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2009年8月

ストリーツ・オブ・スターリングラード~手順詳細⑧

.ドイツ軍拡大移動フェイズ

手順

(1)設置に必要な所定のターンおよびフェーズが完了した場合、橋梁マーカー、地雷原マーカー、防御施設マーカーを置く事ができる。ただし工兵はこの移動フェーズに移動できない。工兵に、橋梁の建設、地雷原の設置、防御施設の構築を開始させることができる。

(2)自動車化歩兵、装甲歩兵、装甲工兵、オートバイ兵は、乗車または降車する事が出来る。

 ①降車状態の場合、橋梁のないバルカ・崖ヘクスにおらず、味方道路ヘクスまで敵ZOCに妨害されない車両が通行可能な連絡線を引く事ができ、孤立状態でない場合、降車マーカーを取り除ける。

 ②乗車状態の場合、降車する場合は降車マーカーを置く。

(3)釘付け状態でない装甲ユニットは、突破移動を行うことができる(移動力は1/2(端数切上)になる)。

 ①指揮官は、16ヘクス移動できる。

②隣接する敵歩兵ユニットから攻撃を受けていない釘付け状態でないソ連軍の直接射撃ユニットと迫撃砲ユニット(釘付け状態でない味方ユニットの観測が必要)は、平地で移動中の敵ユニットに臨機射撃を行える。

  (a)迫撃砲ユニットのみの場合は西岸砲爆撃表を使用、その他は戦闘結果表を使用。“P”の結果が出ても退却は発生しない。

  (b)射撃はスタック毎に行う。

  (c)原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。

  (d)下線付攻撃射撃力で射撃した場合、敵側は移動力が12以上のユニットから損害を出さなければならない。迫撃砲ユニットのみで砲爆撃した場合の損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット以外のユニット、4.装甲ユニット

  (e)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

    (f)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

  (g)臨機射撃した移動力が赤色でない迫撃砲ユニットは、向きを右に90度回転させる。

 ③隣接されたソ連軍NKVDユニットは、信頼性チェックを行う。

(7) 釘付け状態でなく行動済みでない直接射撃ユニットは、砲撃マーカーが置かれていない平地・森・住宅へクスに存在し、隣接する敵ユニットに突破攻撃を一回行える。スツーカおよび同じ戦闘単位の釘付け状態でなく行動済みでない迫撃砲ユニットも攻撃に参加できる(釘付け状態でないユニットの観測が必要)。

 ①攻撃目標を決める。 

②強行突撃を宣言できる。

  ③装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットによる有利なDRMを使用するかどうか宣言する。

④防御側ユニットは戦闘前退却を行えない。

⑤ソ連軍は、対空砲能力を持つ防御側ユニットの射程内にスツーカユニットが存在する場合、戦闘結果表を使用してスツーカユニットを射撃できる。

 ⑥防御側ユニットは防御射撃を行う(釘付け状態でも可)。防御側ユニットと同じ戦闘単位の釘付け状態でなく行動済みでない迫撃砲ユニットも間接射撃という形で防御射撃に参加できる(釘付け状態でない防御側ユニットの観測が必要)。

  (a)攻撃側が強行突撃を宣言した場合は、戦闘結果表の1段階高い欄を使用する。

  (b)原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。攻撃されていない間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。攻撃された間接射撃砲兵は防御射撃力を使う。

  (C)攻撃側が装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットによる有利なDRMを使用する場合、攻撃側は装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットから損害を出さなければならない。

    (d)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

    (e)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

  (f)“P”の結果が出ても退却は発生しない。

 ⑦ソ連軍地雷犬ユニットは、隣接する敵装甲ユニットを攻撃できる。

 ⑧釘付け状態かつ行動済みでないユニットは、攻撃目標に対し攻撃射撃を行う。

  (a)攻撃側が強行突撃を宣言した場合は、戦闘結果表の1段階高い欄を使用する。

  (b)下線付攻撃射撃力のユニットが敵戦車ユニットを射撃する場合、対戦車目標表で修正した値を使う。

  (C)防御側は狙撃手以外のユニットから先に損害を出す。

  (d)都市または工業地帯でソ連軍戦車ユニットが除去された場合、走行不能戦車チェックを行う。

  (e)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

  (f)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

    (g)“P”の結果が出ても退却は発生しない。

    (h)防御側ユニットが全滅した場合、

   ()攻撃ユニットのうち1個を戦闘後前進させ、突破マーカーを置く。これ以上移動はできない。

   ()その他の攻撃ユニットに、行動済みマーカーを置く。これ以上移動はできない。 

  (i)防御側ユニットが全滅しなかった場合、

   () 攻撃ユニットに、行動済みマーカーを置く。これ以上移動はできない。

 ⑨突破マーカーに隣接するソ連軍ユニットは、突破マーカーのヘクスに対して即時反撃を行うことが出来る。

  (a)即時反撃できるのは、釘付け状態でなく行動済みでないソ連軍親衛部隊、海兵隊、指揮官ユニットとスタックしている一般歩兵、一般装甲ユニットのみ。

   (b)即時反撃表にて解決する(サイの目修正は、攻撃射撃力合計-敵ユニットの防御射撃力)

    (c)損害が出た場合、任意の戦闘ユニットを除去する。

  (d)敵ユニットが全滅した場合、即時反撃ユニットは戦闘後前進できる。突破マーカーを除去する。

  (e)即時反撃ユニットの上に、行動済みマーカーを置く。

 ⑩突破攻撃を行ったユニットの上に、行動済みマーカーを置く。突破攻撃を行ったユニットは移動できない。

(8)釘付け状態でなく突破移動・攻撃を行っていないユニットは通常移動を行う事が出来る(移動力は1/2(端数

切上)になる)。向きが右に90度回転している砲兵ユニットは、移動できない。

 ①敵ZOCに進入したら停止しなければならない(突破マーカーのあるヘクスは移動力の半分を消費する事で退

出できる)。

②指揮官は、16ヘクス移動できる。

③地図外ボックスへの出入り、地図外ボックス間の移動を行える。

④隣接する敵歩兵ユニットから攻撃を受けていない釘付け状態でないソ連軍の直接射撃ユニットと迫撃砲ユニット(釘付け状態でない味方ユニットの観測が必要)は、平地で移動中の敵ユニットに臨機射撃を行える。

  (a)迫撃砲ユニットのみの場合は西岸砲爆撃表を使用、その他は戦闘結果表を使用。“P”の結果が出ても退却は発生しない。

  (b)射撃はスタック毎に行う。

  (c)原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。

  (d)下線付攻撃射撃力で射撃した場合、敵側は移動力が12以上のユニットから損害を出さなければならない。迫撃砲ユニットのみで砲爆撃した場合の損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット以外のユニット、4.装甲ユニット

  (e)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

    (f)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

  (g)臨機射撃した移動力が赤色でない迫撃砲ユニットは、向きを右に90度回転させる。

 ⑤隣接されたソ連軍NKVDユニットは、信頼性チェックを行う。

 ⑥釘付け状態でなく行動済みマーカーが置かれていない歩兵タイプ直接射撃ユニットは、隣接する敵ユニットの上に攻撃マーカーを置くことができる。

 ⑦移動した移動力が赤色でない砲兵ユニットは、向きを180度回転させる。

(9)全ての突破マーカーを行動済みマーカーに変える。

(10)指揮官は、このターンの3つの移動フェーズに全く移動しないならば、ターンに一度のみ自分の戦闘単位のユニットの場所へ移動できる。

(11)右に90度回転していないドイツ軍観測所は、16ヘクス移動するか、距離に関係なく同じ戦闘単位のユニットにスタックできる。移動した観測所は、向きを180度回転させる。

(12)右に90度回転しているドイツ軍観測所は、向きを元に戻す。

(13)向きが右に90度回転しているドイツ軍砲兵ユニットは、向きを元に戻す。

(14)両軍の橋梁、地雷原、防御施設を建設中の工兵ユニットが砲爆撃を受けた場合、攻撃した場合、攻撃を受けた場合、建設完成は当初予定の移動フェーズの次の移動フェーズに延期される。
Faise7dscn5716a

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火星儀と月球儀を作りました

火星儀と月球儀を作ってみました。

市販のものは地名が印刷されています。
印刷されていない、宇宙から見たままのものが欲しかったのです。
ちなみに某メーカーに、地名の印刷を省いたものを作るのに1個いくらかかるか聞いたら100万円との事でした。

球体に貼り付ける地表画像はここからダウンロードできます。http://www.vendian.org/mncharity/dir3/planet_globes/

球体は火星儀が直径約15センチ、月球儀が直径約12センチのものが必要です。
東急ハンズにはプラスチック製の半球2個セット(合わせると球体になる)が売られています。ネットでも探すと見つかります。半球を買うときは、2個組み合わせると完全な球体になるのかどうか確認が必要です。
今回は東急ハンズで調達しましたが、15センチのものがなく、17センチ球で作ることにしました。ダウンロードした画像を拡大コピーして使いました。

紡錘形の連なりの地表画像を球体に貼っていきますが、この画像データは紡錘形の数が12個しかなく、どうしても貼った時に大きな皺がよってしまいます。本当は紡錘形の数が20個位あると球体にフィットするのですが。
でもそこそこ満足のいくものができました。Dscn6287a

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ストリーツ・オブ・スターリングラード~手順詳細⑦

.同時砲撃フェイズ

手順

(1)両軍のユニットの上に置かれている釘付けマーカーを取り除く。ただし、攻撃マーカーの下の釘付けマーカーは取り除かない。

(2)ドイツ軍は砲撃したい場所にスツーカユニットと間接砲撃マーカーを置く。

①釘付け状態あるいは行動済みの間接砲兵は砲爆撃できない。

②味方ユニットが視認線を引けなければならない。

③観測できるユニット数・攻撃射撃力の上限を守る必要がある。

④向きが180度回転している観測所は、観測できない。

⑤観測した観測所は、向きを右に90度回転させる。

(3)ソ連軍が(2)と同様に砲撃したい場所に間接砲撃マーカーを置く。

①釘付け状態あるいは行動済みの間接砲兵は砲爆撃できない。

②味方ユニットが視認線を引けなければならない。

③観測できるユニット数・攻撃射撃力の上限を守る必要がある。

(4)対空砲能力を持つソ連軍ユニットの射程内にスツーカユニットが存在する場合、戦闘結果表を使用してスツーカユニットを射撃できる。

(5)ドイツ軍が先に砲爆撃戦闘を解決する。西岸砲爆撃表あるいは戦闘結果表のどちらかを使用する。移動妨害の場合は何もしない。

 ①損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット・狙撃手以外のユニット、4.装甲ユニット、5.狙撃手

  ②損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

③指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

④都市または工業地帯にいるソ連軍戦車が除去された場合、走行不能戦車チェックを行う。

⑤ソ連軍NKVDユニットが砲爆撃を受けた場合、信頼性チェックを行う。

⑥使用済の間接砲撃マーカーをフェーズ記録表の管理フェーズの欄に置く。

(6)ソ連軍が(5)と同様に砲撃戦闘を解決する((5)と同時解決する)。

①損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット以外のユニット、4.装甲ユニット

②損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

③指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

④使用済の間接砲撃マーカーをフェーズ記録表の管理フェーズの欄に置く。

(7)フェーズ2~5に全滅した全ての観測所ユニットを、軍司令官あるいは所属する戦闘単位の間接砲兵ユニットと同じ場所に置く。

(8)橋梁、地雷原、防御施設を建設中の工兵ユニットが砲爆撃を受けた場合、建設完成は当初予定の移動フェーズの次の移動フェーズに延期される。

(9)向きが180度回転しているドイツ軍観測所は、向きを元に戻す。

Faise6dscn5715a

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ストリーツ・オブ・スターリングラード~手順詳細⑥

.ドイツ軍攻撃フェイズ

1)直前の移動フェーズに攻撃マーカーを置いた歩兵タイプユニットは、攻撃マーカーが置かれている敵ユニットを攻撃しなければならない。その際、その敵ユニットを射程内に収め視認線が引ける釘付け状態でなく行動済みでない味方直接射撃ユニットも、攻撃に参加できる。スツーカおよび同じ戦闘単位の釘付け状態でなく行動済みでない迫撃砲ユニットも攻撃に参加できる(釘付け状態でないユニットの観測が必要)。

 ①どのユニットがどの攻撃マーカーが置かれている敵ユニットを攻撃するのか明確にする。スツーカと砲撃マーカーを敵ユニットの上に置く。向きが180度回転している砲兵ユニットは、攻撃に参加できない。

 ②攻撃の順番を決める。 

③強行突撃を宣言できる。

  ④装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットによる有利なDRMを使用するかどうか宣言する。

⑤防御側ユニットは、次の条件に当てはまる場合戦闘前退却を行える(・攻撃マーカーが置かれている、かつ(・親衛隊または海兵隊ユニットである、または・指揮官ユニットとスタックしているか隣接している(パブロフ、ヘルマン、政治委員の場合はスタックのみ))、かつ・直前の敵移動フェーズに臨機射撃を行っていない、かつ・釘付け状態でない、かつ・直接射撃を受けている)。

 (a) 攻撃マーカーが置かれているヘクスに残す最低限1個の戦闘ユニットを選ぶ。これには狙撃手、走行不能戦車ユニットも含まれる。もし当ヘクスに5ポイント以上の敵砲撃マーカーあるいはスツーカがある場合、自動車化ユニット、移動力12,15の砲兵ユニットは退却できない。

 (b)残りの全てのユニットは、移動力の1/4(端数切上)まで退却できる。敵ZOC内に進入する事は出来ない。5ポイント以上の敵砲撃マーカーあるいはスツーカがある場合、追加1移動力を消費せねばならない。

 (c)釘付け状態でないドイツ軍の直接射撃ユニットと迫撃砲ユニット、スツーカ(釘付け状態でない味方ユニットの観測が必要)は、平地で退却中の敵ユニットに臨機射撃を行える。

   () 対空砲能力を持つ敵ユニットの射程内にスツーカユニットが存在する場合、戦闘結果表を使用してスツーカユニットを射撃できる。

()迫撃砲ユニット、スツーカのみの場合は西岸砲爆撃表を使用、その他は戦闘結果表を使用。“P”の結果が出ても退却は発生しない。

   ()射撃はスタック毎に行う。

   ()原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。

   ()下線付攻撃射撃力で射撃した場合、敵側は移動力が12以上のユニットから損害を出さなければならない。迫撃砲ユニットのみで砲爆撃した場合の損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット以外のユニット、4.装甲ユニット

   ()損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

     ()指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

   ()臨機射撃した移動力が赤色でない迫撃砲ユニットは、向きを右に90度回転させる。

 ⑥ソ連軍は、対空砲能力を持つ防御側ユニットの射程内にスツーカユニットが存在する場合、戦闘結果表を使用してスツーカユニットを射撃できる。

 ⑦ソ連軍ユニットは攻撃側ユニットに対して防御射撃を行うことができる。防御射撃を行えるユニットは次の通り(・防御側ユニット(釘付け状態、行動済みでも可)。・攻撃側ユニットが平地にいる場合、攻撃側ユニットを射程内に収め視認線が引ける攻撃を受けない非釘付け・未行動済みソ連軍ユニットも防御射撃に参加できる。・防御側ユニットと同じ戦闘単位の釘付け状態でなく行動済みでない迫撃砲ユニットも間接射撃という形で防御射撃に参加できる(釘付け状態でない防御側ユニットの観測が必要)。・攻撃側ユニットに視認線が引ける攻撃を受けない釘付け状態でないソ連軍ユニットと同じ戦闘単位の、釘付け状態でなく行動済みでない迫撃砲ユニットも間接射撃という形で防御射撃に参加できる。・攻撃側ユニットがヴォルガ河崖ヘクスにいる場合、ソ連軍河川小艦隊も防御射撃に参加できる。※向きが180度回転している観測所は、観測できない。)

  (a)攻撃側が強行突撃を宣言した場合は、戦闘結果表の1段階高い欄を使用する。

  (b)原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。攻撃されていない間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。攻撃された間接射撃砲兵は防御射撃力を使う。

  (C)攻撃側が装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットによる有利なDRMを使用する場合、攻撃側は装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットから損害を出さなければならない。

