063ホータン、ケリヤ(新疆ウイグル自治区)

シルクロード西域南道旅行(ケリヤ・旧市街とモスク)

20:25、ケリヤ市街に入った。おなじみ、コルバンさんと毛沢東の像が見える。
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東方見聞録にはこうある。
「住民はイスラーム教徒で、カーンに服属する。
多くの都市・集落が存するが、その中でももっとも立派な都市がペムといってこの王国の首府である。
国内には碧玉・玉髄を多量に産出する河川が数条流れている。
物資は何品によらず豊富で、木綿の産出がことに多い。
住民の生業は商業・手工業である。
ところでここに一言どうしても付加したいのは、次のような奇妙な習慣がこの地にあることである。
すなわち既婚の男子が妻を残して単身旅行に出かける際、もし不在期間が二十日以上にも及ぶ長期の場合なら、その妻は夫が出発すると同時に、別の男を夫にするのであって、これが土地の習慣なのだから別に咎めを受けないですむし、他方その夫の方でも行く先々で別の妻を持つことが許されているのである。
ところで以上述べ来たったカスカール以降の諸地方、並びにこれから通過しようとする諸国はすべて大トゥルキーの一部をなしていることをご承知願いたい。」

玉石についてはホータン河が有名だが、ケリヤ河の上流の崑崙山脈でも玉石は採取されている。
大トゥルキーはテュルク系民族であるウイグル国家の旧領を指すようである。

ケリヤ市の旧市街を歩く。
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この雑然としたにぎやかさは心踊るものがある。
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20:35、ケリヤのモスクに着いた。
東方見聞録の「住民はイスラーム教徒」とある通り。
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正面から見た所。
手前のバイクには血のりがついた羊らしき動物の毛皮がのせてあった。
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モスクの中庭。
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モスクの建物に上がってみた。
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柱は緑・水色・ピンク・黄で彩られていてトロピカルな印象。
建物の中は静かで落ち着いており厳粛な印象。
白いミフラーブがあり白いじゅうたんが敷いてある。
ミフラーブの上にはカーバ神殿の絵。
天井のさんにも模様が描かれている。
モスクは800年前からあったそうで、もともとの建物の黒いレンガが、入り口の周囲と建物の土台部分にあらわになっている。

南側の門。800年前のものとの話だった。
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近くに住むウイグル族の子供たち
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21:21、ホテル浙江大酒店着。
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部屋の中
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シャワー室
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22:00、近くの中華料理店で食事。
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トマトと卵の炒め物は無難な選択。
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ところで東方見聞録の次の記述が気になった。
「既婚の男子が妻を残して単身旅行に出かける際、もし不在期間が二十日以上にも及ぶ長期の場合なら、その妻は夫が出発すると同時に、別の男を夫にするのであって、これが土地の習慣なのだから別に咎めを受けないですむし、他方その夫の方でも行く先々で別の妻を持つことが許されているのである。」

これについては、「マルコポーロ・クエスト」という本には、東洋学者ヘンリー・ユールによると「トルキスタンの売春婦」によるものだ、と書かれている。
また同書にはこんな話も書かれていた。
「(ケリヤの)長官は・・・(ドイツ人の)教授のところへ行き、彼(つまり長官)の魅力的な新しい妻と一緒に寝てくれないかと頼んだのだという。」その理由は「私(長官)は文明化された高貴な血を、自分の家族に入れたいんです。」

私はガイドのAさんに、本当にこのようなことがあるのか聞いてみたが、彼の答えは「否」だった。
ただタクラマカン砂漠の中で遊牧しているケリヤ人がいて、彼らの習俗かもしれないような事を言っていた。

23:05、店を出た。その夜は中々寝付けなかった。

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シルクロード西域南道旅行(ホータン・マリカワト古城~ケリヤへ)

