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トルコ東部旅行(コザン・シスの城砦遠景~昼食~コザンダム湖)

アナヴァルザを後にして更に北のコザンに向かう。
キリキアの平野は続いているが、景色がだんだん山がちになっていく。
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コザンの市街地に入る前、丘の上にコザンの城砦 37°26'37.24"N 35°48'35.81"Eを見つけた。写真ストップ。
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城砦のアップ。
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馬蹄型の見張り塔の他、いくつか廃墟が確認できた。
ここに登るのは時間的に無理。これで我慢する。

コザンは小アルメニア王国の首都でかつてはシスと言った。
キリスト教の総大司教座所在地であった。
アルメニアは紀元前1世紀頃カフカス地方を中心にシリアまで拡大した帝国だった。
その後ビザンツ帝国やセルジューク朝の侵略を受け追われたアルメニア人の一部がキリキアに住み着いた。
彼らはこの地域に王国を築くまでになり十字軍国家と同盟してビザンツ帝国やセルジューク朝と争った。
この王国を本家のアルメニアと区別して小アルメニアあるいはキリキアのアルメニア王国という。
13世紀後半のヘトゥム朝はモンゴルと同盟して勢力拡大を図ったが、逆にモンゴルを破ったマムルーク朝のバイバルスの攻撃の矢面に立たされることになった。
ここも1266年、バイバルスによってライアス同様破壊された。

東方見聞録に記述はないが、1271年、モンゴル帝国の使節たるポーロ一行がその同盟国の首都であるシスを通ったのは自然なことと思われる。
恐らく歓待を受けただろう。

現在コザンはアダナ県の北部に位置する町になっている。
ちなみに日本版ウィキペディアで「シス」を検索したら、スターウォーズの話しか出てこなかった。

コザン市街地 37°26'54.07"N 35°48'53.23"Eに入ってレストランの場所を聞きまわる。

13:57、コザンのレストラン着。
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色々出てきた。
大根と玉葱のサラダ、玉葱とパセリのサラダ、トマトとシシトウ2種を焼いたもの、トマトとパセリのペースト、人参、レタス、パセリ、キャベツのサラダ。
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ピレ(トルコ風ピザ)。
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ニンニク付きシシケバブと、薄いパンで羊のひき肉を包んだペーユーティーという料理。
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キューネ・フェというお菓子。
何で昼食にこんなに食べるのか、トルコ人は大食なのかと思ったが、食習慣の違いだと分かったのは、この夜やけに少ない料理を見た時だった。
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15:07、出発。
谷あいの見事な町の景観に見とれて写真ストップ。
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これこそアレクサンダー大王が小アジアからシリアに抜ける際に通ったというキリキアの門だろうか?
通過した大王はイッソスの戦いでアケメネス朝軍を破った。
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15:19コザンダム湖通過。
湖面は地中海と同じ緑色をしていた。
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山間の険路の様相が濃くなっていく。
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もう完全に山道。
所々雨水の滝ができている。
でも道の上には選挙用の政党の赤白の小旗が掲げられていて山中とは思えない雰囲気だ。
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途中の集落。
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山間の村。
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