    (d)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

    (e)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

  (f)“P”の結果が出ても退却は発生しない。

    (g)防御射撃を行った移動力が赤色でない砲兵ユニットは、向きを右に90度回転させる。

 ⑧ソ連軍地雷犬ユニットは、隣接する敵装甲ユニットを攻撃できる。

 ⑨釘付け状態かつ行動済みでないユニットは、攻撃マーカーが置かれている防御側ユニットに対し攻撃射撃を行わなければならない。

  (a)攻撃側が強行突撃を宣言した場合は、戦闘結果表の1段階高い欄を使用する。

  (b)下線付攻撃射撃力のユニットが敵戦車ユニットを射撃する場合、対戦車目標表で修正した値を使う。

  (C)防御側は狙撃手以外のユニットから先に損害を出す。

  (d)都市または工業地帯でソ連軍戦車ユニットが除去された場合、走行不能戦車チェックを行う。

  (e)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

  (f)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

    (g)釘付け状態でない歩兵タイプユニットが隣接する防御施設のない平地ヘクスの防御側ユニットを攻撃し、“P”の結果が出た場合、防御側ユニットは釘付け状態になって1ヘクス退却しなければならない。敵ZOCあるいは攻撃・砲爆撃を受けているヘクスには退却できない。

  (h)釘付け状態でない歩兵タイプユニットが隣接するバルカ、森、近郊住宅、防御施設ヘクスの防御側ユニットを攻撃し、“P”の結果が出た場合、防御側ユニットは釘付け状態になって1ヘクス退却するか(敵ZOCあるいは攻撃・砲爆撃を受けているヘクスには退却できない)、1戦闘ユニットを除去しなければならない。

    ※指揮官とスタックしていないNKVDユニットは、ヘクス内の地形にかかわらず退却せねばならない。

    (i)防御側ユニットが全滅した場合、スタック制限まで攻撃側ユニットを戦闘後前進させる事ができる。ただし戦闘後前進を行った観測所ユニットは、向きを180度回転させる。

  (j)攻撃側ユニットの上に、行動済みマーカーを置く。 

 ⑩戦闘後前進したユニットに隣接するソ連軍ユニットは、そのユニットに対して即時反撃を行うことが出来る。

  (a)即時反撃できるのは、釘付け状態でなく行動済みでないソ連軍親衛部隊、海兵隊、指揮官ユニットとスタックしている一般歩兵、一般装甲ユニットのみ。

   (b)即時反撃表にて解決する(サイの目修正は、攻撃射撃力合計-敵ユニットの防御射撃力)

   (c)損害が出た場合、任意の戦闘ユニットを除去する。

  (d)敵ユニットが全滅した場合、即時反撃ユニットは戦闘後前進できる。

  (e)即時反撃ユニットの上に、行動済みマーカーを置く。

(2)両軍の橋梁、地雷原、防御施設を建設中の工兵ユニットが砲爆撃を受けた場合、攻撃した場合、攻撃を受けた

場合、建設完成は当初予定の移動フェーズの次の移動フェーズに延期される。

(3)向きが180度回転しているドイツ軍砲兵ユニットは、向きを元に戻す。

(4)向きが180度回転しているソ連軍観測所は、向きを元に戻す。

Faise5dscn5714a

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ターゲット・アーンエム(目標!アーンエム!!)

ゲームジャーナル誌の目標!アーンエム!!をソロプレイしてみました。
ゲームマップ、ユニットはMMP版を使用。

【ゲームの概要】
テーマ:1944年9月に行われた連合軍のマーケット・ガーデン作戦
1ターン:1日(9/17-9/25)
1ユニット:連隊
1ヘクス:7キロ

勝利条件:ゲーム終了時に、アーンエムを占領しマップ南端からアーンエムまでの妨害されない幹線道路を確保していれば連合軍の勝利。

大昔にHJのマーケット・ガーデン作戦、VGのHELLS HIGHWAYをやって以来のマーケット・ガーデン作戦ゲーム。HJのマーケット・ガーデン作戦は地味?だったせいか印象に残っておらず、HELLS HIGHWAYはマップはすごく美しいがシステムがしっくりこなかったせいかこれもあまり印象に残っていない(英30軍団が中々前進できず爽快感を感じられなかったからだろうか?)。もっと手軽にプレイしたいという欲求はあったらしく、1ユニット連隊規模のゲームの自作を志したこともあった。そういう事もあり、このゲームは前々から欲しかったゲームである。

プレイにあたっては、空挺部隊の降下位置はなるべく史実通りにしてみた。

プレイしてみると英1空挺はアーンエムを簡単に占領、独2SS軍団は中々アーンエムを奪取できない。米82空挺、101空挺は順調に橋と道路を確保する。アイントホーフェン手前でもたついていた英30軍団が一挙に道路を北上してまもなくアーンエムに到着する・・。Dscn6286a

割と簡単にアーンエムに到達してしまうのだが、ルールの読み違えだろうか?それとも何かコツがあるのだろうか?

まあでも、この手軽さはありがたい限りだ。

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第35回金沢まつり花火大会

今年も見ました。炸裂音を堪能しました。

比較的すいていて場所取りに苦労しないのが良い。

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夏も終わりに向かっています。

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ストリーツ・オブ・スターリングラード~手順詳細⑤

4.ソ連軍予備移動フェーズ

注意

△注意: ソ連軍の9 月13 日の移動制限(シナリオカード1S 、2S 、3S 上部の“ゲームに上の注意”を参照)によって、他に

開始から半減されるフェイズの移動も同様に半減される。言い換えるならば、通常でも移動ポイントが半減される予備および拡大移動において、ソ連軍の移動は9 月13日ターンに関してのみ4 分の1 にされる。

手順

(1)設置に必要な所定のターンおよびフェーズが完了した場合、橋梁マーカー、地雷原マーカー、防御施設マーカーを置く事ができる。ただし工兵はこの移動フェーズに移動できない。工兵に、橋梁の建設、地雷原の設置、防御施設の構築を開始させることができる。

(2)自動車化歩兵、装甲歩兵、装甲工兵、オートバイ兵は、乗車または降車する事が出来る。

 ①降車状態の場合、橋梁のないバルカ・崖ヘクスにおらず、味方道路ヘクスまで敵ZOCに妨害されない車両が通行可能な連絡線を引く事ができ、孤立状態でない場合、降車マーカーを取り除ける。

 ②乗車状態の場合、降車する場合は降車マーカーを置く。

(3)次の条件を満たすユニットは移動力の1/2(端数切上)で移動を行う事が出来る(・指揮官とスタックまたは隣接している(パヴロフ、ヘルマン、政治委員の場合はスタックのみ)。・釘付け状態でない。・攻撃マーカーの3ヘクス以内にいる。・指揮官とスタックしていない場合は敵ZOCにいない。・敵直接射撃ユニットから攻撃を受けていない。・直前の敵移動フェーズに臨機射撃を行っていない。・装甲列車でない。・砲兵の場合、向きが右に90度回転していない。)

 ①9月13日のターンの場合、移動制限により移動力の1/4(端数切上)になる。

 ②輸送部隊ユニットを除き、敵ZOCに進入したら停止しなければならない(敵の攻撃を受けているヘクスにも進入できる)。

③指揮官は、16ヘクス移動できる(敵直接射撃ユニットから攻撃を受けていても可能)。 

④東岸ボックスへの出入り、東岸ボックス間の移動、ヴォルガ河の渡河は行えない。

⑤展開移動は行えない。

⑥釘付け状態でない輸送部隊ユニットは、指揮官、観測所、地雷犬、狙撃手、移動力8の戦闘ユニットを運ぶことができる。

⑦隣接する敵歩兵ユニットから攻撃を受けていない釘付け状態でないドイツ軍の直接射撃ユニットと迫撃砲ユニット(釘付け状態でない味方ユニットの観測が必要)は、平地で移動中の敵ユニットに臨機射撃を行える(スツーカは使用できない)。向きが180度回転している迫撃砲ユニットは、臨機射撃できない。(?)

  (a)向きが180度回転している観測所は、観測できない。

  (b)迫撃砲ユニットのみの場合は西岸砲爆撃表を使用、その他は戦闘結果表を使用。“P”の結果が出ても退却は発生しない。

  (c)射撃はスタック毎に行う。

  (d)原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。

  (e)下線付攻撃射撃力で射撃した場合、敵側は移動力が12以上のユニットから損害を出さなければならない。迫撃砲ユニットのみで砲爆撃した場合の損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット以外のユニット、4.装甲ユニット

  (f)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

    (g)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

  (h)臨機射撃した移動力が赤色でない迫撃砲ユニットは、向きを右に90度回転させる。

 ⑧移動した移動力が赤色でない間接射撃砲兵ユニットは、向きを180度回転させる。

(4)指揮官は、このターンの3つの移動フェーズに全く移動しないならば、ターンに一度のみ自分の戦闘単位のユニットの場所へ移動できる。

(5)右に90度回転していないソ連軍の観測所は、16ヘクス移動するか、距離に関係なく同じ戦闘単位のユニットにスタックできる。移動した観測所は向きを180度回転させる。

(6)向きが右に90度回転しているソ連軍観測所は、向きを元に戻す。

(7)向きが180度回転しているドイツ軍の観測所は、向きを元に戻す。

(8)向きが右に90度回転しているソ連軍砲兵は、向きを元に戻す。

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ストリーツ・オブ・スターリングラード~手順詳細④

.ドイツ軍移動フェイズ

手順

(1)増援を確認し、地図外ボックスに置く。

(2)補充を確認し、補充貯蓄表に記録する。除去されているユニットを復帰させ、地図外ボックスに置く。

(3)復帰する指揮官があれば、地図外ボックスに置く。

(4)設置に必要な所定のターンおよびフェーズが完了した場合、橋梁マーカー、地雷原マーカー、防御施設マーカーを置く事ができる。ただし工兵はこの移動フェーズに移動できない。工兵に、橋梁の建設、地雷原の設置、防御施設の構築を開始させることができる。

(5)自動車化歩兵、装甲歩兵、装甲工兵、オートバイ兵は、乗車または降車する事が出来る。

 ①降車状態の場合、橋梁のないバルカ・崖ヘクスにおらず、味方道路ヘクスまで敵ZOCに妨害されない車両が通行可能な連絡線を引く事ができ、孤立状態でない場合、降車マーカーを取り除ける。

 ②乗車状態の場合、降車する場合は降車マーカーを置く。

(6)釘付け状態でない装甲ユニットは、突破移動を行うことができる(増援と補充による復帰ユニットは不可)。

 ①指揮官は、16ヘクス移動できる。 

②隣接する敵歩兵ユニットから攻撃を受けていない釘付け状態でないソ連軍の直接射撃ユニットと迫撃砲ユニット(釘付け状態でない味方ユニットの観測が必要)は、平地で移動中の敵ユニットに臨機射撃を行える。

  (a)迫撃砲ユニットのみの場合は西岸砲爆撃表を使用、その他は戦闘結果表を使用。“P”の結果が出ても退却は発生しない。

  (b)射撃はスタック毎に行う。

  (c)原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。

  (d)下線付攻撃射撃力で射撃した場合、敵側は移動力が12以上のユニットから損害を出さなければならない。迫撃砲ユニットのみで砲爆撃した場合の損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット以外のユニット、4.装甲ユニット

  (e)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

    (f)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

  (g)臨機射撃した移動力が赤色でない迫撃砲ユニットは、向きを右に90度回転させる。

    (h)観測所が観測を行った場合、向きを右に90度回転させる。

 ③隣接されたソ連軍NKVDユニットは、信頼性チェックを行う。

(7) 釘付け状態でなく行動済みでない直接射撃ユニットは、砲撃マーカーが置かれていない平地・森・住宅へクスに存在し、隣接する敵ユニットに突破攻撃を一回行える。スツーカおよび同じ戦闘単位の釘付け状態でなく行動済みでない迫撃砲ユニットも攻撃に参加できる(釘付け状態でないユニットの観測が必要)。

 ①攻撃目標を決める。 

②強行突撃を宣言できる。

  ③装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットによる有利なDRMを使用するかどうか宣言する。

④防御側ユニットは戦闘前退却を行えない。

⑤対空砲能力を持つ防御側ユニットの射程内にスツーカユニットが存在する場合、戦闘結果表を使用してスツーカユニットを射撃できる。

 ⑥防御側ユニットは防御射撃を行う(釘付け状態でも可)。防御側ユニットと同じ戦闘単位の釘付け状態でなく行動済みでない迫撃砲ユニットも間接射撃という形で防御射撃に参加できる(釘付け状態でない防御側ユニットの観測が必要)。

  (a)攻撃側が強行突撃を宣言した場合は、戦闘結果表の1段階高い欄を使用する。

  (b)原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。攻撃されていない間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。攻撃された間接射撃砲兵は防御射撃力を使う。

  (C)攻撃側が装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットによる有利なDRMを使用する場合、攻撃側は装甲ユニットあるいは戦闘工兵ユニットから損害を出さなければならない。

    (d)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

    (e)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

  (f)“P”の結果が出ても退却は発生しない。

 ⑦ソ連軍地雷犬ユニットは隣接する敵装甲ユニットを攻撃できる。

 ⑧釘付け状態かつ行動済みでないユニットは、攻撃目標に対し攻撃射撃を行う。

  (a)攻撃側が強行突撃を宣言した場合は、戦闘結果表の1段階高い欄を使用する。

  (b)下線付攻撃射撃力のユニットが敵戦車ユニットを射撃する場合、対戦車目標表で修正した値を使う。

  (C)防御側は狙撃手以外のユニットから先に損害を出す。

  (d)都市または工業地帯でソ連軍戦車ユニットが除去された場合、走行不能戦車チェックを行う。

  (e)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

  (f)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

    (g)“P”の結果が出ても退却は発生しない。

    (h)防御側ユニットが全滅した場合、

   ()攻撃ユニットのうち1個を戦闘後前進させ、突破マーカーを置く。これ以上移動はできない。

   ()その他の攻撃ユニットに、行動済みマーカーを置く。これ以上移動はできない。 

  (i)防御側ユニットが全滅しなかった場合、

   () 攻撃ユニットに、行動済みマーカーを置く。これ以上移動はできない。

 ⑨突破マーカーに隣接するソ連軍ユニットは、突破マーカーのヘクスに対して即時反撃を行うことが出来る。

  (a)即時反撃できるのは、釘付け状態でなく行動済みでないソ連軍親衛部隊、海兵隊、指揮官ユニットとスタックしている一般歩兵、一般装甲ユニットのみ。

   (b)即時反撃表にて解決する(サイの目修正は、攻撃射撃力合計-敵ユニットの防御射撃力)

    (c)損害が出た場合、任意の戦闘ユニットを除去する。

  (d)敵ユニットが全滅した場合、即時反撃ユニットは戦闘後前進できる。突破マーカーを除去する。

  (e)即時反撃ユニットの上に、行動済みマーカーを置く。

 ⑩突破攻撃を行ったユニットの上に、行動済みマーカーを置く。突破攻撃を行ったユニットは移動できない。

(8)釘付け状態でなく突破移動・攻撃を行っていないユニットは通常移動を行う事が出来る(向きが右に90度の方向を向いている砲兵は、移動できない)。

 ①敵ZOCに進入したら停止しなければならない(突破マーカーのあるヘクスは移動力の半分を消費する事で退出できる)。

②指揮官は、16ヘクス移動できる。

③地図外ボックスへの出入り、地図外ボックス間の移動を行える。

④隣接する敵歩兵ユニットから攻撃を受けていない釘付け状態でないソ連軍の直接射撃ユニットと迫撃砲ユニット(釘付け状態でない味方ユニットの観測が必要)は、平地で移動中の敵ユニットに臨機射撃を行える。

  (a)迫撃砲ユニットのみの場合は西岸砲爆撃表を使用、その他は戦闘結果表を使用。“P”の結果が出ても退却は発生しない。

  (b)射撃はスタック毎に行う。

  (c)原則として防御射撃力を使用するが、下線付攻撃射撃力のユニットが移動力12以上の敵ユニットを射撃する場合は攻撃射撃力を使い、更に敵ユニットが装甲ユニットの場合は対戦車目標表で修正した値を使う。間接射撃砲兵は攻撃射撃力を使う。

  (d)下線付攻撃射撃力で射撃した場合、敵側は移動力が12以上のユニットから損害を出さなければならない。迫撃砲ユニットのみで砲爆撃した場合の損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット以外のユニット、4.装甲ユニット

