067敦煌(甘粛省)

敦煌・西安旅行(敦煌を出発~西安で昼食)

8月24日
7:30起床。昨日と同様早朝は雨、後曇り。
今日は敦煌を離れ西安に向う。今回のツアーは敦煌がメインなので西安はおまけなのだが、おまけと言うには存在感ありすぎの兵馬俑坑が待っている。
8:30、レストランにて食事、その後チェックアウト、両替、9:02にホテルを出発。
敦煌の景色もこれが最後、車窓から目を凝らす。
9:20、敦煌空港 40 09' 53.47"N 94 48' 05.58"E 着。
来た時は真っ暗で見えなかった空港周辺の景色を初めて見た。と言っても広場があるだけ。
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空港使用料50元を払い9:35に入場、現地ガイドのJさんと別れる。明るい性格の良いガイドだった。
搭乗時間まで40分あるので狭い搭乗ロビー内のみやげ物屋を行ったり来たり。
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1袋20元のドライフルーツを買う。
10:20、MU2503便に搭乗。
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滑走路を歩くと空港の建物以外何も無い大平原。二日目のゴビ灘を彷彿とさせる。
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10:52、機内食。辛い味付けの鶏の唐揚とご飯、ソーセージの入ったパンと菓子パン。
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12:27、西安咸陽国際空港着。こちらは雨だった。
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空港の外に出ると日本の夏を思わせるような蒸し暑さ。敦煌の乾いた空気が懐かしい。
現地ガイドのGさんに会い、12:48出発。
13:01、机場賓館餐庁にて昼食。
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機内食を食べたばかりだが食べなきゃもったいない。トマトと卵の炒め物、瓜とハムを炒めた物、小豆とふきを炒めた物、マーボー豆腐、挽肉と玉ねぎの炒め物、
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チンゲン菜の炒め物、とうがんと挽肉の炒め物、鶏肉の醤油煮、中華ソバ、ご飯、スイカ。いつもの事だがご飯は人気が無い。贅沢な話だが日本のコメより味が落ちぼそぼそしていて食欲をそそらないので誰も箸をつけない。
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敦煌・西安旅行(鳴沙山観光)

19:53、私にとって最も期待するイベント、そして敦煌での最後のイベント、鳴沙山観光が始まる。
植樹した場所は鳴沙山の砂丘が目の前に見え否が応にも期待感が高まる。
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鳴沙山は敦煌中心部から南5キロにある砂丘群である。名前の由来は、砂地を踏むと音が鳴るからとか、昔軍隊が砂嵐で生き埋めになり地中から太鼓の音が鳴るからと言われている。
衝立状の門
40 05' 32.84"N 94 40' 33.64"E を潜ると
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南側に延々と連なる砂丘が目に飛び込んできて見事の一言に尽きる。
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記念撮影。
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鳴沙山のパノラマ。
右には観光客を待つラクダの群れ。
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我々もラクダに乗って月牙泉まで行く。
ラクダは大変穏やかな動物で近づいても眠たそうな目でじっとしゃがんでいるばかりだ。
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あぶみに足をかけて勢い良くまたがる。ラクダが立ち上がる時の体が持ち上がる感じが良い。歩き始めるとお尻への衝撃がきついがすぐに慣れる。
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目の前ににょきっと突き出たこぶを不思議そうにさする。単なる肉のかたまりのようだ。月牙泉までは15分のルートで、小さな谷を越える前半は砂漠の雰囲気があってよいが後半は鳴沙山山麓の緑が豊富な人工池を通る為興ざめである。
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20:30、月牙泉 40 05' 14.12"N 94 40' 09.43"E に着くとここもまたラクダの群れでいっぱいだ。月牙泉と脇に立つ楼閣が夕日に照らされ美しい。
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さっきまで明るかったのにもう薄暗くなっている。まわりを囲む鳴沙山には無数の人が蟻のように尾根を目指して登っている。
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北側の尾根だけ砂丘形成の調査の為、登山禁止になっている。

