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2002年10月

キャンペーン・トゥ・スターリングラード(キャンペーン)第11~20ターン

第11ターン(7月28日~30日)

ソ連軍の増援:戦車軍団、歩兵師団、3個戦車旅団、歩兵旅団、軍司令部。


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地図の上方(東側)。
画像中央やや上のヴォルガ・ドン地峡では、ドイツ軍がソ連軍戦線を蹴散らし2ヘクス程食い込んでいる。
ソ連軍は増援を使ってまた縦深陣地を構築する。
スターリングラード攻撃用の歩兵師団が待たれるところだが、猟兵師団がドン川を渡ったばかり。

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ヴォルガ・ドン地峡

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地図下方(西側)
ロストフを攻撃していた歩兵師団数個がスターリングラード目指して移動を開始。
このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):約1個連隊相当。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約70個師団相当。

第12ターン(7月31日~8月2日)

ドイツ軍の増援:ハンガリー2個師団。
第257歩兵師団(7-9-3)、大ドイツ自動車化師団(12-14-6)の撤退(西部戦線で連合軍の上陸が迫っていると言う情報によりフランスへ)。
ソ連軍の増援:方面軍司令部、2個歩兵師団、戦車旅団、自動車化旅団。

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地図の上方(東側)。
画像中央やや上のヴォルガ・ドン地峡では、すぐに二重戦線を構築するソ連軍に業を煮やしたドイツ軍が、より大きな戦果を求めてドン川と支流ilovlya川の間のソ連軍の包囲に取り掛かった。3個装甲師団がilovlya川西岸に橋頭堡を作り包囲したもののソ連軍の大部分は逃れつつある。

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ヴォルガ・ドン地峡

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地図下方(西側)
特に目立った動きはない。
このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約75個師団相当。


第13ターン(8月3日~8月5日)

ドイツ軍の増援:ハンガリー歩兵師団、ルーマニア騎兵師団。
第9、11装甲師団(12-11-6)の撤退。
ソ連軍の増援:3個歩兵師団。

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地図の上方(東側)。
ドイツ軍はドン川と支流ilovlya川の間のソ連軍を三方から攻撃して壊滅させた。またスターリングラード北方のdubovka付近のソ連軍を攻撃した。

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ヴォルガ・ドン地峡

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地図下方(西側)
画像左側では、ドイツ軍とハンガリー軍がsvoboda近くのドン川屈曲部のソ連軍を壊滅させて橋頭堡を築いた。
ドイツ軍歩兵師団(7-9-3)は戦闘力は優秀だが頭数が足らず、急速な進撃で拡張した戦線を張るのが困難になりつつある。そこで少しでも無駄な戦線を減らす為、屈曲した部分を整理する動きが出る。今回の攻撃もこのような理由からである。
画像右側ではロストフ以南の鉄道改修工事を継続中。
このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約82個師団相当。


第14ターン(8月6日~8月8日)

ドイツ軍の増援:イタリア歩兵連隊、イタリア騎兵旅団。
ライヒスフューラーSS突撃旅団(5-6)の撤退。
ソ連軍の増援:親衛歩兵師団(5-7-3)。第一親衛軍(4個親衛歩兵師団、3個歩兵師団、軍司令部)

ソ連軍親衛ユニットは以下の特徴がある。
・通常戦車ユニットの場合、1つの攻撃に参加できるのは1個戦車軍団+1個戦車旅団のみだが親衛ユニットは無制限。
・孤立しても防御力が半減しない。
・包囲された時の降伏限界値が高い。
・増援による登場の他、戦闘での賽の目によって通常ユニットが親衛ユニットに昇格する。

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地図の上方(東側)。
ドイツ軍はヴォルガ・ドン地峡での攻撃を続行。
画像右側では枢軸同盟軍が残存ソ連軍を掃討中。

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ヴォルガ・ドン地峡

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地図下方(西側)
特に目立った動きはない。
このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約81個師団相当。


第15ターン(8月9日~8月11日)

ドイツ軍の増援:2個イタリア山岳師団(4-6-3)。
ソ連軍の増援:親衛歩兵師団、歩兵師団。

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地図の上方(東側)。
ドイツ軍はヴォルガ・ドン地峡での手堅い攻撃を行なった。
相次ぐ攻撃で装甲師団にも損害が出ている。
画像右側では枢軸同盟軍が残存ソ連軍を掃討中。

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ヴォルガ・ドン地峡

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地図下方(西側)
画像左側ではドイツ軍がかき集めたユニットがボロネジ方面に移動中。
このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約83個師団相当。


第16ターン(8月12日~8月14日)

ドイツ軍の増援:イタリア山岳師団。
ソ連軍の増援:2個親衛歩兵軍団(6-8-3)。

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地図の上方(東側)。
ようやくドイツ軍歩兵師団がスターリングラード近郊に集結し始めた。

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ヴォルガ・ドン地峡

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地図下方(西側)
画像左側ではドイツ軍がボロネジ付近に集結中。
このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約83個師団相当。


