカップルがベンチで人目も憚らず派手に抱き合っていた。朝からずっと歩き続けて暑かったがここに来て更に暑くなった。所でここはもう故宮の北のはずれで目の前に神武門がある。この門も巨大で門の上には赤旗が何本も翻っていた。
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北京旅行2002・故宮その1

6:30に起きた。トランクケースに入れるもの、持っていくものを分ける。ペットボトルのウーロン茶はいい色になっていた。洗濯物はまだ乾いていない。髪に寝癖がついていて直りそうにない。
モーニングコールがなった。中国語で話し掛けられるのかとビクビクしたが録音テープだった。枕銭はどう置いたら良いかわからず置かなかった。
7:20頃食事するために部屋を出る。場所はホテル内のレストランである。「地球の歩き方」の読者からの寄稿文においしかったとかかれていたが実際どうなのだろうか?バイキングだが品数はあまりない。中国式のおかゆみたいなものが2,3種類、中国の饅頭みたいなものが3種類、シュウマイ、焼いたベーコン、ローストビーフ、炒めた青菜、中国の漬物数種類など。オムレツは料理人がその場で調理してくれるのだが無愛想だった。この日は気づかなかったが他の場所にパン6種類、フルーツ各種、フルーツポンチ、ジュース各種があった。
味のほうは中々おいしかった。中国の饅頭はほのかな甘さがよかった。他はいささか塩味が利いていた。コーヒーと紅茶は従業員が注いで回っていた。食事のテーブルに同じツアーの人が同席してきた。70くらいのおじいさんとその息子さんだ。おじいさんは1938年頃従軍した場所を再訪問したくて中国に来たそうだ。
出発時刻の8:00間近になったのでロビーに行く。Iさんに借りた金を返した。ついでにテレビがつかない事を言うと、枕もとのスイッチは入れたか、と聞かれた。今晩再確認しよう。
さて今日はいよいよ故宮に入る日である。バスの中で昨日いけなかった景山公園(故宮の北)に行くことを告げられる。
故宮は近いのですぐ着いた。後からわかったのだが南の天安門から入って北に歩くのではなく、東の東華門から入ってまずは西に向かうのだ。門の係員とガイドがぶっきらぼうに会話していた。
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赤い門の扉の鋲が横に8つ並んでいた。おめでたい「9」から一個欠けているのはこの門が皇帝の棺を出す門だったためらしい。
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門から入ると緑が映える庭園のようになっていて朝のせいか人影もなく静かだ。こぎれいな塀や門が見える。北の丸公園みたいな所だった。途中ちょっと遠くに昔「マルコ・ポーロ」という中伊日米合作のテレビ映画で見た事があるような場所が見えたがツアーなので単独行動で見に行く訳に行かず残念。
協和門についた。
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ここを入って目の当たりにした光景に言葉を失った。天安門の北の午門が左手、太和門が右手にありその間の広大な空間を人が蟻のようにぞろぞろ北(太和門)に向かって歩いている。午門と太和門の巨大さにも圧倒された。さすが中国、とにかくデカい。日本の昔の建築物が単なるミニチュアにしか思えなくなる。東大寺大仏殿など大きいように思えるが、ここにはそれがあたりまえのようにゴロゴロしているのだ。これらを作る人手を考えると日本の権力者はとてもマネできないだろう。さすがに写真を撮らずにはいられない。ガイドはこの光景を見せようと狙ったのだろうか?それとも天安門からのコースは人が込むので敬遠したのだろうか?
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協和門から下の広場に降りて蟻の列に加わる。ガイドが適時説明を行う。私は説明を聞き漏らすまいとガイドのすぐ後をくっついていく。南を振り返ると巨大な午門の出入り口の向こう、天安門方面から人が列をなしてやってくるのが見えた。
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広場の中央には白亜の橋がいくつかある。皇帝が通る橋は決められているそうだ。橋を渡って太和門に向かう。ここでは門の左右の獅子のどちらが雌か?という話と皇帝の権力を示す巨大な玉璽の話があった。
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太和門を通ると先には更に大きな太和殿があった。何段もの白い石積みの上に赤い宮殿がそびえている。皇帝は白い雲の上に宮殿があるというイメージを来訪者に見せつけようとしたらしい。ここで記念撮影。特製アルバム入りで100元だそうだ。太和殿には日時計があった。太和殿の中を覗いたが玉座の他は薄暗くてよく見えない。
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北京旅行2002・王府井大飯店、東来順、東安門の夜市