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手短な尾根目指して登り始める。
下るときの砂すべり込みの料金が20元。斜面には歩きやすいように木道が渡してあるが、どうしても砂地を歩いてみたくて試すがやはり大変。
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15分かけて息を切らせて尾根に辿り着くと思わずへたり込む
40 05' 02.99"N 94 40' 31.72"E
辺りはもう暗くなっていて遠くの砂丘の様子はほとんど見えない。眼下の月牙泉や鳴沙山の入口とそこから敦煌市街に伸びる道路の明かりだけが見えた。
果てしなく広がる砂丘を見れなかったのは非常に残念だ。
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ここの地面は陽関付近と違って乾き切ったさらさらの砂だ。
尾根から少しでも外れると蟻地獄にはまったようにまともに歩けない。
炎天下の中、こんな所を歩いていたらたちまち体力を消耗してしまう。昔の旅行者にしてみればラクダと十分な水を準備してこそ成り立つ旅だったのだろう。

日が落ちて涼しくなった事もあり、四方に広がる砂漠を眺めながらしばらくここにいたいと思ったが、観光時間のリミットは刻々と迫る。
仕方なく砂すべりの乗り場に急ぐ。係の兄ちゃんが「ピャオ、ピャオ」と言うので何の事かと思ったら20元と引き換えにもらったチケットを見せろと言う事だった。
滑り方を教わり恐る恐る滑り始めると思っていたよりスピードが出ない。のんびり降りる事が出来て気分は良かったが下の方に来るととうとう止まってしまった。
この後は再びラクダに乗って入口に戻る。
すっかり暗くなっていたので周りの景色は望めず、来る時にもっと写真を撮っておけばよかったと後悔。
でも月牙泉に設置してある強力な照明によって出来た砂漠にゆらめく我々とラクダの影は、大変幻想的で思わず見とれてしまう。ちょっとの間だったが、昔の旅行者の夜の砂漠の旅気分を味わう事ができて満足だった。
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入口に着くと、ああこれで敦煌の観光も終わってしまったか、と少し寂しい気分になった。
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21:26に鳴沙山を出る。
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今回の旅で何回も通りかかった市中心部のロータリーに立つ敦煌市のシンボル、反弾琵琶像を眺めながら、楽しかった旅の終わりを想った。
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21:56、ホテル着。着衣を洗濯したら大量の砂が出てきた。テレビを見てから23:27に寝た。

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敦煌・西安旅行(夕食~砂漠化防止の為の植樹)

18:23、ホテルのレストランに戻って夕食。
鳴沙山でラクダに乗る前に、ラクダの掌の煮込みを食べる。
出てきた料理は人参のきんぴら、にがうりの炒め物、チェリートマト、ミミガー?とピーマンと葱の炒め物、茄子の炒め物、レバーの炒め物、北京ダック、シシカバブ、鶏肉の醤油煮、きしめんのような平べったい麺の料理、
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棗の砂糖漬け?
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細切れの麺と人参が入ったスープ、揚げ饅頭、蒸饅頭。

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肝心のラクダの掌の煮込み料理は「雪山駱駝」と呼ばれ祁連山脈を模した白いメレンゲの横にラクダ肉が盛り付けてある。
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ラクダの掌肉はほとんどがゼラチン状で歯ごたえがない。味も煮こごりのようで要するに素材そのものに味はないのだ。美味いとは言えないが話の種にはなるだろう。
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19:25発。

19:45、鳴沙山の近くで砂漠化防止の為の植樹を行なう。動物や妖精の張りぼてが飾られた変な場所を分け入って行くと植樹をする場所に着く。一人一本ずつ木を植えて名前の入ったプレートをつける。感謝状をもらう。なんか良く分からないけど良い事したような気分になる。
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敦煌・西安旅行(絨毯博物館~夜光杯作坊~敦煌民俗博物館)

16:10、市内の絨毯博物館?に着いた。
まず絨毯の工房で実際に織っている姿を見る。
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織機にかけられた細かい糸を器用に拾っていかなければならないので、指が細く目が良い人でないと勤まらない。
日給は500元、出来高の良い人は更にもらえる。
大きい絨毯は1年がかりだそうだ。
絨毯売り場に入ると大小様々な絨毯が並んでいる。
シルクロードのキャラバンの図柄のものに引き付けられたが40万円、値引きして30万円。良く出来ているだけあって高い。

