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イタリア旅行・ピサ~その2

ピサの斜塔として有名な鐘楼。
Fi1914231_0e
1173年に建設開始、3階部分まで作った時に地盤沈下で傾き始め、工事を中断。
1234年以降4階部分が作られたが、また中断。
14世紀に入って再開され、ようやく完成した。
最上階だけ反対側に傾いており、バランスを取るようになっている。
傾きを実感する為に、倒れこんでいる方の真下から見上げたのがこの画像。
圧迫感があります。

反対側に回って真下から見上げた画像。
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圧迫感がありません。
現在は最新の土木工事によって傾きが緩和されています。工法についての説明板がありました。

30分間毎に約30人ずつという制限がありますが、塔に昇る事ができます。
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日本からでも予約できるそうです。
画像は、鐘楼に入場する人たち。

鐘楼に登って手を振る観光客。
Fi1914231_3e
なんか誇らしげに見えます。
また来られたらぜひ昇ってみたい。

上空では珍しく軍用機が何回も飛来していました。
Fi1914231_4e
9月11日だから、テロ対策のデモンストレーションでもしているのかな?
観光客は歓声を上げていました。
広場の片側には土産物屋がずらり。
暑いのでジェラートがうまい!
この後フィレンツェに戻りました。

ピサの歴史をまとめてみました。

・エトルリア時代(紀元前8世紀~)に建設された?
エトルリア時代はエトルスキ族が北・中部イタリアを支配した時代。エトルスキ族の起源ははっきりしていないが、ローマ人がトゥルスキと呼んだ事が“トスカーナ”の名の由来になった。エトルスキ族はフィレンツェ、アレッツォ、オルヴィエートも建設した。

・紀元前3世紀~
ローマ時代のオーレリア街道沿いにあったため、交易の中心地として繁栄。

・10世紀~
地中海に進出したイスラム勢力の脅威で中々発展できなかったが、末頃から活発な商業活動を始める。

・11世紀~
1011年、イスラム軍により略奪される。
1063年、パレルモ沖海戦でイスラム軍を破る。
ジェノヴァと同盟しイスラム勢力をティルレーノ海北部から追い払う。
1096年~十字軍が始まり、西欧諸国に近い事からその準備や輸送で莫大な利益を上げる。

・12世紀~ 
十字軍の活動に伴い東地中海にも進出する。エルサレム攻囲の際200隻の戦艦を派遣し、エルサレムでの勢力が大きくなる。ピサ司教ダイベルトがエルサレム大司教に選ばれる。
12世紀前半には、コルシカ、エルバ、サルデーニャ北部を領有しパレスチナ、シリアの沿岸都市に居留地を得る。居留地では治外法権を得、エルサレム王国では免税特権を与えられていた。
東方貿易での活動が活発になるに従って、ヴェネツィア、ジェノヴァとの抗争が激化する。

・13世紀~ 
1284年、メロリア海戦でジェノヴァに敗れ、海上の覇権を失う。以降内陸への進出を図ってフィレンツェと対立する。

・14世紀~ 
1343年、ピサ大学設立。

・15世紀~ 
1406年、フィレンツェに併合される。
1494年、フィレンツェでサヴォナローラの神政始まる。ピサが独立する。

・16世紀~ 
1509年、フランスに頼ってピサの領有を目指していたフィレンツェに再併合される。
1511年、フランスと教皇庁の対立の中、フランス派のフィレンツェがピサで反教皇派の宗教会議を開く。教皇庁がフランスに勝利した後、フィレンツェは責任を取らされ共和制が崩壊する。
トスカーナ大公コージモ1世がピサの振興を図る。

・17世紀~ 
ガリレオ・ガリレイが「振り子の法則」を発見する。その後ピサ大学の講師になり「落下の法則」を発見する。

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