  (e)損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

    (f)指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

  (g)臨機射撃した移動力が赤色でない迫撃砲ユニットは、向きを右に90度回転させる。

(h)観測所が観測を行った場合、向きを右に90度回転させる。

 ⑤隣接されたソ連軍NKVDユニットは、信頼性チェックを行う。

 ⑥釘付け状態でなく行動済みマーカーが置かれていない歩兵タイプ直接射撃ユニットは、隣接する敵ユニットの上に攻撃マーカーを置くことができる。

 ⑦移動した移動力が赤色でない砲兵ユニットは、向きを180度回転させる。

(9)釘付け状態でなく敵ZOCにおらず突破移動・攻撃、通常移動を行っていないユニットは展開移動を行う事が出来る(向きが右に90度の方向を向いている砲兵は、移動できない)。

 ①2倍の移動力で移動できる。

 ②次の事はできない:敵ZOCに進入する。敵ユニットの直接射撃の射程内の平地ヘクスに入る。最も近い味方ユニットよりも敵ユニットに近づく。敵ユニットの2ヘクス以内で移動を終了する。

③移動した移動力が赤色でない砲兵ユニットは、向きを180度回転させる。

(10)指揮官は、このターンの3つの移動フェーズに全く移動しないならば、ターンに一度のみ自分の戦闘単位のユニットの場所へ移動できる。

(11) 向きが右に90度回転していない観測所は、16ヘクス移動するか、距離に関係なく同じ戦闘単位のユニットにスタックできる。移動した観測所は、向きを180度回転させる。

(12)向きが右に90度回転している観測所は、向きを元に戻す。

(13)向きが右に90度回転している砲兵は、向きを元に戻す。

(14)全ての突破マーカーを行動済みマーカーに変える。

(15)両軍の橋梁、地雷原、防御施設を建設中の工兵ユニットが砲爆撃を受けた場合、攻撃した場合、攻撃を受けた場合、建設完成は当初予定の移動フェーズの次の移動フェーズに延期される。

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ストリーツ・オブ・スターリングラード~手順詳細③

2.同時砲爆撃フェイズ

手順

(1)ドイツ軍は砲撃したい場所にスツーカユニットと間接砲撃マーカーを置く。

①釘付け状態あるいは行動済みの間接砲兵は砲爆撃できない。

②味方ユニットが視認線を引けなければならない。

③観測できるユニット数・攻撃射撃力の上限を守る必要がある。

④観測所ユニットが観測した場合、次の移動フェーズに移動できない。ユニットを右に90度回転させること。

(2)ソ連軍が(1)と同様に砲撃したい場所に間接砲撃マーカーを置く。

①釘付け状態あるいは行動済みの間接砲兵は砲爆撃できない。

②味方ユニットが視認線を引けなければならない。

③観測できるユニット数・攻撃射撃力の上限を守る必要がある。

④ソ連軍拡大戦闘フェーズに移動した(180度回転している)観測所は観測できない。

(3)対空砲能力を持つソ連軍ユニットの射程内にスツーカユニットが存在する場合、戦闘結果表を使用してスツーカユニットを射撃できる。

(4)ドイツ軍が先に砲爆撃戦闘を解決する。西岸砲爆撃表あるいは戦闘結果表のどちらかを使用する。移動妨害の場合は何もしない。

 ①損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット・狙撃手以外のユニット、4.装甲ユニット、5.狙撃手

  ②損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

③指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

④都市または工業地帯にいるソ連軍戦車が除去された場合、走行不能戦車チェックを行う。

⑤ソ連軍NKVDユニットが砲爆撃を受けた場合、信頼性チェックを行う。

⑥使用済の間接砲撃マーカーをフェーズ記録表の管理フェーズの欄に置く。

(5)ソ連軍が(4)と同様に砲撃戦闘を解決する((4)と同時解決する)。

①損害の優先順位は次の通り。1.地雷原、2.橋梁、3.装甲ユニット以外のユニット、4.装甲ユニット

②損害が出たヘクスに指揮官がいる場合、指揮官生存チェックを行う。

③指揮官、観測所が負傷・除去された場合、所定のターン記録表あるいはフェーズ記録表の欄に置く。

④使用済の間接砲撃マーカーをフェーズ記録表の管理フェーズの欄に置く。

(6)フェーズ13~15に全滅した全ての観測所ユニットを、軍司令官あるいは所属する戦闘単位の間接砲兵ユニットと同じ場所に置く。

(7)橋梁、地雷原、防御施設を建設中の工兵ユニットが砲爆撃を受けた場合、建設完成は当初予定の移動フェーズの次の移動フェーズに延期される。

(8)観測不可能状態(180度回転している)のソ連軍観測所ユニットは、向きを元の方向に戻す。

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ストリーツ・オブ・スターリングラード~手順詳細②

1.管理フェイズ

3.1 ターンの管理フェイズ開始時に、ドイツ軍プレイヤーは ゲーム終了を宣言することができる。ドイツ軍プレイヤーがゲーム終了を宣言しなかった場合、ゲームはシナリオの最後のターンまで続けられる。

14.03 各間接射撃砲兵ユニットには、その攻撃射撃力を表す間接射撃弾着マーカーが用意されている。各間接射撃ユニット用の間接射撃弾着マーカーは、戦闘に使用されるまでその間接射撃ユニットと一緒にスタックした状態で置いておかなければならない。どの間接射撃砲兵ユニットが射撃を完了しているかの記録を残すために、射撃を行ったヘクスにその間接射撃弾着マーカーを置き、そしてそれからヘクスに移動妨害をしている場合を除いて使用されたフェイズの終了時に使用された間接射撃マーカーを取り除くこと(14.84 項、参照)。間接射撃弾着マーカーは、次のターンの管理フェイズ時にその間接射撃砲兵ユニットと再び一緒にされる。

例外: ドイツ軍88 ㎜対空/対戦車両用砲には弾着マーカーが用意されていないが、そのためにドイツ軍指揮官または観測所ユニットが目標を観測している場合は間接射撃砲兵と同じ方法でターン毎に1回使用することができる。同じターン中に間接射撃としてそして直接射撃ユニットとして使用できるが、同じフェイズ中は不可である。直接射撃ユニットとして、同じターン中に攻撃、防御射撃、および臨機射撃の全てを行うことができるが、フェイズ毎に1回だけである。

ストリーツ・オブ・スターリングラードは、ドイツ軍第6軍を包囲したソ連軍の反攻前の時期を扱っている。ゲーム中、ドイツ軍ユニットはかなりの日数を耐えるのに充分な補給を限られた数の部隊に供給できた。ドイツ空軍の航空優勢によって孤立状態に陥ることはない。

19.1 全てのソ連軍ユニットは、数回の連続する管理フェイズに孤立状態を続けている場合、除去を被る可能性がある。

9 月13 日から9 月26日ターンにかけて:

・ ソ連軍親衛、海兵隊、および政治委員または他のソ連軍指揮官とスタックしている他のソ連軍ユニットは、4回連続する管理フェイズ中に孤立状態になっていると除去される。

・ 全て他のソ連軍ユニットは、2回連続する管理フェイズ中に孤立状態になっていると除去される。

9 月26 日ターンとそれ以降のターンでは、全てのソ連軍ユニットは4回連続する管理フェイズ中に孤立状態になっていると除去される。例:1 .9 月15 日の第8 フェイズのドイツ軍拡大移動において孤立状態になったソ連軍ユニットは、15日の残り期間と9 月16 日ターンを通して孤立状態を続けている場合は、9 月17 日の管理フェイズ開始時に除去され、ゲーム地図上から取り除かれる。2 .9 月26日のいずれかのフェイズにおいて孤立状態になったソ連軍ユニットは、9 月30 日の管理フェイズまでゲーム地図上から取り除かれない。

19.2 ソ連軍ユニットは、そのユニットからヴォルガ河へクスまでの全て可能なへクスによる経路がドイツ軍地雷原を含めてドイツ軍ユニットまたはドイツ軍ZOCによって妨害されている場合のみ、孤立状態とみなされる。ソ連軍ユニットは、ドイツ軍ユニット/ZOC /地雷原によって妨害されていない無制限の長さの経路をヴォルガ河へクスまで引ける場合、そのソ連軍ユニットは孤立状態とみなされない。敵ZOC内の味方ユニットの存在は、孤立状態判定時にZOC を打ち消す。

19.3 孤立は、効果を得るためには連続するターンでなければならない。例:上記の19.1 項に従って9 月26 日に孤立状態と判定されるユニットが9 月28 日に孤立状態から抜け、再び9月29 日に孤立状態になった場合、10 月3 日の管理フェイズまで除去されることはない。

16.85 毎ターンの管理フェイズにおいて、全ての“補給切れ”マーカーが置かれている孤立状態NKVD部隊ユニットに対して10 面体サイコロを1 個振ること。・ サイの目が5 -10 の場合、孤立状態NKVD 部隊ユニットを除去すること。・ 指揮官と一緒のへクス内の孤立状態NKVD部隊指揮官とNKVD 部隊ユニットは、孤立ルールによって要求されるまでは除去されない(19.0 項、参照)。

20.1 管理フェイズの開始時に、両方のプレイヤーはゲーム地図上のユニットを先のターンに除去されているユニットと交換できる。このような統合の目的は、ユニットの統一性ルールの優位を得るためである(9.73 項)。

20.2 交換されるユニットは、ゲーム地図上の交換を受けるユニットが実際に位置していたヘクス内に置かれなければならない(たとえ敵ZOC 内であっても)。置換えられるユニットに適用されている全てのマーカー類は、新しいユニットにも適用される。

20.3 適用されるユニットが孤立状態である場合、ユニットの交換は実施できない。

20.4 全く同じ種類であり、全く同一の攻撃射撃力および防御射撃力ポイント合計のユニット同士のみを交換することができる。交換されるユニット同士は、異なる大隊、連隊、旅団、または師団に所属していてもよい。ソ連軍親衛または海兵隊歩兵ユニットは、他の種類のソ連軍歩兵ユニットと交換するために選ぶことはできない。

△ NKVD 部隊ユニットは、他のNKVD ユニットとのみ交換できる。

20.5 新しいユニットは、置き換えられたユニットができたのと全く同様に移動し、戦闘に参加することができる。ユニットの交換に関して追加される罰則は無い。

20.6 指揮官ユニットは、除去されている指揮官と交換することができる。除去された元の指揮官は勿論既に死亡、または瀕死の重傷を負っている。しかしながら、交換された指揮官は指揮を引き継いでおり、ゲームでこれを表現する唯一の方法はその戦闘単位の旗と識別色等を持っている除去された指揮官を使用することである。

20.7 統合を通じて特定の指揮官の戦闘単位の属する全てのユニットを取り除いた場合、その指揮官ユニットを取り除かなければならないが後に補充ポイントを使用してそれらのユニットの一部が再建された場合にその指揮官をゲームに戻すことができる。

15.52 フルキャンペーンゲーム(シナリオ#3 )のみの最初のターン以降、各ターンの使用可能なスツーカユニットは、管理フェイズ時にドイツ軍プレイヤーが10面体サイコロを1 個振り、

特定のターンのいくつのスツーカユニットが使用可能であるかを決定するために数字の22からサイの目の結果数を引くことによって判定される。

例: シナリオ#3 の第2 ターン、ドイツ軍プレイヤーはサイコロを振って5 の目を出したので、第2 ターンは21 個のスツーカユニットの内17 個のみを使用することができる。

14.71 ドイツ軍プレイヤーに関しては9 月20 日ターンから、そしてソ連軍プレイヤーに関しては10 月1 日ターンを開始として、自軍間接射撃砲兵ユニットの内のいくつの攻撃射撃ポイント分がそのターン中に使用できないかを判定するために管理フェイズの開始時に両陣営は10面体サイコロを1 個振ること。

14.72 サイの目により、そのターンに使用できない攻撃射撃力ポイント数の量に等しい10 から50 までの不確定数が決定される(特定の日付に使用できるドイツ軍とソ連軍の数に関して、弾薬状況表を参照のこと)。

例: 9 月23 日にドイツ軍のサイの目が3 である場合は、そのターンに30 攻撃射撃力ポイントのドイツ軍間接射撃砲兵が使用できないことを意味する。

14.73 親衛迫撃(カチューシャ)噴進砲ユニットを除く全てのソ連軍間接射撃砲兵ユニットは、このサイの目の影響を受ける。ソ連軍プレイヤーは、そのターンに射撃できないものとして東岸ボックス内および/あるいは西岸へクス内の間接射撃砲兵ユニットから選ぶことができる。

14.74 ドイツ軍プレイヤーは、そのターンに射撃できないものとして間接射撃砲兵ユニットを選択するか、自軍シナリオカードに記されている史実上の制限を使用することができる。

Ω ドイツ軍88 ㎜対戦車/対空砲ユニットは、弾薬不足の影響を受けない。

14.75 将来のターンの弾薬不足判定サイの目からその分を差し引くためにあるターン中に射撃させないことによってゲーム地図上の間接射撃砲兵攻撃射撃力ポイントを貯蓄することができる。弾薬状況表で赤色の“弾薬-1 ”、“弾薬-10 ”、および“弾薬-100 ”マーカーを使用して不足分の記録を行い、黄色の“弾薬1 ”、“弾薬10 ”、および“弾薬100 ”マーカーを使用して貯蓄したポイントの記録を行う。

例: ドイツ軍プレイヤーは、9 月13 日から20 日の間に27間接射撃砲兵攻撃射撃力ポイントを貯蓄(射撃させないことによって)した。9 月20 日に、彼はサイコロを振り5の目を出し=そのターンは50 ポイント分の弾薬不足の結果だった。彼は直ちに貯金分の27 間接射撃ポイントをこの不足分に対して適用したので、9 月20 日には23間接射撃攻撃射撃力ポイント分が射撃できない。これは、用意されている赤色の“弾薬”マーカーを使用して弾薬状況表で表示される。

21.51 ドイツ軍プレイヤーは、ターン記録欄上に“W ”と付されている日付の管理フェイズに、およびシナリオカード3Gに従ってゲームからユニットを撤収させえなければならない。撤収されるユニットは、決してゲームに戻ることができない。

21.52 各部隊に関する撤収しなければならないユニットの数は、取り除かなければならない最低限の数字である。

21.53 撤収しなければならない最低限の数を達成するのに充分なユニットが無い場合、同じまたは近い種類および攻撃射撃力値がそれ以上のユニットを代わりに取り除くか、ドイツ軍補充ポイントをこれらのユニットの代わりに消費することもできる。

例: 9 月27 日に第670対戦車砲大隊の3 個ユニットの内の2 個だけしか撤収しない場合、可能な代替撤収は以下の通りで ある:・ ザルツァー戦闘団の装甲自走式対戦車砲中隊(第24 装甲師団)、または・いずれかの対空砲大隊の1 個88 ㎜対空/対戦車砲中隊、あるいは・ 喪失している第670 対戦車砲大隊ユニットの補充のために6 “Pz ”補充ポイントを消費することもできる。

21.54 備忘録:ドイツ軍プレイヤーは、9 月29 日より後にゲームに第29歩兵師団(自動車化)を残していると1 勝利ポイントを失う

(師団の砲兵に関しては10月5 日)。本来の撤収予定日より後にゲームに残されている場合、10 月10 日までには第29自動車化師団を撤収させなければならない。勝利ポイントの罰則を免除されるためには、その師団のユニットの全ては要求されたターンに撤収しなければならない(地図上からユニットを拾い上げること)。師団に所属することが、その裏面に表示されているユニットのみを対象として数えること。

15.33 悪天候。10 月21 日ターンの管理フェイスから始まり、その後の全てのターンに、ソ連軍プレイヤーは10面体サイコロを1 個振る。サイの目が1 または2 が出た場合、そのターン全体中は悪天候であり、ドイツ軍プレイヤーはそのターンのフェイズ中にスツーカユニットを使用できない。(用意されている“悪天候”マーカーを使用し、ターン記録欄のそのターンのマスに置くこと。)

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ストリーツ・オブ・スターリングラード~手順詳細①

以下は、公開されているストリーツ・オブ・スターリングラードのゲームルール和訳を、手順に従って補足・再構成したものです。

.開始時

Ω シナリオ配置シートの6G において、ドイツ軍第79 歩兵師団(10 20 日の増援として指示)には、その日付に9 ポイントの間接射撃砲兵着弾マーカー(×2 )と11 ポイントの弾薬マーカー(×1)も記載されていなければならない。