16:42、隣の「夜光杯作坊」に入る。
まずここで扱っている夜光杯がニセモノで無い事の証明をしてくれた。磁石を近づけると本物の夜光杯は引き寄せられる。
どうやって細かい部分の形を整えるのか?の質問に、「ざらざらした紙」との答。「紙やすりか?」と言うと皆商売熱心なのかこの日本語を覚えようと「カミヤスリ」を連発する。
売り場に入ると素材の良さで精品、特級、一級などと仕分けられている。
一番小さなサイズで精品が1500円、特級が600円。
工房、売り場ともなぜか美人が多い。夜光杯を買うなら一度覗いてみては如何だろうか。
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ドライフルーツも売っていたが3袋1000円、なぜか4袋100元。
17:21発。
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17:26、鳴沙山近くの敦煌民俗博物館に入る。城郭を復元した建物だ。
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敦煌の家庭の暮らし振りが展示されている。寝室、
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婚礼の部屋、神様が祭ってある礼拝所。
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客間には安徽省西逓村の民家で見た帽子掛けがあるが、ちょっと違うのは敦煌の場合砂よけの帽子入れが用意されている事。基本的に中国本土とかわらず敦煌が中国文化圏の内側にある事を確認できた。
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さて東方見聞録では沙州(=敦煌)の章で中国人の風習を細かく記述している。
中国人は死ぬと皆火葬で、紙でできたお金などを一緒に燃やすというものである。
この件をガイドに聞いてみたが敦煌では皆土葬で、当然紙でできたお金を燃やす事も無い。
マルコ・ポーロが火葬の話を沙州の章で述べた理由はわからないが、恐らく沙州に着いた時、初めて中国に着いた事を実感したからではなかろうか。18:16発。

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敦煌・西安旅行(昼食と莫高窟その2・特別窟の観光)

11:45、ホテル着。10分後昼食の為市内のレストランに向け出発。
12:05、菜根香というレストラン着。
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奥にある綺麗な別室で食事する。トイレも綺麗。出てきた料理は人参とワカメのきんぴら、チンゲン菜の油炒め、蒸した鶏肉、セロリと人参を炒めた物、蒸饅頭、トマトと卵の炒め物、ピーマンと鶏肉を炒めた物、
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牛肉の石焼、薄味スープの麺料理、鶏がらと香菜の入った薄味スープ。
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それと西涼ビール。飲み食いしながらこれでもう今回の旅行の日程が半分終わっちゃったなどと話す。
12:51、レストランを出る。
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13:18、莫高窟着。気温は30℃。午後は特別料金のかかる特別開放窟を観光する。ガイドするのは昨日見所を説明したYさんである。

156窟:張議潮出行図、宋国夫人出行図。視察に出る宋の役人の行列が描かれる。軍楽隊、舞楽隊・・・とにかく絵が緻密。なぜ特別料金を払うのか一目でわかった。絵の美しさが一般窟の比ではない。
158窟:15.5mの横臥した涅槃仏、その周りには釈迦の死を嘆き悲しむ弟子や各国の王の壁画。涅槃仏の安らかな表情に癒されついつい見とれてしまう。造形の妙とでも言おうか。着衣の流れるようなラインも実に美しい。囲む弟子には二種類いて、何事も無かったかのように安らかな表情をしている人と、顔をゆがめ嘆いている人。前者は既に悟りを開いている者とされる。各国の王はそれぞれの国の方法で耐えられない悲しみを解決しようとしている。耳を削ぐ者、鼻を削ぐ者、胸に剣を突き立てる者。表情、色彩が豊か。1200年前のものとは思われない。涅槃仏の台座には、死を喜び踊るバラモン信者達。
159窟:本尊は無くなっているが回りの比丘、菩薩、天王像6体が残る。しかし素晴らしいのは壁画。文殊変、普賢変で、伎楽を奏する者、剃髪する者、歯を磨く者・・・とにかく細部まで描きこまれている。
220窟:壁画の阿弥陀経変、薬師経変、維摩詰経変。通常退色して黒くなる肌色が、この壁画の阿弥陀仏は美しい肌色のまま。楽器を演奏する人、燭台に灯を点す人。演奏者の肌の白さ、演奏される様々な楽器、燭台にぶらさがる皿ひとつひとつの細やかさ、美しさが印象的。
217窟:壁画の観無量寿経変、法華経変。インドへの巡礼者の一行、蓮華から生まれる子供たち、仏のまとう衣、どれも緻密な描き方だ。
254窟:壁画のサッタ太子本生図、シビ王本生図。修復作業中でコピー版の下絵が描かれていた。飢えて弱った虎の親子に我が身を捧げる「捨身飼虎」はストーリーの進行順に描かれておらず独特な画面構成になっている。描き方は退色の影響によるものか油絵のようである。釈迦をたぶらかす魔物の絵も面白い。
275窟:交脚菩薩坐像。日本の仏像に見られない独特の座り方をしている仏像で、衣のラインがよく表現されている。
285窟:天井にはコンパス、定規、墨壷を持った神様、風神、雷神が描かれた中国神話図像。五百人の盗賊が役人に捕まり拷問を受け、その後仏様の導きで帰依し五百羅漢になる謂れを描いた五百強盗帰仏因縁図は、4コマ漫画のようなストーリー順の構成でわかりやすい。
57窟:阿弥陀説法図、その周りに千仏。観音菩薩は莫高窟の二大美人と言われるだけあって紅が入った肌色の美しさ、伏目がちな表情、身にまとう金色の装身具のあでやかさに見とれてしまう。側にいる比丘の流し目も色っぽい。
45窟:釈迦如来、阿難、迦葉、菩薩、天王の立像が並ぶ。唐時代の塑像の最高傑作と言われ、特に菩薩は莫高窟の二大美人の一つとして有名でみやげ物の絵やTシャツ、プレートなどに最も多く描かれている。当初この窟は観光予定に入っていなかったが、ツアー客の一人がぜひ見たいという事で200元の追加料金を払って見たものである。その価値は十分にある。
窟内に入ると他の窟にはない変わった匂い。原因はわからないがすぐに慣れた。肌の白い菩薩は薄暗い窟内で際立って見え、まるで生身の人間のようななまめかしさを感じる。礼拝する位置にかしずいてこれらの仏像を見上げるとこちらに向って語りかけてくるようである。
壁画の観音普門品は信仰心の篤い人々を観音様が救済する様を色々と描いたもので、特に盗賊の難を逃れた西域の商人の風俗、荷物は当時のシルクロード旅行者の姿を知る上で興味深かった。

