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2005年5月

歴史ジオラマ②

Fi1422841_0e 彼方から現れたフビライ軍がナヤンの陣営を襲撃する。
ナヤンはキリスト教徒で軍旗には十字架が描かれていた。

Fi1422841_1e 戦いは早朝から昼まで続いたが、フビライはトルコ系騎兵のキプチャク軍団を投入、ついにナヤン軍は敗走。
ナヤンは捕えられて殺された。

Fi1422841_2e 東進していたカイドゥは、フビライ軍がモンゴル帝国の旧都カラコルムに達すると軍を引き上げた。
東方三王家の反乱はナヤンの死後も続き1292年に終息。
1294年にフビライが死ぬと、フビライ憎しでまとまっていたカイドゥ派は解体しはじめ、カイドゥは危機感から元軍に決戦を挑んだが1301年に大敗、戦傷が元で死んだ。
やがて元と西方のモンゴル諸王は和睦して平和が訪れた。

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歴史ジオラマ①

~6/5、画像差し替えました。~

以前買ったズベズダ社の1/72モンゴル兵士を使ってジオラマ製作してみました。
歴史物のフィギュアで一度ジオラマ製作したいと思っていたのです。
一応ジオラマのテーマは、1287年陰暦2月?に遼河畔で行なわれたフビライ=ハーンとナヤンとの戦いにしました。東方見聞録に記述されています。
尚、ジオラマ製作に当っての時代考証はデタラメです。私の想像の世界です。

ナヤンは中国東北部を治めていた東方三王家の盟主で、チンギス=ハーンの末弟の玄孫、つまりフビライの従孫。
東方三王家は、モンゴル帝国の後継者争いの際フビライが大ハーンになる事を支持していて関係は良好だったが、日本遠征の負担問題などで不和になり、フビライの皇位継承を認めない中央アジアのオゴタイ=ハン国のカイドゥの反乱に呼応して元帝国を東西から挟撃しようとした。
Fi1422837_0e フビライは、カイドゥとナヤンが合流する前にナヤンを討ち取るため、すぐに召集できる親衛軍47万を動員した。事の深刻さを感じたフビライは帝位継承後はじめて自ら出陣した。

Fi1422837_1e フビライは象4頭の上の輿で移動したという。
今回は象のキットを調達できなかったため、2頭のみ。

1/72の歴史物フィギュアは各社から色々出ていて楽しいが、難点はその素材。
正式名称は知らないが、非常に柔らかいプラスチック。塗装しても乾くとばりばり剥がれてしまう。フィギュア自体が柔らかいので曲げたりすると塗装の皮膜が耐え切れずに剥がれてしまうのだ。
そこで今回はソフトビニール専用のVカラーを使ってみた。Vカラーは皮膜が強い。でもそれでも多少良くなった程度。また色数が少ないので、下地塗装に使って更に上からグンゼやタミヤの塗料を使った。良い塗料があれば知りたい物だ。
こんな手間は抜きにしても、根性のなさから塗装は相当手抜きした。

背景の写真だが、切れ目がくっきり出てしまった。かなり大きな風景写真でもあればよかったが・・・。パソコンでぼかしたりしたが、ほとんど無効。

地面の色。草原の冬を表現したかったが市販のカラーマットはどうしても緑が混じった物しかない。そこで枯草色のターフをばらまいたが量が全く足りず、画像の通り黄緑色になってしまった。
~6/5、ターフをばら撒きなおして一部画像差し替えました。~

以上の通り、かなり不満の多い結果になったが、気が向いたら撮り直したい。

Fi1422837_2e フビライは密かにナヤンの陣営を包囲。
あわてたナヤン軍だったが、なんとか隊伍を整えた。
ナッカールの音と共にナヤン軍40万とフビライ軍47万が激突。

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天上山・伊豆七島でアルプス気分~その7

村に下りると、川では鯉が泳いでいた。





前浜もこれで見納め。
今晩の食料を買って、キャンプ場のある多幸湾に向う。





多幸湾ファミリーキャンプ場。
風呂もあって、なかなか便利な場所だ。
食料は山の反対側、神津島港で買わなければいけないのが難。
久々にテントを張った。
でも日焼けの火照りと、風の音がうるさいのとで、夜はほとんど寝付けなかった。




明けて5日。
眠たくて、多幸湾から上がる朝日を見るのはあきらめた。
朝の多幸湾。
松山遊歩道を歩いていると、熱海行きのジェットフォイルは神津島港からでなく多幸湾から出るという村内放送が聞こえた。
どちらに発着するかは当日にならないとわからない。
これでわざわざ神津島港に戻らずに済む。ラッキー!

