019エルズィンジャン周辺(トルコ)

トルコ東部旅行(エルズィンジャンからテルジャンへの途上)

9:00、温泉を後にして本道をエルズルムに向かう。
この付近にはアルティン・テペという紀元前8,7世紀の都市遺跡があるはずである。
アルティン・テペ(黄金の丘)はウラルトゥ王国の王宮や神殿が発見された高さ3,40メートルの丘である。
青銅で出来た奉納物や装飾された謁見の間の壁が見つかっている。
目を凝らしたが場所はよくわからなかった。
9:08、UZUMLU分岐通過。
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エルズィンジャンから道路と並行して鉄道が通っている。
9:40、鉄道駅があってそこに列車が停車していた。
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機関車が輸送していたのは十両ばかりの戦車だった。
ある本にも戦車や軍のトラックを見たと書いてあった。
エルズィンジャン~エルズルム間は軍の移動が多い場所なのだろう。
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トルコ東部旅行(エルズィンジャン・エクシ スの温泉)

8:00~8:35、ホテルのレストランで朝食を摂る。
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ここでAさんに「エルズィンジャンの温泉」に行けないか相談する。
やっぱりここまで来たら行かないわけにはいかない。
Aさんは快諾してくれた。

8:40、ホテルを出発。
少し車で走ると、思わず嬉し泣きしそうになる。見えたのだ、「EKSI・SU(エクシ・ス)」と書かれた看板が。

その看板を見たとき、「バイクでシルクロード」に書かれている次のシーンが頭に浮かんだ。
「バイクでシルクロード」の著者セヴェリンと仲間は暗がりの中、硫黄臭い湿地帯の中を温泉を探していた。
たまたま水牛を連れた農夫に会い、彼に言った。「エクシ ス(苦い水)」。
農夫はうなずき、硫黄分を含んだ水は水牛に良くないとゼスチュアで示した。
セヴェリンは「セジャク ス(熱い水)?」と尋ねた。
農夫はけげんそうな顔つきをしていたが、やがてうす暗がりの方を指差した。
セヴェリンが念願の温泉を見つけた瞬間だった。

8:55、そしてやってきました。
本道からそれたこの場所へ。
もうもうと湯気が立っていて温泉だとすぐにわかった。
本当に温泉があったんだ。
ただし、「バイクでシルクロード」に出てくる「小さな廃寺のような建物」はない。
セヴェリンの見つけた場所とは違うかもしれない。
ただセヴェリンが訪れたのは40年以上も前である。
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すごい勢いで噴出しています。
温度は130度だとか。
ここは地元の人しか入りにこないそうだ。
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あふれ出たお湯で湿地帯のようになっている。
凍てついた山脈を背景に湯気が上る景色を見ていると、露天風呂に漬かりたくなってきた。
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朝日にきらきらと輝く温水(カプル・ジャ)。
Aさんがなめてみたら苦かったとか。なめれば良かった。
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源泉のプール。熱いだろうけど気持ち良さそうだ。
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ここの看板。
何が書いてあるのかはわからない。
カメラの故障で変な写り方になってしまった。
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温泉から見た山脈のパノラマ。まさに絶景だ。
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トルコ東部旅行(エルズィンジャン・朝の景色と「大アルメニア」について)

3月25日

5:20に目が覚めた。
昨晩もあまり眠れず、しかも変な夢を見た。
悪夢ではないがよくもない。
早速今日の天気はどうかな、と思い外を見ると、果たして晴れだった。
5:47、カメラを持って山脈を撮りに出かける。
外は寒く、道路には氷が張っていた。
南側の山脈は少しピンク色が射している。
ようやくにして訪れた好天気の朝。
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モスクのそばの空き地にはなぜか犬がいて、気になるので避けて通った。
住宅地が山脈をさえぎらない場所まで進んでパノラマを撮る。
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今度は北側の山脈のパノラマを撮った。
東側の空は、朝日がまばゆい。
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近くのモスクは新しすぎて風格に欠けるのが残念だけど、山脈をバックにした姿は様になると思って撮ってみました。
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今日のスケジュールですが、エルズィンジャン→テルジャン(ママ・ハトゥンの霊廟と隊商宿)→アスカレ→リリカ→エルズルム(チフテ・ミナーレ→ヤクティエ神学校)→パシンラー→ホラサン→エレスキルト→アール→ドウバヤズットになります。
今回の旅行中最長の距離です。
ただし観光場所が少ないのと道路が良いのとで、出発は8:30ということになりました。