2.33 配置地図上でユニットのグループ用に指定されている全てのヘクスを使用する必要は無い。以下のガイドラインの範囲内で、指示された内の僅かなヘクスにユニットをスタックさせることも出来るし、全ての利用可能なヘクスに分散させて配置することも可能である:

・ 特記されている特定の連隊、旅団の歩兵ユニットは、そのフォーメーションのために配置地図上に示された前線ヘクス上に正確に配置されなければならない。緑色の実線はドイツ軍ユニット用の前線ヘクスを示し、赤色の実線はソ連軍ユニット用を示す。

・ それ以外の初期配置ユニットは上記の実線のヘクス上、または点線で示される特定の大隊、連隊、旅団、師団、軍団、またはドイツ軍戦闘集団の配置エリア内のいずれかのヘクスに配置することもできる。もしそのフォーメーション用に点線が指定されていないのなら、そのような全てのユニットはシナリオカードでその他特に注記がない限り実線のヘクス上に配置しなければならない。

・ 独立ユニットは配属させられたフォーメーションの様に示されたエリア内の如何なるヘクスにでも自由に配置することができる。もし独立ユニットが特定のフォーメーションに配属されていないのなら、独立ユニットおよびその他の初期配置ユニットは自軍陣営用として示されている如何なるヘクスにでも配置することができる。

Δ ソ連軍の走行不能戦車ユニットの初期配置は、ソ連軍ユニット用の配置へクスであればどこにでも配置することができ、都市や工場/要塞化へクスに限定されない。Δ 両陣営の工兵ユニットは、初期配置の目的に関して“歩兵”

とはみなされない。これらのユニットの配置エリアが実線のみと規定されていない限り、初期配置は実線上だけに限定されることはない。

2.34 配置地図には、複数シナリオを表示していることがある。シナリオの境界線は、青い実線で印されている。それぞれのシナリオをプレイするためには、ゲーム地図上でそのシナリオ用に表示された部分だけを使用すること。配置に際してユニットは、ダークブルーのシナリオ境界線上ヘクスに配置することは可能であるが、シナリオ境界線を越えて移動させることはできない。

例: 配置地図#1 には、シナリオ#1 、#2 、#3 用のエリア が表示されており、各シナリオのエリアは細いダークブルーの実線によって分割されている。

Δ シナリオ境界線上のヘクスに配置すること、移動して進入することは可能である。

2.35 シナリオカードにおいて表示されているユニットは、使用可能であるユニットそのものであることもあるが、場合によっては使用可能なユニットの種類の代表として記載されていることもある。

例: シナリオカード2S には、第2 戦車軍団として3 個T60 軽戦車ユニットが記載されている。例として表示されているユニットは、第27 戦車旅団に所属している。実際には第27戦車旅団の2 個T60 ユニットと、第26 戦車旅団の1 個であり、合計として3 個のT60 ユニットがシナリオカード上には記載されている。

2.36 旅団または師団に所属している幾つかのユニットは、その旅団または師団の残りのユニットと同時にゲームに登場しない場合がある。これらユニットは裏面に、後のターンにゲームに登場することを知ることができるシナリオカードを指定する数値が記載されている。

3.0 勝利条件

3.1 ターンの管理フェイズ開始時に、ドイツ軍プレイヤーは ゲーム終了を宣言することができる。ドイツ軍プレイヤーがゲーム終了を宣言しなかった場合、ゲームはシナリオの最後のターンまで続けられる。

3.2 ゲームの終了宣言が行われる、またはシナリオの最終ターンが完了した時、以下の要領でドイツ軍プレイヤーは勝利ポイントを得点する:

・ 支配した勝利ポイントへクス数。

・ ゲームに投入されなかった増援師団に対する勝利ポイント(シナリオ#3全67 ターンキャンペーンのみ)、および

・ 9 月19 日までに第29歩兵師団(自動車化)の全ユニット の撤収に対して1 勝利ポイント、または

・ 撤収が予想される時期である9月29 日(師団の砲兵連隊に関しては10 月5 日)を過ぎて第29 歩兵師団(自動車化)を残していることによって1 勝利ポイントを失う。

3.3 ドイツ軍プレイヤーが持っているポイント数によって、いずれかの陣営の勝利段階が判定される:

・ ソ連軍決定的

・ ソ連軍最低限

・ ドイツ軍最低限

・ ドイツ軍決定的

各シナリオの勝利レベルに関しては、シナリオカードを参照のこと。

3.4 20 箇所の勝利ポイント(VP )へクスがある。ママイエフ墓地(頂上の強化点ヘクス1039 )は、2 勝利ポイントの価値があり、19 箇所の河岸上陸地点へクスはそれぞれ1 勝利ポイントの価値がある。各河岸上陸地点へクスには、そのへクスを指し示す数字付の矢印がヴォルガ河上にある。これらのへクスは、以下の通りである:

・ 0310

・ 0311

・ 0418

・ 0419

・ 0420

・ 0421

・ 0423

・ 0426

・ 0427

・ 0428

・ 0429

・ 0430

・ 0547

・ 0548

・ 0549

・ 0550

・ 0360

・ 0262

・ 0176

3.5 ドイツ軍プレイヤーは、ゲームに投入しなかった4 個の増援部隊師団および9月19 日(要求される日時よりも10 日早い)までに師団の砲兵連隊も含めて第29 歩兵師団(自動車化)を撤収させることによっても、勝利ポイントを得ることができる。これらの勝利ポイントは、シナリオ#3 の67 ターンキャンペーンゲームにおいてのみ得点することができる。

3.6 増援として、4 個ドイツ軍師団がゲームに登場する:

・ 第100 猟兵師団(9月25 日および30 日)

・ 第305 歩兵師団(10月11 日)

・ 第14 装甲師団(10月11 日)、および

・ 第79 歩兵師団(シナリオ#6において、10 月20 日および28 日)

増援部隊師団に関する勝利ポイントを得るためには、ドイツ軍プレイヤーはゲーム中のどの時点にでもその師団のいずれのユニットも投入することができない。ドイツ軍プレイヤーは、3個歩兵師団のそれぞれに対して1 勝利ポイント、装甲師団に対して2 勝利ポイントを得点する。従ってこれにより、全キャンペーンゲーム(シナリオ#3 )中に最大5 勝利ポイント得られることができる。

3.7 ドイツ軍プレイヤーは、9 月29 日(師団の砲兵連隊に関しては10月5 日)を過ぎてゲームの場に第29 歩兵師団(自動車化)を残していることによって1 勝利ポイントを失う。第29 師団は、その本来の撤収日を過ぎてもゲームに残っている場合、10月10 日までに撤収しなければならない。勝利ポイント上の罰則を避けるためには、その師団のユニットの全てが指定されたターンに撤収しなければならない(地図上からユニットを取り除く)。師団への所属がその裏面に表示されているユニットのみが、対象となる。

3.8 史実では、2 ヶ月に及ぶ戦いの結果はソ連軍の最低限の勝利に終わった。ドイツ軍は、13の河川上陸地点とママイエフ墓地の占領によって15 勝利ポイントを得ていたが、都市占領の努力のために全4 個増援部隊師団を投入していた(追加勝利ポイントは無し)。

5.0 スタック

5.1 1 つのヘクス内では、複数のユニットをスタックさせることができる。スタック制限は、フェイズの終了時に適用される。これらスタックルールの視覚的な概要に関しては、プレイの例冊子の8ページ目を参照のこと。

5.2 後述される制限よりも一時的にそのヘクス内のユニットの総数が超過することになっても、常にヘクスを通してユニット移動させることはできる。

5.3 ドイツ軍プレイヤーは、これらのユニットの内の少なくとも1 個が戦車(装甲)、突撃砲、または装甲車ユニットであるかぎりは同じへクス内に最大4個ユニットを置くことができる。

5.4 ソ連軍プレイヤーは、同じへクス内に最大3 個ユニットを置くことができる。

5.5 上記に加えて、スタック1 つの中には以下のユニットも加えることができる:

・ 指揮官、ヘクス毎に最大1個

・ OP (観測)ユニット、ヘクス毎に最大1個

・ 狙撃手ユニット(ソ連軍のみ)、ヘクス毎に最大1 個

・ 地雷犬ユニット(ソ連軍のみ)、ヘクス毎に最大1 個

・ 輸送部隊ユニット(ソ連軍のみ)、ヘクス毎に最大3 個

・ 戦車修理部隊ユニット(ソ連軍のみ)、ヘクス毎に最大1 個

・ 河川小艦隊ユニット(ソ連軍のみ)、ヘクス毎に最大2 個、ヴォルガ河へクス上に限定

・ 防御施設ユニット、ヘクス毎に最大1 個

・ 橋梁ユニット、ヘクス毎に最大1 個

5.6 地雷原でのスタック。1 つのヘクス内には1 個地雷原ユニットのみを置くことができ、そして1 個味方戦闘ユニットのみと以下の内のいずれか1 つとをスタックさせることができる:

・ 指揮官ユニット、もしくは

・ OP (観測)ユニット、もしくは

・ 狙撃手ユニット(ソ連軍のみ)、もしくは

・ 地雷犬ユニット(ソ連軍のみ)

5.7 上記のスタック制限に加えて、同じへクス内に一時的無制限の数の間接射撃(IF )弾着マーカーおよび/ドイツ軍航空支援(スツーカ)ユニットを置くことができる。これらのユニットは、プレイ手順表で指示されているフェイズの終了時に取り除かれる。

Ω5.8 上記の通り説明されているスタック制限は、スタック制限いっぱいである状態のへクス内で移動中のユニットが釘付け状態になった場合のみ、超過することができる。解消が可能になったら直ちに、このスタック超過へクス内のユニットは上記のスタック制限を満たすために移動しなければならない。

16.83 義勇兵の信頼度

ソ連軍NKVD 部隊ユニットが射撃を受ける、またはドイツ軍戦闘ユニットが隣に移動してきた時、そのNKVD 部隊連隊の全てのNKVD 部隊ユニットに対して10面体サイコロを1 個を振ること:・ サイの目が8 -10 の場合、NKVD 部隊ユニットを除去すること。・ 信頼度判定のサイ振りが発生した時に指揮官と一緒のへクス内のNKVD部隊指揮官とNKVD 部隊ユニットは影響を受けず、決して除去されない。NKVD 部隊連隊に対するこのサイ振りは、ゲーム毎に1 回だけ必要とされる。

16.84 シナリオ#4 -#8 をプレイする際の10 月4 日に登場する(シナリオ#4 )第273NKVD 部隊連隊を除いて、全ての始めから開始するNKVD 部隊連隊は既にその信頼度判定のチェックのサイコロを振っているものとみなすこと。

△ 注意: シナリオ1 -3 において、NKVD 部隊連隊はドイツ軍ユニットが射撃を加えるか隣接状態になったら直ちに信頼度に対するサイ振りを行わなければならない ― これにはシナリオの配置時点も含まれ、その場合はシナリオ1 -3 の最初のターンの第1 フェイズの前に信頼度チェックが要求される可能性がある。この方法によって全てのソ連軍NKVD部隊ユニットがヘクス内から除去された場合、ドイツ軍プレイヤーは自軍移動フェイズ時にそのようなヘクスに自軍ユニットを進入および通過させることができる。

17.19 シナリオの開始時に:・ シナリオ開始時に使用可能と記載されている全ての橋梁は、そのへクスが敵ZOC内およびそのヘクスに対して妨害されない視認線を設定できる直接射撃敵戦闘ユニットの射程内ではないかぎり、バルカへクス内に置くことができる。・ シナリオ開始時にゲーム地図上に置かれた橋梁は、そのシナリオの最初のターンから直ちに移動のために使用できる。・シナリオ開始時にバルカへクス内に置かれた工兵ユニットは、シナリオの最初のターンから直ちに橋梁ユニットの架設を開始できる。

17.28 シナリオの開始時に:・ シナリオ開始時に使用可能と記載されている全ての地雷原は、そのへクスが敵ZOC内ではないかぎり、その陣営の範囲内と指示されているいずれのへクス内に置くことができる。

・ シナリオ開始時にゲーム地図上にユニットを置くことは、移動として扱わない。シナリオ開始時にへクス上に置かれた工兵ユニットは、シナリオの最初のターンから直ちに隣接へクス内の地雷原ユニットの敷設または除去を開始できる。

17.38 シナリオの開始時に:・ シナリオ開始時に使用可能と記載されている全ての防御施設は、そのへクスが敵ZOC内ではない、またはそのヘクスに対して妨害されない視認線を設定できる直接射撃敵戦闘ユニットの射程内ではないかぎり、その陣営の範囲内と指示されているいずれのへクス内に置くことができる。・ シナリオ開始時にゲーム地図上にユニットを置くことは、移動として扱わない。シナリオ開始時にへクス上に置かれた工兵ユニットは、シナリオの最初のターンから直ちにそのヘクス内の防御施設ユニットの構築を開始できる。

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旅行模型~その1

01dscn5680a 今まで行った旅先の中から、ヴェネツィアの鐘楼とエルサレムの聖墳墓教会の模型を作ってみました。


02dscn5674a ヴェネツィアの鐘楼は、イタリアのペーパークラフトを1/2に縮小コピーし、組み立てました。水上都市をイメージしたジオラマ仕立てにしました。サンマルコ寺院のペーパークラフトがあればぜひ作ってみたいです。

03dscn5682a エルサレムの聖墳墓教会は、完全自作しました。右側には半円形の構造物があるはずですが、作るのが大変なので省いています。作ってみると、上から見た形が十字架になっているのがわかりました。

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2009年の夜桜

【2009年4月】

満開になるころ、近所の桜を撮りにいった。

昼とは違う華やかさを満喫しました。

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横浜中華街の春節

【2009年2月】

春節は中国の正月です。新年の五穀豊穣と無病息災を祈ります。

獅子舞や祝賀遊行と呼ばれる皇帝パレードが行われます。

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Dscn5584a_2  海鮮まんと杏仁ソフトを歩きながら食べる。シルクロード街の店に入ったがめぼしいものはなかった。

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シルクロード天山南路旅行(ウルムチ~成田)

【2003年9月】

6:30、モーニングコール。
7:00、レストランでバイキングの朝食。おかゆ、フライドエッグ、トマト、ビーフン、ヨーグルト、黄色い蒸しパン、サラダ。
7:45、ホテル出発。これで新疆の景色も見納めだ。
8:20、ウルムチ空港着。おみやげを全然買っていないので空港の売店で急いで買う。前回の北京では中国語がわからないので買い物もおっくうだったが、今では身振り手振りで十分伝わる事がわかっているので何の躊躇もなく買い物をする。
手荷物検査場前でMさんとお別れ。世話になっただけに悲しい。旅も終盤になるとタマネギの皮を剥がすようにツアー関係者と一人一人別れねばならない。
9:26、中国南北航空9235便で西安へ。11:00頃機内食で早い昼食。あんかけご飯、パン、ハミウリ、ザーサイ。ハミウリもこれで食い納めだ。
12:20、西安空港着。新しく開業したドーム型の国際線ターミナルに移動する。20元札が残っているのを見つけて売店でみやげを買う。本屋があったので詳細な地図はないかと探したがなかった。初日のガイド、Tさんが来ていた。JASのチェックインカウンターにいる日本人係員を見て何となくホッとする。飛行機を待つ間ツアー客と思い出話。
15:18、日本エアシステム868便で出発。機内には日本の新聞が多数あったので一枚取って旅行中に何か大きなニュースは無かったかと思いながら見る。台風15号が接近中だと書いてあり少し心配だ。
16:00頃、早い夕食。久しぶりの日本食、鳥てりやきご飯、つくね、カボチャ、にんじん、タマゴ焼、コンブ、さやえんどう、魚の味噌漬、茶ソバ、パン、ゼリーの乗ったスポンジケーキ。もう喉がおかしくなっても他の人に迷惑はかからないし飲んでもいいだろうとワインを頼む。ほろ酔い加減で見る下界の景色は最高だ。機長からフライトについてのアナウンスがある。台風15号により多少揺れるが予定通り着くとの事。それから主な都市の通過時間など。これを言ってもらえると助かる。
16:57、山西省の省都、大原通過。茶色い山地が広がる。
17:25、天津通過。海岸線とコンビナートが見えるのみ。
18:20、ソウル通過。市街地が広がる。夕闇が迫って来る。日本海に出ると雲が多くなる。大分暗くなって来た。ここで自然と一首浮かんだ。「日本海、漁船の明かりの美しさ、雲間に浮かぶ蛍火のよう」
19:16、京都上空、雲が多く断片的に市街地の明かりが見えるのみ。東側は分厚い雲のかたまり。やがて機体が揺れだす。
20:20、成田に無事到着。成田空港は飛行機が空港ビルに移動するまでの時間が長い。ここで自由解散となる。入国審査の後スーツケースの受け取り場では自ずとツアー参加者が集まるので一人一人に別れの挨拶。最後にIさんに挨拶して税関通過後、京成線乗り場へ。
23:30、金沢文庫着。まだクチャの駅の待合室にいるような気がする。本当にここは日本なのだろうか?と思いつつ家に向った。