宿泊先の王府井大飯店に着いた。中々立派なホテルである。トランクケースはすでに1階ロビーに置いてあった。自分の部屋が割り振られるまで多少時間がかかった。部屋のキーはカード式で説明を受ける。飲み水や朝食についても説明を受けた。ミネラルウォーターが毎日2個ホテルから支給される。冷蔵庫の氷はミネラルウォーターから作っているので腹をこわすことはない等。
やっと部屋に入れた。初めての異国の地で緊張の連続だったのでホッとする。中はそれほど悪くない。洗面道具も一式揃っている。セキュリティケースを使う事にする。閉じた後暗証番号を入れて開こうとすると開いたり開かなかったりで多少不安がある。ボタンを押す速さで変わるのかもしれない。夕食の集合時間まで間がないのでとりあえずケースに入れて閉める。
ロビーに行く途中Iさんに会う。何か不具合がないか聞かれた。セキュリティケースのことを話した。他の人の中にはカードで部屋に入れない人もいるそうだ。
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夕食に出かける。東来順というしゃぶしゃぶの店だ。
バスで夜の町を行く。店からちょっと離れた場所に駐車する。夜なのでガイドを見失わないように注意した。人通りがとても多い。結構緊張する。天安門広場の近くに店があった。夜の天安門広場はイルミネーションが輝いていて華やかな雰囲気だ。
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店に入る。円卓がいくつもあって、中央にお湯の入った器?がある。テーブルに分かれて座る。グループがまとまるように分かれるので一人参加の私の場合は一番最後まで割り振りを待たなければならなかった。ちょっと寂しい。
肉や青菜が入った皿がたくさん運ばれてきた。飲み物はお茶以外は全て10元だという(1元=16円)。私は両替していなかったのでしばらく我慢した。ガイドが食べ方を説明した。薄切り羊肉を食べる。あまり味がしない。まあまあかな、という感じだ。レタスの入った皿もあった。これもゆでるのだろうか?肉は鳥、魚、牛が来た。他に白ごまのついたもち(胡麻付焼きパン)や魚肉を練った団子のようなものなどが来た。なかでおいしいと思ったのは茶そばみたいな乾麺とマロニーみたいな麺(春雨?)とにんにくの漬物だった。肉より炭水化物に飢えていたらしい。
部屋が暑かったので隣の人から10元借りてコーラを頼んだ。食後にはアイスクリームを売りに来た。満腹になって店を出た。帰宅後ガイドブックを見たらこの天安門前の「東来順」は本物?の東来順と関係がない、と書いてあったが真実はどうなんだろう。
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バスに乗って今度は東安門の夜市に行く。バスの中でIさんから100元借りた。繁華街だけあってこの時間でも人が多い。煌々とイルミネーションが輝いている。車も結構走っている。
夜店に沿って歩く。店の数は多いが店の種類は限られている。串焼き屋と水菓子屋が多いようだ。サソリやさなぎも売っていた(もちろん食用)。
ガイドが羊の串焼きを買ってきた。とうがらしがたくさんかかっていて辛い。肉は羊の味があまりしない。多少固めだった。
露店でビールを買った。値段を言っているようだが何を言っているのかわからない。指を5本立てているのとガイドが5元、と言ってくれたおかげでわかった。2本買った。初めての買い物はちょっと感動ものだった。現地の人とコミュニケーションしたのが何とも嬉しかった。
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その後ガイドに付いていってどこをどう歩いたのかわからないうちにホテルに着いた。明日は8時出発でモーニングコールは7時だという。部屋から取ってきた5000円を両替した。
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部屋に入ってほっと一息つく。ビールを飲む。うまい。ミネラルウォーターのペットボトルにホテルのウーロン茶のティーバッグを入れておく。シャツとTシャツとパンツをバスタブで適当に洗って乾かした。風呂に入る。バスタブはかなり浅い。お湯をためて肩まで入ると充実した気分になる。テレビをつけようとしたが何故かつかない。明日Iさんに言わなければ。寝ようとして照明を消そうとするがあちこちにあってスイッチを押して消すのが大変だった。後で枕元に全てのスイッチがある事に気づいた。