16:45、ホータン市街の南25キロにあるマリカワト古城に向かう。
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途中にあるホータン川(白玉河)の河原。削掘された跡だろうか、水溜りが無数にある。
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小さな集落を過ぎてしばらく走るとマリカワト古城に着く。
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マリカワト古城は、紀元前3世紀~11世紀にホータンに存在した于闐国の夏の都だそうだ。冬の都はホータン市街の西南14キロにあるヨートカン。
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一番近い遺跡は壁の形もはっきりしており、建物だとわかる。
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このような壁がんもある。
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遠くに崑崙山脈が見えた。今回初めて見た。
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とにかく広大な敷地、全部見て回れるものではない。
遠くに仏塔らしきものやその他大きな遺跡が見えたが、残念ながら時間的に行くのは無理。
全面砂地で東西800メートル、南北1500メートルもあるそうだ。
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中国の東晋の僧、法顕、慧景らがインドへの求法の旅の途中、401年にここを訪れ、行像(仏像を美しく七宝でかざった宝車に乗せ城内をまわる儀式)を見るために三ヶ月間も滞在した。
彼らが泊まったクマテイ寺の遺跡もここのどこかにあるはずである。
法顕は「クマテイ寺に3000人の僧がおり、大きな僧伽藍だけで14寺もある」と書き残している。

少し離れた多少大きな遺跡に行ってみた。
砂交じりの強い風が容赦なく吹き付けてくる。
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ほとんど崩れていて建物なのか岩の塊なのかよくわからなくなっている。
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17:40出発。

18:28、ホータン河(白玉河)の橋を渡る。
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18:34、黄色い花畑が見えた。
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18:53、ゴビに入る。
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19:17、相変わらずゴビである。
かなたにうっすらと砂丘が見える。
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その幻想的な光景に、旅人を惑わせるという砂漠の精霊の話を思い出した。
東方見聞録の「ロプ市」の章である。
「夜間この砂漠を横断している際、たまたま眠り込んでしまったとか、あるいは他の理由によって仲間から遅れたり取り残されたりして、なんとか一行に追い付こうとしているような時、多数の精霊が彼に向かって仲間のような声で話しかけて来たり、時には彼の名前を呼んだりする。
すると旅人は往々これに惑わされてあらぬ方向に誘い込まれ、二度と姿を見せなくなってしまう。
このようにして命を落としたり行方不明になった旅行者は決して少なくない。
しかもこれら精霊たちの声は、なにも夜間にのみとは限らないで、昼間でも聞こえてくるし、時によると種々な楽器の音、とりわけ太鼓の音を耳にするような場合もある。
このために砂漠横断の旅行者たちは精霊に惑わされないようにとの用心から、夜になるとどのウマの頸にも鈴を釣り下げる。」

19:30、策勒(チラ)を通過。
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以降、放牧風景が多い。
策勒の北方25キロにウーツム・タティ(古い町)という遺跡がある。
1901年、オーレル・スタインはここを探索した。
その目的は、マルコ・ポーロが記述した「ペム」の場所を同定することであった。
更に北方にはダンダン・ウィリク(象牙の家)の遺跡がある。

19:52、タマリスクの平原。遠くに胡楊の林が見える。
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シルクロード西域南道旅行(ホータン・玉探しと玉の加工場)

15:20、ホータン川(白玉河、ユルン・カシュ)の橋の近くで玉探しをする。
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ホータンの玉の美しさは古来から有名で、ホータン川の上流の崑崙山脈から流れてくる。
町の東側の白玉河の他に町の西側に黒玉河(カラ・カシュ)がある。
かつては両河川の間に緑玉河があった。
このうち良質の玉を産するのは白玉河である。

古代、ホータンの玉は「禺氏の玉」と呼ばれていた。
禺氏とは紀元前にタリム盆地を支配した月氏の事で、彼らは中国の絹を西方に運ぶとともに、ホータンの玉を中国に運んでいたので絹の民、玉の民と呼ばれていた。

家族連れで探しに来ている。
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こちらでも。
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あちらでも地面を掘り起こして玉石を探している。
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私も河原を穿り返すが、どれが玉なのかわからず。
白い石は結構あるのだが。