夢がかなうと言う事はなんとすがすがしくさわやかな事だろうか。シルクロードに関する私の夢の、より完全な形は、マルコポーロが楽園と謳ったアフガニスタンのバダクシャン地方からワカン回廊、パミール高原を通りカシュガルに達するルートである。しかしアフガニスタンは混乱の最中なので実現するとしても10年先、20年先だろう。
今回は私の体の不調で他の参加者に迷惑を掛けてしまった。旅を十二分に楽しむ為にも旅行前の健康管理には十分気を付けなければならない。

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シルクロード天山南路旅行(カシュガル・職人街、老街、アパク・ホージャ墓、バザール、人民公園)

【2003年9月】

031a 11:10、そのまま歩いて職人街に行く。約400メートルに渡る問屋街で、屋台や露店も並ぶ。実に様々な物が売られており人も多く活気があるので中々飽きない。代表的なのは刃物と楽器、ウイグル帽子、金物細工だろうか。

032a 面白いのはウイグル人の揺りかごで中央に穴が空いている。この穴から小便をするのだ。他の木工製品の店では小便を漏らさないようおちんちんに被せる筒を売っていた。男女で形が違う。街中には中国文化を思わせるものが全くなく中国文化圏の外に来た事を実感させられる。楽器屋に入る。胡弓や太鼓が置かれていた。胡弓は弦の数が違う物が数種類あり、店主が奏でると実に良い音色がした。ただし値段は意外と高く日本円で1万5千円位はする。飾り物の小型のレプリカは安いが音が鳴らないのですぐ飽きてしまうだろう。楽器屋の二階にある作業場も見せてくれた。
11:45、歩いてウイグルの古い街、老街へ。途中ツアー客の一人が屋台で買った焼きたてナンは塩味が効いて実に美味かった。老街に入り口の露店では駄菓子を売っていたが石鹸のような灰色の塊が珍しかったのでMさんに聞くとヨーグルトを固めた遊牧民の携帯食だという。賞味期限が切れているので食べないほうがいいと言われた。
老街自体は一昨日訪問した民家と同じような所である。ナンを売る店では粉を一生懸命こねていたがカメラを向けるとポーズを取ってくれた。

026a ここの一角では陶器を売る店があり陶器用の土の粉が入った袋がいくつも積まれていた。店の数が僅かしかなく物足りないと思っていたらここにいる少年が陶器を作る窟に案内すると言う。

025a ここでまた辿り着くまで迷う迷う。





024a 同じ場所を行ったり来たりしてようやく着く。窟の中は薄暗く少々狭い。完成品はそれほど凝ったデザインでも精緻な模様でもないが素朴で味がある。3階に上がるとまわりの老街が見渡せた。北京の胡同もそうだが古い街は廃墟なのか人がいるのかよくわからない。歩き回ったせいか疲れた。健康ならば何と言う事もないのだが病み上がりだしさすがに疲れがたまっているのだろう。ところで現在の老街は観光用に整備されていてどこに入っても入場料を取られるしみやげ物も売っている。

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12:55、チニワク寮館で昼食。いつものメニューだ。昼食後このホテルのロビーで16:00まで休憩。他の人は目当てのものを探しに街に出かけていったが私は疲れ果ててロビーのソファに深く身を沈めて寝た。目の前に白い霧が現れた。あの世の入り口だろうか?起きて売店でミネラルウォーターを買った。売り子の女性は日本語の挨拶がとてもうまくもう二言三言話そうかと思ったが疲れていたのでやめた。
Fi411589_2e 16:05、アパク・ホージャ墓39 29' 26.79"N 76 01' 23.96"Eを見学。アパク・ホージャは16世紀末のカシュガルの支配者でその子孫5代72人の棺がある。外観はきれいなタイル張りの大きなモスクで周りには花壇とカシュガルの人たちのお墓がある。中には棺が整然と並べられており中でも黄色いリボンがかけられた小さな棺は清の乾隆帝に愛された香妃のものと言われている。香妃の名前の由来だがいつも砂棗の花を身につけていた為芳しい匂いがした事からつけられた名だという。その匂いに誘われて蝶が舞ったという言い伝えからここの周りには蝶の飾り物を売る売り子が沢山いる。ただしこの飾り物は帰りの西安空港でも見かけたし至る所で売っているらしいのでカシュガル特有のみやげ物というわけではないのだろう。敷地内には砂棗の木も立っておりその実を取って持って帰った。ロールパンを小さくしたような姿形だ。
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16:55、バザールを見学。市街地の一角、道を埋め尽くすように赤い屋根の露店や屋台が雲が湧き上がるごとく並んでいる。遠くからこの光景を見たとき、この赤い雲に入ったらただでは済むまいと覚悟した。Aさんの先導でバザールの中へ。狭く人が多いので「ポーシ!ポーシ!(どいて下さい)」と言いながら進む。同じ品目の店は固まっている。まず紳士服、婦人服、帽子、絨毯やスカーフ、布地、文房具、化粧品、おもちゃ、食料品。
婦人服には飾りのついた民族衣装風のものもあったがどうやって洗濯するのかわからない。帽子屋は沢山あるが地元の人がみんな被っているので需要が多いのだろう。香辛料の店の前を通ると胡椒の強烈な匂いで皆咳き込んだ。思っていたよりも声を掛けられる事は少なく一人で回っても落ち着いて見て回れた。ここで何かみやげになりそうな面白いものはないかと探したが置いてあるものは実用品ばかりでみやげになりそうな物はなかった。後でツアー客の一人から、ここで買うなら食料品しかないわよと言われた。バスに戻ると運転手さんがスイカをくれた。

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18:40、人民公園 39 27' 49.20"N 75 59' 23.83"Eに行く。市内で一番広い公園だ。ごく普通の公園のようだが驚いた事に入園するのに入場料を取るようだ。園内は立ち木が沢山植えられているが地面は砂利が敷いてある訳でなく所々ぬかるんでいて歩きにくい。地元の人がゴザを敷いて酒を飲み踊っていた。日本の花見のようだ。

110a 奥の目立たないところに日本の防衛大がゴングールを初登頂した時の小さな記念碑があって見に行った。

109a この後Mさんの奢りで我々もゴザの上で葡萄やシシカバブやビールを飲んだ。焼きたてのシシカバブはとても美味かった。ツアー客の一人がバザールで買ったビスタチオを分けてくれたが、美味しくて食べだすと限が無かった。
やがてMさんが近くから少女を2人連れてきて踊りを見せてくれる事になった。顔がごついので最初少年かと思った。一人はラナという。着ている物は普段着のTシャツだしラジカセから流れた曲はビートが利いて少し現代風だが一生懸命踊ってくれたので拍手喝采だった。ツアー客の一人がおひねりを出した。ラナはすっかり喜んで相棒がもう踊らないというのを尻目に一人踊りだした。Aさんが相手になって踊ったがAさんは踊りを習っているそうでさすが形が様になっていた。続いてツアー客の一人が見様見真似で踊ったがさすが難しいと見えてすぐやめた。気が付くと地元の見物人が20人位遠巻にして眺めていた。ラナの妹と思われる3歳位の女の子が小さい手足をくねくねさせながら下半身すっぽんぽんで踊りだすと一層盛り上がった。女の子はいつも姉と踊って慣れているのであろうが、音楽が流れると自然と体が動き出すと言った塩梅で、上手いも下手も無いその踊りたいと言う素直な欲求に感動した。
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044a 20:05、楡樹果樹園に着いた。何をするのかと思ったらステージを囲んだ屋外のテーブルで夕食である。ナン、ハミウリ、砂糖をかけたウリ、ちょっと辛いビーフン、牛肉入りピラフ、ラグメン。屋外なので蝿がたかる。ステージでは男性歌手がウイグル語で多少哀愁を帯びた演歌のようなバラードのような曲を歌っていた。他の団体の元には豪快な羊の丸焼きが運ばれてきてナイフで小皿に取り分けていた。夕涼みをしている感じでくつろぐ。辺りはすっかり暗くなった。
22:00前、民族舞踊を見るため小部屋に入る。部屋と言っても窓ガラスがある訳でもなく外からのシシカバブを焼く煙が入ってくるので臭い。個人旅行をしている日本人の若い女性も見に来ていた。もう中国に10回位来ているそうで目を輝かせながら訪問した場所の事を話していた。
046a 22:00から始まる予定が楽団が中々来ない為20分程遅れた。民族衣装を来た一団20名弱が入ると拍手の嵐。最初に団長らしい女性が我々を日本人だと知ってか知らずか中国語で挨拶。最初は女性ダンサーがソロで踊り、次に女性の心を4人の男性が射止めようとする物語仕立ての踊りがあり、男性4人の踊りがあり、という感じで続く。女性は目元が色っぽいインドかアラブ系の肌が浅黒い人もいればロシア人のような肌の白い人もいる。さすが民族の十字路と呼ばれるだけの事はある。中でも面白かったのは女性6人が頭の上に水の入った器を積み重ねて踊る踊りで、最後に器をひとつひとつ頭から降ろして中の水をよく見えるように捨てて種も仕掛けもありません、と言う事を証明したのだった。

045a 演奏している楽器は楽器店で売っていた胡弓やピアノのようなチャンという楽器。ピアノは鍵盤で間接的に弦をたたくのだがチャンは演奏者が直接弦をたたく。しばし、チャンと鳴るのかね等の駄洒落が飛び交った。
民族舞踊が終わったのは23:30、飛行機の出発時間は0:20なので間に合わないじゃないかと皆思っていると、Iさんから、飛行機が鳥にぶつかって整備中なので遅れるとの連絡。とりあえずチニワク寮館に行く。
翌21日0:40、チニワク寮館の一階カフェで休憩。コーヒー豆を手で挽いているため一度に沢山注文が入って店員は大変そうだった。Mさんが立て替えた病院代などを払う。日本円にして4000円弱。ツアー客の一人が鳥如きで遅延する飛行機について「笑うしかないわねぇ」と言ってげらげら笑い出す。皆でグチをこぼす。久しぶりの日本のニュース、小泉首相が大勝した事を知る。2:30頃には空港を出発できるらしい事がわかる。1:00出発。
1:25、カシュガル空港 39 32' 18.89"N 76 00' 45.00"E着。ツアー客数名のビスタチオが税関の検疫に引っかかって結局持ち出せない事に。うまく行けば後で日本に郵送されるらしいが・・・。ここでAさんとお別れ。
2:40、新疆国際航空9908便の中型ジェット機で出発、ウルムチに向う。喉が渇いて咳が出そうになるがノドアメで抑える。
4:00、ウルムチ空港着。スーツケースを受け取りバスで初日に泊まった環球大酒店へ。
4:40、環球大酒店に到着。モーニングコールは6:30、1時間半しか寝れないがすぐ寝る。Iさんは一睡もしないだろう。

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シルクロード天山南路旅行(カシュガル・エイティガールモスク)

【2003年9月】

9:30、モーニングコール。今日は夜中の1:55にウルムチ到着なので出発が遅いのだ。さすがに昨日の疲れが残る。
10:00、朝食。昨日と同じ、おかゆ、揚げパン、砂糖付きパン、チンゲン菜の油炒め。
10:30、バスにてホテル出発。
10:40、エイティガールモスク39 28' 19.44"N 75 59' 03.42"Eを見学。エイティガールは1442年に造られた新疆最大規模のイスラム教寺院で中国のメッカと呼ばれている。カシュガルの町のど真ん中にある為すぐに見つけることができる。モスクの敷地内は整備されておらず工事現場のようであるがお参りに来る人がひっきりなしに徒歩あるいは自転車で訪れている。女性の中には頭からすっぽりと布をかぶって顔を露にしない人もいれば普通に顔を出している人もいて様々である。
建物の脇ではみやげものなどを売る露店が並ぶ。その路地を通るとモスクの観光用の入り口がある。モスクの中には花や植物が植えられ小さな池がある庭園がある。そこを過ぎると本殿になるがまわりには絨毯が敷き詰められており礼拝の時間ともなるとここに座って礼拝するのである。礼拝者は本殿に向って礼拝するのであるが、後ろの人は前に座ってる人に礼拝する事になってしまう為、必ず自分と前にいる人の間に何か細長い物で仕切りを作らなくてはならない。
本殿の中に入ると真っ暗である。本殿の中は特にご本尊があるわけでもなくただ説教する僧侶の座るイスとスピーカー等の音響設備、あとは礼拝者が座る絨毯があるだけである。キリスト教の教会や仏教寺院にあるような十字架、壁画、仏像など芸術的な風情はないが、きわめて実用的で無駄がないとも言える。考えてみれば寺院とは神の代弁者である僧侶と礼拝者のコミュニケーションの場でありその2者がいればよいのである。またイスラム教は偶像崇拝を固く禁じているのでそういったものが無いのだろう。
僧侶のイスの側にはかつてここを訪れたイランのホメイニ師が贈ったシルクの絨毯が敷かれており誰も座れないよう柵で囲って大切にされている。写真撮影は禁止されているが他のツアー客は平気で撮っていた。Aさんもイスラム教徒であるが、私たちが撮らないでくれと言っているのに撮る人が後を立たない、と言って嘆いていた。彼女の宗教に対する真剣な思いが伝わってきた。

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シルクロード天山南路旅行(パミール高原カラクリ湖日帰りツアー)

【2003年9月】

7:00、熱を計ると37度丁度、考えた挙句残念ながら今日の観光は諦める事にする。7:30にモーニングコールが来るのでその時キャンセルする旨を伝えようと待ったがなかなか来ない。よく調べたら電話が通電していない。電池が入っていないのだ。
食事が始まる8:00になったので仕方なくレストランに行く事にする。建物を出て外の空気を吸った瞬間、あまりのすがすがしい気持ちに気力がみなぎって観光をやめようという気持が吹き飛んでしまった。10時間も小型バスで所々未舗装の道を走るのに加え、目的地は標高3600メートル、高山病の恐れもある。しかし微熱はあるもののノドの調子が昨日までとはまるで違って良くなっている。日本からはるばる来て残り200キロ足らずで念願のカラクリ湖をあきらめる事はやはりできなかった。それにしてもモーニングコールが予定通り来たら間違いなくキャンセルしていたので運命とはどう転ぶかわからない。ちなみに食事はおかゆ、揚げパン、砂糖付きパン、青菜の油炒め、嬉しい事にミルクとコーヒーあり。
8:40、2台の小型バスに分乗しホテルを出発。カラクリ湖まで中国パキスタン公路200キロの旅が始まった。もう引き返せない。しばらく行くと脳震盪を起こしそうなガタガタ道、地獄のハイウェイになるのか?目的地までとにかく景色を見ずに目を瞑って疲れをためないようにしなければならない。カラクリ湖に無事辿りつければ御の字だ。
053a 9:35、ウーパール村 39 17' 59.56"N 75 32' 17.18"Eに着く。この後大きな集落はない。ミネラルウォーターを買おうと売り子のにいちゃんに言うとえらく無愛想だ。外国人慣れしていないのか?この先はキルギス族の居住地域になる。この後道路の状況はむしろ良くなった。

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038a 10:30、ゴジズ地区38 58' 44.65"N 75 31' 24.29"Eに着く。




048a_2 崑崙山脈の風情のある赤い山並みの正面で思い思いに写真を撮る。




047a 赤い土は酸化鉄を含んでいるとの事。





11:30、ガイズ村の検問所38 47' 28.81"N 75 19' 16.78"Eに着く。パスポートの提示を求められる。別に国境ではないがこの辺は紛争が続くタジキスタンの国境が近い。200キロ行けばアフガニスタンやパキスタンだ。トイレはここの軍人?の専用で観光客は使えない。そのため更に5分程バスで走ったところでトイレ休憩となる(もちろん青空トイレ)。見渡す限り荒涼とした岩だらけの地形。
049a 12:10、キャラバンサライ(隊商宿)38 44' 57.83"N 75 06' 16.36"Eの近くにて休憩。ついにゴングール山(7719メートル)の白い峰が見える。素晴らしい景色に気分も良くなる。ツアー客の「元気になった?」の問いかけに大きくうなずく。

050a キャラバンサライは石の塀で囲まれた区域で川沿いの緑の中にひっそりと佇んでいた。1400年前、玄奘三蔵(=三蔵法師)も泊まったと言われている。マルコポーロも泊まったのだろうか?

