025テヘラン2008以降(イラン)

イラン・ガズヴィーン~アラムート~タブリーズ旅行~その21(テヘラン~ドーハ~羽田)

マザンダラン州のダマーヴァンド山麓 からテヘランに戻った。
23:30、テヘランのホテル、ラレ・インターナショナル着。
荷物をまとめる。

六日目
0:46、ホテルをチェックアウトし、空港に向かう。car
イマーム・ホメイニー国際空港着。
ガイドのAさんと別れる。今回は素敵な旅をありがとうcrying
セキュリティチェック→チェックイン→出国審査→セキュリティチェック。
2:50、搭乗ゲート着。Dsc01725a3:55、搭乗。
4:20、離陸。airplane
5:10、機内食。しばらくイランの食事は食べられなくなるなあ。restaurantDsc01726a5:56(ドーハ時間)、着陸。Dsc01727aしばらくドーハ空港内をうろつく。Dsc01728aDsc01729aDsc01730aDsc01731aDsc01732aDsc01733a7:05、羽田行きに搭乗。Dsc01735a_27:47、離陸。airplane
地上に面白い風景。羊の群れみたいなのは何だろう?Dsc01736a機内食。旬のフルーツの盛り合わせ、トマトとチーズのオムレツ、マッシュルームのソテー、ハーブ風味ローストポテト、チキンソーセージ、クロワッサン、ソフトロール。restaurantDsc01737a14:21、機内食。豆のサラダ、トマトと蟹の巻き寿司、ゆで蕎麦、フライドチキンと銀杏ソース添え、ご飯、胡麻、フライドポテト、人参、スナップエンドウ。restaurantDsc01738a22:48(日本時間)、羽田空港着。Dsc01739a

今回もマルコ・ポーロゆかりの地を無事辿る事ができました。また、現地のイランの方々と色々お話しする事もできました。
これも、現地ガイドのAさん、運転手のBさん、現地のイランの方々、旅行会社の担当者さんのおかげです。
ここで、あらためて感謝の気持ちをお伝えすると共に、今後イランを再訪する際には、ぜひまたご助力を願うものであります。

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イラン・ガズヴィーン~アラムート~タブリーズ旅行~その20(ダマーヴァンド・エマームザーデ・ハシェムで昼食~レイネで温泉)

ピッソ・オーバリースキー場 から更に東に進む。
13:45、
エマームザーデ・ハシェム(Emamzadeh hashem)着。Dsc01689aここはイスラム教の創始者、ムハンマドの子孫がモスクを造り、それからできた町だ。カスピ海への交易路であるハラーズ(Haraz)道路の途上にある。
モスクからの眺めが良く、景色を撮影した。Dsc01676aDsc01675aDsc01680aDsc01681aモスクに向かう人々。Dsc01677aその後食堂で昼食。Dsc01682aアツアツのアーシュ・レシュテを食べた。Dsc01685a色々な豆と野菜と細切れの麺が入った黄色いスープ。見かけはカレーうどんだ。Dsc01683aヨーグルトのような乳製品にミントが入った白いスープ。Dsc01684aカレーうどんのようなものに白いスープをトッピングしていただきます。Dsc01686a味は…白スープの自己主張が強いせいか、すっぱいです。体には優しいそうです。
寒さのせいで鼻水がとまらず、食堂内で思わず鼻をかんだら、近くの席にいた女性から「食事中に鼻をかむなんて」と注意されました。
素直に謝ったら笑って許してくれました。
何て言う事のないやり取りだけど、マナーの大切さを教わりました。Dsc01687aある男性からは「外国ではイランの事をどう思っているのか」と聞かれ、「天然資源が豊富でうらやましいと思われている」と答えたら、「そうではなく、イラン人はどう思われているんだ」と聞かれた。それでイラン旅行の経験がある日本人達のイラン人観を思い出して「素朴で親しみやすいと思われている」と答えたら、「神様、感謝いたします」と言いました。本当に敬虔で親しみやすい人たちだと思いました。
14:19出発。
14:32、プル(Polour)通過。ダマーヴァンド山に初夏、外国人が登りに来るときに訪れる町だそうだ。
この像、足が短いし、日本人に似ていると思った。Dsc01691aDsc01692a14:39、マザンダラン(Mazandaran)州に入る。
14:56、ダマーヴァンド山の登山口の一つを通過。標高2200メートル。ドイツ、フランス、イタリア、日本、中国人が良く来るそうだ。Dsc01696aDsc01697a
ダマーヴァンド山。残念ながら頂上が見えず。Dsc01699aDsc01700aDsc01701aDsc01704a15:05、イラ(Ira)通過。
15:11、
レイネ(Rineh)到着。ここはダマーヴァンド山に最も近い町だ。Dsc01705aDsc01706aDsc01707a食料品店で、テヘランよりうまいという水を買う。Dsc01712a16:20、レイネ在住のダマーヴァンド山の山岳ガイド、アフマドさん(Ahmad Faramarzpour)の家を訪問、チャイを御馳走になる。
ダマーヴァンド山はテヘランの北東66キロにあり標高5610メートル。イランの最高峰で、アジアで最も高い火山。富士山と同様端正な姿をしており神聖視されている。
17:35まで、アフマドさんが日課にしている近所のトレッキングを行う。
それからガイドのAさんは、肉屋に行って夕食の肉を注文した。肉屋では注文してから必要な部分を切り取るようだ。Dsc01709aそして3人で近くの
温泉に行く。風呂では全裸になるのはダメらしく、いらないパンツをもらった。パンツを履いて入浴するのだ。
温泉の建物は小さな石造りの八角形だった。中央に円形の風呂が1つあり、周りに脱いだ服を置く石の階段状の棚がある。脱衣所はなかった。
湯加減は丁度いい。
入浴時に履いていたパンツを捨てる場所がないので困っていたら、適当にそこにおいていけ、と言われ、気が引けたがその場に捨てていった。Dsc01710aDsc01711a18:20、食堂で、既にキャバーブにされていた肉を食べた。うまい肉を腹一杯食べた。Dsc01713aDsc01714a山岳ガイドのアフマドさん。Dsc01715a大満足で食堂を出た。Dsc01716aその後、アフマドさんの家でお菓子を御馳走になり、アフマドさんがガイドした日本人の雑記帳を見させていただいた。
びっくりした。女性初のエベレストおよび七大陸最高峰の登頂に成功した田部井淳子、山崎豊子の小説『沈まぬ太陽』の主人公のモデルになった小倉寛太郎、富山県山岳連盟シルクロード踏査隊隊長の井上晃らの名前と感想があった。
私はご馳走に対するお礼と、雑記帳を見て驚いた事を率直にお話しした。Dsc01722aDsc01723a19:00、重ね重ねお礼を言ってお邪魔した。
テヘランのホテルに戻る。