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北京旅行2002・天壇公園

まもなく北京首都空港に到着とのアナウンス。黄砂かなにかに霞んだ空港の景色が見えた。何だかすごくだだっぴろい。とうとう異国に来てしまった。飛行機を降りるとバスに乗り空港の建物の側に着いた。外に出ると空気が日本と違いかなり乾燥している。何か言われないかとびくびくしながら写真を撮る。別になんともなかった。
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建物に入るとエスカレーターなどなく、階段を上がって2階へ。マジックペンで書かれた矢印が行き先を示していたが何ともお粗末。税関に着いて列に並んだがなぜか係員がいない。不満の声が後ろから聞こえてくる。他の列に移動させられた。パスポートと入国カードを出すと何か言われないかとまたビクビクする。問題なく通過して荷物の受け取り場へ。
ここでようやく添乗員と会う。荷物はなかなか出てこない。添乗員と顔見知りらしい空港の係員が荷物はあっちだという。電光板の表示と出てくる場所が違うとはどういうことだろうか。
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荷物を受け取り全員揃ったところで空港の外に出る。外はカードを掲げて契約した渡航客を探すいわゆる現地観光案内人でいっぱいだった。人ごみをかきわけ小型バスのある場所に行く。本で読んでいた柳から発する白い綿毛が至る所空中を舞っている。ここで荷物を預ける。我々は大型バスのある駐車場に行く。ここから早速市内に向かい、そのまま天壇公園に行くのだ。
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車内では添乗員のIさんの自己紹介と現地ガイドの自己紹介が始まった。またIさんが今回のツアーの趣旨について説明した。目的地にただ立ち寄るのではなく、なるべく歩いて回ることに配慮したという。歩くことが好きな私にとっては申し分がない。現地ガイドが早速車窓からみえる景色の説明を始める。日本語がうまく、声も聞き取りやすい。話題も豊富でしばらく聞き入っている。運転手は30~40くらいだろうか?このツアー中一番若い30くらいの兄ちゃんに言わせると「香港スターのようにかっこいい」。
外の景色も興味深い。高速の両側はポプラ?並木が続いていて遠くの景色はよく見えなかった。卒業旅行で中国に行った友人からは緑が少ないと言われていたが、そんなことは全くない。ガイドの話では中国はアカシアなどの落葉樹がほとんどだと言うことなので、友人が行った2月は落葉していただけだろう。
高速の料金所は昔の中国風の門を思わせる極彩色の派手な代物だった。やがてオレンジ色の高層建築が見え始める。建築中のマンションだという。中国の建物の色は黄土色やレンガ色やオレンジ色の暖色系が多い。北京市内にはこのようなマンションが林立していて中々壮観である。ちなみに北京市の広さは日本の四国と同じだそうだ。これを聞いてバスの中がどよめく。ガイドから言われて時計を北京時間に合わせる。

