070張掖(甘粛省)

シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その12(張掖・鎮遠楼)

四日目:
今日も夜中から早朝にかけて2時、4時と目が覚めてしまった。最終的に6:38に起きた。
7:50、朝食を食べに三号楼に行く。
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主にお粥を食べる。8:10には食べ終わった。

8:32、出発。
今日は張掖を出て、武威に向かう途中で山丹の漢代長城を観光し、武威では羅什寺、西夏博物館、文廟、雷台を観光し、長い道のりを辿って寧夏回族自治区の銀川に到着して宿泊する。
途中、鎮遠楼(鐘鼓楼)が見えた。
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創建は1507年(明の正徳2年)、1668年(清の康煕7年)に修築された。
楼台の高さ9メートル、一辺32メートル、楼台の上に三層の楼閣があり全体の高さは28メートル。
一層目の東南角に唐代の銅鐘がある。重さ60キロ、高さ1.3メートル、神獣の図案がある。
鎮遠楼は張掖のシンボルだが、明代の創建なのでポーロ一行は見ていない。その為観光から外した。

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シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その11(張掖・大仏寺)

木塔の観光を終え、いよいよ念願の大仏寺を観光する。画像はその山門。
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寺の規模が大きく、仏像も仏殿も大きいため、大仏寺と呼ばれている。

大仏寺は1098年(西夏の崇宗の時代、永安元年)に創建され、5年の歳月をかけ完成した。その時の名を迦葉如来寺と言った。
位の高い国師が一日座禅をしていた所、何かの物音がしたので、三、四尺掘ってみたら碧玉の臥仏一体が出てきた。そこで仏殿を建てたとの事。
その後1103年に臥仏寺、1419年に弘仁寺、1427年に宝覚寺、1678年に宏仁寺の名を時の帝室より賜った。
西夏の皇太后はよくこの寺に来て拝謁、居住したという。
言い伝えによると元の世祖フビライの母后がここに居住し、フビライはここで生まれたという。
明、清の時代には寺の拡張が行われた。
16世紀には境内で四、五千人が同時に拝観できたという。
1966年、大仏寺の中で石碑、銅の仏陀、青銅製の鏡、お経などの貴重な文化財が発見された。
1996年、全国重要文化保護財になった。
2006年、この古刹の歴史的景観を再現し当地の旅行産業の発展を促すため、回復建設管理委員会が発足した。完成予定図を見るとお堂などの他、池や30メートルの仏陀立像が作られるようだ。

ここで有名なのは巨大な涅槃仏とそれを納める大きな臥仏殿、金泥で書かれた大般若波羅蜜多経典、大方広仏華厳経典など。入場料41元。

山門を抜けて西から東に歩いていく。
牌楼があり、両脇に鼓楼と鐘楼がある。
その先には大きな臥仏殿(大仏殿)がある。
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高さ20.2メートル(24メートルと書かれているものあり)、幅45.3メートル、奥行20.6メートル、面積は933.18平方メートル。

中に入ると巨大な涅槃仏が横たわっている。
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高さ1.2メートルの仏壇の上にあり、全長34.5メートル、肩幅7.5メートル、耳の大きさ4メートル、足の大きさ5.2メートル。
木を骨格にして粘土で造られた塑像である。
頭と脚の前には大梵天と帝釈天の立像があり、涅槃仏の後ろには嘆き悲しむ十大弟子の立像、画像にはないが頭と脚の方向には十八羅漢の群像がある。

また殿内には西遊記、封神演義の話を描いた壁画がある。
マルコ・ポーロが見たというこの涅槃仏を、私は入館時間が過ぎるまでずっと眺めていた。
若い係員は私が見終わるまで仏殿を閉めるのを待っていてくれた。

脚元から頭の方向を眺めたところ。
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左下に人間がいるのでこの涅槃仏の大きさがわかると思います。

マルコ・ポーロは

「偶像の中には実際に十ペースにも及ぶ巨大なものがあり、その素材も木あり粘土あり岩石ありといった多様さであるが、一様に塗金されて細工もなかなかすぐれている。
巨像は多く横臥の姿勢をとり、その周囲にはうやうやしくこれにかしずいている多数の小像が取り巻いている。」

