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シルクロード天山南路旅行(ウルムチ~クチャの病院に行く)

【2003年9月】

モーニングコールは8:00だったが7:00位に起きて熱を計る。なんと38度4分で全然下がっていない。Iさんに電話が通じないので仕方なく15階の部屋まで行くことにした。熱がある事と今日の観光は取りやめる事を伝えた。その後予定通り8:00から展望レストランで食事する。おかゆやサラダは豊富にあるので助かった。他のメンバーも私の体調を気にして大丈夫か?と声をかけてくる。
10:00、ホテル出発。私はずっと寝ている。10:35から11:50までかの有名な楼蘭の美女ミイラがあるウルムチ博物館の見学だったが私は一人バスで寝ていた。このミイラは小さい頃東京で見たからいいやと多少悔し紛れに思う。振動もなく静かで心地よかった。ゆっくり休めそうだと思っているとバスの運転手が気を利かせたつもりだったらしい、頭上のFMラジオを流し始めた。うるさいと思いながらも面倒なので何も言わずそのまま横になっていた。
12:10、ウルムチ空港到着。熱は38度まで下がった。私は少しでも体力をつけようと空港の売店で5個2元のチョコナッツを買い無理やりほおばる。脂臭くて胃がもたれそうだ。13:15、新疆国際航空9961便にてクチャに向う。初めて乗るプロペラ機だ。離陸時プロペラの音がうるさいが飛んでしまえば意外と静かである。低空を飛ぶので下界の景色が良く見えた。