天壇公園に着いた。初めての観光地なのでデイバッグのキーを確かめる。緊張とわくわく感が入り混じった気持ちだ。
南天門から入る。ガイドに言われるがまま付いていくだけだ。緊張からか頭がボーとしている。辺りは人がやたらと多い。日本の観光地とさして変わらない感じ。みやげもの屋があり、ただ観光客が大勢いる。海外にいるという実感がわかない。しかしここは日本でもない、という不思議な感覚だ。周りにいる中国人は身なりも日本人とさしてかわらない。しかし建築物は日本のものではない。ガイドに知らない中国人が話し掛けてきた。知り合いなのかどうかわからないが、ツアー日程中このガイドは何度か話し掛けられていた。
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円丘についた。敷き詰められた敷石が円を描いているがそれぞれの円を形作る敷石の枚数は全て9の倍数だという。9は中国ではおめでたい数字なのだ。円丘に上がる階段も9段である。すごいこだわりようだ。由緒ある建築物にこのようなこだわりの部分があるのは日本も共通していると思う。しかしこれだけ大きいものとなるとやや圧倒される。
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ところで随所でガイドが「ここは写真を撮るにはいい場所ですよ」と言うのだが、言われるがままその通りにしてしまう。初めての異国の地では心細いのでついついそうしてしまうのだ。周りに飛び交うのは中国語ばかり。私にとっては異様な状況だ。
屋根の角の上の部分に小さな人形が並んでいる。説明によると竜の頭とその子供たちと麒麟?だそうだ。縁起物らしい。いわれなければ気が付かない。言われてみると屋根という屋根に全てこれがついているのだ。これはこれで壮観である。その屋根の下では観光客が立ち入り禁止の柵を越えて写真を撮っていた。
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祈年殿に着いた。よくガイドブックなどで見たがさすがに大きい。中を見ようとしたら中国人ともみくちゃになった。何か少しずつ中国にいるのかという実感がわいてきた。
ここでフリータイムとなった。左右に昔の楽隊や楽器を納めている博物館があるのでそれを見て、祈年殿の周りをふらふらしていた。欧米人もかなりいるようだ。辺りの人を見るとまったく普通の観光地と変わらない。想像していたより余暇を楽しむ人が多いのだなと思った。中国人の暮らしも結構豊かに思えた。中国各地からもツアー客が来ているという話だった。
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帰りは別の道を辿った。土産物屋が集まっている場所があり側に立派な公衆トイレがあった。このトイレは日本とかわらないきれいさで、その上小便器の間にまで壁で仕切ってあった。表に星印が書かれた鉄板が貼り付けてあったがホテルと同様クラス分けしているのだろうか。ガイドが店の前でみやげ物の説明をしていた。売り子の女の子が必死に売ろうとしている姿がけなげだ。しかし誰も買わなかった。
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公園内には中年以上の人たちが集まってめいめいの趣味を楽しんでいた。刺繍をする人、トランプをする人、ジュースの空き缶で器用にミニチュアのイスを作る人、笛を伴奏にして歌を歌う人がいたが見事な声で拍手を浴びていた。このようにいつも同好の士で集まるらしい。中国人が身近に感じられよかった。
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公園を出てバスに戻った。初めての観光地めぐりは緊張と興奮で地に足が着いていないようで妙な気がした。

