061カシュガル、カラクリ湖(新疆ウイグル自治区)

シルクロード天山南路旅行(ウルムチ~成田)

【2003年9月】

6:30、モーニングコール。
7:00、レストランでバイキングの朝食。おかゆ、フライドエッグ、トマト、ビーフン、ヨーグルト、黄色い蒸しパン、サラダ。
7:45、ホテル出発。これで新疆の景色も見納めだ。
8:20、ウルムチ空港着。おみやげを全然買っていないので空港の売店で急いで買う。前回の北京では中国語がわからないので買い物もおっくうだったが、今では身振り手振りで十分伝わる事がわかっているので何の躊躇もなく買い物をする。
手荷物検査場前でMさんとお別れ。世話になっただけに悲しい。旅も終盤になるとタマネギの皮を剥がすようにツアー関係者と一人一人別れねばならない。
9:26、中国南北航空9235便で西安へ。11:00頃機内食で早い昼食。あんかけご飯、パン、ハミウリ、ザーサイ。ハミウリもこれで食い納めだ。
12:20、西安空港着。新しく開業したドーム型の国際線ターミナルに移動する。20元札が残っているのを見つけて売店でみやげを買う。本屋があったので詳細な地図はないかと探したがなかった。初日のガイド、Tさんが来ていた。JASのチェックインカウンターにいる日本人係員を見て何となくホッとする。飛行機を待つ間ツアー客と思い出話。
15:18、日本エアシステム868便で出発。機内には日本の新聞が多数あったので一枚取って旅行中に何か大きなニュースは無かったかと思いながら見る。台風15号が接近中だと書いてあり少し心配だ。
16:00頃、早い夕食。久しぶりの日本食、鳥てりやきご飯、つくね、カボチャ、にんじん、タマゴ焼、コンブ、さやえんどう、魚の味噌漬、茶ソバ、パン、ゼリーの乗ったスポンジケーキ。もう喉がおかしくなっても他の人に迷惑はかからないし飲んでもいいだろうとワインを頼む。ほろ酔い加減で見る下界の景色は最高だ。機長からフライトについてのアナウンスがある。台風15号により多少揺れるが予定通り着くとの事。それから主な都市の通過時間など。これを言ってもらえると助かる。
16:57、山西省の省都、大原通過。茶色い山地が広がる。
17:25、天津通過。海岸線とコンビナートが見えるのみ。
18:20、ソウル通過。市街地が広がる。夕闇が迫って来る。日本海に出ると雲が多くなる。大分暗くなって来た。ここで自然と一首浮かんだ。「日本海、漁船の明かりの美しさ、雲間に浮かぶ蛍火のよう」
19:16、京都上空、雲が多く断片的に市街地の明かりが見えるのみ。東側は分厚い雲のかたまり。やがて機体が揺れだす。
20:20、成田に無事到着。成田空港は飛行機が空港ビルに移動するまでの時間が長い。ここで自由解散となる。入国審査の後スーツケースの受け取り場では自ずとツアー参加者が集まるので一人一人に別れの挨拶。最後にIさんに挨拶して税関通過後、京成線乗り場へ。
23:30、金沢文庫着。まだクチャの駅の待合室にいるような気がする。本当にここは日本なのだろうか?と思いつつ家に向った。

夢がかなうと言う事はなんとすがすがしくさわやかな事だろうか。シルクロードに関する私の夢の、より完全な形は、マルコポーロが楽園と謳ったアフガニスタンのバダクシャン地方からワカン回廊、パミール高原を通りカシュガルに達するルートである。しかしアフガニスタンは混乱の最中なので実現するとしても10年先、20年先だろう。
今回は私の体の不調で他の参加者に迷惑を掛けてしまった。旅を十二分に楽しむ為にも旅行前の健康管理には十分気を付けなければならない。

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シルクロード天山南路旅行(カシュガル・職人街、老街、アパク・ホージャ墓、バザール、人民公園)

【2003年9月】

031a 11:10、そのまま歩いて職人街に行く。約400メートルに渡る問屋街で、屋台や露店も並ぶ。実に様々な物が売られており人も多く活気があるので中々飽きない。代表的なのは刃物と楽器、ウイグル帽子、金物細工だろうか。