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イラン・ガズヴィーン~アラムート~タブリーズ旅行~その19(ダマーヴァンド・オーバリースキー場)

失意のトーチャールのテレキャビン乗り場から駐車場に戻った。
ガイドのAさんの奥さんが車で来てくださった。Aさんが他のスキー場に連れて行ってくれると言う。大歓迎!Aさん親切だし気が利くなあ。ありがとうhappy02
そんなわけで、11:17出発。車は高級マンション街を通って行った。carDsc01623aテヘラン郊外ではマンションの建設が進む。拡大するテヘラン。Dsc01627aDsc01628aDsc01630a車はダマーヴァンド道路に入って東に向かう。Dsc01631a11:58、ルーデヘン(Rudehen)の町を通過。金持ちの別荘が立ち並ぶ街で、泥棒が入らないよう、不在中も電気を点けっぱなしにしているそうだ。flairDsc01635aDsc01636a12:10、ガソリンスタンドに寄る。1リットル45円だ。さすがにイランは安い。gasstation
12:30、ダマーヴァンド市に入る。Dsc01638a中々いい眺めです。Dsc01640aDsc01642a12:50、スキー場、
ピッソ・オーバリー(Aabali)に到着。Dsc01644aしかしリフトが止まっているんだけど。まあ滑る気ないのでいいけど。Dsc01645aレストランも営業している気配はない。Dsc01648aスキー道具一式、スノボ、靴、ソリはレンタルしているようです。Dsc01649aDsc01650aしかし閉園した遊園地感が半端ない。carouselponyDsc01653a歩いて登る猛者がいるぞ。Dsc01652aヒジャーブファッションでも寒そうな女性たち。Dsc01659aさっき登っていった男性が滑り降りてきた。中々上手い。Dsc01662a私も居ても立ってもいられず斜面を登ってみた。アラムートの悪夢ふたたび。上の方は斜面が凍っていてスニーカーでは滑るばかり。何とかよじ登ったsweat01。足が凍り付きそうだ。
でも眺めはまあまあかな。達成感あり。Dsc01664aDsc01665aDsc01666aDsc01668a登った先にはいい感じの斜面があった。Dsc01669a久しぶりに思い切り体を動かして爽快だった。イランのスキー場初体験。楽しかったですhappy01
13:30出発。
次は
イランの温泉体験

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イラン・ガズヴィーン~アラムート~タブリーズ旅行~その18(テヘラン・トーチャールのテレキャビン…だけど…)

五日目

テヘランのホテル、ラレ・インターナショナルの朝。7:00起床。
今日は、テヘラン郊外のトーチャールのテレキャビンへ行く。
朝風呂でくつろいだ後、ホテルのレストランヘ。restaurant
サラダ、クロワッサン、目玉焼き、どろどろのコーン、シロップ漬け果実、ヨーグルト。Dsc01581aロビーにはクリスマスツリーが飾られていた。イスラム教でもキリストは聖人。だからなのか。考えすぎか。xmasDsc01582a8:30、ホテルを出発。テヘランの北側の山麓へ。この辺にはベレジャイと呼ばれる高級住宅街がある。1平方メートルが7000ドル。Dsc01584a9:04、トーチャールのテレキャビンの駐車場に着く。Dsc01585a
トーチャールのテレキャビンとは、テヘランの北にあるアルボルズ山脈の山にかけられた、全長3200メートルのロープウェイの事だ。これで標高2900メートルまで上がり、更にゴンドラで標高3400メートルまで上がる。上にはスキー場とホテルがある。何がすごいと言って、人口1200万の大都市から日帰りで標高3000メートルの世界をたっぷり堪能できる事だ。東京都心から日帰りで富士山の9合目でたっぷり遊んでくるようなものだ。往復だけなら朝家を出て午前中に帰って来れる。
駐車場から歩くと、お菓子や飲み物の店がある。Dsc01588aここからチケット売り場と乗り場まで、登り路をてくてく歩く。Dsc01589a乗り場までの案内板がある。Dsc01590aイランの猫。しっぽが長くて大きいよ。Dsc01591aチケット売り場がある広場に着いた。Dsc01594aここで衝撃の事実が。テレキャビンが強風で運行停止になってしまったのだ…crying。しばらく待つことにしたが。
山に登りに来た人たちを見る。観光客風。Dsc01594b軽登山スタイル。Dsc01597a登山用ストックを持っている。歩いて登るのかな。Dsc01599aトーチャールのテレキャビン周辺の案内図があった。アスファルトの道(緑色の線)が標高3000メートルより上まで続いている!除雪されてれば上がれるが。赤い線はトレッキング道で、かなり充実しているのがうかがえる。Dsc01600aテレキャビン乗り場に行ってみることにした。入り口。Dsc01601aやはり運行は中止になっているようだ。Dsc01602a残念ながらあきらめるしかないcryingDsc01603aせめてもと記念撮影した。むむ無念!Dsc01604a10:10、広場のスナックでお茶する。Dsc01610a中は誰もいない。みんな帰ったんだな…。Dsc01609a寒いので熱い紅茶を飲む。カップの上に置いてあるのはナバといって砂糖代わりだ。Dsc01611a10:32、店を出る。
広場にはスキーショップがある。Dsc01614aDsc01612a温かい食べ物、スープなどを売っている。Dsc01616aこれは謎の5Dシミュレーター。Dsc01618aこの小さな建物の中で何が起こるんだ。興味あるー。Dsc01617a空しく来た道を戻る。Dsc01619a時間が空いてしまったが、
この後どうしようか