これで莫高窟の観光は全て終わった。
気になったのはガイドさんが窟内で長居をしたくないように感じられた事だった。
最初は観光時間の遅れを心配しているのかと思ったが、帰国後新聞記事を読んで別の理由かもしれないと思うようになった。
その記事には、莫高窟関係者は観光客を歓迎するが窟内の観光時間を減らしたがっていると書かれていた。理由は壁画の保護である。
そこで窟内の様子をスキャンしてデジタル化し、それを投影した擬似窟でじっくり見られるようにして本物の見学は大幅に時間短縮しようという計画があるらしい。

15:25、先程の本屋・みやげ物屋に立ち寄った後、莫高窟を後にした。
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敦煌・西安旅行(莫高窟その1・一般窟の観光)

8月23日
6:00時に起きた。
窓の外の天気は曇り。明け方雨が降ったようである。
7:35、ホテルのレストランで朝食。
昨日このレストランで食べれなかった麺料理にありつくことが出来た。麺はその場で手打ちで作っている。麺職人が引き伸ばした麺を手で捌く姿を間近で見ながら、麺料理はマルコポーロが中国にもたらしたのか、イタリアに持ち帰ったのか、という議論を思い出した。
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8:04、ホテルを出発。
今日は世界遺産である莫高窟へ、その後期待の鳴沙山を観光する。
天気も晴れてきたようだ。沿道にはトウモロコシ畑が続く。
途中お墓があった。盛り土の形が長方形は未婚、丸型は既婚らしい。
8:30、莫高窟の駐車場に着いた 40 02' 31.26"N 94 48' 26.88"E 。
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右側には干上がった大泉河のほとりの崖に点々と百近くの洞穴がある。かつては莫高窟の職人が暮らしていた。
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みやげ物屋が並ぶ建物 40 02' 28.57"N 94 48' 27.39"E を抜けてチケット売り場の前を通る 40 02' 26.24"N 94 48' 26.69"E 。
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普通はここで莫高窟の専門ガイドを頼むらしい。
舎利塔が立ち並ぶ宗教的な雰囲気の道 40 02' 24.32"N 94 48' 26.71"E を進むと
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大泉河にかかった橋を渡る 40 02' 22.01"N 94 48' 24.05"E 。
大泉河の河岸には日本には無い様々な形の仏塔、祠のようなものが立ち並んでいて、干上がって荒々しい河床をさらけ出した大泉河と彼方に見える皺だらけの山肌と相まって、神秘的な光景を見せてくれる。ここは日本とは異質な世界である事を改めて実感する。
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橋を渡ったところには唐の時代に作られた門がある 40 02' 22.24"N 94 48' 21.11"E 。
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道をまっすぐ進むと二番目の門がある。
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入って右手に荷物預かり所がある 40 02' 23.16"N 94 48' 15.96"E 。
懐中電灯のレンタル3元(保証金10元)、荷物預かり料は2元。
正面には莫高窟の各石窟の入口が立ち並ぶ高さ15m~30mの岩の壁があり、左右に全長1.6キロも続いている。
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莫高窟は柵で仕切られていて正面にある入り口から入場するようになっている。
カメラは持ち込み禁止なので、入場する前に左にしばらく歩いた所にある莫高窟のシンボル、九層楼 40 02' 14.29"N 94 48' 12.78"Eの前に行き記念撮影をしたり各々写真を撮ったりする。
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9:08、もと来た道を戻り莫高窟に入場する。
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莫高窟の専門ガイド、Rさんが同行する。莫高窟の観光は専門ガイドが同行しないとできない。専門ガイドは当然のことながら莫高窟について勉強を重ねた人たちだ。観光シーズンともなると予約が大変困難らしい。当日申し込んでも無理だとの事。
今回は岩壁に穿った735個の石窟のうち開放されている窟から更に選ばれた20窟を観光した。
午前中は一般開放窟10窟。