ホータンの玉は学術的にはネフライトというものらしい。
色は乳白色、クリーム色、緑色等々だが、羊脂色のものが最上級とされている。

石売りの子供がたかってきてうるさい。
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ガイドのAさんは河原の石売りの玉石はニセモノというが本物らしく見えなくもない。
しかし彼らは最初1個100元と言っていたのが3個50元に値下げした。

ホータン玉石の加工兼販売所へ。
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白玉、青玉、めのうを加工している。
本物の羊脂玉を見せてくれたが、削ると透き通るような白い物らしい。
いまだに本物とニセモノの見分け方が良くわからない。
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将棋の駒や仏像を彫っている。
お守りなのか、小さな仏像を彫ったものが比較的多い。
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別室に大きな玉を加工した仏像や
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青玉を加工した牛など加工品が多数置いてあったが、かなりの高値である。
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中には値札に値段が書かれていないものもある。
値段が付けられないそうだが、そんなに価値があるものなのか?

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シルクロード西域南道旅行(ホータン・オアシスと博物館、昼食)

12:55、ホータンのオアシスに入った。

東方見聞録にはこうある
「住民はすべてイスラーム教徒である。都市や集落が多いが中でも一段とりっぱな都市が首府コータンであり、同時にその名がこの国の国名ともなっている。あらゆる物資が豊富であるが、とりわけ木綿はアサ・アマ・穀物と並んで産額が大きい。またブドウ園・農圃・花園も多く見かける。住民は商業・手工業を営み、兵士には向かない」

トルファンの葡萄干し場に似た建物あり。東方見聞録の「ブドウ園」が見つかった。
Aさんによるとホータンの葡萄は質が悪いとの事。

紀元前1世紀、ここには于窴国があった。人口19300を数え、西域南道で最も強い国だった。
1世紀、莎車国(ヤルカンド)の賢王に服属するが、やがて賢王を倒し、精絶国(ニヤ)から疏勒国(カシュガル)まで13国を服属させ、西域南道では鄯善国と並ぶ2大国になった。王家は尉遅氏で、7世紀まで続いたとされる。
中国外で絹が生産された初めての場所であったが、于窴王に嫁いで来た中国の王女が、国禁を犯して髪の中にカイコの卵を隠して持ち込んだという伝説がある。
その後後漢の班超に服属するが、2世紀には独立した。
3世紀には更に勢力を伸ばし、タリム盆地の5大国の一つに数えられた。
6世紀初、エフタルの属国になるが、続いて西突厥に服属する。
7世紀、中国の唐の支配下になり都督府が置かれた。
この頃ここを通過した玄奘(三蔵法師)は、「国の周囲は4000余里、大半は砂漠であるが、穀作に適し、果実も多く、白玉や黒玉を産し、住民は音楽、歌舞を好み、仏法を尊び、伽藍は100箇所余り、僧侶は5000人ほどで、大乗教を学ぶ」と書いている。
7世紀、吐蕃の勢力が盛んになり支配される。
10世紀前半には独立したが、
10世紀後半にはイスラム教国カラハン朝が支配し、首都ヨートカンを始めとする仏教都市を破壊し、今のホータン市街の場所に新首都を造った。
12世紀には西遼、
13世紀にはモンゴル帝国の支配を受ける。
14~15世紀には東チャガタイ・ハン国、
16~17世紀にはヤルカンド・ハン国、
17世紀にはガルダン治下のジュンガル・ハン国、
18世紀以降は中国の清朝~中華民国~現代中国の支配下に置かれた。
現在はホータン地区に属している。ホータン市は県級市である。

13:21、綿花畑が見える。東方見聞録に「とりわけ木綿の産額が大きい。」と書かれている通り。
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黄色いお花畑があったが何の花なのかわからない。東方見聞録の「花園」だろうか?