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イラン南東部・ホルモズガーン州旅行~その21(テヘラン・イビスホテル~成田)

トーチャールのテレキャビンからイマーム・ホメイニー国際空港前のイビスホテルにやってきた。
17:00着。ここで夕食を食べるrestaurantDsc03079aDsc03084aメニューを見ると、
スープが600円
サラダが1000円
肉料理が1500~2500円Dsc03080aハンバーガー、スパゲッティ、ピザが1100円位。
どれも一般的な値段の倍くらいだそうだ。まあこんなに空港に近いホテルだから仕方ないか。Dsc03082a注文しようとしたら、メニューに書いてあるのはまだ時間が早いのでやっていないとの事。最初から言って!それでビュッフェスタイルで食事する事になった。
値段が高いだけあって凝った料理が多いのは納得。食材も豆腐とか使ったりして。Dsc03083aたまらなくそそられるイランのケーキ。ナッツたっぷりcake。でもここは我慢だ!Dsc03086a食事する。おいしい。特にエビが。今回の旅行はエビづくしになってしまったなー。Dsc03085aDsc03087a18:07、ホテルを出る。
18:12、空港着。早速荷物検査。無事終了してガイドのAさんと別れた。最後の最後まで面倒を見てくれた。というか迷惑をかけた。本当に感謝weep
18:40、チェックイン完了し、出国審査。
空港内の土産物屋を見て回る。イラン名産の銅細工と陶器。Dsc03088a絨毯、更紗、細密画、象嵌細工、アザーディー・タワーやミラドタワーのミニチュアも。Dsc03089aDsc03090aヒジャーブファッション。ムスリムの人が買うのかな?Dsc03091a銅や真鍮などの金属細工。Dsc03092aこれはナッツ類。たくさんあるねー。Dsc03093aイランの代表的なお菓子、
ギャズはさすがに多い。あちこちの棚に置いてある。Dsc03094aDsc03095aDsc03096aこれはカップの中の紅茶をかき混ぜる棒。砂糖がついているのでわざわざ砂糖を入れる必要がない。甘い紅茶好きのイラン人ならではか。Dsc03097aカスピ海のキャビア。絨毯ほどではないが、値段がとっても高いので買ったことはないが、イランのキャビアは世界一と言われるので一度は買ってみようかと思う。今回は買わんけど。Dsc03098a空港内の土産物店は以前に比べかなり充実していた。もっともっと充実してほしい。民芸品なんかも置いてくれるとGOOD!
19:06、手荷物検査終了。厳しすぎるという事はなかった。
19:08、搭乗口着。Dsc03099a20:38、搭乗開始。予定より23分遅れ。
21:18、離陸airplane
機内食restaurant。イランらしいナッツのかかったケーキ、長粒米の混ぜご飯、豆料理。もうお別れだねー。Dsc03100a22:30(ドバイ時間)、
ドバイに着陸。
22:55、手荷物検査終了。
ターミナル間トレインで移動。Dsc03101a23:17、搭乗口着。Dsc03102a1:55、搭乗。最前列は初めてなので驚いた。テーブルやモニターの取り出し方がわからず、教えてもらったが恥ずかしかった…。coldsweats01でも乗務員の行動をずっと間近で見られたので面白かった。
2:40、離陸airplane
4:20、機内食restaurant。そうめん、パーチから揚げ甘酢餡かけご飯、チョコレートとマンゴーのファッジケーキ。もう帰るだけなのでビール飲みました。もう心は日本だね。Dsc03103aお隣さんはアルコールを6回もお代わりして、泥酔して不愉快な目に遭ったらどうしようかと戦々恐々でした。まあ何も起こらなかったけれど。
行きは全然見なかった映画、帰りは見逃していた映画を全部見ました。ハクソー・リッジとかゴースト・イン・ザ・シェルとか。
9:30、機内食restaurant。季節の果物、ヨーグルト、鮭の照り焼きご飯、クロワッサン。Dsc03104a17:24(日本時間)、成田に着陸。

今回もイランを思い切り楽しむことができました。これも現地ガイドさん、運転手さん、イランの方たち、旅行会社の担当者さんのおかげです。ありがとうございました。
イラン再訪したいです。ケルマーン州に対する外務省の見解が良好になる事を願ってやみません。

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イラン南東部・ホルモズガーン州旅行~その20(テヘラン・トーチャールのテレキャビン)

テヘランの菓子専門店、アルマからトーチャールのテレキャビンへ向かう。
車はテヘランの北側の山麓に向かう。街角の光景。もめてんのか?