今日の行程は東方見聞録では「大アルメニア」と呼ばれる地域になります。
ここエルズィンジャンはその入り口になります。
東方見聞録の大アルメニアの章の記述を書き出して見ます。

「大アルメニアは広大な国である。
その国の入り口に当たってアルジンガンという都市があり、そこで世界無比の硬麻布(バックラム)が製造されるほか、各種の工芸が栄えている。
この国にはよそでは見られない良質の温泉場がある。
住民はアルメニア人で、タルタール人に臣属している。
数ある都市の中で最も立派なのがアルジンガンで、大司教の所在地となっている。
これに次いではアルジロンといって、銀の産出に富む町があり、又アルジジの町がそれに次ぐ。
主要な銀鉱山の一は、トレビゾンドとトーリスを結ぶ公道に沿ったパイプルト村にある。
とにかく大アルメニアは広大な国である。
なおこの国には夏向き家畜に好適な牧地があるものだから、夏になると近東タルタール人の軍隊がこぞってこの国に駐留する。
ただし夏にはこのように移動して来るタルタール軍隊も、冬期は降雪多量のため寒気が厳しくて家畜の飼料が皆無となるから、残らず引き揚げて駐留するものはいない。
彼らはこの国を去り、牧草の豊かな牧地を求めて、もっと暖かな土地に移動するのである。
この国にはまたその中央部にコップ型の高山があって「ノアの箱舟山」と称せられているが、その理由はこの頂上に箱舟が安着したという伝説に基づく。
この山は山体がすばらしく広大で、周回するには二日以上もかかるし、深い万年雪に覆われているため、まだ山頂を窮めたものは誰もいない。
この雪解け水に潤わされて、山麓の緩い傾斜面では草の生育が旺盛で、夏になると近隣の各地からこの牧草を目当てに多数の人々が家畜を連れてやってくる・・・」

アルジンガンはエルズィンジャン、アルジロンはエルズルム、アルジジはヴァン湖北岸のアルジッシュ、パイプルトは世界遺産のバイプルト、「ノアの箱舟山」はアララト山(アール山)を指す。
前回、「エルズィンジャンの温泉」の話が出たが、この記述では必ずしも温泉はエルズィンジャンにあるとは限らないことになる。
しかし「バイクでシルクロード」に掲載されている東方見聞録の記述は次のようになっている。

「大アルメニアの地方は広い。
その入口にはエルジンジャンという町があり、世界でも最良のバックラムを産し、数々の手芸品をつくっている。
町のどこを掘ってもりっぱな温泉や天然の泉がでる。」

このように温泉はエルズィンジャンのものであることが明確になっている。
東方見聞録にはその写本の過程で様々なバージョンが生まれており、古写本・古版本だけでも140種に上るという。
さらにそれを別の言語で訳出したり独自の注釈をつけたりしたものが存在するので、その内容にも大きな差異があってもおかしくない。
今のところ、原本は発見されていないので、どれが本当の記述なのか良く分かっていない。
ただ言えるのは、私が引用している東方見聞録(完訳東方見聞録・平凡社ライブラリー)と、「バイクでシルクロード」の著者セヴェリンが引用した東方見聞録とは違うということだけである。

「大アルメニア」とはローマ帝国のアルメニア属州の領域をほぼ指すのではないかと思う。
現在のアルメニア共和国とトルコ共和国東部に当たるのではないか。

古代オリエント時代、アルメニアはアケメネス朝の知事が治める領域だったが、オロンテス朝として独立した。
ヘレニズム時代の紀元前2世紀、セレウコス朝がローマとの戦いに敗れて弱体化するとアルタクシアス朝が独立、紀元前1世紀前半にはシリア、カッパドキアにまで領域を拡大した。
しかし紀元前1世紀半ばにはローマとの戦いに敗れて獲得した領土の全てを失った。
以降、アルメニアはローマ帝国とイランのアルサケス朝パルティア王国の狭間にあって両国の属国化した。

エルズィンジャンの「世界無比の硬麻布」については、「バイクでシルクロード」の中で探索の試みがなされている。
興味がある方はご覧ください。
エルズルムは本日、アララト山麓へは明日訪問する。
エルズィンジャンの歴史については、残念ながらよく知りませんが、13世紀前半にはメンギュジク朝が支配し、1228年にルーム・セルジューク朝が占領したこと、1230年にエルズィンジャン西方のヤッス・チメンで、ルーム・セルジューク朝とアイユーブ朝の連合軍がホラズムシャー、ジャラール・アッディーンを敗ったこと、が本に書いてありました。
また、エルズィンジャンはぶどうと銅製品で有名です。