032a 面白いのはウイグル人の揺りかごで中央に穴が空いている。この穴から小便をするのだ。他の木工製品の店では小便を漏らさないようおちんちんに被せる筒を売っていた。男女で形が違う。街中には中国文化を思わせるものが全くなく中国文化圏の外に来た事を実感させられる。楽器屋に入る。胡弓や太鼓が置かれていた。胡弓は弦の数が違う物が数種類あり、店主が奏でると実に良い音色がした。ただし値段は意外と高く日本円で1万5千円位はする。飾り物の小型のレプリカは安いが音が鳴らないのですぐ飽きてしまうだろう。楽器屋の二階にある作業場も見せてくれた。
11:45、歩いてウイグルの古い街、老街へ。途中ツアー客の一人が屋台で買った焼きたてナンは塩味が効いて実に美味かった。老街に入り口の露店では駄菓子を売っていたが石鹸のような灰色の塊が珍しかったのでMさんに聞くとヨーグルトを固めた遊牧民の携帯食だという。賞味期限が切れているので食べないほうがいいと言われた。
老街自体は一昨日訪問した民家と同じような所である。ナンを売る店では粉を一生懸命こねていたがカメラを向けるとポーズを取ってくれた。

026a ここの一角では陶器を売る店があり陶器用の土の粉が入った袋がいくつも積まれていた。店の数が僅かしかなく物足りないと思っていたらここにいる少年が陶器を作る窟に案内すると言う。

025a ここでまた辿り着くまで迷う迷う。





024a 同じ場所を行ったり来たりしてようやく着く。窟の中は薄暗く少々狭い。完成品はそれほど凝ったデザインでも精緻な模様でもないが素朴で味がある。3階に上がるとまわりの老街が見渡せた。北京の胡同もそうだが古い街は廃墟なのか人がいるのかよくわからない。歩き回ったせいか疲れた。健康ならば何と言う事もないのだが病み上がりだしさすがに疲れがたまっているのだろう。ところで現在の老街は観光用に整備されていてどこに入っても入場料を取られるしみやげ物も売っている。

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12:55、チニワク寮館で昼食。いつものメニューだ。昼食後このホテルのロビーで16:00まで休憩。他の人は目当てのものを探しに街に出かけていったが私は疲れ果ててロビーのソファに深く身を沈めて寝た。目の前に白い霧が現れた。あの世の入り口だろうか?起きて売店でミネラルウォーターを買った。売り子の女性は日本語の挨拶がとてもうまくもう二言三言話そうかと思ったが疲れていたのでやめた。
Fi411589_2e 16:05、アパク・ホージャ墓39 29' 26.79"N 76 01' 23.96"Eを見学。アパク・ホージャは16世紀末のカシュガルの支配者でその子孫5代72人の棺がある。外観はきれいなタイル張りの大きなモスクで周りには花壇とカシュガルの人たちのお墓がある。中には棺が整然と並べられており中でも黄色いリボンがかけられた小さな棺は清の乾隆帝に愛された香妃のものと言われている。香妃の名前の由来だがいつも砂棗の花を身につけていた為芳しい匂いがした事からつけられた名だという。その匂いに誘われて蝶が舞ったという言い伝えからここの周りには蝶の飾り物を売る売り子が沢山いる。ただしこの飾り物は帰りの西安空港でも見かけたし至る所で売っているらしいのでカシュガル特有のみやげ物というわけではないのだろう。敷地内には砂棗の木も立っておりその実を取って持って帰った。ロールパンを小さくしたような姿形だ。
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16:55、バザールを見学。市街地の一角、道を埋め尽くすように赤い屋根の露店や屋台が雲が湧き上がるごとく並んでいる。遠くからこの光景を見たとき、この赤い雲に入ったらただでは済むまいと覚悟した。Aさんの先導でバザールの中へ。狭く人が多いので「ポーシ!ポーシ!(どいて下さい)」と言いながら進む。同じ品目の店は固まっている。まず紳士服、婦人服、帽子、絨毯やスカーフ、布地、文房具、化粧品、おもちゃ、食料品。
婦人服には飾りのついた民族衣装風のものもあったがどうやって洗濯するのかわからない。帽子屋は沢山あるが地元の人がみんな被っているので需要が多いのだろう。香辛料の店の前を通ると胡椒の強烈な匂いで皆咳き込んだ。思っていたよりも声を掛けられる事は少なく一人で回っても落ち着いて見て回れた。ここで何かみやげになりそうな面白いものはないかと探したが置いてあるものは実用品ばかりでみやげになりそうな物はなかった。後でツアー客の一人から、ここで買うなら食料品しかないわよと言われた。バスに戻ると運転手さんがスイカをくれた。