Dsc03020aDsc03021aDsc03022a10:50、元別荘地のマンション街に入る。山に近く涼しいのでこの辺のマンション価格は高い。
駐車場着。車はここまでしか入れない。ここからはテレキャビンの乗り場まで歩いて登るか、無料の電気バスに乗るかである。Dsc03024a
トーチャールのテレキャビンとは、テヘランの北にあるアルボルズ山脈の山にかけられた、全長3200メートルのロープウェイの事だ。これで標高2900メートルまで上がり、更にゴンドラで標高3400メートルまで上がる。
何がすごいと言って、人口1200万の大都市から日帰りで標高3000メートルの世界をたっぷり堪能できる事だ。東京都心から日帰りで富士山の9合目でたっぷり遊んでくるようなものなんだ。往復だけなら朝家を出て午前中に帰って来れる近さ。山好きの私にとってはとてもとてもうらやますぃー環境!
駐車場からの眺めも良い。見えるのは富裕層向けマンション街だ。Dsc03023aDsc03026aDsc03027aここまで来ると山が迫って見える。Dsc03025a
電気バスbusで乗り場まで行く。Dsc03028a歩いて登る人を横に見つつ。ちょっと優越感。Dsc03029a電気バスの終点停留所に着いた。Dsc03030aチケット売り場への入口。テレキャビンが展示されている。Dsc03031a11:20、チケット売り場着。少し並ぶ。学校が休みのせいか若者が多い。とってもはしゃいでいてかわいらしい。Dsc03032aテレキャビン乗り場への入口。前回来たときは強風のためテレキャビンが動かず、乗り場でテレキャビンの係員と記念撮影して帰った…。ようやく雪辱を果たした。この乗り場は標高1700メートル。Dsc03033a乗車にはそれ程待たず、乗ることができた。
乗車後。出発直前happy02。いよいよ山腹を上がって行く。Dsc03034aDsc03035a下りのテレキャビンとすれ違う。Dsc03036aもうすぐ到着だ。Dsc03037a_2到着。Dsc03038aと思ったら単なる中間駅で、テレキャビンは止まらずに尾根を越えて更に上がるhappy02Dsc03039aDsc03040aDsc03041aDsc03042aDsc03043aDsc03044aようやくテレキャビンの
山頂駅が見えてきた。Dsc03045aあと少しで到着。ここで標高2900メートル。Dsc03046aテレキャビンを降りる。寒い。今度はスキー用のゴンドラに乗る。Dsc03047a着いた場所は完全に高山の世界lovely空気が薄く感じる。ここで標高3400メートル。さすがに寒い気温31度のテヘランとは別世界。信じられな~い!lovelyDsc03050aこの奥にカスピ海がある。見えないけど。Dsc03053a上がってきた観光客。Dsc03056a目の前にスキー学校の石室がある。まるで避難小屋にしか見えないが。Dsc03057aその上はスキーリフト乗り場。これがどこに向かっているかと言うと…。Dsc03051a眼下にはすり鉢状の盆地がある。そこの中心に向かっている。Dsc03054aDsc03048aすり鉢の中心には山荘みたいなホテルがあり、何本かのスキーリフトが周りの山に向かって伸びている。Dsc03049a要するにここはスキー場だ。
我々もリフトで降りて行く事にした。Dsc03058aゆっくりとしたゆれが心地よく、
平和な気分にさせてくれる。しかしガイドのAさんは半袖なので寒さでかなりつらそう。夏だと思って油断したな。真夏でもウインドブレーカーなど羽織るものは必要。Dsc03059aようやく到着。ゆっくりなので時間がかかった。途中止まったし。Dsc03060a目の前にはホテル。ここは日が照っていてかみがある。Dsc03061aAさんがつらそうなので、ホテルの中でティータイムにcafe
2階のソファに座ってホットコーヒーとホットティーを飲む。
体が温まった~。
Aさんはしきりに家族を連れてここに泊まってみたいと言っている。
界のテヘランの夜景写真があったが、本当にきれい。Dsc03062a外に出て周りの景色を撮る。日帰りでこんな場所に来られるテヘラン市民がうらやましい。Dsc03063a高山植物はあるが不毛の地Dsc03064a他の山に登るリフト。Dsc03065a観光客たち。下界では彼女たちのヒジャーブ姿が暑苦しいのではないかと思っていたが、ここではちょうど良さそうだ。Dsc03066a13:35、そろそろゴンドラで下に降りることにした。Dsc03067a山々の景色を眺めつつ。Dsc03068aゴンドラは下へ降りて行く。Dsc03069aDsc03070a14:00、ゴンドラを降りたところで、ディバッグを持っていない事に気付いた!shockどうやら山荘ホテルの2階に置き忘れてきたらしい。カメラ2台が入っている。なんたる間抜けか!shock
とりあえずAさんがゴンドラの係員に探してくれるよう頼んでくれた。後は待つしかない。
探すのに時間がかかるので、レストランに入ることにした。Dsc03072a
レストランで再びホットコーヒーとホットティーを飲みcafe、ナツメヤシの実のココナッツがけを食べた。こんな状況でもうまいものはうまい!Dsc03076aDsc03077a14:30、ディバッグが無事発見されたとの知らせが入った。よかった~happy02見つけてくれたイランの方々に感謝crying
レストランを訪れた観光客。やっぱり若者が多いね。Dsc03072bここの周りも
荒涼とした景色だ。Dsc03074a山に登る人だろうか?テヘランに住んでいたら登ってみたい山ではある。ハゲ山だから見晴らしいいし。Dsc03073a登山道が見える。ここから見るテヘランの市街地は、まるでシールドのような霞がかかっている。光化学スモッグだろうか?シールドはすぐそこまで。SF映画みたいだぞ。Dsc03071aここからも世界で6番目に高い、ミラドタワーが見えた。次回はぜひ展望台に行ってみたい。Dsc03078a仲の良いカップルheart04。微笑ましいconfidentDsc03075a14:54、係員からディバッグを受け取る。coldsweats01中身を見たが、無くなったものはなかった。イランの方々の民度の高さに感謝crying
さて、早速テレキャビンで下に降りた。
15:24、テレキャビンから降りる。その後電気バスで駐車場へ。
いやー、3400メートルの世界を満喫できて大大満足でした!
15:40、車でイマーム・ホメイニー国際空港前の
イビスホテルに向かう。