052a ここで食べたハミウリは実においしかった。





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12:30出発。ここから先は標高が高くなると言われる。目的地が近くなった事もあり多少余裕が出て窓から外の景色を眺めるようになった。途中放牧地があり平原に羊が黒い点のように散らばっている。家畜舎のような建物あり。東方見聞録には「パミール平原は世界でも類のない良質の牧地を成し、どんなに痩せた家畜でもここに10日も放牧すればまるまると肥え太るであろう(完訳東方見聞録・平凡社刊・愛宕松男訳注・以下同じ)」とある。その他は概ね岩と砂礫の荒涼とした風景、白銀の山々が上から見下ろす。
106a 12:52、ブロンクリ38 41' 52.28"N 74 59' 09.94"Eに着く。標高3100メートル。

107a 砂山に囲まれた広大な緑の平原に水色の河が幾筋も絡み合いながら縦横無尽に流れている不思議な光景。今日は風もなく絶好の観光日よりだとか。私は一人バスから離れ石に腰掛けてじっと眺めているとあたりを静寂が包んで充実した気分になる。
13:05出発。カラクリ湖はもうすぐだと思っていたが案外遠い。道は割と良好。ついにムスターグ・アタ峰(7546メートル)を目の当たりにする。イタリアのテレビ映画「マルコポーロ」でマルコポーロがムスターグ・アタを超える困難な旅のシーンを見て以来、一度は肉眼で見てみたいと思っていた山だ。20年越しの夢がかなった。
108a 13:50、カラクリ湖38 26' 44.55"N 75 02' 53.51"Eに到着。白銀のパミール山脈、左にゴングール、右にムスターグ・アタを背景にエメラルドグリーンの湖面が美しく輝く。東方見聞録にも存在が明記された湖だ。

034a 標高は3600メートルで私が訪れた最高所。さすがに頭がふらふらする。東方見聞録には「パミール地方は激しい寒気のせいで火を燃やしても赤々と燃えないし食物の煮炊きにしても出来上がりがうまくない」とある。実際は寒気のせいでなく空気が薄いからなのだが実際ライターの炎で確認するつもりが忘れてしまい確認できなかった。着いてからすぐに屋外のトイレに行ったが穴があいているだけで仕切りもない中国式トイレ。
その後しばらくは写真などを撮りその後建物の中で昼食となる。相変わらず辛いものが多いかわりばえのしないメニューで私は我慢して蒸しパンとスイカとゴマ油さっぱりスープだけにしておいた。自分の器に取り寄せようと立ち上がったら高度障害で立ち眩みがしてよろけた。食欲も今ひとつだがここまでくれば倒れようが何しようがバスに乗ってカシュガルに帰るだけ、他の客に大した迷惑はかけずに済む。夢が無事かなった事と相まって多少リラックスできた。高山病には水分補給が一番とミネラルウォーターを買おうとしたら小銭以外は100元札しかない。100元札ではお釣りがないので店番の少年が笑顔で手持ちの小銭だけの値段にまけてくれたのが嬉しかった。
004a 再び外に出て無理をせず岩陰で湖面を眺める。「マルコポーロ」に出てきた光景とはやはり違う。まさかこんな場所でロケもできないだろうから別の場所で撮影したのだろう。ツアー客の元気なおばさんが柵の中に入って馬に蹴られそうになって必死に逃げていた。本当に元気な人だ。観光客目当ての馬引きがそこここにいて目が合うと寄ってくる。無視してやり過ごす。あっという間に時間が過ぎた。
15:15、バスで出発。来た道を戻る。出発間際には石や骨で出来た首飾りを売りに来る売り子がバスに殺到して粘り強く売ろうとしていた。Aさんがもうおしまいと言ってドアを閉じた。元気な時に再訪したい。
さてこの売り子達の商売方法はこうだ。彼らは日本円で1000円で首飾り2つを売ると言う。その後自分達は日本円は両替できないからこの1000円と首飾り1つを100元(約1500円)と交換してくれと言ってくる。首飾り3つ分を売るわけだ。彼らは物々交換にも応じるがそれは見栄えのするものだけだ。日本製であってもありふれたデザインのボールペンやライターなどはむしろただでくれと言ってくる。
16:38、ガイズ村の検問所で下車。一気にここまで来た。さすがに下りは早い。パスポートを持って検問所に行ったがノーチェック。その後少し走ったところでトイレ休憩。荒涼とした景色の中、カシュガルが近づいてくるとオアシスのこんもりした森が見えてくる。まるで灰色の海に浮かぶ緑の島のようだ。マルコポーロはパミール高原の荒地を越えて彼方に浮かぶオアシスを見たときどんな気持ちだったろうか?
18:45、タマリスクの側で写真ストップ。近くでは灌漑用の水が豊かに流れ、植物が生い茂っていた。
18:57、更にポプラ並木で写真ストップ。その後市街地に入るとまたガタガタ道、脳震盪を起こしそうになる。
19:45、チニワク寮館で夕食を摂る。ウイグル族の名物ピラフが出る。味はいわゆるピラフと変わらず、食感は日本の炊き込み御飯のようだ。他はいつものトマトと卵の炒め物など。今回の旅の最大目的を果たしたせいで昨日ほどの疲れもなく、話が弾んだ。
21:12、ホテル着。自室の窓からは隣にある地元の家の中が良く見える。何か言われると困るので見ないようにする。今回のツアーのホテルからの眺めは軒並み悪い。テレビをちょっと見て寝る。今日はよかった。

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シルクロード天山南路旅行(クチャ~アクス~カシュガルで民家訪問)

【2003年9月】

4:00にIさんが部屋をノックした。モーニングコールだ。熱は36度8分、平熱に戻った。
4:30、ホテルをバスで出発。外は真っ暗。クチャ駅に向う。バス内でEさんが別れのあいさつ。結局このガイドと会ったのは出会いの挨拶と別れの挨拶の時だけだった。日本語が上手そうな人だっただけに残念だ。この後6:00にイスラム教のお祈りの時間があるので皆の無事を祈っているとの事。

010a 4:45、クチャ駅に着く。待合室は広いがほとんど明かりがなく薄暗い。既にたくさんの客が列車を待っていた。少々寒いので体調を崩さないようノドアメを舐めてじっとしている。なんだかテレビ朝日の「世界の車窓から」の現場にいるようだ。Iさんが、列車が1時間遅れると伝えに来た。1時間後、もうすぐかと思ったら更に30分遅れるとの事。しばらく後にようやく手荷物チェックが始まった。列車でも手荷物チェックをするのだ。X線に通すのだが駅員のやり方が事務的かつぞんざいで真面目にやっているとは思えない。
改札を通ると広いホームの上、列車はまだ来ておらず更に寒いこの場所で待たされる事になった。空は満点の星空で地上にほとんど明かりがないので地上近くの星もはっきり見える。日本では月の側に出ていた火星を中国で見るのを楽しみにしていたが残念ながらどこにも見えなかった。やがて列車の明かりが近づいてきて駅員が最敬礼した。我々の乗る車両は9号車で二階建て車両の一階だ。

Fi411445_0e この列車の座席には四種類ありそれぞれ料金が違う。固い座席、クッションの効いた座席、三段式ベッド、上下2段ベッドがある4人一室のコンパートメント。我々はコンパートメントだった。入ってみるとかなり狭い。窓際に魔法瓶が2ケ付いている。ベッド以外の場所がなく部屋に入ったら寝ている以外ない。まだ真夜中なので私は上のベッドで寝ることにした。6:40、南疆鉄道K886便は出発した。カシュガルまで695キロの旅の始まりだ。同室のIさんが眠りに来た。さすがに疲れているようである。すぐに寝入ってしまった。

009a 8:20、外はすっかり明るくなっている。朝食の時間らしい。すぐ隣の食堂車に行くように言われた。日の出から時間が立っていないらしく朝焼けの光があたりを包んでいた。黄土色の砂漠の向こうに朝焼けで更に赤くなった山並みが続き、その上には白銀の天山山脈が続いている。何と言うすばらしい色、コントラストだろうかと思った。カメラが壊れたのが悔やまれる。

008a テーブルに同席した同じツアーの3名のおじさんは眺めの良さにすっかり上機嫌で朝からおなじみ新疆ビールを飲んでいる。朝食後は私は部屋に戻って寝ることにした。油断したら熱がぶりかえさないともかぎらない。
9:45、アクスに着く。15分ほど停車。Mさんに促され私も列車を出てホームに立つ。皆列車を背景に写真を撮っていた。Fi411445_2e 12:30、食堂車で昼食。気分も大分よくなってきたようだ。天山山脈とゴビ灘(石ころ砂漠)を横目に見ながら食べる食事は格別。茶碗一杯のご飯に肉野菜炒めを載せて食べる味は久々に充実した味だった。飛行機の上から下界を眺めながら食べる食事、列車から絶景を眺めながら食べる食事ほど贅沢なものはあるまい。

この後は車窓から景色を眺めつつカシュガルへ。部屋の窓は汚れていてほとんど外が見えないので部屋を出た廊下側の窓でずっとゴビ灘とたまに近づいてくる天山山脈前衛の山並を眺める。ふと気が付くと緑があふれていてオアシスに差し掛かった事がわかる。ポプラ並木や現地の人の姿が見える。植林をしているのだろうか、砂漠を細かく区切って中に雑草のようなものが生えている。やがて景色は元のゴビ灘に戻る。これの繰り返しだ。廊下の反対側、つまり南側はタクラマカン砂漠でずっとゴビ灘が続くのみ。時折遠くに砂丘が見えた。

Fi411445_3e 15:50、カシュガルに着いた。今日は天気がいいので風景がなにもかも軽やかに見える。終着駅なので人がどっと降りてホームにあふれる。駅を出るとブドウ売りやらハミウリ売り、イチジク売りが寄ってくる。駅の外で現地ガイドのAさん(女性)が待っていた。

007a バスに乗ってホテル色満賓館に向う。カシュガルは人民公園など大きな公園がいくつかあるので広々とした町のように思える。人や車も多く活気のある町だ。

043a 途中大きな毛沢東の石像があるがハトがよく頭の上に止まるので地元の人は「ハトさん」と呼んで待ち合わせ場所に使うそうだ。



002a 16:30、色満賓館 39 28' 13.81"N 75 58' 04.18"Eに着く。もとロシア領事館だったらしい。フロントで、Aさんから買ったばかりのイチジクをご馳走になる。少し青臭いが甘くてうまい。果物というより甘い野菜という感じ。ここは建物がいくつも別れていて我々は3号館だ。ウイグルの楽団と踊り子が楽器をかきならしながら出迎えてくれて面食らうというか気恥ずかしい。

001a 部屋に入ると壁面一杯パステルカラーのメルヘンチックな部屋、でも高級感がある。オアシス様式とでもいうのだろうか。
17:45、ウイグル人の昔ながらの民家訪問に出発、結構疲れていたのでどうしようか迷ったが1時間足らずというので参加する事に。バスを降りた後Aさんに従って民家に向ったが楽器や刃物を売るにぎやかな商店街の中を迷う迷う。
18:10、出迎えの民家の人と会えてやっと到着する。民家街では家々に「文明家庭」という張り紙が張られている。育児制限等の国の規則に従った模範家庭という意味らしい。

005a 路地ではよく子供がメンコ遊びをしていた。訪問した民家は7人家族で主人はFさん。入るとき手を洗うのだが三回水をかけてもらって水を手で切ってはならない等のしきたりがある。


006a_2 案内された部屋の中は床一面にナンや果物、ドライフルーツ、氷砂糖を盛った器で一杯だ。到底食べきれる量ではない。気持ちだけありがたく頂く。まずナンをちぎって一口食べるのが礼儀だとか。後は好きに食べていい。しかしこれだけの量をそろえる料金を我々は支払っているのか、残りは近所の人にでもあげるのだろうか?
疲れが頂点に達したのか頭痛がしてきた。とにかく早く帰りたくなった。19:00過ぎに退出、帰り際、ツアー客の一人が折り紙を持ってきていて鶴を折って民族衣装を着た娘さんに渡したらFさんがお礼にウイグルのお札でシャツを折ってくれた。そのシャツがあまりに見事なので一同驚いた次第。お札の柄をうまく計算して襟や袖口が無地になるように折ってある。方や日本のおば様方が折った鶴はいささか頭が大きかったりして鶴の優雅な姿に程遠く手先の器用な日本人伝説はあえなく崩壊した。
19:30、ホテルで食事。魚の大皿など色々出たが気分すぐれず適当に食べた。旅行会社特製のソーメンも出たがこういう心遣いはありがたい。その後部屋に戻ったが疲れが予想以上。明日は念願のパミール高原だが体調が悪ければ潔く諦めるしかあるまいと思いながら寝る。外からはウイグル人の鼻歌が聞こえた。

喀什[中国]旅行ガイド ~フォートラベル~
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/kaxga/

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シルクロード天山南路旅行(クチャ、再び病院に行く)

【2003年9月】

9:00頃起きて熱を計る。38度丁度。少し下がった。Iさんに今日の観光はキャンセルすると伝えた。昼食はMさんと摂る事にして15:30に病院に行く事になった。
10:00間際にレストランで朝食を摂る。ツアー客の一人からハミウリをもらった。ありがたかった。食事はおかゆだけにしておいた。レストランには他の日本人団体客もいた。その中のおばさんと話すとタクラマカン砂漠を縦断する15日間のツアーだという。今日クチャだけで日本人団体が3組いるという。中国旅行はいまだに下火だがいるところにはいるものである。
食堂を出ると今回のツアー一行がクチャ郊外の観光に出かけようとしていた。大丈夫かと言われて熱は下がりつつあると答えたが、高熱が出た事を伝えると相当不安そうな顔をしていた。申し訳なかった。
部屋に戻ってやることがないので洗髪しシャツを洗って乾かした。その後寝ながらお湯を飲みのみなぜ病気になったのか考えた。出発直前の1週間は少々夏バテ気味でよく物忘れをした。出発日は寝不足だった。しかし旅行を取りやめるほど体調が悪かったわけではない。お湯を飲んで1時間もすると喉がカラカラになるこの気候のせいなのか?意外とSARSへの心配がプレッシャーになっていたとも考えられる。8日間という私にとっては長期間に外国に一人でいることや、今回のツアー日程上私が本当に行きたい場所が少ない事もあって、完全に晴れ晴れとした気持ちで出発したわけではなかった。いずれにせよ、SARS再発が懸念されている時期に中国で病気になるという事は相当なプレッシャーだ。
しかしこうして寝ながら耳を澄ますと生活の音が色々聞こえてくる。隣の工事現場の音、町のざわめき、意外と日本の生活音と変わらない。ここがシルクロードの町だとわかるのはホテルの従業員のウイグル語の話し声だけだ。気が付くと雨が降っていた。後で聞いた話では観光は雨で道がぬかるんでバスが泥に嵌ってしまい時間がかかって大変だったとか。でもそういうのも面白そうだなと思う。
13:50、スーツケースを部屋の外に出す。Mさんが昼食に誘いにきた。レストランでおかゆと蒸しパンと野菜を注文する。辛いのは避けて欲しいと言うと青菜の油炒めが来た。油がぎとぎとしてとても食べられなかった。ほとんどおかゆだけ食べて部屋に戻る。Mさんは空港に皆のスーツケースを届けに行った。
15:30、Mさんと病院に行く。待合室で点滴を受ける。暇なのでずっとテレビを見ていた。上海電視台製作のバラエティ番組やアメリカの刑事物をやっていた。中国語の吹き替えなので子供の泣き声など微妙に中国風な表現になっている。
昨日の医者がやってきた。今日は勤務する日ではないが歯が痛くて来たのだという。喉を見てくれた。舐め薬を買う事にした。医者が何か言っているのでMさんに聞くと、舐め薬は舌の下に入れておけと言っているそうだ。舌の下だろうが上だろうが口に入れれば同じなのにこの医者はちょっと頭が固いんだ、とMさんがぼやいた。保険金を請求するのに必要なので診断書を書いてもらわなければいけない。昨日と同様紙に氏名・住所を書けと言ってきた。その後はMさんが手続きしてくれたが、診断書に族名を書く蘭があり医者から何族だとしつこく言われたとの事。日本人は特に族名はないので書けないと言って突っぱねたらしい。中国政府が統計をとっているらしく一字一句もらさず書かないと気がすまないらしい。この医者は頭が固いんだとまたぼやいていた。診断書をもらうのに結構時間がかかったが、この頑固で素朴な医者は憎めない人だ。診察室の外にタンカに寝かされた男性が苦しそうに横たわっていた。腹が痛いのに我慢して農作業をしていたらしい。医者に挨拶して病院を出た。
ホテルに戻ってから夕食は何がいいか聞かれた。おかゆ、蒸しパン、キャベツの酢漬け、果物が欲しいと言った。部屋に戻って歴史物のテレビ番組を見ていた。漢の皇帝が匈奴(紀元前5世紀~5世紀にモンゴルにあった国)と戦う話らしいが漢の皇帝がヒーローみたいな描き方だった。今中国の一部になっているかつての匈奴の人たちはこれを見て面白いのだろうか?
20:00、夕食が来た。キャベツの酢漬けはなかったらしい。変わりに紅しょうがのようなものが来た。おかゆと一緒に食べると食が進んだ。大きなボウル一杯のおかゆを平らげた。お盆一杯のスイカを見て小躍りした。熱は37度4分。明日は南疆鉄道で7時間にも及ぶ列車の旅だ。荷物を準備して寝た。3:00位に停電があった。発電機のモーターの音がフェードアウトして常夜灯が消えて真っ暗になるのでわかる。昼間もあったが人が起きているのですぐに騒ぎ声がして回復したがさすがに深夜なので誰も起きない。モーニングコールはどうなるのか?