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18:40、人民公園 39 27' 49.20"N 75 59' 23.83"Eに行く。市内で一番広い公園だ。ごく普通の公園のようだが驚いた事に入園するのに入場料を取るようだ。園内は立ち木が沢山植えられているが地面は砂利が敷いてある訳でなく所々ぬかるんでいて歩きにくい。地元の人がゴザを敷いて酒を飲み踊っていた。日本の花見のようだ。

110a 奥の目立たないところに日本の防衛大がゴングールを初登頂した時の小さな記念碑があって見に行った。

109a この後Mさんの奢りで我々もゴザの上で葡萄やシシカバブやビールを飲んだ。焼きたてのシシカバブはとても美味かった。ツアー客の一人がバザールで買ったビスタチオを分けてくれたが、美味しくて食べだすと限が無かった。
やがてMさんが近くから少女を2人連れてきて踊りを見せてくれる事になった。顔がごついので最初少年かと思った。一人はラナという。着ている物は普段着のTシャツだしラジカセから流れた曲はビートが利いて少し現代風だが一生懸命踊ってくれたので拍手喝采だった。ツアー客の一人がおひねりを出した。ラナはすっかり喜んで相棒がもう踊らないというのを尻目に一人踊りだした。Aさんが相手になって踊ったがAさんは踊りを習っているそうでさすが形が様になっていた。続いてツアー客の一人が見様見真似で踊ったがさすが難しいと見えてすぐやめた。気が付くと地元の見物人が20人位遠巻にして眺めていた。ラナの妹と思われる3歳位の女の子が小さい手足をくねくねさせながら下半身すっぽんぽんで踊りだすと一層盛り上がった。女の子はいつも姉と踊って慣れているのであろうが、音楽が流れると自然と体が動き出すと言った塩梅で、上手いも下手も無いその踊りたいと言う素直な欲求に感動した。
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044a 20:05、楡樹果樹園に着いた。何をするのかと思ったらステージを囲んだ屋外のテーブルで夕食である。ナン、ハミウリ、砂糖をかけたウリ、ちょっと辛いビーフン、牛肉入りピラフ、ラグメン。屋外なので蝿がたかる。ステージでは男性歌手がウイグル語で多少哀愁を帯びた演歌のようなバラードのような曲を歌っていた。他の団体の元には豪快な羊の丸焼きが運ばれてきてナイフで小皿に取り分けていた。夕涼みをしている感じでくつろぐ。辺りはすっかり暗くなった。
22:00前、民族舞踊を見るため小部屋に入る。部屋と言っても窓ガラスがある訳でもなく外からのシシカバブを焼く煙が入ってくるので臭い。個人旅行をしている日本人の若い女性も見に来ていた。もう中国に10回位来ているそうで目を輝かせながら訪問した場所の事を話していた。
046a 22:00から始まる予定が楽団が中々来ない為20分程遅れた。民族衣装を来た一団20名弱が入ると拍手の嵐。最初に団長らしい女性が我々を日本人だと知ってか知らずか中国語で挨拶。最初は女性ダンサーがソロで踊り、次に女性の心を4人の男性が射止めようとする物語仕立ての踊りがあり、男性4人の踊りがあり、という感じで続く。女性は目元が色っぽいインドかアラブ系の肌が浅黒い人もいればロシア人のような肌の白い人もいる。さすが民族の十字路と呼ばれるだけの事はある。中でも面白かったのは女性6人が頭の上に水の入った器を積み重ねて踊る踊りで、最後に器をひとつひとつ頭から降ろして中の水をよく見えるように捨てて種も仕掛けもありません、と言う事を証明したのだった。