6:20、部屋に戻った。

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トルコ東部旅行(エルズィンジャン・ホテルと周辺の夕景と夕食)

16:40、「大アルメニア」の入り口、エルズィンジャンの家々が見えてきました。
そして市の中心部を通過。
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16:55、ホテルに着きました 39°44'27.40"N 39°31'6.60"E。
廊下が真っ暗。停電かと思いきや、人が近付いて来た時だけ明かりがつくようになっている。通り過ぎるとまた消える。エコですね。
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小奇麗な部屋に入って、ようやく落ち着いた。
激動のドライブであった。
窓からえらく高そうな山脈がそそり立っているのが見える。
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ここも小さな浴槽がついている。
カーテンじゃなくて窓ガラスで仕切られるのは中々良いです。
お湯がこぼれる心配もないし、保温性も良さそうです。
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窓から見えた山並みに魅せられて、外に写真を撮りに出かけました。
明日になるとまた悪天候で見えないかもしれません。
ホテルから道路を渡って周囲を見渡すと、南北の山脈に目を奪われます。
まるで壁のようです。
山脈の一部を撮影したものです。
ホテルは町外れなので、あたりにはほとんど何もありません。
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こちらは同じ山脈をデジカメで撮ったパノラマ。
もうだいぶ日が翳っています。
岩肌に張り付いた雪を見ていると、本当にアナトリアの奥地にきたんだなあと多少心細くなります。
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反対側の山脈のパノラマです。中央に見えるのがホテルです。
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このあたりは住宅街なのか、トルコ風の一戸建てが立ち並んでいます。
人影は近くのモスクくらいしか見当たりません。
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山の陰に日が沈もうとしています。
それにしても大きな山です。
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19:30~20:30、ホテルのレストランでバイキングの夕食を食べる。
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どこかの政党の大物が来るらしく、ホテルの従業員は少しピリピリしている。
我々はそんなレストランの片隅で、男三人でトルコの「風俗」について話していた。

食事の終わりごろ、私は前々から気になっていた事をAさんに聞いてもらうことにした。
それはエルズィンジャンの温泉についてだった。
今から40年以上も前に、「バイクでシルクロード」の著者ティモシー・セヴェリンと仲間は、東方見聞録に書かれている「エルズィンジャンの温泉」を苦労して見つけ出した。
それは町から13キロ離れた場所だと「バイクでシルクロード」に書いてある。
そこで実際にその温泉があるのかどうか、町の人に聞いて欲しかったのだ。

結果はあっけないものだった。
Aさんがホテルの従業員に聞くと、ここから7キロほどの場所にあるという答えが即座に返ってきた。
それを聞いて私はわくわくする心を抑えきれず、そしてその素晴らしい答えを聞いただけで満足した。

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トルコ東部旅行(エルズィンジャンへの途上)

13:53、スィワスを出発。
これで今日の観光は終わった。
後はひたすらエルズィンジャンに向かうだけだ。
まだ相当距離があるので気が抜けない。
また悪天候になるかと思うと・・。
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残雪はあるものの、本格的な春近し、といった風景です。
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カイセリからずっと、道の両側には山脈が続いています。
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14:38、ザラ通過。遠くの街並みが輝いている。
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だんだん山が迫ってきました。
そういえば1243年、ルーム・セルジューク朝はスィワス東方の山岳地帯キョセ・ダグでモンゴルに敗れた。
たぶんエルズィンジャンとの間だと思うが、どこだったんだろう。
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もう山の中にいる感じです。
15:10、クズキョイ通過。
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すごいことになってきました。
すぐ傍には3000mを超す山もあります。
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まるでスキー場に迷い込んだようです。
道は凍結しているし、まさかこんな場所を通るとは。
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15:43、アカルス通過。
さっきと同じ国を走っているとは思えません。
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15:55~16:02、レファイエでトイレ休憩。
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出発。
両側は2700~2800mの山脈に挟まれた隘路になっています。
絶壁が続いています。
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こんな山中にも集落があります。
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折り重なる山地。
遠くの山には3000m級の山もあります。
下の谷には多くの古代都市を生んだユーフラテス河上流フィラット・ネーリ河の小さい流れが続いている。
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やっと少し開けてきました。何事もなく本当によかった。
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周囲の風景はかなり開けてきました。
しかし実感として山の奥地に来た印象がぬぐえません。
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その他の都市[トルコ]旅行ガイド ~フォートラベル~
http://4travel.jp/overseas/area/europe/turkey/the_other_cities_of_turkey/

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