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シルクロード天山南路旅行(ウルムチ~クチャの病院に行く)

【2003年9月】

モーニングコールは8:00だったが7:00位に起きて熱を計る。なんと38度4分で全然下がっていない。Iさんに電話が通じないので仕方なく15階の部屋まで行くことにした。熱がある事と今日の観光は取りやめる事を伝えた。その後予定通り8:00から展望レストランで食事する。おかゆやサラダは豊富にあるので助かった。他のメンバーも私の体調を気にして大丈夫か?と声をかけてくる。
10:00、ホテル出発。私はずっと寝ている。10:35から11:50までかの有名な楼蘭の美女ミイラがあるウルムチ博物館の見学だったが私は一人バスで寝ていた。このミイラは小さい頃東京で見たからいいやと多少悔し紛れに思う。振動もなく静かで心地よかった。ゆっくり休めそうだと思っているとバスの運転手が気を利かせたつもりだったらしい、頭上のFMラジオを流し始めた。うるさいと思いながらも面倒なので何も言わずそのまま横になっていた。
12:10、ウルムチ空港到着。熱は38度まで下がった。私は少しでも体力をつけようと空港の売店で5個2元のチョコナッツを買い無理やりほおばる。脂臭くて胃がもたれそうだ。13:15、新疆国際航空9961便にてクチャに向う。初めて乗るプロペラ機だ。離陸時プロペラの音がうるさいが飛んでしまえば意外と静かである。低空を飛ぶので下界の景色が良く見えた。

Fi406451_1e 14:45、クチャ空港41 42' 57.46"N 82 59' 26.26"E着。



012a 新しい町に着いて多少気分も新鮮になる。バスでホテル、クチャ賓館へ。クチャの町は相当な田舎かと思っていたら意外と色々な店が建ち並んでいて近代化されている。街路を歩く人も多い。ここでクチャの現地ガイドを紹介される。Eさんだ。今までのガイドと違い日本語がうまく絶妙な言葉の言い回しでツアー客を喜ばせる。日本の香具師にでも教わったかのような言葉遣いだ。バス内で熱を計る。37度5分まで下がった。
Fi406451_2e 15:15、クチャ賓館41 43' 11.95"N 82 57' 27.26"Eにて昼食。喉の調子が悪いのでビールをほんの僅か、辛いものを騙しだまし食べてみる(シルクロードの食事は辛いものだらけなのでこれが食えないというのはほとんどおかゆと蒸しパンだけ食えというのに等しい)。部屋に入る。さすがに昨日の部屋から数ランク落ちる。でも十分快適だ。熱を計ってみる。わが目を疑ったが38度8分もある。びっくりしてIさんに病院に行きたいと言うとMさんが今日の観光から外れてこれから病院に連れて行ってくれるという。病院に行くまでの間ベッドで寝ていると誰かがノックするので覗き穴から除くと制服のような服を着た怪しい男が立っていた。用心に越した事はないと無視していると今度はフロントから電話がかかってきた。ウイグル語なのでさっぱりわからずI CAN NOT UNDERSTANDとか言って電話を切った。またノックの音がするので覗くと先ほどの怪しい男がフロントの女性と一緒に立っている。馬さんが頼んだのだろう、おかゆを持ってきたウェイターだった。ちょっと疑心暗鬼になっていたようだ。
他の客は17:00~20:33の間、クチャ近郊のスバシ故城とバザール見学、レストランでの夕食に向った。
ようやく私はMさんと街に出て病院に向った。もうすでに暗くなっていた。熱の割には気分は悪くない。街を歩くとこの町に住むウイグル族、漢族の人などがよくわかる。通り沿いには紳士服、婦人服、理髪店、化粧品店、デパートなど店が建ち並んでいる。どの店の看板にも漢語で大書きされた傍らに小さくウイグル語が併記されている。交差点には信号があり赤はSTOP、緑は進めというのは日本とかわらないが信号機の高さが3メートル程しかない。5分程で病院41 42' 52.83"N 82 57' 18.15"Eに着いた。病院は思ったより大きく総合病院のようだ。クチャで一番大きな病院だという。一階建てのコンクリートでできた小学校のような建物だ。中に入ると各部屋の入り口に診療科目の看板があり日本の病院と変わらない。ただし診療科目には「五官科」といったものがあり分け方が多少日本と違うようだ。そしてもちろん「中医科=漢方医」という科目もあった。観光地に行けなかったのは残念だがウイグルの病院で診察を受けるなんて一生に一度の事だろう。これはこれで貴重な体験だ。
Mさんに言われるがまま診察室に入ったり外で待ったり。ようやく診察室で診察を受けられる事になった。診察室には木製のベッドというかベンチみたいなものが1つと木製の机がひとつあるだけで日本の昭和30年代の診察室はこうだったのではないかと思えるほど素朴な部屋だ。最新の電子機器などどこにも見えない。医者は60歳くらいのウイグル族男性でミスタースポックに似ている、というよりミスタースポックを演じていた俳優レオナード・ニモイにそっくりだ。東洋的な細長い目と西洋的な高い鼻を持っている。やはり中央アジアは民族の十字路だという事を実感した。Mさんによると新疆に住むウイグル人は同じウイグル人でも顔つきがバラバラだという。南部にいるウイグル人はインド人に似ていてその他漢族に似ている人もいればトルコ人に似ている人もいる。日本人も漢族に似ていたり東南アジア人に似ていたりとバリエーションはあるがウイグル人ほどではないだろう。
医者から「咳は出るか?」とか「痰は出るか」と質問される。恐らくSARSかどうかを確認する為の質問ではあるまいか?SARSは痰のからまない空咳が出る。幸い私の症状は咳は全く出ないし痰が少々出ていたのでSARSでない事は確信していた。次に喉を見せろという。この診察室には強力な照明付診察台もなければペンライトもない。医者は部屋にただ一つの照明の下に私を座らせて上を向いて大きく口を開けろと言った。医者は3日で治るだろうと言った。三日間通院して点滴をして更に薬も出すそうだ。しかしあさってにはカシュガルに移動してしまうので今日と明日点滴を受けてあとは薬を飲む事にした。病名を教えてくれと言うと上呼吸道の腫れだという。ウイグルでは呼吸器は上下に分けてそれぞれ専門医がいるらしい。ようするにノドの腫れが熱を引起したという事だ。乾燥した空気と疲れでノドを痛めたと思われる。医者が紙を差し出して住所氏名を日本語で書けという。使い慣れない万年筆でインクが滲まないようだましだまし書いた。医者は漢字が読めないらしく、つまり中国語がわからないので、Mさんが私の名前の発音を医者に教えていた。医者が資料を作成している間暇なので診察室の様子を眺めていた。机の上には一週間のスケジュールが置いてありどの曜日に誰がどの科目を担当するか書かれていた。また壁には色々なお知らせの紙が貼り付けてあった。こういうところは日本と変わらない。そうしている間にも他の患者が診察室に入ってきて診察を受けていた。
Mさんが点滴の瓶と薬を持って入ってきた。診察室を出て待合室で点滴を受ける事になった。まず点滴剤がアレルギーを起こさないかどうかを調べる為の注射を打った。15分位たって腫れてこなければOKらしい。かつて点滴を受けて逆に気持ち悪くなって熱が上がったことがあるので、日本の病院よりも丁寧だと思った。外国人だから慎重になったのだろうか?その後なぜか個室に移って点滴を受けた。入るときにわざわざモップで床を拭いてくれた。点滴は約40分ほどかかったがその間私を安心させようとしたのかMさんは付っきりで色々話し掛けてきた。
Mさんはタクラマカン砂漠の南のホータン出身で西安の大学を卒業したとの事。携帯電話を見せて南京大学のホームページで人事学科と情報学科が生徒を募集しているとか、以前日本人が意識不明でこの病院に来たが設備がないので原因がわからず保険会社がチャーターした中国軍のヘリでウルムチの病院まで行った時の話や、日本人は自分がガイド中に日本語を間違ってもなかなか指摘してくれないなどの感想を言ったりした。正直言って彼の日本語は流暢だとはいいがたい。結構聞き取りにくいところもあるのだ。その点を結構気にしているようにも受け取れた。でもとにかく彼はなかなかの気配り屋で診察室の外にいるときはそこは風があたって寒いからこちらに来なさいなどと気を使ってくれる。すばらしい人なのだ。
さて、点滴も終わったので医者と看護婦にあいさつをして病院を出た。謝々というと医者と看護婦は屈託のない笑顔を見せた。その素朴な笑顔に思わず感動した。
病院から戻ってもホテルで夕食は摂れないので売店でカップラーメンを買う事にした。Mさんはここのカップラーメンは味付けが辛いからと中を開けて辛そうな調味料の小袋を選り分けてくれた。ホテルに戻ると一行も観光から帰って来たところで、Iさんに病気の状況を説明した。またMさんのサポートに感謝している事も付け加えた。食べれなかったおかゆはそのまま返した。

011a 部屋で一人になった後、カップラーメンを食べる事にした。調味料の小袋が5つもあったが舐めてみてザーサイ以外は全て辛い事が判明した。つまり麺とザーサイにお湯をかけて食べるはめになった。まずくて仕方がなかったが我慢して半分ほど食べた。その後は早々に寝た。Mさんから喉をいためないよう、また解熱を促進する為お湯をたっぷり飲むように言われたので夜通し飲んでいた。真夜中、恒例の停電があった。鼻がむずむずして鼻汁が出そうだったのでかんだらテッシュペーパーが真っ黒になった。真っ暗闇の中でも血が出たとわかった。発熱のせいだろうか?もらった薬は解熱剤らしく夜通し汗をかいた。

庫車[中国]旅行ガイド ~フォートラベル~
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シルクロード天山南路旅行(トルファン・交河故城、火焔山、ベゼクリク千仏洞、高昌故城)

【2003年9月】

104a 11:45、交河故城42 57' 06.08"N 89 03' 47.24"Eに着く。1400年前の城と町の跡である。切り立った崖の上に築かれた南北1.5キロ、東西300メートルの要塞だ。中には土を固めて作られた役所跡や一般の住居跡がある。

102a 中央には大きな寺院がある。いずれも半ば崩れかけた廃墟だ。岩のオブジェが並んでいる感じ。もしかしたら1264年頃マルコポーロの父と叔父が通ったかもしれない。最もそのころにはチンギスハーンの攻撃により落城しており、やはり廃墟だったろう。ポーロ兄弟がもし訪れていたらと想像をめぐらしながら歩いた。

細い路地が縦横にあり迷路のようで楽しい。
103a
時間がないのでのんびりもしていられず帰途に着く。ここでとうとうカメラが壊れた。もう絶望的。小雨が続いているせいか私の体調も思わしくないようだ。13:00出発。

13:25、トルファン賓館にて昼食。だいたいお決まりのシルクロード料理が出る。チンゲン菜の油炒めや唐辛子入りの肉野菜炒めなど。名物ラグメンも出たが麺が長くて取るのに一苦労。麺が乾燥してくると麺同士固まってしまってますますやっかいなことに。昔給食に出たライス麺のようだ。味は特になく普通の麺としかいいようがない。体調が悪いせいか食欲わかず。14:10出発。
14:20、葡萄溝民俗村に着く。葡萄棚が広がる果樹園で先ほどのカレーズと似た感じ。天気がようやく晴れてきた。15:05出発。
15:25、火焔山42 52' 56.84"N 89 35' 23.08"Eに着く。西遊記の三蔵法師が燃え盛る火焔山に行く手を阻まれ、鉄扇公主から芭蕉扇を奪って火を消したという謂れのある山。山肌が赤く襞が火炎のように幾筋も彫りこまれている。自然の造形美とはまさにこの山を指すだろう。蜃気楼の立つ炎暑の日などはいっそう火炎が立ち上るように見えるという。この山の前面には一面の砂漠。広大な眺めだが唯一残念なのは観光地化されてラクダに乗せようとする客引きの声がうるさいことだ。静寂の中この山と対面してみたい。わずかな見学時間だがカメラを作動させようとして貴重な時間を失ってしまった。15:40発。
Fi406417_3e 15:50、ベゼクリク千仏洞42 59' 42.26"N 89 30' 55.64"E着。6世紀ころに作られた石窟寺院。仏教壁画が多数ある。石窟がいくつもありその中の7箇所を見る。千仏の名の通り数百体の仏像が一面に描かれた石窟がある。しかし今はほとんど破壊されている。もともとは金箔で飾られて相当美しかったようだが今では盗人にはがされて懐中電灯を向けると時々キラッと光るのみ。それから10世紀頃から入り込んできたイスラム教による破壊がすざましい。彼らには仏像の目が不吉であると考えられていたらしく数百ある仏像の目全てが抉りとられている。それまで手厚く信仰されてきた仏像が一転して悪魔に変わった訳だ。
石窟の中は暑苦しく私の体調もますます悪くなった。それぞれの石窟のガイドの説明の冒頭をだいたい聞くと外のベンチで休むようになった。

015a 入り口近くにみやげ物売り場があり使い捨てカメラがあったので買うことにした。9元だというので7元に負けろと言ったら8元でどうだと言う。面倒になって8元で買った。中国製だがちゃんと写るのか心配だ。Iさんが、体調が悪いのではと声をかけてきた。私は薄々風邪を引いたかもしれないと思いつつも昨日一日中座席に座りっぱなしだったこともあり筋肉痛だと答えた。後でIさんの湿布薬をもらうことにした。17:00出発。016a