045a 演奏している楽器は楽器店で売っていた胡弓やピアノのようなチャンという楽器。ピアノは鍵盤で間接的に弦をたたくのだがチャンは演奏者が直接弦をたたく。しばし、チャンと鳴るのかね等の駄洒落が飛び交った。
民族舞踊が終わったのは23:30、飛行機の出発時間は0:20なので間に合わないじゃないかと皆思っていると、Iさんから、飛行機が鳥にぶつかって整備中なので遅れるとの連絡。とりあえずチニワク寮館に行く。
翌21日0:40、チニワク寮館の一階カフェで休憩。コーヒー豆を手で挽いているため一度に沢山注文が入って店員は大変そうだった。Mさんが立て替えた病院代などを払う。日本円にして4000円弱。ツアー客の一人が鳥如きで遅延する飛行機について「笑うしかないわねぇ」と言ってげらげら笑い出す。皆でグチをこぼす。久しぶりの日本のニュース、小泉首相が大勝した事を知る。2:30頃には空港を出発できるらしい事がわかる。1:00出発。
1:25、カシュガル空港 39 32' 18.89"N 76 00' 45.00"E着。ツアー客数名のビスタチオが税関の検疫に引っかかって結局持ち出せない事に。うまく行けば後で日本に郵送されるらしいが・・・。ここでAさんとお別れ。
2:40、新疆国際航空9908便の中型ジェット機で出発、ウルムチに向う。喉が渇いて咳が出そうになるがノドアメで抑える。
4:00、ウルムチ空港着。スーツケースを受け取りバスで初日に泊まった環球大酒店へ。
4:40、環球大酒店に到着。モーニングコールは6:30、1時間半しか寝れないがすぐ寝る。Iさんは一睡もしないだろう。

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シルクロード天山南路旅行(カシュガル・エイティガールモスク)

【2003年9月】

9:30、モーニングコール。今日は夜中の1:55にウルムチ到着なので出発が遅いのだ。さすがに昨日の疲れが残る。
10:00、朝食。昨日と同じ、おかゆ、揚げパン、砂糖付きパン、チンゲン菜の油炒め。
10:30、バスにてホテル出発。
10:40、エイティガールモスク39 28' 19.44"N 75 59' 03.42"Eを見学。エイティガールは1442年に造られた新疆最大規模のイスラム教寺院で中国のメッカと呼ばれている。カシュガルの町のど真ん中にある為すぐに見つけることができる。モスクの敷地内は整備されておらず工事現場のようであるがお参りに来る人がひっきりなしに徒歩あるいは自転車で訪れている。女性の中には頭からすっぽりと布をかぶって顔を露にしない人もいれば普通に顔を出している人もいて様々である。
建物の脇ではみやげものなどを売る露店が並ぶ。その路地を通るとモスクの観光用の入り口がある。モスクの中には花や植物が植えられ小さな池がある庭園がある。そこを過ぎると本殿になるがまわりには絨毯が敷き詰められており礼拝の時間ともなるとここに座って礼拝するのである。礼拝者は本殿に向って礼拝するのであるが、後ろの人は前に座ってる人に礼拝する事になってしまう為、必ず自分と前にいる人の間に何か細長い物で仕切りを作らなくてはならない。
本殿の中に入ると真っ暗である。本殿の中は特にご本尊があるわけでもなくただ説教する僧侶の座るイスとスピーカー等の音響設備、あとは礼拝者が座る絨毯があるだけである。キリスト教の教会や仏教寺院にあるような十字架、壁画、仏像など芸術的な風情はないが、きわめて実用的で無駄がないとも言える。考えてみれば寺院とは神の代弁者である僧侶と礼拝者のコミュニケーションの場でありその2者がいればよいのである。またイスラム教は偶像崇拝を固く禁じているのでそういったものが無いのだろう。
僧侶のイスの側にはかつてここを訪れたイランのホメイニ師が贈ったシルクの絨毯が敷かれており誰も座れないよう柵で囲って大切にされている。写真撮影は禁止されているが他のツアー客は平気で撮っていた。Aさんもイスラム教徒であるが、私たちが撮らないでくれと言っているのに撮る人が後を立たない、と言って嘆いていた。彼女の宗教に対する真剣な思いが伝わってきた。