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北京旅行2002・出発

5:20、初めての海外旅行にワクワクしながら家を出る。
8:00前頃、第2空港ビル駅着。改札を出るといきなり空港係員のチェックがあるのに驚く。もう空港の世界なのだ。初体験なのでどうしてよいやら戸惑うばかりだ。
まずは海外旅行用品を売っている売店でダイヤル式のキーを買う。デイパックのジッパーを開けられないようにするためだ。キャリアに乗せたスーツケースを店先におきっ放しにしていた兄ちゃんが店のおばさんに「盗まれる」と注意されていた。もう日本にはいないような気がした。
係員チェックを通過。集合場所の3階へのエスカレーターが見つからない。何とか見つけて3階に上がる。3階はカウンターが建ち並びゴールデンウィークの海外旅行客で一杯だった。
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8:20、トイレに入って気を静める。ダイヤルキーの使用方法を確かめデイパックに付ける。キーナンバーを間違えてリセットしてわからなくなるとデイバッグを破るしか方法がないので慎重にやる。この後旅行中帰宅するまで取り付け取り外しに腐心する事になる。
集合は8:55だが場所確認のため集合場所のカウンターに行ってみる。他のツアーの看板がかかっていたがじきに参加する旅行会社のに変わった。
時間があるので手続きせずに4階のレストラン街へ。どこも量の割に高い。焼ジャケ定食が900~1200円位、とても食べる気にならない。京樽のいなり寿司弁当(それでも500円以上)+お茶で済ます。
8:50過ぎになったのであわてて集合場所に行く。何人かが並んでいた。個人参加の人はいないようだ。心細くなる。カウンターの旅行会社の兄ちゃんから搭乗予約券をもらう。ここからの手続き場所を教わる。添乗員付きなのに搭乗までは自分でやれという事らしくちょっとびっくり。少し不安になる。
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言われたとおり手荷物チェックを受けて中国東方航空のカウンターで搭乗券との引き換えとトランクケースを預ける。そのまま出国手続きをしてしまう事にする。えらい長蛇の列だ。
パスポート等を見せて関門通過、更に進むとインターネットカフェやらがありその下の階が搭乗ルームへの入り口になっていた。搭乗ルームへの入り口のあるフロアはシャトル(ゆりかもめみたいな)の発着場になっている。ここで手荷物の預り証をもらっていないのではと不安になり空港係員に聞いたら、北京からの搭乗予約券の裏に張ってあるシールがそうだと聞き安心した。
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搭乗ルームに降りる。搭乗時間になったのでそのまま搭乗口へ。バスに乗り飛行機のいる場所に移動。バスをおりてしばし飛行機をカシャカシャ撮る。
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飛行機に乗る。座席は残念ながら真中の列。外の景色を見るのはあきらめた。搭乗券をもらうときにカウンターのおねえちゃんから「希望の席はあるか?」と聞かれたとき窓の近くといえばよかった。
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出発時刻の10:55になるが動く気配がない。空港混雑のため1時間近く遅れるそうだ。飲み物の配布が始まる。
ようやく動き始める。離陸。さらば日本。機内食の配布が始まる。機内食を食べるのははじめてだ。何が出るのか楽しみ。パンとフルーツとあんかけご飯のようだ。意外とうまい。
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その後は入国カードを書いたり入国手続きのおさらいをしたりエアマットを試したりして暇をつぶした。

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2010久里浜ペリー祭花火大会

2010久里浜ペリー祭花火大会に行って来ました。

打ち上げ開始の1時間前、18:20頃に現地に着くと、もう海岸はほとんど観覧客で埋まっていました。仕方なく波打ち際近くに場所をとって開始時間を待ちました。
巡回中の警備員から、満潮は21:00頃だからこれから満ち潮になると聞かされ、このままではまずいかも、と思いながらももう他に場所は無いので、そのまま何とかする事にしました。

19:20、いよいよ打ち上げが始まりました。相変わらず地上近くのスターマインと上空で大きく開く割物との併用で見ごたえある花火を楽しむ事ができました。
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しかし、波はすぐ手前まで迫ってきており、周囲の人は撤退する人続出。
その時、湾口にフェリーの姿が見え、打ち上げは一時休止となりました。
この花火大会は、フェリーの入港移動中は打ち上げがやむのです。
それを知らない観覧客は、花火大会はもう終わったと勘違いし、早々に撤収するのです。場内アナウンスでもフェリーが入港次第、打ち上げは再開する、と言っているのですがこれが非常に聞き取りづらい。
でもお陰で私は開いた場所に後退し、満ち潮の難から逃れることに成功したのでした。
そうこうしているうちに打ち上げは再開。
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やや派手な打ち上げが終わった後、時間も終了時刻の20:10になり、最後はこんなもんだったっけ?と思いつつ帰ろうかと思った矢先、再び打ち上げが開始。最後は納得の行くド派手な花火が楽しめました。そういえば2年前は最後の打ち上げ前に帰路についてしまい、突如再開した打ち上げ花火を屋台の陰から見る羽目になったことを思い出しました。
この花火大会を見る方は念のため20:20頃までは動かずにいたほうが賢明です。

残念ながら、今回もたいした写真は撮れませんでした・・。

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