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:外から見た時はわからなかったが中は意外と広い。4m位の仏像と壁面にびっしりと描かれた千仏。下の方の仏は異教徒により目が潰されている。
17窟:敦煌が世界に知れ渡る原因となった窟 40 02' 29.89"N 94 48' 17.51"E 。1900年に16窟を清掃中の道士が密封された17窟を愚然見つけ、中にあった大量の写本、仏画をイギリスのスタインに売り渡した。その後もフランスのペリオ、日本の大谷探検隊、ロシアのオルデンブルグ、アメリカのウォーナーが訪れ仏像、写本、絹画、壁画を持ち去った。ペリオが各石窟に書いた番号が今も残っている。今は唐の高僧こうべんの坐像があるのみ。紙幣が何枚か供えられていた。
328窟:釈迦と4大弟子の像。4体の供養菩薩のうち1体はウォーナーが持ち去ってここにはない。
427窟:3m位の一仏、二菩薩。壁面にびっしりと千仏。千仏の顔は金箔で鮮やかな金色。ほとんどはロシア人に剥がされて残っていない。
428窟:スダーナ太子本生図とサッタ太子本生図(捨身飼虎)。インド人らしく立体感のある顔の描き方。
259窟:釈迦の前身である2人の仏が並んでいる珍しい仏座。北壁の禅定仏は微笑を浮かべ東洋のモナリザと称される。
237窟:前室に二重壁画がある。
96窟:莫高窟のシンボル、九層楼の中にある窟で35mの大仏坐像がある。余りに大きすぎて見上げても鼻の穴しか見えない。唐、西夏、元、各時代の地面(石畳)が保存されている。
130窟:高さ26mの弥勒仏坐像。壁面両側にも変色して黒くなったと思われる仏立像の巨大な絵。
148窟:前室の両側に金剛力士像、主室に14mの横臥した涅槃仏。取り囲む83体の弟子立像が色彩、表情豊かで面白い。但し後世に修復された物だとの事。

10:45、ここで午前の観光を終わり莫高窟の敷地内の本屋に立ち寄る。
商品には全く期待していなかったが、たまたま「Tracing Marco Polo’s Northern Route」という本が目に留まった。
もしやと思ってページを開くとやはりマルコポーロのシルクロード旅行のルポルタージュで本文は英文ながら写真も豊富だ。
このようなマルコポーロの辿った道を忠実に再現するという企画本は、喉から手が出るほど欲しい。最近ではナショナルジオグラフィック社から「再見マルコポーロ 東方見聞録」(マイケル・ヤマシタ著)という全行程を辿った写真集が出ているが、今回の本は中国シルクロード限定ながら写真の数はずっと多い。
貼ってある値札シールには「¥420」とある。日本円で420円?安いなあと思ったが日本円で表示されているはずが無い。
聞いてみるとやっぱり元。でも420元だと日本円で6300円?100ページ足らずの本なのに高すぎる!
出版社を見るとhong kong china tourism pressとあり香港の本のようだ。日本に帰ってから探したほうがもっと安く手に入るかもと考えたが、もうお目にかかれないかもと思うと諦められない。
もっと安くしてくれと言ったが結局5600円より安くしてくれず、この値段で買ってしまった。
まあ、莫高窟で手に入れた本という事で思い出にも残るでしょう。
11:25、本屋を後にする。