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シルクロード天山南路旅行(パミール高原カラクリ湖日帰りツアー)

【2003年9月】

7:00、熱を計ると37度丁度、考えた挙句残念ながら今日の観光は諦める事にする。7:30にモーニングコールが来るのでその時キャンセルする旨を伝えようと待ったがなかなか来ない。よく調べたら電話が通電していない。電池が入っていないのだ。
食事が始まる8:00になったので仕方なくレストランに行く事にする。建物を出て外の空気を吸った瞬間、あまりのすがすがしい気持ちに気力がみなぎって観光をやめようという気持が吹き飛んでしまった。10時間も小型バスで所々未舗装の道を走るのに加え、目的地は標高3600メートル、高山病の恐れもある。しかし微熱はあるもののノドの調子が昨日までとはまるで違って良くなっている。日本からはるばる来て残り200キロ足らずで念願のカラクリ湖をあきらめる事はやはりできなかった。それにしてもモーニングコールが予定通り来たら間違いなくキャンセルしていたので運命とはどう転ぶかわからない。ちなみに食事はおかゆ、揚げパン、砂糖付きパン、青菜の油炒め、嬉しい事にミルクとコーヒーあり。
8:40、2台の小型バスに分乗しホテルを出発。カラクリ湖まで中国パキスタン公路200キロの旅が始まった。もう引き返せない。しばらく行くと脳震盪を起こしそうなガタガタ道、地獄のハイウェイになるのか?目的地までとにかく景色を見ずに目を瞑って疲れをためないようにしなければならない。カラクリ湖に無事辿りつければ御の字だ。
053a 9:35、ウーパール村 39 17' 59.56"N 75 32' 17.18"Eに着く。この後大きな集落はない。ミネラルウォーターを買おうと売り子のにいちゃんに言うとえらく無愛想だ。外国人慣れしていないのか?この先はキルギス族の居住地域になる。この後道路の状況はむしろ良くなった。

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038a 10:30、ゴジズ地区38 58' 44.65"N 75 31' 24.29"Eに着く。




048a_2 崑崙山脈の風情のある赤い山並みの正面で思い思いに写真を撮る。




047a 赤い土は酸化鉄を含んでいるとの事。





11:30、ガイズ村の検問所38 47' 28.81"N 75 19' 16.78"Eに着く。パスポートの提示を求められる。別に国境ではないがこの辺は紛争が続くタジキスタンの国境が近い。200キロ行けばアフガニスタンやパキスタンだ。トイレはここの軍人?の専用で観光客は使えない。そのため更に5分程バスで走ったところでトイレ休憩となる(もちろん青空トイレ)。見渡す限り荒涼とした岩だらけの地形。
049a 12:10、キャラバンサライ(隊商宿)38 44' 57.83"N 75 06' 16.36"Eの近くにて休憩。ついにゴングール山(7719メートル)の白い峰が見える。素晴らしい景色に気分も良くなる。ツアー客の「元気になった?」の問いかけに大きくうなずく。

050a キャラバンサライは石の塀で囲まれた区域で川沿いの緑の中にひっそりと佇んでいた。1400年前、玄奘三蔵(=三蔵法師)も泊まったと言われている。マルコポーロも泊まったのだろうか?

052a ここで食べたハミウリは実においしかった。





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12:30出発。ここから先は標高が高くなると言われる。目的地が近くなった事もあり多少余裕が出て窓から外の景色を眺めるようになった。途中放牧地があり平原に羊が黒い点のように散らばっている。家畜舎のような建物あり。東方見聞録には「パミール平原は世界でも類のない良質の牧地を成し、どんなに痩せた家畜でもここに10日も放牧すればまるまると肥え太るであろう(完訳東方見聞録・平凡社刊・愛宕松男訳注・以下同じ)」とある。その他は概ね岩と砂礫の荒涼とした風景、白銀の山々が上から見下ろす。
106a 12:52、ブロンクリ38 41' 52.28"N 74 59' 09.94"Eに着く。標高3100メートル。