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イラン南東部・ホルモズガーン州旅行~その19(テヘラン・フェルドゥースィー・インターナショナル・グランドの朝食と、お菓子専門店アルマ)

テヘランのホテル、フェルドゥースィー・インターナショナル・グランドDsc03014a_26:30、昨晩頼んでいなかったが、Aさんが頼んでおいたのだろうか?モーニングコールが鳴って起きた。しかしまた寝てしまった。coldsweats01
8:00、起きてシャワーを浴びる。
今日は、お土産を買うために市内の菓子専門店に行き、その後郊外のトーチャールのテレキャビンに行く。そしてテヘランから帰途に着く。
8:50、1階のレストランに朝食に行くrestaurant朝食はビュッフェスタイルだが、種類がとても多い。これだけでこのホテルが好きになった。やっぱり食いもんにはかなわねえ。ケーキcakeだけで6種類。他にも色々面白そうな食べ物があったが、食べ過ぎは避けたいので我慢した。Dsc03012a食べたのはサラダ数種。Dsc03009aメイン数種。Dsc03010aパンとケーキ数種cakecafe。無理せずこれだけにしておいた。無理したかったけど!Dsc03011a9:20、部屋に戻って荷物をまとめる。
9:50、1階ロビーでAさんと会う。ロビーも豪華な雰囲気だね。Dsc03013a9:58、ホテル発。Dsc03015a10:15、市内の菓子専門店、アルマでお土産を買う。Dsc03019a主にドライフルーツ、ナッツ、菓子を売っている。店の中はきれいだし、商品の種類も豊富だ。テヘランに行く際には立ち寄ることをお勧めしたい。Dsc03018aイランの特産品、ピスタチオは、その質によって値段が違う。良質のものは1キロ10~15ドル位。小粒だったり殻が割れない質の悪いものは安いが、それなら質の高いものを買った方が結局得だ。イランの果物はおいしいから、ドライフルーツもきっとおいしいだろうcherrybananaappleDsc03017aイランの代表的な銘菓、箱入りのギャズを買う。ピスタチオ入りのものにした。ピスタチオの量が多いほど値段も高くなる(箱の裏面に含有量が%表示されている)。後は中のギャズが個装されているものは高くなる。価格帯は、大体10万~35万リアルだろうか。日本円でたったの330円~1150円だよ。安っ!後はピスタチオ入りのクッキー?を買った。これは脂っこくて失敗だったかも。
10:27、出発。次は郊外のトーチャールのテレキャビンへ。

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イラン南東部・ホルモズガーン州旅行~その3(テヘラン・アザーディー・タワー)

