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トルコ東部旅行(アダナ近郊ユラン・カレ(蛇の城))

街を離れ初春の緑が目に麗しいキリキア平野を走る。
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前方の丘の上にユラン・カレが見えてきた 37° 0'52.12"N 35°44'50.98"E。
ビザンツ時代の7世紀~8世紀に築かれた要塞である。
ビザンツ帝国の東方の最前線だったため、城砦が築かれたようだ。
もし13世紀にも使用されていたら、ポーロ一行も泊まったのかもしれない。
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門を入ると山道が続く。雨が降っているのでつらい。
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距離は短いがこのような岩場も登らなければならない。
雨で滑りそうで怖い。軽登山靴を履いてきて正解だった。
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城壁の門に到着。一息つく。
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この城は遠くシリアからの侵入を見張るために造られたそうだ。
晴れていればキリキアの平野が見渡せるはずだが、雨にけぶって見えないのが残念。
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頂上部にはうっすらと城壁が見えた。
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見張り塔らしきものも。
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これも見張り塔だろう。
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馬蹄形をした遺構もあった。何の跡だろうか?
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見張り塔の中。
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見張り塔の天井。
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ところでユラン・カレとは蛇の城という意味だが、Aさんによると次のような伝説があるという。
「昔ここには上半身が人間で下半身が蛇という蛇の女神が住んでいた。
ある若者がここに迷い込み蛇の女神の魅力のとりこになってここで暮らした。
そして3年後、絶対にこの場所を口外しないという約束を交わして里に下りた。
ある時、王が病気になった。
蛇の女神の体のゆで汁を飲むと治るという。
ある者が、蛇の女神の所在を知る者の体には蛇の刻印がある、と王に進言したため、王は国中の人間の体を調べたところ、果たしてかの若者の体には蛇の刻印があった。
若者はついに蛇の女神の所在を明かしてしまう。
蛇の女神は若者を恨んだが、次のような秘密を若者に明かして死ぬ。
自分の下半身のゆで汁は飲んだ者を死に至らしめるが、頭のゆで汁を飲めばあらゆる知識が得られるという。
若者は王に下半身のゆで汁を飲ませて殺し、自分は頭のゆで汁を飲んだという。」

蛇の女神は古来神として住民の尊崇を受けていたが、イヴをそそのかした蛇を悪とするキリスト教の伝播により悪神となりこのような伝説が生まれたのではないかとの事だった。
雨もやまないので下に下りることにした。
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途中の城門。
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円筒形の見張り塔。
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城壁と見張り塔の遺構と思われる。
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木の枝に多数布やらビニールやらが結び付けられていた。
日本のおみくじを結ぶのと同じ理由とのこと。
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麓では農家のビニールハウスが立ち並んでいた。
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雨で背負っていたザックの中身(本など)がずぶぬれになってしまった。
上半身は防水加工の冬山用ヤッケを着ていたので問題ないが、下はチノパンだけなのでかなり濡れている。
Aさんは傘を忘れたためもっとひどい。
麓に降りる途中に休憩所があるのでそこで温かいお茶をご馳走になった。

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