107a 砂山に囲まれた広大な緑の平原に水色の河が幾筋も絡み合いながら縦横無尽に流れている不思議な光景。今日は風もなく絶好の観光日よりだとか。私は一人バスから離れ石に腰掛けてじっと眺めているとあたりを静寂が包んで充実した気分になる。
13:05出発。カラクリ湖はもうすぐだと思っていたが案外遠い。道は割と良好。ついにムスターグ・アタ峰(7546メートル)を目の当たりにする。イタリアのテレビ映画「マルコポーロ」でマルコポーロがムスターグ・アタを超える困難な旅のシーンを見て以来、一度は肉眼で見てみたいと思っていた山だ。20年越しの夢がかなった。
108a 13:50、カラクリ湖38 26' 44.55"N 75 02' 53.51"Eに到着。白銀のパミール山脈、左にゴングール、右にムスターグ・アタを背景にエメラルドグリーンの湖面が美しく輝く。東方見聞録にも存在が明記された湖だ。

034a 標高は3600メートルで私が訪れた最高所。さすがに頭がふらふらする。東方見聞録には「パミール地方は激しい寒気のせいで火を燃やしても赤々と燃えないし食物の煮炊きにしても出来上がりがうまくない」とある。実際は寒気のせいでなく空気が薄いからなのだが実際ライターの炎で確認するつもりが忘れてしまい確認できなかった。着いてからすぐに屋外のトイレに行ったが穴があいているだけで仕切りもない中国式トイレ。
その後しばらくは写真などを撮りその後建物の中で昼食となる。相変わらず辛いものが多いかわりばえのしないメニューで私は我慢して蒸しパンとスイカとゴマ油さっぱりスープだけにしておいた。自分の器に取り寄せようと立ち上がったら高度障害で立ち眩みがしてよろけた。食欲も今ひとつだがここまでくれば倒れようが何しようがバスに乗ってカシュガルに帰るだけ、他の客に大した迷惑はかけずに済む。夢が無事かなった事と相まって多少リラックスできた。高山病には水分補給が一番とミネラルウォーターを買おうとしたら小銭以外は100元札しかない。100元札ではお釣りがないので店番の少年が笑顔で手持ちの小銭だけの値段にまけてくれたのが嬉しかった。
004a 再び外に出て無理をせず岩陰で湖面を眺める。「マルコポーロ」に出てきた光景とはやはり違う。まさかこんな場所でロケもできないだろうから別の場所で撮影したのだろう。ツアー客の元気なおばさんが柵の中に入って馬に蹴られそうになって必死に逃げていた。本当に元気な人だ。観光客目当ての馬引きがそこここにいて目が合うと寄ってくる。無視してやり過ごす。あっという間に時間が過ぎた。
15:15、バスで出発。来た道を戻る。出発間際には石や骨で出来た首飾りを売りに来る売り子がバスに殺到して粘り強く売ろうとしていた。Aさんがもうおしまいと言ってドアを閉じた。元気な時に再訪したい。
さてこの売り子達の商売方法はこうだ。彼らは日本円で1000円で首飾り2つを売ると言う。その後自分達は日本円は両替できないからこの1000円と首飾り1つを100元(約1500円)と交換してくれと言ってくる。首飾り3つ分を売るわけだ。彼らは物々交換にも応じるがそれは見栄えのするものだけだ。日本製であってもありふれたデザインのボールペンやライターなどはむしろただでくれと言ってくる。
16:38、ガイズ村の検問所で下車。一気にここまで来た。さすがに下りは早い。パスポートを持って検問所に行ったがノーチェック。その後少し走ったところでトイレ休憩。荒涼とした景色の中、カシュガルが近づいてくるとオアシスのこんもりした森が見えてくる。まるで灰色の海に浮かぶ緑の島のようだ。マルコポーロはパミール高原の荒地を越えて彼方に浮かぶオアシスを見たときどんな気持ちだったろうか?
18:45、タマリスクの側で写真ストップ。近くでは灌漑用の水が豊かに流れ、植物が生い茂っていた。
18:57、更にポプラ並木で写真ストップ。その後市街地に入るとまたガタガタ道、脳震盪を起こしそうになる。
19:45、チニワク寮館で夕食を摂る。ウイグル族の名物ピラフが出る。味はいわゆるピラフと変わらず、食感は日本の炊き込み御飯のようだ。他はいつものトマトと卵の炒め物など。今回の旅の最大目的を果たしたせいで昨日ほどの疲れもなく、話が弾んだ。
21:12、ホテル着。自室の窓からは隣にある地元の家の中が良く見える。何か言われると困るので見ないようにする。今回のツアーのホテルからの眺めは軒並み悪い。テレビをちょっと見て寝る。今日はよかった。