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敦煌・西安旅行(莫高窟講義、農家園で夕食、ナイトバザール散策)

陽関博物館のトイレに立ち寄った後17:08発、ホテルに18:00に着いた。
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部屋で休む間もなく18:20、南楼の向かいの貴賓楼で莫高窟の見所について主任研究員のYさんから説明がある。
莫高窟は敦煌の中心部から東南25キロの場所、鳴沙山のふもとにある。色々な時代の色々な人が作った寺院=石窟の集合体で、石窟の数は735窟あり千仏洞と呼ばれる。
造営された時代は4世紀~14世紀。
さすがプロだけあって明日特に注目すべき仏像や壁画についての話が次から次と淀みなく出てくる。
期待した元時代の石窟は技術的に高くなくしかも開放されていないとの事。残念だ。
また各石窟は特定の僧侶のみ入室を許された訳ではなく一般の人も参拝していたとの事。
東方見聞録には「多くの寺院・僧院があって、そこにはありとあらゆる偶像が所狭しと安置されており、人々は多量の犠牲を捧げてこれを信仰し崇拝している」とあるが、マルコ・ポーロも莫高窟を訪れたのだろうか?
尚、Yさんは市内の大変立派なマンションに住んでいた。

19:35、敦煌賓館直営の緑に囲まれた農家園にて夕食。
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到着すると店員がなにやら大声を上げるのでびっくりする。客の到着を知らせているのだ。
これを合図に中国の伝統楽器の演奏が始まる。演奏している胡弓もそれぞれ形が違っていてどんな音が鳴るのか興味深い。
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料理はと言うと鶏肉と棗の煮物、きくらげとしいたけとピーマンの炒め物、鶏肉の醤油煮、ふかしたサツマイモと人参、ミニトマト、胡瓜、
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チンゲン菜の炒め物、肉団子とマロニーのような麺の入ったスープなど。
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食事の後、市内のナイトバザールに出かける。

20:45、ナイトバザール入口に到着。
まずは色とりどりの果物の屋台、そして水槽になにやら得体の知れない魚介類、
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香辛料屋ではおばさんが一生懸命赤唐辛子をすり潰している。
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やがて夜光杯の店が軒を連ね、ラクダのぬいぐるみや木彫りの仏像など置物の店が並ぶようになる。
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店の数は多いが概ね今述べたような店ばかりで割と単調である。
もっと奥にはシシカバブの屋台が立ち並んでいたがそちらにはいかず。
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途中スタイルの良い細身の女の子に声を掛けられるが無視。風俗営業のようである。
その後私は一人先にホテルに帰った。

21:09、ホテル着。洗濯をして風呂につかり22:00頃には寝た。

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敦煌・西安旅行(陽関烽火台周辺)

16:15、バスは烽火台側の陽関文物管理所の前に着いた39 55' 39.84"N 94 03' 31.35"E
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門をくぐるとそこは赤茶色の砂に覆われた別世界。
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砂の上に立つ渡り廊下から見える砂漠の景色に興奮する。ガイドの、西の楼閣に登るともっとすごいよ、の声に促され高台の楼閣に登ってみると息を呑むような景色が広がっていた。西から東南にかけて、地平線まで人工物が全く無い砂漠だけの世界。赤茶けた大地に点々と散らばるラクダ草の緑がはるかかなたまで続いている。日本ではアルプスの最奥部に登ってさえ山小屋などの人工物が目に付くのに、そんなものは何も無い。この瞬間、今回のツアー代の元は全て取れたと思いました。マルコ・ポーロの一行は西域南道を辿って敦煌に着いたのだからこの陽関付近に来たはずで、この砂漠の奥から彼らが来たと思うと感慨深い。
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いつまでも眺めていたいが観光の時間は限られているのでそうもいかない。私は砂漠の真っ只中を歩いてみたいという夢をかなえるべく、高台から砂漠に向って駆け下りた。時間が許す限り、南に向けて歩いていった。
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地面は少し湿り気があり、砂漠と言うより土漠に近い。
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タイムリミットが来たので仕方なく引き返す。
西北に目を転じると先程の陽関博物館の城郭が遠く砂の上に浮かんでいる。こうして見るとあそこに城郭を復元したのは全くの正解。シルクロードが栄えた昔もこのような幻想的な眺めだったのではないかとロマンを掻き立てる光景だ。16:45発。
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敦煌・西安旅行(陽関博物館)

