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内モンゴル上都遺跡旅行(明徳門から宮城へ)

110340a 明徳門。2つめの門の上から、宮城の方向を見たところ。

一面の草野原だった。

上都は、元朝末期の紅巾の乱により焼き払われた。その後、明朝の防御拠点として使われていたようだが、しばらく後に放棄された。上都は草原化し、散在した遺跡は兆奈曼苏默(チャオ・ナイマン・スム=百八の廟)と呼ばれてきた。

明徳門の脇には、車が入れるような間隙ができている。その道が、かつての上都の区画を無視して斜めに横切って奥に続いていた。

私は車道に沿って進むのはいやで、あくまで明徳門からまっすぐ宮城に進むことにした。

かつてのポーロ一行がそうしたであろうように。

しかしこれが失敗した。

110341a 画像は、明徳門から宮城に向かう通りがあったはずの場所。

110342a 草原のただなかに入ると、方向感覚を失って自分がどこにいるのかわからなくなった。貴重な時間を費やした後、ようやく遠くに石碑を見つけて、現在位置を知るためにそれに向かっていった。

110349a 石碑には宮城と書かれていた。いつの間にか宮城に着いてしまっていた。しかし宮城のどの部分かわからない。

110348a 見回しているうち、どうも宮城の西側にいるらしいとわかった。

気を取り直して宮城の南辺に向かった。

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