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シルクロード天山南路旅行(クチャ~アクス~カシュガルで民家訪問)

【2003年9月】

4:00にIさんが部屋をノックした。モーニングコールだ。熱は36度8分、平熱に戻った。
4:30、ホテルをバスで出発。外は真っ暗。クチャ駅に向う。バス内でEさんが別れのあいさつ。結局このガイドと会ったのは出会いの挨拶と別れの挨拶の時だけだった。日本語が上手そうな人だっただけに残念だ。この後6:00にイスラム教のお祈りの時間があるので皆の無事を祈っているとの事。

010a 4:45、クチャ駅に着く。待合室は広いがほとんど明かりがなく薄暗い。既にたくさんの客が列車を待っていた。少々寒いので体調を崩さないようノドアメを舐めてじっとしている。なんだかテレビ朝日の「世界の車窓から」の現場にいるようだ。Iさんが、列車が1時間遅れると伝えに来た。1時間後、もうすぐかと思ったら更に30分遅れるとの事。しばらく後にようやく手荷物チェックが始まった。列車でも手荷物チェックをするのだ。X線に通すのだが駅員のやり方が事務的かつぞんざいで真面目にやっているとは思えない。
改札を通ると広いホームの上、列車はまだ来ておらず更に寒いこの場所で待たされる事になった。空は満点の星空で地上にほとんど明かりがないので地上近くの星もはっきり見える。日本では月の側に出ていた火星を中国で見るのを楽しみにしていたが残念ながらどこにも見えなかった。やがて列車の明かりが近づいてきて駅員が最敬礼した。我々の乗る車両は9号車で二階建て車両の一階だ。

Fi411445_0e この列車の座席には四種類ありそれぞれ料金が違う。固い座席、クッションの効いた座席、三段式ベッド、上下2段ベッドがある4人一室のコンパートメント。我々はコンパートメントだった。入ってみるとかなり狭い。窓際に魔法瓶が2ケ付いている。ベッド以外の場所がなく部屋に入ったら寝ている以外ない。まだ真夜中なので私は上のベッドで寝ることにした。6:40、南疆鉄道K886便は出発した。カシュガルまで695キロの旅の始まりだ。同室のIさんが眠りに来た。さすがに疲れているようである。すぐに寝入ってしまった。

009a 8:20、外はすっかり明るくなっている。朝食の時間らしい。すぐ隣の食堂車に行くように言われた。日の出から時間が立っていないらしく朝焼けの光があたりを包んでいた。黄土色の砂漠の向こうに朝焼けで更に赤くなった山並みが続き、その上には白銀の天山山脈が続いている。何と言うすばらしい色、コントラストだろうかと思った。カメラが壊れたのが悔やまれる。

008a テーブルに同席した同じツアーの3名のおじさんは眺めの良さにすっかり上機嫌で朝からおなじみ新疆ビールを飲んでいる。朝食後は私は部屋に戻って寝ることにした。油断したら熱がぶりかえさないともかぎらない。
9:45、アクスに着く。15分ほど停車。Mさんに促され私も列車を出てホームに立つ。皆列車を背景に写真を撮っていた。Fi411445_2e 12:30、食堂車で昼食。気分も大分よくなってきたようだ。天山山脈とゴビ灘(石ころ砂漠)を横目に見ながら食べる食事は格別。茶碗一杯のご飯に肉野菜炒めを載せて食べる味は久々に充実した味だった。飛行機の上から下界を眺めながら食べる食事、列車から絶景を眺めながら食べる食事ほど贅沢なものはあるまい。