オアシスの風景が続く。
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オアシスの風景が続く。
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オアシスの風景が続く。さすがホータンのオアシスは大きい。
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市の中心部に近づく。何かのモニュメント。
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13:37、博物館を見学する。
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中は撮影禁止。
漢代の建物の柱、銭の塊、コムギ・コーリャン等の実。
五代十国時代のミイラは、自然にできたミイラで皮膚がほぼ完全に残っていて表情がわかる。
漢代の女性の着物は、緑や赤の色が今でも大変鮮やかだった。
唐代の于闐文文書は、今でも布にくっきりと文字が残る。
北朝時代の仏像は、豊かな表情をしている。
14:12、出発。

途中で見たモニュメント。
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二人が握手しているモニュメント。
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ケリヤ出身のコルバンさんと毛沢東の像だ。
コルバンさんは毛沢東に会うためにロバ車に乗って北京まで行った人。
漢族とウイグル族の民族融和のシンボルなのだろう。

市の中心街に入った。
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ホータンの女性の服装はカラフルで、街は華やかな印象だ。

14:39、このレストランで昼食。最近できた店で内装がきれい。
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干しブドウがたっぷり入ったピラフとヨーグルト。
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干しブドウや干しアンズはバザールに行くとたくさん売っているらしい。

おなじみシシケバブ。
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15:15、出発

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シルクロード西域南道旅行(ヤルカンドとホータンの間)

三日目
6:00頃起きるが二度寝し、7:00のモーニングコールで起きた。
洗濯物は全て乾いていた。
シャワー、荷物の整理。背中が少し痛む。
9:00~9:20、レストランで朝食。
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9:20、出発。小麦畑の中、クルミの木が植えられている。オアシスが続く。
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9:43、タリム河の上流、ヤルカンド河を渡る。川幅200メートル。
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9:50、タクフ着。タクラマカン南部の石油基地。
オアシスは4万平方キロしかないとの事。木々に囲まれた道路しか走っていないからわからないのだが、ほとんどが砂漠なのだ。
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10:00、葉城(カルギリク)着。
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漢族、ウイグル族が半分ずつ居住する。カルギリクとは「鳥の群れる町」を意味するそうだ。
古代、子合国と呼ばれた小国だった。インド方面へ向かう交通の要所として栄えた。
紀元前1世紀、西夜国に支配されていた。
1世紀に独立。
5世紀にここを通過した法顕は、「国王は大乗仏教を奉じ、千余人の僧がいる」と書いている。
6世紀に通過した宋雲は、朱駒波国と呼び、「人は山に住み、五穀は非常に豊かで、主食は麦粉である。屠殺を行わず、自然に死んだ動物を食べる。風俗と言語は于窴国(ホータン)に似ている。」と書いている。
7世紀以降、疏勒国(カシュガル)に服属していた。
7世紀に通過した玄奘は、ここをカンクカ国と呼び、「国は
・・・峻険で守備は堅固、人家は盛大である。山や丘が続き、石ころの地が広がっている。
二つの河に取り巻かれ、農耕が盛んで、ブドウ、ナシ、カラナシなどの果実が豊富である。
文字はクスターナ国(ホータン)と同じで、言語には差異がある。
伽藍は数十あるが破損したものが多い。僧徒は百余人で、大乗仏教を学習している。
・・・この国にある大乗経典の部数が最も多く、10万こうで一部をなす経典が10教経もある。」と書いている。

10:30、チベットへの道路分岐あり。
チベット道の0メートル地点(起点)石柱が立っている。この道を辿ると世界第二の高峰K2やヒンズー教の聖山カイラス、カラコルムの山々、崑崙山脈に登ることができる。そのため葉城は登山基地になっている。
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10:39、ゴビに入った。砂とタマリスク以外何もない。
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10:57、相変わらずゴビ。所々道路の建設工事を行っている。
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11;20、オアシス、村に入った(皮山か?)。
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しかしすぐにゴビへ。ここから道がよくなった。
すぐにオアシス、そしてすぐにゴビへ。
高速で流れさるゴビを見ていると眠たくなってくる。

11:41、相変わらずゴビ。
11:44、村を通過(木吉か?)。
11:53、オアシスへ。道が悪くなりすぐにゴビヘ。
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12:30、相変わらずゴビ。
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数分間休憩。青空トイレ。
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12:37、道良くなる。集落・セメント工場・農場通過。
12:45、携帯電話の中継基地あり。

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