と書いている。
「完訳・東方見聞録(平凡社・愛宕松男訳注)」での注釈によると1ペースは約1.52メートルであると書かれているので、マルコ・ポーロが見た「巨像」は、大きなものでも15メートル程度ということになる。
大仏寺の涅槃仏は34.5メートルであるから、倍ほども大きさが違う。
本当にマルコ・ポーロは目の前のこの涅槃仏を見たのだろうかと疑念がわく。

Cさんに聞くと、この涅槃仏は西夏時代に造られたものではないという。
西夏時代に造られた涅槃仏はもっと小さかったと。
では、今の涅槃仏はいつ造られたものなのか?
Cさんに聞き忘れてしまったが、マルコ・ポーロが見たのは西夏時代に造られた小さな涅槃仏、あるいは今はない他の寺の涅槃仏で、目の前の涅槃仏はポーロ一行がこの町を訪れた後に造られたのではないかという認識が私の中では濃厚になった。

ではこの寺でマルコ・ポーロが確実に見たものは何なのか?
それは涅槃仏を納めたこの臥仏殿らしい。
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Cさんによればこの臥仏殿は西夏時代に造られたものだとの事。
という事で、私は臥仏殿の外側正面の木彫壁画を見て回ることにした。
しかし雨風にさらされた壁画は何が描かれているのか良くわからなくなっている。
これは仏様と敬う人々が描かれたように見えるが。
本によると西方聖境(現世を離れ、西方の彼方にある仏の国)図だという。
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これは良くわからない。大きな鳥(鳳凰?)のように見える。
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臥仏殿の入口。これは全くわからない。動物だろうか?
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これも大きな鳥のように見える。
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これも仏様だとわかる。
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臥仏殿の後ろに回る。西側から見たところ。
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臥仏殿の西には大成殿(万聖殿、仏教芸術陳列館)がある。
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この中だったかどうか忘れたが、臥仏が造られる過程を段階に分けて模型で展示していた。中国語の説明でよくわからないものが多い中、わかりやすくて印象に残っている。

大成殿の西側に蔵経殿(仏教経典陳列館、画像右側)がある。
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この中だったかどうか忘れたが、お経を組版印刷している情景を人形で展示していた。

その西側には阿弥陀千仏塔がある。
阿弥陀千仏塔(俗称土塔)。
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チベット仏教様式の塔で高さ33.37メートル。
塔基、塔身、相轮の3部分からなる。明代に建てられた。

18:30、大仏寺の観光を終え、土産物屋で大仏寺の案内書と涅槃仏のポスター、張掖の観光地のポストカードを買った。
今回の旅行は塔の観光が多い。記念に塔の模型がないか探したがなかった。

大仏寺の近くにある張掖賓館にチェックインする。
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風呂の利用は7:00~9:00と16:00~24:00との事。朝食は7:30~9:00。

洗面所と風呂。
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客室。
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19:30、夕食を食べに行く。
張掖操子面の他、ニラと卵入りシュウマイ、揚げ豆腐の炒め物など4品。
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ホテルに戻り、東方見聞録の次の記述を読んでみた。

「カンプチュー市(張掖)をたって五日間の行程を続ける。
この途上は精霊のささやく声が、特に夜間になるとよく聞こえてくる地域である。
東方に向かってのこの騎行五日の後、エルギヌールという王国に達する・・・。」

張掖から武威に向かう途上、特に夜間には精霊のささやきが聞こえるという。
耳をすませて外の物音を聞いてみたが、カラオケで歌う声しか聞こえなかった。
洗濯をして寝た。
今日は大仏寺を見られて良かった。

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シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その10(張掖・概要と万寿寺木塔)

16:24、張掖市街に到着。
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張掖は土地の肥沃さから「金の張掖」と言われる。街も酒泉に比べてひときわにぎやかに思える。
Cさんによると張掖は農業が盛んで小麦、とうもろこしの他、甘粛省では唯一米が採れるそうだ。農業用水は黒水河から、飲料水は地下水を利用している。