13:30、アザーディー・タワーに着いた。Dsc02710aアザーディー・タワーは国内便が発着するメヘラーバード空港やバスターミナルに近く、テヘランから入国して地方に行くときには必ず目にする建物だ。私にとってはテヘランの象徴と言ってもいい。Dsc02712aアザーディー・タワーは、パフラヴィー朝時代の1971年、古代ペルシア帝国(アカイメネス朝)建国2500年を記念して建てられた。古代ペルシア礼讃を国是としたパフラヴィー朝を象徴する建物でもある。そのアーチの形状は古代ペルシア建築のアーチを再現している。Dsc02713a高さは45m。Dsc02714a入り口。今日は上に上がれるそうで、よかった。入場料15万リアル。イランの紙幣は額面が大きいので、慣れないとゼロの数を数えるのにとても手間取る。Dsc02715a内部はいくつかのホールがある。最初に入るホールは、パフラヴィー朝の2代目国王であるモハンマド・レザー・シャーのファラー王妃が趣味で集めた工芸品が展示されている。当時制作されたもの以外に、アカイメネス朝、サファヴィー朝、ザンギー朝、ガージャール朝時代のものがある。
しかしここは歴史博物館というよりは、歴史的遺物で客寄せして実は、民族衣装や大理石の造形物、何とも評価しがたい絵画などを売りさばく場所のように思えた。Dsc02720aDsc02716aDsc02717aDsc02719aアザーディー・タワーの設計者の像。Dsc02718aタワーの最上階へは、建設当時からある旧式のエレベーターで上がる。反応の緩慢な、このレトロなエレベーターも見所の一つだと思う。
タワーの最上階は開けた展望台とはいいがたく、狭い隙間から外を眺めるような感じだ。それでもテヘラン市内をある程度俯瞰できる眺めはここに来たからには見ておくべき。Dsc02721a世界で6番目に高い、
ミラドタワー。人気のスポットだそうで、上に上がるのに待ち行列ができるらしい。今回はあきらめた。Dsc02722aバスターミナルが見える。ここは1970年代にはテヘラン市の西の周辺部だったのだ。かつてはテヘランのはずれのこの場所から長距離バスに乗って地方に行ったのだ。それが今では膨張して周りを囲むアルボルズ山脈の山際まで広がったテヘラン市の、真っ只中にある。Dsc02723aこちらは国内線の玄関口、メヘラーバード空港Dsc02724aタワーの建つアザーディー広場は緑が多く、流水もあり(今回は干上がっていたが)、殺風景なテヘラン市街の眺めの中で目に潤いを与えてくれる場所だ。
そしてこの広場は市内でも特に大きいことから、パフラヴィー朝時代以降、様々な国家行事が行われてきた。1980年から8年間も続いた悲惨なイラン・イラク戦争の開戦日である9/21には、ここで軍事パレードが行われる。当日はパレードを見ようとする人たちでごった返し、道路は大渋滞となる。Dsc02725aタワーの最上階からは降りるときは原則エレベーターは使用できない。階段で降りる。その途中に、タワーの上部構造部分の内側が見られる場所がある。Dsc02728aいくつもの窓が目のようで、ちょっと異様な雰囲気を味わえる。Dsc02727aアザーディー広場に建つ自撮りの人の像。この像の由来は残念ながら聞かなかった。Dsc02711aイランでのスマホ普及について、ガイドのAさんは一人1~2台は持っていると言った。田舎町の高齢者が一人残らずスマホを持っているのかどうかは疑問だったけれども、普及率は結構高そうだ。通信会社は3社で、2強1並らしい。通信料はデータ量の従量制。本体は韓国、中国製が主流らしい。
そろそろ
メヘラーバード空港airplaneに向かう事にする。

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イラン南東部・ホルモズガーン州旅行~その2(ドバイ~テヘラン・アザーディー・タワーへ)

ドバイからテヘランに向かう機中airplane
8:50、昼食。イラン便は例によって脂っこいのが多い。フライドポテトはやめといた。クレープのような薄いナンは懐かしい。Dsc02707a10:27(ここからイラン時間で記載)、着陸。入国審査のみで革命防衛隊のチェックはなかった。荷物検査もまあまあ普通か。
11:15、現地ガイドのAさんと会う。ここで日本の旅行会社のケルマーン州のツアーが開始されているとの話を聞く。A社は先週同地を視察したとの事。B社は既に始めているそうだ。今後に期待。
バンダル・アッバース行きの便は夜出発なので時間が空いている。テヘラン市民が集まるような大きな公園に行きたいと話したが、今の季節は日中暑く、今の時間帯は市民は公園には行かないとの事。そこで今まで上まで上がったことのないアザーディー・タワーに行くことにした。ただしアザーディー・タワーは市が管理していて、中に入れる日は不定期との事で、入れるかどうかは行ってみなければわからないとの事。とにかく出発する事に。
12:00、電気街を通る。電気屋さんが軒を並べる。昔は日本のメーカーの看板ばかりだったが、今は見る影もない。圧倒的に多いのはサムスンだ。日本はソニーとパナソニックが少しあるだけ。Dsc02708aDsc02709a12:30、市内の両替所でドルをイランリアルに両替。1ドル=38900リアルだった。
両替は一般的に銀行で行わない。銀行系列の両替所で行う。両替所は多数あるので待ち時間は少ないが、銀行から委託されているのでその分手数料を取られる(レートが悪い)。
山に囲まれて車が多いテヘランは排気ガスがたまりやすい。それでも今回ガスの臭いが鼻につかないのは季節によるものらしい。夏は恐らく上昇気流によって拡散されるらしいが、冬は別だ。
道路は今は比較的空いている。しかし9/23から学校が始まるそうで、そうなると大渋滞を引き起こす。それよりもイランの学校は夏の三カ月が休みだそうで、大変うらやましい。ただし一部の私立では休み期間中も定期的に登校するそうだ。
まもなくアザーディー・タワーに到着する。

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イラン北東部旅行(テヘラン・宝石博物館~ホテル)

この後、前々から行きたかった宝石博物館に行った 35°41'31.70"N 51°25'11.07"E

イラン中央銀行内にあり、手荷物の持込は一切禁止、入場前にセキュリティチェックを受ける。残念ながら中は撮影禁止である。

入ってまず目にするのは「孔雀の玉座」。ガージャール朝のファテ・アリー・シャーが作らせた玉座で、実に26,733個の宝石が埋め込まれている。まったく玉座全体がまんべんなく宝石で覆われている。こりゃーすごいなーと思って見ていたが、これは序の口だった。銀行の金庫のような分厚い扉を通って部屋に入ると、そこには陳列ケースが40個ほどあり、中には数々の財宝が展示されていた。ケースの前にバーがあり、これに触れると警告音とともに出入り口が自動的に閉まるとのこと。かなり厳重である。

陳列されている財宝は、冥土のみやげに一度は見ておくべき?これほどの物は見たことがない。
Dscn6144a

画像はここで売っていた日本語ガイドブックの表紙だが、この地球儀は純金34キロと51,366個の宝石でできている。海はエメラルド、陸地はルビーとサファイア、イランと赤道、境界線はダイヤモンドでできている。