Fi406451_1e 14:45、クチャ空港41 42' 57.46"N 82 59' 26.26"E着。



012a 新しい町に着いて多少気分も新鮮になる。バスでホテル、クチャ賓館へ。クチャの町は相当な田舎かと思っていたら意外と色々な店が建ち並んでいて近代化されている。街路を歩く人も多い。ここでクチャの現地ガイドを紹介される。Eさんだ。今までのガイドと違い日本語がうまく絶妙な言葉の言い回しでツアー客を喜ばせる。日本の香具師にでも教わったかのような言葉遣いだ。バス内で熱を計る。37度5分まで下がった。
Fi406451_2e 15:15、クチャ賓館41 43' 11.95"N 82 57' 27.26"Eにて昼食。喉の調子が悪いのでビールをほんの僅か、辛いものを騙しだまし食べてみる(シルクロードの食事は辛いものだらけなのでこれが食えないというのはほとんどおかゆと蒸しパンだけ食えというのに等しい)。部屋に入る。さすがに昨日の部屋から数ランク落ちる。でも十分快適だ。熱を計ってみる。わが目を疑ったが38度8分もある。びっくりしてIさんに病院に行きたいと言うとMさんが今日の観光から外れてこれから病院に連れて行ってくれるという。病院に行くまでの間ベッドで寝ていると誰かがノックするので覗き穴から除くと制服のような服を着た怪しい男が立っていた。用心に越した事はないと無視していると今度はフロントから電話がかかってきた。ウイグル語なのでさっぱりわからずI CAN NOT UNDERSTANDとか言って電話を切った。またノックの音がするので覗くと先ほどの怪しい男がフロントの女性と一緒に立っている。馬さんが頼んだのだろう、おかゆを持ってきたウェイターだった。ちょっと疑心暗鬼になっていたようだ。
他の客は17:00~20:33の間、クチャ近郊のスバシ故城とバザール見学、レストランでの夕食に向った。
ようやく私はMさんと街に出て病院に向った。もうすでに暗くなっていた。熱の割には気分は悪くない。街を歩くとこの町に住むウイグル族、漢族の人などがよくわかる。通り沿いには紳士服、婦人服、理髪店、化粧品店、デパートなど店が建ち並んでいる。どの店の看板にも漢語で大書きされた傍らに小さくウイグル語が併記されている。交差点には信号があり赤はSTOP、緑は進めというのは日本とかわらないが信号機の高さが3メートル程しかない。5分程で病院41 42' 52.83"N 82 57' 18.15"Eに着いた。病院は思ったより大きく総合病院のようだ。クチャで一番大きな病院だという。一階建てのコンクリートでできた小学校のような建物だ。中に入ると各部屋の入り口に診療科目の看板があり日本の病院と変わらない。ただし診療科目には「五官科」といったものがあり分け方が多少日本と違うようだ。そしてもちろん「中医科=漢方医」という科目もあった。観光地に行けなかったのは残念だがウイグルの病院で診察を受けるなんて一生に一度の事だろう。これはこれで貴重な体験だ。
Mさんに言われるがまま診察室に入ったり外で待ったり。ようやく診察室で診察を受けられる事になった。診察室には木製のベッドというかベンチみたいなものが1つと木製の机がひとつあるだけで日本の昭和30年代の診察室はこうだったのではないかと思えるほど素朴な部屋だ。最新の電子機器などどこにも見えない。医者は60歳くらいのウイグル族男性でミスタースポックに似ている、というよりミスタースポックを演じていた俳優レオナード・ニモイにそっくりだ。東洋的な細長い目と西洋的な高い鼻を持っている。やはり中央アジアは民族の十字路だという事を実感した。Mさんによると新疆に住むウイグル人は同じウイグル人でも顔つきがバラバラだという。南部にいるウイグル人はインド人に似ていてその他漢族に似ている人もいればトルコ人に似ている人もいる。日本人も漢族に似ていたり東南アジア人に似ていたりとバリエーションはあるがウイグル人ほどではないだろう。
医者から「咳は出るか?」とか「痰は出るか」と質問される。恐らくSARSかどうかを確認する為の質問ではあるまいか?SARSは痰のからまない空咳が出る。幸い私の症状は咳は全く出ないし痰が少々出ていたのでSARSでない事は確信していた。次に喉を見せろという。この診察室には強力な照明付診察台もなければペンライトもない。医者は部屋にただ一つの照明の下に私を座らせて上を向いて大きく口を開けろと言った。医者は3日で治るだろうと言った。三日間通院して点滴をして更に薬も出すそうだ。しかしあさってにはカシュガルに移動してしまうので今日と明日点滴を受けてあとは薬を飲む事にした。病名を教えてくれと言うと上呼吸道の腫れだという。ウイグルでは呼吸器は上下に分けてそれぞれ専門医がいるらしい。ようするにノドの腫れが熱を引起したという事だ。乾燥した空気と疲れでノドを痛めたと思われる。医者が紙を差し出して住所氏名を日本語で書けという。使い慣れない万年筆でインクが滲まないようだましだまし書いた。医者は漢字が読めないらしく、つまり中国語がわからないので、Mさんが私の名前の発音を医者に教えていた。医者が資料を作成している間暇なので診察室の様子を眺めていた。机の上には一週間のスケジュールが置いてありどの曜日に誰がどの科目を担当するか書かれていた。また壁には色々なお知らせの紙が貼り付けてあった。こういうところは日本と変わらない。そうしている間にも他の患者が診察室に入ってきて診察を受けていた。
Mさんが点滴の瓶と薬を持って入ってきた。診察室を出て待合室で点滴を受ける事になった。まず点滴剤がアレルギーを起こさないかどうかを調べる為の注射を打った。15分位たって腫れてこなければOKらしい。かつて点滴を受けて逆に気持ち悪くなって熱が上がったことがあるので、日本の病院よりも丁寧だと思った。外国人だから慎重になったのだろうか?その後なぜか個室に移って点滴を受けた。入るときにわざわざモップで床を拭いてくれた。点滴は約40分ほどかかったがその間私を安心させようとしたのかMさんは付っきりで色々話し掛けてきた。
Mさんはタクラマカン砂漠の南のホータン出身で西安の大学を卒業したとの事。携帯電話を見せて南京大学のホームページで人事学科と情報学科が生徒を募集しているとか、以前日本人が意識不明でこの病院に来たが設備がないので原因がわからず保険会社がチャーターした中国軍のヘリでウルムチの病院まで行った時の話や、日本人は自分がガイド中に日本語を間違ってもなかなか指摘してくれないなどの感想を言ったりした。正直言って彼の日本語は流暢だとはいいがたい。結構聞き取りにくいところもあるのだ。その点を結構気にしているようにも受け取れた。でもとにかく彼はなかなかの気配り屋で診察室の外にいるときはそこは風があたって寒いからこちらに来なさいなどと気を使ってくれる。すばらしい人なのだ。
さて、点滴も終わったので医者と看護婦にあいさつをして病院を出た。謝々というと医者と看護婦は屈託のない笑顔を見せた。その素朴な笑顔に思わず感動した。
病院から戻ってもホテルで夕食は摂れないので売店でカップラーメンを買う事にした。Mさんはここのカップラーメンは味付けが辛いからと中を開けて辛そうな調味料の小袋を選り分けてくれた。ホテルに戻ると一行も観光から帰って来たところで、Iさんに病気の状況を説明した。またMさんのサポートに感謝している事も付け加えた。食べれなかったおかゆはそのまま返した。

011a 部屋で一人になった後、カップラーメンを食べる事にした。調味料の小袋が5つもあったが舐めてみてザーサイ以外は全て辛い事が判明した。つまり麺とザーサイにお湯をかけて食べるはめになった。まずくて仕方がなかったが我慢して半分ほど食べた。その後は早々に寝た。Mさんから喉をいためないよう、また解熱を促進する為お湯をたっぷり飲むように言われたので夜通し飲んでいた。真夜中、恒例の停電があった。鼻がむずむずして鼻汁が出そうだったのでかんだらテッシュペーパーが真っ黒になった。真っ暗闇の中でも血が出たとわかった。発熱のせいだろうか?もらった薬は解熱剤らしく夜通し汗をかいた。

庫車[中国]旅行ガイド ~フォートラベル~
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/kuqa/

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