歴史については酒泉の記事で書いた内容と同じと思われるのでここは割愛します。

東方見聞録にはこのように書かれている。
「カンプチュー(甘州)もタングート大州内の都市であるが、大州の首府であり統治の中心であるだけに、規模も大きく非常に立派な町である。
住民は偶像教のほかに若干のイスラーム教徒・キリスト教徒を含んでおり、キリスト教徒は城内にりっぱな教会堂三所を持っている。
偶像教の寺院・僧院も数多く、そこには例のごとく無数の偶像が安置されている。
これら偶像の中には実際に十ペースにも及ぶ巨大なものがあり、その素材も木あり粘土あり岩石ありといった多様さであるが、一様に塗金されて細工もなかなかすぐれている。
巨像は多く横臥の姿勢をとり、その周囲にはうやうやしくこれにかしずいている多数の小像が取り巻いている。
・・・なおここに付記しておきたいのは、ニコロ、マテオ、マルコの三氏が途上このカンプチュー市にまる一年間逗留してある用件に従事したことであるが、その委細はここに書く必要もないから省略する・・・」
張掖はかつて甘州と言われ、甘粛省の甘は張掖を表している。
タングート大州は元朝の行政区画で甘粛行省を表しているが、モンゴルに滅ぼされたタングート族の国、西夏の旧領を示している。

大きな広場ではバスケットボールの試合を行っていた。
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まずは広場に面した万寿寺木塔を観光する。
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6世紀の隋代(北周と書かれているものあり)に創建され、現在の塔は1925年に再建された。
九階建て(高さ32.8メートル)で上から見ると八角形をしており、七階まではレンガ造り、八階と九階は木造になっている。
ポーロ一行がこの町に来た時と同じ姿形なのかはわからない。
下から見上げてみる。
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一階には仏像が安置されている。旅の安全祈願をした。
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上へ昇れるが、このように梯子のような急な階段をいくつも昇らなくてはならない。
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運動不足の体にはきつい。また内装は近代化されていてちょっとがっかり。
見下ろすとこんな感じ。
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九階に上がったが転落防止用と思われる網目状のハリガネが全面にはりめぐらされており、見晴らしはいま一つ。
画像は網目の隙間から見た広場。
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こちらはこれから観光する大仏寺を見たところ。
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シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その9(黒水国城堡遺址)

駱駝城の観光を終え、張掖に向かう途中。
集落や畑が続く道を車で走って、13:53、昼食を食べる。
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4品頼んだ。おなじみトマトと卵の炒め物、炒飯。
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肉うどんなど。
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14:37出発。

15:11、臨沢(临泽)県を通過。
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15:36、黒水国城堡遺址に着いた。
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Cさんによると、ここは漢の城跡か、敵対する匈奴の建てた黒水国の都かのどちらかだという。
もとは黒水河のほとりにあったが、明代になって黒水河の流れが変わり放棄されたという。
一辺が二百数十メートルと小さく、先程の駱駝城と比べるとだいぶ見劣りする。
ただしこちらのほうが造られた時代がずっと古い。だから有名なのだろう。
城の一角にある櫓跡の入り口。
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入ろうとしたら多数の蜂の羽音がぶんぶんする。危ないと思い入らなかった。
すぐに出発。
16:14、黒水河を通過。

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シルクロード河西回廊・寧夏旅行~その8(駱駝城)

酒泉を出て高速に乗り張掖方面に向かう。
南に雪を頂いた祁連山脈が高々とそびえている。
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祁連とは匈奴の言葉で天を意味するそうだ。
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10:50頃、ゴビ灘が続くようになった。
今年は雨が多く、緑(ラクダ草)が多いとのこと。
彼方に万里の長城と烽火台が続いているのが見える。
11:06、清水通過。
11:30、山上に烽火台が見える。
11:36、梧桐泉で高速を下りる。
11:43、目的地である駱駝城の看板を見つけた。それから駱駝城が中々見つからず探し回る。
12:20、遠くに駱駝城の遺跡を見つける。
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車は入れないので降りて徒歩で向かう。
Cさんによると、駱駝城は4世紀末~5世紀前半に甘粛省に存在した北涼の都だとの事。
まだ遺跡まで遠い。照り返す日差しの中、大きな溝や乾ききった地面を歩いて少しずつ遺跡に近づいていった。
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城壁や櫓らしきものがだいぶ近づいてきた。
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城壁の向こうには何があるのだろうか?
城壁によじ登って城内を見渡した。
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中には何もなく乾燥した大地が広がっているだけ。
まれに瓦らしき破片が落ちていた。
奥に四角く城壁に囲まれた場所がある。そこが城の中心かも知れない。行ってみる。
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来ては見たものの、何も残っていないようだ。
だがちょっと探検気分を味わえて面白かった。
もと来た道がわからなくて車のある場所に帰れるか心配だったが、Cさんはちゃんと覚えていて助かった。
13:23出発。

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