この後は車窓から景色を眺めつつカシュガルへ。部屋の窓は汚れていてほとんど外が見えないので部屋を出た廊下側の窓でずっとゴビ灘とたまに近づいてくる天山山脈前衛の山並を眺める。ふと気が付くと緑があふれていてオアシスに差し掛かった事がわかる。ポプラ並木や現地の人の姿が見える。植林をしているのだろうか、砂漠を細かく区切って中に雑草のようなものが生えている。やがて景色は元のゴビ灘に戻る。これの繰り返しだ。廊下の反対側、つまり南側はタクラマカン砂漠でずっとゴビ灘が続くのみ。時折遠くに砂丘が見えた。

Fi411445_3e 15:50、カシュガルに着いた。今日は天気がいいので風景がなにもかも軽やかに見える。終着駅なので人がどっと降りてホームにあふれる。駅を出るとブドウ売りやらハミウリ売り、イチジク売りが寄ってくる。駅の外で現地ガイドのAさん(女性)が待っていた。

007a バスに乗ってホテル色満賓館に向う。カシュガルは人民公園など大きな公園がいくつかあるので広々とした町のように思える。人や車も多く活気のある町だ。

043a 途中大きな毛沢東の石像があるがハトがよく頭の上に止まるので地元の人は「ハトさん」と呼んで待ち合わせ場所に使うそうだ。



002a 16:30、色満賓館 39 28' 13.81"N 75 58' 04.18"Eに着く。もとロシア領事館だったらしい。フロントで、Aさんから買ったばかりのイチジクをご馳走になる。少し青臭いが甘くてうまい。果物というより甘い野菜という感じ。ここは建物がいくつも別れていて我々は3号館だ。ウイグルの楽団と踊り子が楽器をかきならしながら出迎えてくれて面食らうというか気恥ずかしい。

001a 部屋に入ると壁面一杯パステルカラーのメルヘンチックな部屋、でも高級感がある。オアシス様式とでもいうのだろうか。
17:45、ウイグル人の昔ながらの民家訪問に出発、結構疲れていたのでどうしようか迷ったが1時間足らずというので参加する事に。バスを降りた後Aさんに従って民家に向ったが楽器や刃物を売るにぎやかな商店街の中を迷う迷う。
18:10、出迎えの民家の人と会えてやっと到着する。民家街では家々に「文明家庭」という張り紙が張られている。育児制限等の国の規則に従った模範家庭という意味らしい。

005a 路地ではよく子供がメンコ遊びをしていた。訪問した民家は7人家族で主人はFさん。入るとき手を洗うのだが三回水をかけてもらって水を手で切ってはならない等のしきたりがある。


006a_2 案内された部屋の中は床一面にナンや果物、ドライフルーツ、氷砂糖を盛った器で一杯だ。到底食べきれる量ではない。気持ちだけありがたく頂く。まずナンをちぎって一口食べるのが礼儀だとか。後は好きに食べていい。しかしこれだけの量をそろえる料金を我々は支払っているのか、残りは近所の人にでもあげるのだろうか?
疲れが頂点に達したのか頭痛がしてきた。とにかく早く帰りたくなった。19:00過ぎに退出、帰り際、ツアー客の一人が折り紙を持ってきていて鶴を折って民族衣装を着た娘さんに渡したらFさんがお礼にウイグルのお札でシャツを折ってくれた。そのシャツがあまりに見事なので一同驚いた次第。お札の柄をうまく計算して襟や袖口が無地になるように折ってある。方や日本のおば様方が折った鶴はいささか頭が大きかったりして鶴の優雅な姿に程遠く手先の器用な日本人伝説はあえなく崩壊した。
19:30、ホテルで食事。魚の大皿など色々出たが気分すぐれず適当に食べた。旅行会社特製のソーメンも出たがこういう心遣いはありがたい。その後部屋に戻ったが疲れが予想以上。明日は念願のパミール高原だが体調が悪ければ潔く諦めるしかあるまいと思いながら寝る。外からはウイグル人の鼻歌が聞こえた。

喀什[中国]旅行ガイド ~フォートラベル~
http://4travel.jp/overseas/area/asia/china/kaxga/

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