15:07、陽関博物館に着く。
陽関博物館は陽関、玉門関、中国シルクロードに関する事物を陳列した博物館で2003年にオープンしたばかり。何故か周りを城壁が取り囲んでいて昔の城を復元した造りになっている。
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広さは実に10万平方メートルで昔の兵営を再現したパオ(宿泊可)や物見櫓が立ち並ぶ一角もある。博物館というよりテーマパーク。
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シルクロード館に入ると入口では漢帝国の兵士と将軍の等身大の人形がお出迎え。
館内には河西四郡の昔の砦の模型やこの辺で出土した?唐三彩、東ローマ帝国のコイン、昔の武具、農具などの陳列、霍去病(張騫の情報を得た武帝の命令で匈奴を撃滅した漢の将軍)やマルコポーロなど中国シルクロードの著名人の紹介が行なわれている。
シルクロード館を出ると中央の広場には張騫(匈奴を挟撃すべく漢の武帝の命令で同盟国を探しにアフガニスタンまで行った人で西域の詳細情報を中国にもたらした人)の大きな騎馬像。
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更に奥に進むと陽関通関式イベントの始まりである。
昔の役人姿をした館員が我々一人一人に「間諜」???と書かれた通関証を手渡す。中には私の名前と日付、承認した役人たちの印鑑、たぶん西域への通行を許すという意味の漢語が書かれている。
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お役人と記念撮影した後通関証を出口の門番の兵士に見せて印を押してもらう。
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役人も兵士も照れくさそうだった。
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晴れて出口を出ると今度は天女の扮装をした踊り子6人が舞を披露。
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踊り終わると我々に夜光杯(祁連山で産出する石を削って作った緑色をした杯で月の光にかざすと妖しく光って見える)に酒を注いで手渡した。ガイドによるとしきたりでは3杯飲み干さなくてはならず、かわいい踊り子たちを目の前にして気が強くなったか勢いで3杯飲んだ。その後踊り子と記念撮影。
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さて目の前には陽関の唯一の史跡である烽火台が立っているが、簡単に歩いて行ける距離ではない。
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ここから中国風の屋根のオープンサイドの観光バスが往復しているのだ。20元取られる。烽火台に行ってこそ陽関に行ったと言えるのにツアー代金にこのバス代が入っていないのは不思議。
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敦煌・西安旅行(陽関農家園で昼食)

12:54、玉門関に戻った。

トイレに立ち寄った後、南方約60キロの陽関に向った。

朝走ってきた道とは少し違う道だった。

途中集落の中を通る。敦煌近郊はゴビ灘しかないと思っていたが所々立派な集落もあるようだ。

車は猛スピードでゴビ灘の中の一本道を快適に南下して行きやがて右手に陽関の烽火台が見えた。

またトルファンで見たような箱型の葡萄干し場が現れた。

14:15、陽関農家園着。

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ポプラ並木が続く街道沿いのレストランで昼食を摂る。

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最初案内された部屋は一番良い部屋らしいが白壁に囲まれた病室みたいな部屋で食欲がなくなりそうだ。

部屋の外に葡萄棚がありその下で食事している家族がいたので、他のツアー客と相談のうえ葡萄棚で食事する事になった。

葡萄棚は青々と生い茂った葡萄の葉が周りを緑に染め上げさわやかな雰囲気だ。
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たわわに実っている葡萄は下についている実が一番甘い。そのせいかどの葡萄も先の部分の実がもぎとられてなかった。
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運ばれてきた料理はナンに似たバオビン、トマト、カボチャ、とうもろこし、ピーマンと鶏肉の醤油炒め、鶏がらスープの麺料理。
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麺は給仕の女の子が器用にくるくるっと箸に巻き取って一人一人のおわんに入れる。真似したがうまくできなかった。

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