17:15、高昌故城42 51' 07.73"N 89 31' 35.11"E着。3世紀から14世紀のこの地方の政治経済文化の一大中心地だ。Fi406417_4e みやげ物売り場が建ち並ぶ場所からロバ車で中心の仏殿に向う。交河故城と同じく岩のオブジェと化した建物跡が林立する。そびえたつ烽火台や仏塔もある。とにかく総面積は相当広いと思われ遥かかなたに城壁が続いているのが見える。ずっとシルクロードの要衝だった為、ポーロ兄弟も1264年にここを訪れたはずである。ただし当時は、モンゴル帝国皇帝フビライハーンの皇位継承に異議を唱えていた、フビライの親戚でオゴタイ・ハン国の国王ハイドゥハーンの反乱勃発の直前であり、政情不安の為あまり安穏としていられなかったのではないか。
ロバ車は歩くより楽だがかなり揺れるので荷車につかまるのに必死だ。帽子や首飾りなどのみやげ物を売りに来る小学生くらいの子供たちが自転車で追いかけてきたりロバ車に便乗してくる。どの子も屈託がなく人見知りをしないのでかわいいことこの上ない。また日本語もよく覚えていて驚かされる。学校で習うのだそうだが本当だろうか?ガイドのMさんが子供たちとひっきりなしに会話を交わしている。ウイグル語なので何を話しているのかさっぱりわからない。

014a 仏殿と思しき場所の前で降りる。





013a やはり交河故城と変わらない感じ。あちらの方が保存状態がいいだろうか。帰りも同じロバ車で帰る。降りるとおとなしそうに見えたロバがすざましい声で嘶いて放屁した。18:25発。
帰りのバスでウルムチまで3時間、疲れ果てていると中国語とウイグル語会話教室をやるという。一応皆に合わせてニイツァオなどと叫ぶ。
21:30、ウルムチのホテルに到着。すぐに夕食。体調が悪いので葛湯のようなスープなどなるべく消化のよさそうなものを選んで食べる。飯を食ったらとにかく早く寝ようと思っていると、なんとこれから自己紹介をやろうと言う。頭が痛くなってきた。21人分早く終わってくれいとばかり自分の紹介は早々に済ませるが数名長話の人がいて申し訳ないと思いながらもうんざりする。ようやく終わったかと見るや葉書のプレゼントに続いて今日たまたまAさんが誕生日ということでお誕生パーティをやるという!!!中国式の花火?付デコレーションケーキが出てきて皆でハッピー・バースディ・トゥ・ユーを歌う。体調がよければなかなか気の利いた楽しいツアーだ、と思ったに違いないが・・・。残念だ。ただ私以外にもこんな疲れているときに自己紹介だの誕生パーティはないだろうとの声もちらほらあったようだ。Iさんはと言えば明日からパワー全開で行きます、とますます意気盛んなのであった。
ようやく自室に戻り持ってきた体温計で熱を計る。なんと38度4分もあるではないか。さすがにIさんにこのことを伝えて明日の朝もう一度熱を計って状況を連絡する事にした。薬を飲んですぐに寝た。

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シルクロード天山南路旅行(ウルムチ~トルファン・カレーズ)

【2003年9月】

モーニングコールは6:30。Iさんがわざわざ自分で全員にかける。いつ寝るのだろうか、体力がなければとてもできない。起きて頭を洗う。毛布も薄く部屋の気温が低いせいで昨晩は寒かった。すぐに寝たので室温調節の方法もよくわからない。疲れも残っていて体がだるい。両手をお湯に浸して体調を良くしようとする。大陸性乾燥気候で空気が乾燥しているので洗濯物は靴下以外パリパリになっている。
088a 7:10、24階の展望レストランでバイキングの朝食。他のメンバーに挨拶する。外はまだ暗い。夜明け前だ。中国は全国北京時間で統一されているがウルムチは北京よりはるか西だ。したがって日本の時間感覚から行くと北京時間より更に2時間遅れた時間=5:10が感覚的にマッチする時間である。しかしこんな時間にレストランが空いているなんて。バイキングはメニューもそこそこ豊富で満足できる。おかゆ各種(白いのから黒いのまで)、蒸しパン各種、ピラフ、トマト、レタス、肉野菜炒め、あんかけ大根、マカロニ、ハム、すいか、卵料理各種、その他いろいろ。
8:00、ホテルを出発してバスでトルファンに向う。座席も不公平にならないよう日毎に変更するという。色々な客がいるから添乗員も大変だ。天気は曇り勝ちである。車窓から外を見ると早朝の街でジョギングや散歩をする人たちがちらほらいる。面白いのは後ろ向きに歩く人が大勢いることだ。ボケ防止に役立つのだろうか。
087a 市街地を抜けるともうあたり一面石ころ砂漠の荒地である。左側に林立する風力発電の風車が見えてきた。百基くらいあるだろうか。壮観だ。また右側には広大な塩湖が見えてきた。所々白く見えるのは塩である。塩の採集工場もあった。塩湖がなくなると見えるのは黒くたれこめた雲と灰茶色の荒地とその2つの間の白い空だけである。何ともいえない陰鬱な眺めだ。
トイレ休憩。外に出ると風が強く寒い。砂交じりの風なので油断すると目といわず鼻といわず口といわず容赦なく砂が入り込む。マスクをしていたが風で飛ばされてしまう。はるか遠くを18日に載る予定の南彊鉄道が走っているのが見えた。みんな良く見ようとして駆け寄る。ここで私のカメラの調子がめちゃくちゃ悪いことが判明、がっかりする。
091a やがて天山山脈の赤い山肌が右側から迫ってくる。トルファンは山に囲まれた盆地なので天山山脈の山の切れ目を通り抜けて盆地に入るのだ。


092a 左側には黄緑色の広大な牧草地に黒い米粒のような羊の群れが散らばっている。右の山肌には時折埴輪のような赤茶けた焼き物が並んでいるがそれはお墓なのだった。


095a 左側からも山並みが迫ってくると盆地の入り口も間近だ。




10:20、トルファンのカレーズに着く。天気は小雨交じりだ。トルファンというと有数の灼熱地帯というイメージだったので今日のような悪い天気は残念だ。ぶどうがたわわに実った果樹園に入ると干しぶどうや干し杏、さまざまなドライフルーツが器に山盛りになって売られている売り場がある。
100a
ぶどうと言っても十種類くらいあるようだ。売り子が日本語交じりで声をかけてくる。

ここをやり過ごすと博物館の建物がありここでカレーズの説明を受ける。
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カレーズとは砂漠地帯のオアシスで水を確保する為の一種の井戸である。ただし普通の井戸ではない。山の雪解け水は乾燥した地表を流れない為川ができない。地中にもぐりこんで地中を流れているのである。川が地中にあるようなものだ。この流れがある場所まで井戸を掘ったらトンネルを掘って流れをうまく生活地域に誘導する。この網の目のようなトンネルと井戸の集合がカレーズだ。カレーズは中近東など他の地域にもあるようだがトルファンのカレーズがとりわけ有名なのはトルファン盆地がユーラシア大陸のど真ん中にありながら海抜0メートル以下の低地であり、まわりの天山山脈からの雪解け水が流れ込む理想的な地形だからである。

実際にカレーズを見学する。
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観光用にライトアップされたカレーズはいささか興ざめ。しかしその豊富な水量はこの砂漠地帯を生き抜く人たちの力強さを象徴するようだ。
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次にぶどうを干している建物に行く。
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建物にはウイグル族の少女が2人あざやかな民族衣装を着て座っていた。一緒に写真をとると5元(1元=15円)だという。もちろん撮らない。
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097a ぶどう干し場では干しぶどうが雨に打たれてなんとも無残な感じだ。衛生的に大丈夫なのか。




外の街道はポプラ並木と荷馬車がシルクロードの雰囲気を濃厚に醸し出しており思わず写真を撮る。
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11:20ここを出発。
ところでカレーズでは今回旅行している新疆ウイグル自治区の「疆」の字の由来についての説明もあった。左側の三本の横線は三つの山脈、北からアルタイ山脈、天山山脈、崑崙山脈を表し、横線の間にある「田」は北からジュンガル盆地とタリム盆地(=タクラマカン砂漠)を表している。それを弓を持った兵士が守っている事を素直に表現したのが「疆」の字だったのだ。こんな字書けといわれても書けないと思っていたが意外と単純な絵文字だったわけだ。

吐魯番[中国]旅行ガイド ~フォートラベル~
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/turpan/

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【スタートレックの宇宙船】ボーグキューブ BORG CUBE 【その1】

Warp社製ガレージキット、ボーグキューブを素組みしました。スケールは1/15000(一辺20㎝) 11dscn6223a12dscn6225a_3ボーグスフィアも付いています。13dscn6226a_2_214dscn6227a

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四畳半太陽系~その10(冥王星以遠の天体)

海王星を過ぎてようやくはるばる冥王星に着きました。

この辺はエッジワース・カイパーベルトと呼ばれる領域で、冥王星を始めとする準惑星がいくつかあります。

以下、直径と軌道半径を記述していきます。完全な球や円ということはないので、平均値になります。軌道半径は、惑星の場合は天文単位、衛星の場合はkmで表示します。天文単位で表示する理由はそのほうが数値が単純化されて他惑星の軌道半径と相対化しやすいためです。1天文単位は太陽~地球間の距離で1億4959万7870 kmです。括弧内は模型でのサイズです。

画像は冥王星と衛星カロンです。
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冥王星(準惑星)
直径:2306 km (約2.5 mm)
軌道半径:39.445天文単位(約158 cm)

衛星カロン
直径:1186 km (1.5mm)
軌道半径:19405 km

準惑星ハウメアです。
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直径:1960×1518×996 km (最大長約3 mm)
軌道半径:43.133天文単位(約172.5 cm)
ハウメアはハワイの豊穣の女神の名前らしい。ギリシャ神話の神様が足りなくなってきたので最近では他の地域の神様も扱われるようになった。そのうち準惑星アマテラスなんてのも出てくるのだろうか?
紡錘形の天体。なぜ丸くならなかったのだろう。

準惑星候補のクアオアです。
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直径:1346 km (2 mm)
軌道半径:43.612天文単位(約174 .4cm)
クアオアとはインディアンの創造神の名前らしい。

準惑星マケマケです。
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直径:1900 km (3 mm)
軌道半径:45.426天文単位(約182 cm)
マケマケとはイースター島の創造神の名前らしい。

もうすぐ太陽から2mの距離です。ずいぶん遠くに来たものです。
エッジワース・カイパーベルトを過ぎると散乱円盤と呼ばれる領域に入ります。

画像は準惑星エリスです。
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エリス
直径:2400 km (3 mm)
軌道半径:67.903天文単位(約272 cm)
エリスはギリシャ神話の争いの女神の名で、発見者が惑星の定義をめぐる近年の学界の争いを皮肉ったらしい。
一挙に太陽からの距離2mを大幅に超えました。深宇宙に来たという感じです。

しかしまだ先にも天体があります。準惑星候補のセドナです。
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直径:1800 km (3 mm)
軌道半径:494.02天文単位(約304 cmただし近日点での距離)
セドナはエスキモーの海の女神の名前らしい。ただし表面の色はマリンブルーではなく赤い。軌道半径が100天文単位の大台を突破、しかも500天文単位近い。ただし模型では近日点である76天文単位を採用しているため、太陽からの距離は3mにした。

画像は四畳半太陽系の全体像。
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各天体模型は日常生活の妨げにならないよう壁際の棚の上に安置するか、壁に貼り付けています。宇宙空間はカーテン代わりの暗幕で表現。画像右側のライトはもちろん太陽、ただしちょっと左寄りになってしまいました。右端に土星、太陽のすぐ左には木星があります。各天体の配置場所は上記の説明通り、太陽からの距離を1天文単位=4cmとして計算して置いています。木星以遠の天体は左側の壁際に並んでいます。この画像は太陽から2mはなれた位置から撮影しました。

こうして見ると、太陽周辺に水星~土星までの天体が密集しているように見えます。太陽~土星の距離を1とすると、太陽~天王星の距離は2、太陽~海王星の距離は3、太陽~冥王星の距離は4。土星以遠は天体がかなりまばらに見えます。画像左端はエッジワース・カイパーベルトに属する冥王星~マケマケの小さな諸天体が並んでいます。

散乱円盤に属するエリスはどこにあるかというと、部屋のドアのちょうつがいの真下にひっそりと存在しています。セドナに至っては部屋の中に納まりきれず、外にあります。
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太陽系の領域はこれで終わりではないようです。この先にはオールトの雲と呼ばれる領域があり、彗星がここから来ているようです。ここにどのような天体があるのか、定かではありません。
ちなみにオールトの雲の外縁は太陽から4 kmの場所にあります。残念ながら私の家の敷地はこれほど広くはありません。もしオールトの雲に準惑星が発見されたら頑張って作成しますが、電柱か何かに貼り付けるしかないようです。横浜市内で天体模型をくっつけている変なおじさんがいたら太陽系を作っているんだなと見逃してください。
※文中の情報はすべてウィキペディアから収集しました。

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四畳半太陽系~その9(天王星系~海王星系)

土星を過ぎて天王星に来ました。

以下、直径と軌道半径を記述していきます。完全な球や円ということはないので、平均値になります。軌道半径は、惑星の場合は天文単位、衛星の場合はkmで表示します。天文単位で表示する理由はそのほうが数値が単純化されて他惑星の軌道半径と相対化しやすいためです。1天文単位は太陽~地球間の距離で1億4959万7870 kmです。括弧内は模型でのサイズです。

天王星
4dscn5471aa
直径:51,118 km (約7.5 cm)
軌道半径:19.21845天文単位(約77 cm)
黄道面に対して赤道と輪がほぼ垂直になっています。

衛星オベロンです。
42bdscn55632a_2
直径:1522.8 km (2mm)
軌道半径:583520 km

衛星ウンブリエルです。
43bdscn5564a
直径:1169.4 km (1.5mm)
軌道半径:266300 km

衛星チタニアです。
44bdscn55652a
直径:1577.8 km (2mm)
軌道半径:435910 km

衛星アリエルです。
45bdscn5570a
直径:1157.8 km (1.5mm)
軌道半径:191020 km
画像右に見えるのは天王星の輪の外縁部です。

天王星を過ぎて海王星に来ました。
画像は海王星と衛星トリトンです。
51dscn5552a
海王星
直径:49,572 km (約7.5 cm)
軌道半径:30.11039天文単位(約120 cm)
表面に大きな班があります。

衛星トリトンです。
Dscn7006a
直径:2700 km (4mm)
軌道半径:354800 km
メロン色の筋があります。南極にはサーモンピンクの霜があります。南極は上にあります。自転軸が傾きすぎて上下逆様になっているからです。しかも海王星の自転方向と逆に公転しているという色々変わったところのある衛星です。

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四畳半太陽系~その8(土星系)

木星を過ぎて土星に来ました。

以下、直径と軌道半径を記述していきます。完全な球や円ということはないので、平均値になります。軌道半径は、惑星の場合は天文単位、衛星の場合はkmで表示します。天文単位で表示する理由はそのほうが数値が単純化されて他惑星の軌道半径と相対化しやすいためです。1天文単位は太陽~地球間の距離で1億4959万7870 kmです。括弧内は模型でのサイズです。

土星と衛星。
31bdscn6221a_2
直径:120,536 km (約16 cm)
軌道半径:9.55491天文単位(約38 cm)

衛星テティスです。
32bdscn5611a
直径:1066 km (1.5mm)
軌道半径:294619 km
前回土星の衛星は倍以上のサイズの4 mm球で作成していましたが、たまたま1.5、2、3 mm球を売っている店を見つけたため、七億分の1の縮尺に近いサイズに作り直しました。
画像の背景にわずかに見える縞模様は土星です。

衛星ディオネです。
33bdscn5613a
直径:1123 km (1.5mm)
軌道半径:377396 km

衛星レアです。
34bdscn5619a
直径:1529 km (2mm)
軌道半径:527108 km

衛星タイタンです。
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直径:5151 km (8mm)
軌道半径:1221930 km
太陽系で唯一、大気のある衛星。
窒素でできている濃密な大気の下に、地球とよく似た地形、液化メタンの海、湖、河がある。各地域はザナドゥ、シャングリラなど理想郷の名前が付けられている。

衛星イアペトゥスです。
36bdscn5621sa
直径:1472 km (2mm)
軌道半径:3560820 km
表面に楕円形の白い部分があって、地球から見ると白い部分と墨色の部分が見えたり見えなかったりで、シグナルを送っているかのように変光して見えるそうです。
小説版2001年宇宙の旅で巨大なモノリスが立っていた場所です。
映画版では当時の特撮技術で土星を表現できなかったため、木星に変更されましたが、もし映画にイアペトゥスが登場していたらどのような映像が見られただろうか。

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