世界最大の100カラットのルビー、世界最大の500カラットのサマリヤ尖晶石、1869個のダイヤモンドがちりばめられた世界征服の剣、非常に美しい92個のエメラルドでできたかぎ煙草入れ、214個のエメラルド、64個の尖晶石、4個のサファイア、275個のルビー、12,384個のダイヤモンドがちりばめられた剣、3,380個(1,114カラット)のダイヤ、5個(199カラット)のエメラルド、2個(19カラット)のサファイヤ、368個の真珠からなるパフラヴィー王家の王冠、36個のエメラルド、2個の尖晶石、105個の真珠、34個のルビー、1,469個のダイヤモンドからなるファラー王妃の王冠。

目玉は「光の海」と呼ばれる世界最大のピンクダイヤモンド。182カラットあり、ピンクがかった色合いも希少なものである。見る目のない私には、単なる平べったいガラスの塊にしか見えなかったが。このダイヤのフレームにも457個のダイヤと4個のルビーが使われている。

以上はほんの一例で、ネックレス、ブローチ、帽子飾り、時計の鎖、ベルト飾り、礼服、杖、冠などの装飾品、剣、短剣、盾、拳銃ホルダーなどの武器、燭台、花瓶、水パイプ、小箱などの調度品、これら数百点の品々すべて数十~数千個の宝石がちりばめられている。また、装飾に使われていないそれぞれ少なくとも百個以上の大粒のトルコ石、ルビー、エメラルド、サファイア、ダイヤモンド、真珠がそれぞれのトレイの上に積み上げられている。100カラット以上のものも多数ある。部屋の照明が暗いせいか、これ見よがしに大量の宝石を見せ付ける細工物が多いせいか、実はさほど美しくは思えなかったのだが、圧倒的な宝石の数々、普段滅多にお目にかかれないものでもある所にはあるものである。ガイドブックには、この一室の宝石全ての値段は計算不可能だと書かれていたが、確かに想像だにできない。

これらの宝石をどのようにして手に入れたかというと、戦利品、寄贈品、旅行者からの買い入れ、王室鉱山から出たものという。

112238a 驚異の宝石博物館を出て、早めにホテルに着いた。夕食はホテルのレストランで摂るように言われた。バイキングなので、こちらとしても好きなものが食べられるのでありがたい。19:00から開くそうなので、睡眠不足で早く休みたかったこともあり、時間まで寝ることにした。

今日はバスタブはなく、シャワーである。
112237a

112239a 夕食。バイキングの品数はまあまあか。野菜を和えた料理が多く、私の好みには合った。これらをナンにはさんで食べる。やっぱり本場のナンはおいしいです。

明日のヤズド行きの便は早朝出発なので、早起きしなければいけない。洗濯後、22:00には寝てしまった。

【イランの歴史について】

1. 有史以前・古代オリエント時代
イランでは紀元前七千年には農耕社会が存在していた。
古代オリエント時代には、イランは長い間メソポタミア文明の辺境だった。
しかし、イラン南西部のアケメネス朝ペルシアが古代オリエント世界全域を初めて統一する事に成功した。

その後継者であるサーサーン朝ペルシアと共に高度なイラン文明を作り上げた。
① 紀元前七千年にはガンジュ・ダッレで排水溝を備えた集落が存在していた。
② 紀元前四千年以降、エラム人は徐々にイラン高原南西部を代表する政治勢力に発展したが、アッシリアに滅ぼされた。
③ 紀元前二千年以降、中央アジアの遊牧民でインド・ヨーロッパ語系のアーリア人と呼ばれる集団が、オリエント世界に移動して来て、馬と鉄器をもたらした。
非アーリア人は次第にアーリア人に同化していった。
アーリア人は現在のイラン人、インド人の大部分を占めている。
④ アッシリア滅亡後、イラン高原西部を支配したのがメディア人(アーリア系=イラン系)で、次第に南西部と東部に勢力が拡大した。
⑤ メディアを倒したのがイラン南西部のアケメネス家率いるペルシア人(イラン系)で、騎馬弓兵と寛容な政策をもって紀元前6世紀には古代オリエント世界を統一した。

ギリシア、エジプトからイラン、中央アジアにまたがる大帝国が成立した。
⑥ 紀元前4世紀、マケドニアのアレキサンダー大王がアケメネス朝を滅ぼし、死後は後継国家セレウコス朝が支配。

彼らはアケメネス朝の統治政策を踏襲した。

⑦ 紀元前3世紀、イラン高原北東部のパルティア人(イラン系)がセレウコス朝から独立した。
彼らはアケメネス朝の統治政策を踏襲した。
イラン高原に進出したローマ帝国とたびたび争った。

⑧ 3世紀、イラン南西部のペルシア人(イラン系)がパルティアを倒してサーサーン朝が成立した。
ローマ帝国をたびたび破り、7世紀にはアナトリア、エジプトから中央アジアにまたがる領土を獲得した。

2. イスラム化とトルコ、モンゴルの支配
イランは7世紀にアラブ・イスラム帝国に征服された後、次第にイスラム教化した。
11世紀、イスラム化した中央アジアのトルコ系遊牧集団が、高度な文明を持つイスラム世界に移動し始め、その後モンゴル人が侵入した。
圧倒的な武力を持つトルコ系、モンゴル系民族はイランの政治、軍事を掌握したが、行政はアケメネス朝以来のイラン系の官僚、役人が担っていた。

① 7世紀、アラブ・イスラム帝国がサーサーン朝を滅ぼし、ウマイヤ朝、アッバース朝のカリフ(イスラム教における神の使いの代理人、政治的最高権力者)がイランを支配下に置いた。
しかしイスラム教化は進まなかった。
公用語としてアラビア語が使われた。