第17ターン(8月15日~8月17日)

ドイツ軍の増援:ルーマニア歩兵師団(3-5-3)。
ソ連軍の増援:親衛歩兵師団。

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画像の上方(東側)では、ドイツ軍歩兵師団3スタックがスターリングラードに攻撃開始。装甲師団がスターリングラードに隣接してから24日目にして初の攻撃。
戦闘は左上の大都市ディスプレイに移った。
第一撃でスターリングラード南部の1/2を占領した。しかしドイツ軍は攻撃時に”最大限の努力”を使った為歩兵師団も軒並みステップロスする。”最大限の努力”を使うと戦闘結果をより有利にできるがその分自軍の損害も激増する。ちなみに都市で防御する歩兵タイプのユニットは防御力が2倍になる。
ソ連軍はすぐにスターリングラードに歩兵師団を補充した。
ヴォルガ・ドン地峡ではドイツ軍がdubovkaを占領した。
画像の左下では、ドイツ軍がボロネジ攻略に向けてユニットの配置を調整中。
ソ連軍も対抗して親衛歩兵軍団をボロネジに配備しつつある。
画像の右下では、ドイツ軍の線路改修工事がkushcheyskayaに至った。

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ヴォルガ・ドン地峡

このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約85個師団相当。


第18ターン(8月18日~8月20日)

ソ連軍の増援:親衛歩兵師団、第9予備軍(5個歩兵師団、戦車旅団)。

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画像の上方(東側)では、ドイツ、ルーマニア軍がスターリングラード北部の1/2を占領した。再び”最大限の努力”を使った為、ドイツ、ルーマニア軍も大損害。
北部の戦闘も左上の大都市ディスプレイに移った。
ソ連軍は再びスターリングラードに歩兵師団を補充した。
画像の左下では、ドイツ、ハンガリー軍がボロネジ攻撃の第1段階としてボロネジの右下のドン川対岸ヘクスを占領した。
大河川超えの戦闘は防御側戦力が2倍、ヴォルガ川超えの戦闘は防御側戦力が3倍になる。

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ヴォルガ・ドン地峡

このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約82個師団相当。


第19ターン(8月21日~8月23日)

ソ連軍の増援:親衛歩兵師団。

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画像の上方(東側)では、はるばるロストフから移動して来た完全戦力のドイツ歩兵師団数個が、スターリングラード北部を攻撃して完全占領した。南部は未だに部分占領だが、それでもソ連軍の勝利ポイント取得を妨害できるので、これ以上の戦闘は行なわない。スターリングラードの市街戦は終わった。
ヴォルガ・ドン地峡では、ドイツ装甲師団の積極的な攻撃により戦線を更に1ヘクス北側に進めた。
画像の左下では、ドイツ、ハンガリー軍がボロネジを攻撃してその1/2を占領した。戦闘は大都市ディスプレイに移った。
スターリングラード、ボロネジを部分占領した事により、計画の第二段階は完了した。

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ヴォルガ・ドン地峡

このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約83個師団相当。


第20ターン(8月24日~8月26日)

ソ連軍の増援:歩兵師団、2個要塞化師団(1-5-1)。

ドイツ軍は計画の第二段階が終わったので、今後の作戦をどうするか再考する事になった。勝利を達成するには以下の2案が考えられる。
1.このままヴォルガ・ドン地峡を北進してkamyshinとサラトフの奪取を目指す。
2.最初の計画通り、コーカサス地方に侵攻する。
装甲戦力を集中して大突破、大包囲ができれば1案の達成も夢ではないかもしれない。装甲戦力がコーカサスに行ってしまう2案では、果たしてドン川上流南岸を守り切れるのか?
両案共に困難である事に変わりはなく、コーカサス進軍を試してみたくて2案に決定した。
計画の詳細を詰める。
ソ連軍は現在コーカサス地方に65防御力、黒海沿岸に10防御力の戦力を持っている。ドイツ軍がコーカサス地方に侵入すると更に60防御力の戦力が少しずつ配備されていく。その上他戦線からもユニットが輸送されてくるだろう。
ドン川上流南岸を守らなければならないドイツ軍はたいした余裕などないが、最終的に装甲・自動車化14個師団のうち9個師団と、16個歩兵師団をコーカサスに転進させる事にした。

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画像の上方(東側)では、ロストフから移動して来てスターリングラードを攻撃したドイツ歩兵師団数個が、コーカサス侵攻の為再びロストフ方面に向った。コーカサス地方に入るためには地図盤右下まで移動しなければならず、かなりつらい。
ヴォルガ・ドン地峡では、ドイツ軍は無駄な攻撃を避けてコーカサス侵攻後の配置を模索し始めた。
画像の左下のボロネジ周辺でも、コーカサス侵攻後に備えてドイツ、ハンガリー軍がユニットの再配置を進めた。

このターン迄に壊滅したドイツ軍(補充で回復したユニットは除く):なし。
このターン迄に壊滅したソ連軍(補充で回復したユニットは除く):約84個師団相当。

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