ジェットフォイルは早い早い。
あっという間に熱海に着いた。



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天上山・伊豆七島でアルプス気分~その6

最高地点から降りて、白島下山口から下山する。
神津島港側の神津沢が切れ落ちていて、すさまじい光景だ。





白島下山口から降り始める。
眼下の森は不思議な亀裂が走っている。
阿蘇山でも似たようなのがあったような。




森の中は、木々が道をすっぽりと覆い隠していて、
陽射しや雨をしのぐにはもってこいだ。
このような道をしばらく降りると、今度は杉の道。
ひと下りで車道に出た。



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天上山・伊豆七島でアルプス気分~その5

最高地点(572m)からの眺め。
通常のサイズに伸ばして見てください。
海と山が見えて、ちょっと贅沢な気分。
今まで辿った頂上台地の道のりも一望のもとに見える。
白いところは、表砂漠、裏砂漠。
こうして見ると、こじんまりとしていて箱庭のようだ。山のテーマパークかな。
陽射しが強くて、かなり焼けてしまった。後で辛い思いをする事に。




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天上山・伊豆七島でアルプス気分~その4

伊豆諸島の眺めが良い場所。
新東京百景に選ばれたとの事。





不動池。
祠があり、恐ろしい龍神様が祀られているらしい。
落ち着いたいい場所。






ひと歩きすると、最高地点の頂きが見えた。
ここまであっという間に着いてしまったので、頂上でたっぷり休もう。




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天上山・伊豆七島でアルプス気分~その3

千代池はひっそりと静かなところだ。
この辺は潅木のトンネルがあって涼しくて良い。





日本アルプスを歩いているかのような光景。
気分も最高。
遠く、天上山の最高地点に数人の人影が見えた。
早く登りたい。




やがて足元に白い砂が混じりだす。
岩の積み重なった先に、表砂漠が現れた。
ここでランチタイム。
某食料品店で買ったおにぎり弁当、中々塩加減がよろしい。
船の待合所のトイレで入れた水はイマイチだった。
やはりミネラルウォーターを買うべきだった。



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天上山・伊豆七島でアルプス気分~その2

つづれ折りの急な道を登り始める。
道は良く整備されているし、1合毎に標識があって励みになる。
山登りの経験者であれば、あっという間に1合登ってしまうので拍子抜けしてしまうだろう。
眼下には神津島港と美しい街並み。




7合目辺りまで来ると、岩峰が間近に見えてくる。
10合目はどうなっているのか?





10合目に着くと、更なる頂きが待っていた。
展望山というらしいが、時間が気になるので登らない。
近くには、オロシャの石塁というのがあった。
江戸後期に、来航する外国人の侵略から島を守る為に築かれたとの事だった。
一休みして、頂上台地を周遊する。
陽射しがかなり強い。






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天上山・伊豆七島でアルプス気分~その1

伊豆七島の神津島にある天上山に登って来ました。

前夜22:00に東京を出航。
二等船室のリクライニングシートはどうあがいても眠れない。
すぐ真横に座っていた人も、ずっと寝たふりをしていたようだった。

翌朝9:50、神津島に到着した。
画像の中央、台地状になっているのが天上山。




上陸したが、コンビニが見当たらない。
まずは観光案内所で食料の調達場所、詳細な登山地図をもらう。
食料品店に向う途中の前浜の海が綺麗だった。





昼食を調達して港に戻る。
思ったより時間がかかってしまい、時間節約の為タクシーで黒島登山口へ。
今回はテント泊なので、17:00までに山の向こうの多幸湾キャンプ場に行かなければならない。

黒島登山口に着くと、目の前に天上山がそびえていた。
明るい斜面を見ると、登る気力が湧いて来た。




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