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2009年1月

内モンゴル上都遺跡旅行(宣化の街・朝の散策)

北京から正藍旗へ向かう途中。
FI2602420_1E張家口市宣化の町を散策。
車も多いが、いまだにロバも大活躍している。
心なしかロバがションボリしているような。




FI2602420_2E山積みにされたリンゴの袋。
ひと袋50個くらい入っていそうなのを、皆袋ごと買っていく。




FI2602420_3E衣料品店も大賑わいであった。
この活気にあふれた町の風景に、すっかり目を奪われてしまった。




FI2602420_4Eパンか焼き菓子を作る釜のようだ。





FI2602420_5E昔の城壁。
「シンダチュー(宣徳州)という都市がそこにあって、軍装品ならなんでも製造している。」(東方見聞録)
シンダチューとは宣化のこと。
さすがに軍装品は見当たらなかったが、街中には金物屋が結構あった。

※引用・参考資料は旅行記の最後に掲載します。

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四畳半太陽系化計画~その6

FI2602419_1E前回作った天王星の輪を作り直してみました。
天王星本体の模型の直径は約7cmです。
前回はかなり派手な輪を作成しましたが、今回はNASAの天体図を参考に地味にしてみました。
ウィキペディアによると現在視認できる輪は11本だそうですが、輪の一覧を見ると13本になっています。
視認できないのは恐らく外側の2本だと思いますが、これらはかなり幅があります。
一番外側の輪は17,000kmも幅があります。
たぶん拡散して見えないのでしょう。
せっかくなのでこの外側の輪も作りました。
FI2602419_2E輪の色は相変わらず良く分からないのですが、一番外側は青みがかった黒、その1つ内側は赤みがかった黒、一番内側は緑がかった黒、残りの幅の狭い10本は白にしました。
画像の通り、視認できないはずの外側の2本も見えてしまっていますが、実際に天王星の傍に行くと少しは見えるのではないかと・・・。

FI2602419_3E輪に接近して行きます。. . .






FI2602419_4E






FI2602419_5E

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内モンゴル上都遺跡旅行(鶏鳴山~宣化)

北京から正藍旗へ向かう途中。

FI2602418_1E鶏鳴驛という村のそばにある鶏鳴山40 27'52.74N 115 18'03.53"Eだ。




FI2602418_2Eそばを通る。
「テンドゥク地方(現在の内モンゴル自治区フフホト周辺)を離れると、延長七日行程の広がりを持った別の地方に入る。・・・この地方の山間部にあたるイディーフという一地には良質の銀鉱があり、多量の銀を産出している。」(東方見聞録)
この地域には望雲銀場、聚陽山銀場があったそうで、フビライ・ハーンの治世初期から銀鉱開発がなされていたらしい。
聚陽山の場所はよくわからないが、鶏鳴山の属する山地にあるらしい。


FI2602418_3E柳の並木道がある張家口市宣化40 35'46.14"N 115 02'04.56"Eに入った。




FI2602418_4Eどこか懐かしい風景です。





FI2602418_5E車を降りて、朝の町を散策してみた。
「これら住民は商業・手工業に従事し、ナシチやナックと称する金襴織をはじめ、各種の絹織物を織造している。」(東方見聞録)
絹織物は見つからなかったが、何かの刺繍を売っていた。

※引用・参考資料は旅行記の最後に掲載します。

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内モンゴル上都遺跡旅行(北京~居庸関~官庁水庫~鶏鳴驛)

北京から正藍旗へ向かう途中。
FI2602417_1Eまずは北京の北西にある居庸関40 17'15.65N 116 4'7.40"Eを通過。
ここは2002年に一度訪れたことがある。湖沿いの長城が美しかった。
15キロもある山間の隘路の北端と南端に関所が作られた。


FI2602417_2E元朝はここを首都防衛の要とし、隆鎮衛親軍都指揮使を置いた。
隆鎮衛親軍都指揮使はカルルーク、キプチャク、アスなどの遊牧民諸族からなる強力な軍勢で構成されており、華北の北辺700キロを守っていたが、主任務は居庸関の防衛で本部もここに置かれていた。

FI2602417_3E元朝の皇帝は、毎年陰暦2月末に大都(北京)から上都に移動する際、ここを通過した。
その際住民に夜間の外出を禁じ、道の両側に提灯を並べたという。
復元された長城が良く見えた。


FI2602417_4E北京市を抜けて河北省に入った。
たしかここは官庁ダム(官庁水庫)のダム湖40 20'6.66"N 115 41'43.86"E。
風車が立ち並んでいた。



FI2602417_5E京張高速道を走っていくと、大きな岩山が見えてくる。
ガイドは富士山に形が似ていると言っていたが・・・。



※引用・参考資料は旅行記の最後に掲載します。"

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内モンゴル上都遺跡旅行(成田~北京)

2007年11月上旬、中華人民共和国内モンゴル自治区シリンゴル盟ドロンノール県(多倫県)近くにある、元上都遺跡に行ってきました。
また、「東方見聞録」に記述がある張家口市宣化区や、北京市中の元時代ゆかりの場所にも行ってきました。

1日目:成田→北京
2日目:北京→居庸関→宣化→張家口→張北→正藍旗
3日目:正藍旗→元上都遺跡→正藍旗
4日目:正藍旗→沽源→赤城→北京(盧溝橋、宛平城)
5日目:北京(北海公園、妙応寺(白塔寺)、鼓楼)→成田

元上都遺跡は、13世紀~14世紀にモンゴル帝国(元朝)の夏の首都、上都(シャンドウ)があった場所で、別名ザナドゥ(キサナドゥ)とも言われています。
また、上都はマルコ・ポーロ一行がヴェネツィアから中国に向かう旅の終着点です。一行はここで皇帝フビライ・ハーンに謁見しました。
ブログトップページの「マルコ・ポーロの行程図」をご覧になるとおおよそのルートがわかると思います。

【1日目】

16時30頃成田空港着。搭乗口は南ウイング44番、遠くて疲れた。
空港のソフトクリーム、外人向けなのか大きくて食べ応えがある。


FI2602416_1E18:40搭乗、19:16離陸。
22:19(北京時間、以下同じ)、北京新首都国際空港に着陸。
北京は近い。時間的には国内旅行をしている気分だ。
空港で現地ガイドのAさんに会う。
そのまま建国門外大街にあるホテル、成遠飯店に入る。たまたま空いているとのことで、予定よりも格上の部屋に案内してもらった。


FI2602416_2E部屋が4つある。ここは私が寝た部屋。




FI2602416_3E奥にもうひとつ寝室がある。




FI2602416_4Eラウンジがあり、窓から北京市街の風景が楽しめた。0:30に就寝。



【2日目】

6:00起床。
7:00にホテルの食堂にてバイキング形式の朝食。品揃えはまあまあか。

画像は朝見たホテルの外観。
Fi2602416_5e 
7:30、専用車にて正藍旗に向けて出発。運転手でもあるAさんの交代要員で、Bさんという人も同乗する。
Aさんは日本語が実に堪能だ。しかし来日経験はなく、中国で日本語を学んだとの事。それでここまで日本語を理解し、話せると言うのはたいしたものだ。


張家口[中国]旅行ガイド ~フォートラベル~
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/zhangjiakou/

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新年初日

FI2602415_1E2009年元日も例年と同様、穏やかな天気でした。
今年一年も穏やかだといいなあ。

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