② 9世紀以降、アッバース朝の権威が衰えると、イランで独立王朝が次々と生まれた。
ターヒル朝(イラン系)、サーマーン朝(イラン系)、サッファール朝(イラン系)、ブワイフ朝(ダイラム人)、ガズナ朝(トルコ系)。
経済の発展とともに、イスラムへの改宗が進んだ。

③ 11世紀、イランに移動して来たトルコ人遊牧集団を取締る事を期待され、トルコ系のセルジューク家が支配者として迎えられる。
最盛期には地中海岸から中央アジアを支配したが、後継争いから分裂する。
ペルシャ語が再び公用語になる。

④ 12世紀、イラン北東部のホラズムシャー(トルコ系)がセルジューク朝を滅ぼし、イランと中央アジアを支配する。

⑤ 13世紀、チンギス・ハンのモンゴル軍がホラズムシャー朝を滅ぼし、イランを支配下に置く。
後にモンゴル人はイランにイルハン国を建国、14世紀にはイスラムに改宗した。
しかし内紛により同国でのチンギス・ハンの血統は絶えた。

⑥ イルハン家が絶えると各地に政権が誕生した。
イルハン朝の後継国家ジャライル朝(モンゴル系)、ムザッファル朝(イラン系)、地域勢力サルバダール。

⑦ ティムール(モンゴル系)が上記諸政権を滅ぼし、西アジア全域を支配する。
死後後継争いが起こり、西側をカラコユンル朝(トルコ系)次いでアクコユンル朝(トルコ系)に奪われた。
16世紀、シャイバーニー朝(ウズベク人)に滅ぼされたが、その子孫はインドでムガール朝を建国した。

⑧ シーア派サファヴィー教団の教主イスマーイール1世が、信徒であるトルコ系遊牧民の軍事力によって、内紛で弱体化したアクコユンル朝を滅ぼし、更に領土を拡大した。
死後、混乱が続いたが、アッバース1世は軍事・統治体制の改革によって領土を拡大し、最盛期を築いた。
また、この時代にシーア派十二イマーム派がイランに定着した。
経済的にも繁栄したが、無能な王が続くと徐々に衰退し、18世紀には各地で反乱が起きた。

⑨ サファヴィー朝は領土の東をアフガン人、西をオスマン朝に奪われた。
結局サファヴィー朝の宰相が滅ぼしてアフシャール朝(トルコ系)を建て、領域を拡大した。
その死後は地方勢力が抗争を繰り返した。

⑩ ザンド朝(イラン、クルド系)が統一に成功するが、十数年後には後継者争いが始まった。

3. 近代・現代
19世紀になると、イランは西洋列強のグレートゲームに翻弄され、ついには半植民地化する。
これに反発して立憲国家樹立への闘争が始まる。
この過程でイラン・ナショナリズムを形成する4つの立場が現われ、近現代のイランの政治を形作った。
a.
西欧流の民主主義確立により、自立と独立を目指す。
b.
イスラム以前の古代イランの伝統を重視する。
c.
マルクス主義の影響の元、列強の植民地支配からの独立を最優先にする。
d.
イスラム教こそがイラン国民を団結させる。

① ザンド朝とアフシャール朝を滅ぼしたのがガージャール朝で、テヘランを都とした。
強力な軍隊と官僚機構を持たず、地方の有力者に対する統治は名目的なものだった。

② 19世紀に入ると、フランスとロシアの南下政策と、イランをインド防衛の最前線とみなすイギリスの間で、ガージャール朝は翻弄された。
列強からの政治的独立を保つ為の努力が続けられたが、次第に利権を奪われ半植民地化していった。

③ 20世紀になると、列強の干渉とガージャール朝の専制政治への反対運動が生まれ、立憲国家を目指す動きになった。
憲法制定と国民議会の設立に成功し、派閥政争の混乱の中でも改革への取り組みが行われたが、利権喪失を恐れたロシア軍の進駐により失敗した。

④ 列強の占領と政情不安により、イラン全土は無政府状態になった。
強力な中央政府を望む声が高まり、イギリスの支援によるクーデター成功の後、パフラヴィー朝が成立した。
国軍と官僚機構の強化により中央集権化を進め、古代イラン礼賛ナショナリズムに基づき、司法の反イスラム化、西洋化を行った。

⑤ パフラヴィー朝の中央偏重政策は地方の不満を呼び、国内の政局は不安定化した。
農地の分配・汚職の追放による改革は、見せ掛けで終った。
権力強化の為、拡大した軍と官僚機構による抑圧が進められた。
一方、欧米の干渉により石油の完全国有化に失敗したものの、莫大な石油収入は急激な経済発展を生んだ。
その裏で貧富の差の拡大が深刻になった。

⑥ 経済格差と抑圧に対する不満が高まる中、抑圧された宗教界の憤懣をきっかけに始まったデモが全土に拡大し、その圧倒的な人数の前にパフラヴィー朝は崩壊した。
イスラム臨時革命政府が樹立され、後にイスラム法学者が統治するイスラム共和国が樹立された。
国内政策においては急速なイスラム化を進め、外交においては米ソに属さない独自路線で孤立を招いた。
80年代後半以降、急進的な革命路線から言論の自由と国際協調を重視する路線に移り始めたものの、改革派を締め上げるイスラム法学者を中心とした保守派、という図式は現在も変わっていないように見える。

※引用・参考文献は旅行日記の最後に掲載します。

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